第56話 1600年5月3日
開墾2日目の昨日は、一日中切り株の掘り起こしと草刈りに費やした。おかげで100メートル四方の畑が二つ、ようやく何もない状態になった。今日はいよいよトラクターを使って畑を耕し、作物を植える予定だ。
朝ごはんを食べながら、俺はシンガと今日の段取りについて打ち合わせをした。村人たちには肥料をまいてもらい、そのあと俺がトラクターで耕す。安納芋の畑では畝を作って種芋を植え、もう一方の畑には粟の種をまくつもりだ。
「シンガ、肥料をまく人と芋を植える人を分けておいてくれ。トラクターが耕したところから順番に作業してもらいたい」
「分かった。みんなに伝えておくよ」
ついでに倉庫の進捗状況を聞くと、今日中には出来上がるそうだ。これで持ち込んだ道具や食料を雨に濡らさず保管できるようになる。
周りを見ると、村人たちは美味しそうに雑炊を食べていた。朝から温かいものを腹いっぱい食べられるのが嬉しいのだろう。子供たちも椀を両手で持ち、夢中になって口へ運んでいる。
食べ終わった俺は車に乗り、現代のガレージへ戻った。用意してあった化成肥料500キロを車に積み込み、再び村へ戻ってくる。
荷台から肥料の袋を下ろしながら、俺はシンガに声をかけた。
「こっちの安納芋畑には150キロ、向こうの粟畑には350キロまいてくれ。できるだけ均等になるように頼む」
「これを土にまけばいいんだな?」
「ああ。まき終わったら俺が機械で土と混ぜるから、今は表面に広げるだけでいい」
食事を終えた村人たちが集まり、肥料の袋を手分けして運び始めた。安納芋畑には150キロ、粟畑には350キロと、それぞれの畑に袋を分けて置いていく。
シンガが声をかけると、村人たちは畑の端から横一列に並び、肥料を少しずつまき始めた。白っぽい粒が土の上に散らばり、歩いたあとには細かな粒の筋ができていく。
「ユウマ殿、これは何のためにまくんですか?」
近くにいた隣村の若い男が、手のひらに載せた肥料を見ながら尋ねてきた。
「人間もご飯を食べないと死ぬだろ? 土も同じなんだ。土にもご飯を食べさせてやらないと、作物が育たないんだよ」
村人たちは手に持った肥料を見つめ、なるほどとうなずいた。シンガも納得したように笑い、周りの者たちに肥料を均等にまくよう声をかけた。
俺は肥料まきをシンガに任せ、再び現代のガレージへ戻った。そこには先日購入したクボタの中古トラクターが置いてある。25馬力のディーゼルエンジンで、後ろにはロータリーが取り付けられていた。
現代で操作方法は教わっているし、自衛隊でも重機を扱ってきたので、運転自体に不安はなかった。俺はトラクターを1600年へ持ち込み、村の畑まで走らせた。
トラクターが姿を現すと、村人たちが何事かと集まってきた。昨日まで乗っていた車とは形が違い、後ろには見慣れない大きな機械が付いている。
「ユウマ殿、それは何をする道具ですか?」
隣村の男が不思議そうに尋ねてきた。
「畑を耕す機械だよ。これ一台で、人が何日もかけてやる仕事ができるんだ」
俺は運転席に座ってエンジンをかけた。ディーゼルエンジンの大きな音が響くと、近くにいた村人たちが驚いて後ずさりした。
「危ないから、俺が合図するまで畑には入らないでくれ」
シンガが村人たちに声をかけ、全員を畑の外へ下がらせた。俺はロータリーをゆっくり下ろし、安納芋用の畑へトラクターを進めた。
後ろのロータリーが回転し始めると、昨日まで硬かった地面が次々と掘り返されていく。土が細かく砕かれ、肥料と混ざりながら、トラクターの通ったあとには柔らかい土が広がっていった。
何度か往復するうちに、村人たちも機械の働きが分かってきたらしい。最初は遠巻きに見ていた男たちが、耕された土を手に取って確かめ始めた。
「こんなに簡単に土が柔らかくなるのか」
「昨日まで、あれほど苦労していたのにな」
そんな声が聞こえてきた。俺は少し笑いながら、そのまま畑を耕し続けた。
安納芋用の畑を耕し終えたところで、いったんトラクターを止めた。次は畝を作るため、後ろのロータリーを外して畝立て機に付け替える必要がある。
エンジンを切り、連結部分のピンを抜いてロータリーを切り離す。畝立て機を所定の位置に合わせて連結し、固定したあと、取り付けに問題がないか確かめた。
シンガが横で一部始終を見ていた。
「後ろの道具を替えるのか?」
「ああ。さっきのは土を耕す道具で、今度のは芋を植える畝を作る道具だ。作業によって付け替えるんだよ」
「なるほど。一台でいろいろな仕事ができるんだな」
俺は再びエンジンをかけ、畑に畝を作り始めた。トラクターが進むたびに土が盛り上がり、長い畝が次々と出来上がっていく。
畝立てが終わると、今度は村人たちの出番だ。俺はシンガと一緒に種芋を運び、植え方を実際に見せた。
「今日はこの半分に種芋を植える。残りの半分は、あとから苗を植えるために空けておくんだ」
「苗というのは、この芋から生えてくるものか?」
「そうだ。しばらくすると長いつるが伸びてくる。そのつるを切って、残しておいた畑に植えるんだよ。やり方はあとで詳しく教える」
シンガはうなずき、村人たちに作業を割り振った。男も女も畝に沿って並び、種芋を一つずつ土に植えていく。最初は慣れない手つきだったが、何度か繰り返すうちに作業も早くなってきた。
俺は植え付けをシンガに任せ、再びトラクターへ戻った。今度は粟畑を耕すため、先ほど取り付けた畝立て機を外し、ロータリーへ付け替える。
「また元の道具に戻すんですか?」
近くにいた村人が声をかけてきた。
「ああ。粟は芋と違って、こんな高い畝を作らなくてもいいからな。土を耕して平らにしたら、そのまま種をまくんだ」
交換を終えると、俺は粟畑へトラクターを走らせた。こちらには350キロの肥料がまかれている。ロータリーで土を掘り返しながら肥料を混ぜ込み、畑の端から順番に耕していった。
安納芋畑で一度作業を経験したこともあり、今度は村人たちも落ち着いて見ていた。耕し終えた場所から土をならす準備を進め、俺がトラクターを止める頃には、すぐに種まきを始められる状態になっていた。
俺はシンガを呼び、粟の種が入った袋を渡した。
「この中に8キロの種が入っている。小さい種だから、一か所に固まらないように畑全体へ均等にまいてくれ」
「まいたあとは、どうすればいい?」
「薄く土をかぶせればいい。深く埋めすぎないように気をつけてくれ」
シンガが説明すると、村人たちは手分けして種をまき始めた。畑の端から少しずつ進み、あとを追う人たちが薄く土をかぶせていく。
俺はその様子を確認してから、安納芋畑へ戻った。こちらも種芋200キロの植え付けが終わりかけていたので、残りの作業を手伝うことにした。
夕方になる頃には、二つの畑で予定していた作業が一通り終わった。昨日まで切り株だらけだった土地が、今日はきれいに耕され、作物を植えた畑になっている。
俺はシンガと村に残る人たちを集め、これからの管理について説明した。
「芋を植えた場所から、そのうちつるが伸びてくる。十分に伸びたら、先の方を30センチくらい切って、空けてある半分の畑に植えてほしい」
俺は地面に指で線を引き、つるを横に寝かせるようにして植える形を見せた。
「茎の部分を土に埋めて、葉っぱは外に出しておく。元の株のつるを全部切ってしまわないようにな。分からなければ、また俺が来たときに教えるよ」
「分かった。芋も粟も、みんなで大事に育てるよ」
シンガが答えると、周りの村人たちもうなずいた。
畑の作業を終え、俺は村へ戻った。倉庫では最後の仕上げが進んでおり、聞いていたとおり今日中には完成しそうだった。これで持ち込んだ大量の道具や食料も、ようやくきちんと保管できる。
三日間かけて進めてきた開墾も、これでひとまず一区切りだ。あとは村人たちに畑を任せ、作物が育つのを待つことになる。
夕飯を食べ終えた俺は、少し外の空気を吸いたくなり、テントを出た。村の明かりから少し離れた小高い場所まで歩き、腰を下ろしてタバコに火をつける。昼間はあれほど賑やかだった村も、今はすっかり静かになっていた。遠くから聞こえる虫の声を聞きながら、ゆっくり煙を吐き出した。
しばらくすると、後ろから草を踏む音が聞こえてきた。振り返ると、かなさんがこちらへ歩いてくるところだった。
「ユウマ、こんなところにいたんですね」
「ああ、ちょっと一服してた。かなさんも眠れないの?」
「いえ、ユウマがテントを出ていくのが見えたので」
かなさんはそう言って微笑むと、俺の横に腰を下ろした。少し間を空けて座ったつもりなのだろうが、手を伸ばせば届くほどの距離だった。
「かなさん、今回の開墾についてきてくれてありがとう。炊き出しも大変だっただろ?」
「そんなことありませんよ。私、楽しかったです」
「楽しかった?」
「はい。塩屋村にいた頃は、毎日同じ仕事をして、同じ人たちと顔を合わせていました。でも、ユウマと一緒に来ると、知らない村へ行って、知らない人たちと出会って、その人たちが喜んでくれるんです。それが嬉しくて」
かなさんは遠くに見える村の明かりへ目を向けた。
「今日も子供たちが、お腹いっぱいご飯を食べて笑っていましたよね。ああいう顔を見ると、来てよかったなって思うんです。だから、ありがとうを言うのは私の方です。連れてきてくれて、ありがとうございます」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。また何かあったら頼むかもしれないけど」
「はい。いつでも連れていってください」
かなさんはすぐに答えた。その言い方があまりに自然だったので、俺は思わず横顔を見た。かなさんもこちらを見て、少し照れたように笑った。
「それに、ユウマが塩屋村に来てくれて、本当によかったと思っています」
「急にどうしたの?」
「本当のことですよ。前は毎日、食べるものの心配ばかりしていました。今は塩も作れるし、お米も食べられるし、村の男たちも仕事が増えて、みんな元気になりました。マカトなんて、最近はユウマの話ばかりしているんですよ」
「マカトが?」
「はい。朝から晩まで、ユウマがあれをしてくれた、これを考えてくれたって。私が知っていることまで何度も話すんです」
かなさんが楽しそうに笑うので、俺もつられて笑った。
「それはちょっと恥ずかしいな」
「でも、私も同じです」
「え?」
「気がつくと、ユウマの話をしているんです。今日も何をしているかなとか、ちゃんとご飯を食べたかなとか……」
そこまで言って、かなさんは口を閉じた。自分が何を話しているのか気づいたらしく、少しうつむいて草の先を指でいじっている。
俺は何と返せばいいのか分からず、タバコを一口吸った。
「……心配かけてるんだな、俺」
「そういう意味じゃありません」
かなさんは小さく笑った。
「ただ、ユウマが元気でいてくれたら、それで嬉しいんです」
その言葉を聞いて、胸の奥が少し温かくなった。
俺だって、かなさんと話している時間は好きだった。塩の煮炊き場へ顔を出すのも、最近は仕事の様子を確かめるためだけではなくなっている。かなさんが笑ってくれると嬉しいし、姿が見えなければ何となく気になってしまう。
ただ、その気持ちを口にする勇気はなかった。俺は現代とこの時代を行き来している。これから自分がどうなるのかさえ分からないのに、軽い気持ちで誰かに期待を持たせていいのだろうか。
「かなさんが一緒に来てくれて、俺も楽しかったよ」
結局、口から出たのはそんな言葉だった。
「本当ですか?」
「ああ。かなさんがいると安心するし、何より飯がうまいからな」
「もう、ユウマったら。結局ご飯の話なんですね」
かなさんは笑いながら、軽く俺の腕を叩いた。その手が離れたあとも、触れられた場所が妙に気になった。
しばらく二人とも何も話さず、遠くの村を眺めていた。風が吹くたびにかなさんの髪が揺れ、ふと石鹸の香りが漂ってくる。
「ユウマ」
「ん?」
「また、こうして一緒に来られますよね?」
俺はかなさんの方を向いた。
「もちろん。また一緒に行こう」
「約束ですよ」
「ああ、約束」
かなさんは安心したように微笑み、もう一度村の方へ目を向けた。
俺は吸い終わったタバコの火を消した。もう少しここにいたいと思ったが、その理由をかなさんに伝えることはできなかった。
二人の間には、手を伸ばせば届くほどの距離があった。
それなのに俺は、その距離を縮めることができなかった。
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