第57話 1600年5月4日
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朝
俺は目が覚めるとテントを出て、湯を沸かしてコーヒーを淹れた。まだ少し肌寒い朝の空気の中、コーヒーを飲みながらタバコに火をつける。昨日までの開墾作業で体は少し疲れていたが、予定していた畑仕事はすべて終わったので、気分は軽かった。
広場では、かなさんとマル、それに村の女たちが朝ごはんの準備をしていた。大鍋からは湯気が立ち上り、薪の燃える音が聞こえてくる。女たちは野菜を刻んだり、鍋の中をかき混ぜたりと忙しそうに動いていた。
俺がコーヒーを片手に近づくと、かなさんがこちらに気づいた。
「ユウマ、おはようございます。今日は早いですね」
「おはよう。朝からご苦労さん。今日は仕事が終わったら塩屋村へ帰ろうと思ってる」
「今日帰るんですね」
「ああ。畑もできたし、倉庫も完成した。あとは防鳥ネットを張って、残りの物資を引き渡せば終わりだよ」
かなさんは少し名残惜しそうに村の方を見たが、すぐに笑顔でうなずいた。
「分かりました。それなら朝ごはんが終わったら、帰る準備をしておきますね」
「頼むよ。マルにも伝えておいて」
俺はそう言って広場を離れ、シンガを探しに向かった。シンガはすでに起きていて、畑へ向かう村人たちと話をしているところだった。
「シンガ、おはよう。今日は防鳥ネットを張って、日があるうちに撤収するぞ」
「おはよう、ユウマ。分かった。みんなにも伝えておくよ」
「それと、帰る前に畑の管理をもう一度説明してやってくれ。昨日教えたことの確認だけでいいから」
「ああ。芋のつるのことも、水やりのことも、もう一度話しておく」
「頼んだ。俺は倉庫の物資を確認しておくよ」
シンガと別れた俺は、昨日完成した倉庫へ向かった。六メートル四方の木造倉庫は、思っていた以上にしっかりした造りになっていた。中には農具や余った資材が整理され、これから村で使う道具を十分に保管できそうだった。
朝食の時間になると、村人たちが広場に集まってきた。今日も大鍋いっぱいに作られた雑炊が配られ、子供たちは嬉しそうに椀を受け取っている。
俺も一杯もらって食べた。野菜と肉の旨味が出ていて、なかなかうまい。かなさんたちも、限られた材料でこれだけの人数の食事を作るのに慣れてきたようだ。
食事が終わると、俺は村のまとめ役と炊事を担当する女たちを呼び、残った米を倉庫へ運ぶことにした。
米は全部で百五十キロ。三十キロ入りの袋が五つも残っていた。村の男たちに手伝ってもらい、次々と倉庫へ運び込んでいく。
「ユウマ殿、これは全部、我々の村に置いていかれるのですか?」
村のまとめ役が驚いた顔で尋ねてきた。
「ああ。全部置いていくよ。これからの食事に使ってくれ」
「こ、こんなにたくさんの米を……」
周りにいた女たちも倉庫に積まれた米袋を見て、目を丸くしていた。中には袋にそっと手を触れ、信じられないといった表情を浮かべる者もいる。
「これだけあれば、しばらくは食べていける。だけど、無駄遣いはしないでくれよ」
俺は現代から持ってきた計量カップを取り出した。
「朝と夕方の雑炊には、一回につきこのカップ三杯分の米を使ってくれ」
炊事を担当する女たちはカップを受け取り、何度もうなずいた。
「それと、今までどおり個人の畑も作り続けてくれ。採れた野菜や雑穀は、家族で食べる分や種を残して、余裕がある分を炊事場へ持ち寄ってほしい。猟師が肉を獲ってきたら、それも入れて雑炊を作ればいい」
「分かりました。みんなで協力して作ります」
「米がなくなりそうになったら塩屋村に来てくれ。新しい畑で収穫できるまでは、最低限の米は俺が支援するから」
村のまとめ役はしばらく米袋を見つめていたが、やがて俺に向かって深々と頭を下げた。
「ユウマ殿、本当にありがとうございます。このご恩は忘れません」
「礼はいいよ。その代わり、畑をしっかり育ててくれ。それが一番だから」
俺がそう言うと、周りの村人たちも次々と頭を下げた。
朝食の片付けが終わると、俺たちは畑へ向かった。今日は防鳥ネットを設置する予定だ。倉庫からネットや支柱、ロープを運び出し、村人たちと手分けして作業を始めた。
二つの畑はそれぞれ百メートル四方もあるので、ネットを張るのも簡単な仕事ではない。シンガが村人たちに指示を出し、支柱を立てる者、ネットを広げる者、ロープで固定する者に分かれて作業を進めていった。
俺も一緒になってネットを広げ、風で飛ばされないように端を固定していく。村人たちは最初こそ戸惑っていたが、作業の要領を覚えると手際よく動き始めた。
昼になっても作業は終わらず、俺たちは一度手を止めて水を飲み、運んできた雑炊で腹を満たした。食事が終わるとすぐに作業を再開し、残っていたネットを張っていく。
「ユウマ殿、これで鳥が畑に入れなくなるんですか?」
「ああ。せっかくまいた粟の種を鳥に食べられたら困るからな。ネットが破れたり外れたりしていないか、毎日見回ってくれ」
「分かりました。大切に使います」
シンガは作業の合間に、畑の管理について村人たちへ簡単に説明していた。昨日教えた安納芋のつるの扱いや水やりの注意点を確認し、分からないことがあれば塩屋村まで聞きに来るよう伝えている。
すべてのネットを張り終えた頃には、太陽も西へ傾き始めていた。それでも日暮れまではまだ十分に時間がある。俺は畑全体を見渡した。三日前まで草と切り株だらけだった場所に、今は整然とした二つの畑が広がっている。ここで作物が育ち始めれば、村の暮らしも少しずつ変わっていくだろう。
村へ戻ると、最後の物資確認を始めた。倉庫にはスコップ二十本、斧十本、ナタ十本、一輪車三台、それに農作業用のバケツを並べて数を確認した。
炊事場にはロケットストーブと百リットルの大鍋、八十人分の椀とスプーンがある。俺は村のまとめ役と一緒に倉庫の中を見て回った。
「ここにあるものは全部、村で使ってくれ。ただし、使ったあとは元の場所に戻して、壊れたものがあれば修理するようにしてほしい」
「はい。村のみんなで大切に使わせていただきます」
「それから共同トイレのことだけど、集めた糞はそのまま畑にまかず、堆肥にするようにしてくれ。十分に時間をかけて処理するんだ。食べる作物に直接触れないように気をつけてくれよ」
「承知しました」
「道具も倉庫も、村のみんなのものだからな。まとめ役が中心になって管理してくれ」
「分かりました。大切に使わせていただきます」
これで引き渡しも終わった。あとは俺たちが持ってきたテントや私物を片付けるだけだ。
広場では、かなさんとマルたちがすでに荷物をまとめ始めていた。俺もテントの撤収を手伝い、使った場所にゴミや忘れ物が残っていないか確かめた。
村人たちが何人か集まってきて、帰る準備を手伝ってくれた。子供たちもその様子を見ながら、少し寂しそうな顔をしている。
俺は最後にもう一度、完成した倉庫と炊事場、それから遠くに見える畑へ目を向けた。
ここで俺たちがやるべき仕事は、ひとまず終わった。
あとは、この村の人たち自身が畑を育て、暮らしを支えていく番だ。
俺たちは荷物を積み終えると、村人たちに見送られながら車に乗り込んだ。村のまとめ役をはじめ、大勢の村人たちが広場に集まっていた。
「ユウマ殿、本当にありがとうございました。またいつでもお越しください」
「ああ。また畑の様子を見に来るよ。それまでみんなで頑張ってくれ」
俺がそう言うと、村人たちは何度も頭を下げた。子供たちも手を振っている。俺は窓から手を振り返し、ゆっくりと車を走らせた。
村が見えなくなる頃、助手席に座っていたかなさんが口を開いた。
「ユウマ、あの村の人たち、これから少しずつ暮らしが良くなるといいですね」
「ああ。畑がうまく育てば食べ物にも余裕ができるだろうし、何より自分たちで作れるようになったのが大きいと思う」
「子供たちも、毎日お腹いっぱい食べられるようになるといいですね」
「そうだな。まだ収穫までは時間がかかるけど、そこまでは何とか支えてやりたいよ」
後ろの席ではグシーやマルたちが、今回の作業について話していた。初めて見たトラクターの力や、あっという間に畑ができたことが、よほど印象に残っているらしい。
「ユウマ、またあの大きな機械を使うのか?」
シンガが後ろから尋ねてきた。
「ああ。次の村でも使うつもりだよ。ただ、今度はみんなも慣れているから、もう少し早く作業が進むかもしれないな」
「そうだな。最初は何をするのか分からなかったが、今なら俺たちも手伝える」
「頼りにしてるよ」
そんな話をしながら車を走らせていると、やがて見慣れた塩屋村の景色が見えてきた。
村の入口に差しかかったところで、遊んでいた子供たちが車に気づいた。
「あっ、ユウマだ!」
「ユウマが帰ってきた!」
子供たちは大声を上げながら車の後を追いかけてきた。俺は速度を落とし、子供たちが近づきすぎないように気をつけながら、倉庫の横まで車を進めた。
車を止めると、子供たちが一斉に集まってきた。
「ユウマ! お帰り!」
「ただいま。みんな元気にしてたか?」
俺が車から降りると、子供たちは口々に話しかけてきた。かなさんも車を降り、集まってきた子供たちに笑顔で声をかけている。
そのかなさんの横に、マカトが立っていた。
「マカト、ただいま。俺がいない間、いい子にしてたか?」
「うん! ちゃんとしてたよ!」
「そうか、偉いな。そういえば、前にあげたチョコレートはどうした?」
「大事に食べてるよ。まだ残ってる」
「おお、ちゃんと残してたのか」
マカトは嬉しそうにうなずいたあと、何か思いついたような顔をした。
「でも、ユウマが帰ってきたから、もう全部食べても大丈夫だね!」
「おいおい、そういうことかよ」
俺は思わず苦笑いした。かなさんも隣で笑っている。
「マカト、一度に全部食べたらもったいないだろ。また少しずつ食べなよ」
「えー、でもユウマがいるもん!」
「俺がいても、チョコレートが勝手に増えるわけじゃないぞ」
そう言うと、周りの子供たちまで笑い出した。数日ぶりの塩屋村だったが、いつもの賑やかな光景に戻ってきたことを実感した。
俺は荷物の片付けをみんなに任せ、長老のところへ向かった。今回の隣村での作業について報告しておきたかったからだ。
長老の家に行くと、ちょうどタルガニも来ていた。
「ユウマ、戻ったか。ご苦労だったな」
「ただいま。予定していた作業は全部終わったよ」
俺は腰を下ろし、隣村での出来事を順番に話し始めた。
村人たちと協力して百メートル四方の畑を二つ作ったこと。一つには安納芋、もう一つには粟を植えたこと。倉庫や炊事場も完成し、共同トイレも使えるようになったこと。そして今日、防鳥ネットの設置を終え、農具や残りの米を引き渡してきたことを説明した。
「米は百五十キロ残してきた。朝夕の雑炊に使ってもらう。なくなりそうになったら、塩屋村まで取りに来るよう伝えてあるよ」
長老は静かにうなずいた。
「そうか。あの村も、これで少しは安心して暮らせるようになるな」
「ただ、畑の収穫まではまだ時間がかかる。その間は最低限の米を支援するつもりだ。向こうの村にも、今までの畑を続けて、野菜や雑穀を持ち寄るように話してある」
「それがよかろう。何もかも与えるだけでは、いつまでも頼ることになるからな」
タルガニも感心したように話を聞いていた。
「しかしユウマ、百メートル四方の畑を二つとは大したものだな。あの機械があれば、ほかの村でも同じことができるのか?」
「ああ。そこで、これからのことを相談したいんだ」
俺は二人の顔を見ながら話を続けた。
「今回の村だけじゃなくて、嫁取りで縁ができた近隣の村にも、同じような支援をしていきたいと思ってる」
「ほかの村にも畑を作るということか?」
「そう。村人たちに土地を開墾してもらって、俺がトラクターで畑を作る。種や肥料も用意して、最初の収穫までは必要な食料を支援するつもりだ」
長老はしばらく考えてから口を開いた。
「それはありがたいことだが、ユウマ一人でそこまでできるのか?」
「もちろん、全部俺一人でやるわけじゃないよ。今回みたいにシンガたちにも手伝ってもらうし、向こうの村の人たちにも働いてもらう。それに、いつまでも支援を続けるつもりはないんだ」
「どういうことだ?」
「最終的には、塩屋村を含めた四つの村で、作物を物々交換しながら助け合えるようにしたい」
俺は地面に指で四つの丸を描いた。
「例えば、塩屋村では塩が作れるし、畑もある。ほかの村では芋や粟を多く作ってもらう。村によって得意な作物や採れるものが違うだろ? それをお互いに交換するんだ」
タルガニが身を乗り出した。
「つまり、芋が余った村は、足りない村に芋を渡して、その代わりに別のものをもらうということか?」
「そういうこと。どこかの村で不作になっても、ほかの村に余裕があれば助けられる。四つの村がそれぞれ別々に暮らすんじゃなくて、協力できるようにしたいんだ」
「なるほどな……」
タルガニは地面に描かれた四つの丸を見つめていた。
「それなら、村同士で争うことも減るかもしれんな」
「俺もそう思う。それに、塩屋村だけが豊かになっても、周りの村が食べるものに困っていたら、結局はうまくいかないだろ。近くの村がみんな少しずつ豊かになれば、塩屋村にとってもいいことだと思うんだ」
長老はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりとうなずいた。
「ユウマの考えは分かった。嫁取りで縁ができた村々なら、話もしやすかろう。わしからも、それぞれの村に話を通しておこう」
「ありがとう。実は、次の村へは三日後に行こうと思ってる」
「三日後か。ずいぶん早いな」
長老が少し驚いた顔をした。
「ああ。今回の作業で段取りも分かったし、シンガたちも慣れてきた。だったら、早いうちに次の村の畑も作ってしまいたいんだ」
「次はどこの村へ行くつもりだ?」
「カマルーの嫁さんの村だよ。今回と同じように、百メートル四方の畑を二つ作って、倉庫や炊事場も整えるつもりだ」
隣で聞いていたタルガニがうなずいた。
「それなら、カマルーにも一緒に行ってもらうのがよかろう」
「俺もそう考えてる。今回はグシー夫妻に同行してもらったけど、次は二人の代わりにカマルー夫妻に来てもらう。嫁さんも久しぶりに故郷の家族に会えるだろうし、村の人たちとの話も進めやすいからな」
「それは喜ぶだろうな」
「明日から準備を始めるよ。必要な物資は今回と同じようにそろえる。三日後の朝には出発したい」
長老は笑みを浮かべた。
「ユウマが来てから、この辺りの村々もずいぶん変わり始めたな」
「まだ始まったばかりだよ。四つの村が互いに助け合えるようになるまでは、もう少し頑張らないとな」
タルガニも笑いながら言った。
「次も俺たちに任せてくれ。今度はもっと早く仕事を終わらせてみせるぞ」
「頼りにしてるよ」
俺はそう言って笑った。
三日後には、また新しい村での開墾が始まる。今回の経験を生かせば、次はもっと効率よく進められるはずだ。
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