第51話 1600年5月1日
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深夜
突然、頭の中で強烈な光が弾けた。眠っていたはずの俺の意識が、一瞬でどこかへ引っ張り出されたような感覚に襲われた。
何だ、これは。目を開けているのか閉じているのかも分からない。ただ、この奇妙な感覚には覚えがあった。以前にも一度体験している。
その時、目の前に突然文字が浮かび上がった。いや、目の前なのか頭の中なのか、それすら分からない。文字だけが何度も点滅している。
『レベルアップ』
やっぱりそうか。以前と同じだ。そう思った瞬間、文字が消え、今度は別の言葉が浮かび上がった。
『入口の大きさ 最大5×5』
「5×5?」俺が意味を考える間もなく、さらに文字が切り替わった。今度は短い説明だけだった。
『念ずるだけ』
それだけだった。詳しい説明もなければ、質問する暇もない。次の瞬間、文字がすべて消え、目の前の景色が一気に元へ戻った。
「うわっ!」俺は布団の上で跳ね起きた。心臓が激しく脈打ち、額には汗が浮かんでいる。慌てて周囲を見回したが、いつもの寝床だった。
「……何だったんだ、今の」俺はしばらく布団の上に座ったまま考え込んだ。間違いない。以前にも体験したレベルアップの感覚だ。
ということは、またブラックホールの能力が変わったのかもしれない。しかし、入口の大きさが最大5×5とはどういう意味だろう。
幅も高さも5メートルということなのか。もしそうなら、今までとは比較にならない大きさになる。俺は一気に目が覚めた。
「……試してみるか」さすがに塩屋村で試すのは危険な気がする。俺は布団から立ち上がり、ひとまず現代へ戻ることにした。
いつものようにブラックホールを通り抜け、現代のガレージへ戻った。ガレージの中は静まり返っており、何も変わった様子はない。
俺は振り返り、いつもの大きさで設置されているブラックホールを見つめた。本当に入口が大きくなるのだろうか。まずは一度消してみよう。
『移動』
そう念じると、目の前のブラックホールが音もなく消えた。いつものガレージの壁が現れ、俺は改めて何もない空間を見つめた。
「よし……5×5設置」俺は頭の中で強く念じた。すると次の瞬間、目の前の空間が一瞬にして真っ黒に染まった。
「うわっ!」俺は反射的に後ろへ飛び退いた。さっきまで何もなかった場所に、とんでもなく大きなブラックホールが出現していた。
「な、何だこれ……!」思わず声が漏れた。目の前いっぱいに広がる巨大な黒い入口は、まるで真っ黒な壁が突然立ち上がったようだった。
俺はしばらく呆然と立ち尽くした。今までのブラックホールとは比較にならない。近くで見ると、想像していた以上の迫力がある。
「……マジかよ」俺は恐る恐る近づいた。入口の向こう側は相変わらず見えないが、その大きさだけは明らかに違っていた。
俺はガレージに置いてあったメジャーを取り出した。本当に5メートルあるのか確かめたくなり、端から端まで慎重に測ってみた。
「……5メートル、ぴったりだ」思わず笑みがこぼれた。どうやら、あのレベルアップは本物だったらしい。
「すげえな……これなら大型の機械だって……」そこまで考えた時、ふと妙な違和感を覚えた。俺はゆっくりと顔を上げた。
ブラックホールが天井いっぱいまで伸びている。いや、正確には天井のところまでしか見えていない。そこで俺はあることに気づいた。
「……待てよ」入口の大きさは5×5だったはずだ。幅が5メートルなら高さも5メートル。だが、このガレージにそんな高さはない。
「……え?」背筋に冷たいものが走った。まさかと思い、俺はもう一度天井を見上げた。嫌な予感が急速に膨らんでいく。
「……やばい!」俺はメジャーをその場に置き、慌ててガレージの外へ飛び出した。そして振り返った瞬間、全身の血の気が引いた。
「う、嘘だろ……!」ガレージの屋根から、真っ黒なブラックホールが突き出していた。建物を突き抜け、屋根の上まで伸びている。
まるで巨大な黒い板が屋根から生えているような光景だった。俺は口を開けたまま固まり、次の瞬間、周囲を慌てて見回した。
「やばい、やばい、やばい!」こんなものを近所の人間に見られたらどうするんだ。写真でも撮られたら説明のしようがない。
もし誰かが窓から見ていたら。もし通りかかった人がいたら。そんな考えが次々と頭に浮かび、心臓の鼓動が一気に速くなった。
「くそっ!」俺は急いでガレージの中へ駆け戻った。目の前には相変わらず巨大なブラックホールが広がっている。
『移動!』
必死に念じた瞬間、巨大な黒い入口が一瞬で消え去った。何事もなかったかのように、元のガレージの壁が現れた。
「はあっ……はあっ……」俺はその場に立ち尽くした。心臓が激しく打っている。額から流れた冷や汗を手の甲で拭った。
「……危なかった」まさか建物を突き抜けて出現するとは思わなかった。壁も天井も関係ないということなのか。
いや、そんなことは今どうでもいい。問題は誰かに見られていなかったかどうかだ。俺は落ち着こうと煙草を一本取り出した。
ライターで火をつけようとしたが、指先が少し震えていた。一度目はうまく火がつかず、俺は思わず苦笑いした。
「……落ち着け、俺」もう一度ライターを押し、ようやく煙草に火をつけた。大きく吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出した。
「ふう……」少しだけ気持ちが落ち着いてきた。しかし、考えれば考えるほど恐ろしくなる。誰かがスマートフォンで撮影していたらどうする。
今頃、警察に電話されているかもしれない。あるいは、すでに撮影した映像を誰かに送っているかもしれない。そう考えると、じっとしていられなかった。
「……冗談じゃないぞ」俺は煙草を灰皿に押しつけた。とにかくもう一度、外を確認しよう。俺はガレージの扉を開け、そっと外へ出た。
まず道路の右側を見る。誰もいない。続いて左側を確認したが、こちらにも人影はなかった。住宅街は静まり返っていた。
俺は近所の家々に目を向けた。窓から顔を出している人はいない。カーテンが動く様子もなく、車が通る気配もなかった。
「……大丈夫か?」小さく呟きながら、ガレージから少し離れた。そして先ほどブラックホールが突き出していた屋根を見上げた。
そこには、いつもと変わらない屋根があるだけだった。突き抜けた跡もなければ、壊れた部分も見当たらない。
「……何も壊れてないのか」俺は少しだけ安心した。しかし、誰かに見られていなかったという保証はどこにもない。
もう一度、近所の窓を確認する。誰かがこちらを見ている気配はない。道路にも人影はなく、遠くで虫の鳴き声が聞こえるだけだった。
「……見られてないよな」誰に聞くでもなく呟いた。もちろん返事などあるはずもない。俺はしばらくその場に立ち尽くした。
何も起きない。誰も出てこない。ようやく胸の奥に溜まっていた緊張が、少しずつ抜けていくのを感じた。
「……勘弁してくれよ」俺は大きく息を吐いた。ブラックホールが大きくなったのは嬉しいが、使い方を間違えればとんでもないことになる。
最後にもう一度、ガレージの屋根と周囲の家々を見回した。誰もいないことを確かめ、俺はようやくガレージの中へ戻った。
俺はもう一度ブラックホールを出してみることにした。ただし、今度は小さな入口から試す。さっきのように屋根から突き出すのは御免だ。
それに、まだ確認していないことがある。5×5という数字の並びだ。最初が幅なのか高さなのか、それをはっきりさせておきたかった。
『1×2設置』
目の前に黒い入口が現れた。メジャーで測ってみると、幅1メートル、高さ2メートル。いつものブラックホールと同じくらいか、少し大きい程度だった。
「なるほど、最初が幅で、次が高さか」俺は納得して頷いた。これなら今後、必要な大きさを指定する時にも迷わずに済む。
俺はそのままブラックホールをくぐった。出た先は1600年の俺の部屋だった。いつもの寝床が目に入り、ようやく少し安心した。
部屋を出て広場へ向かい、そこで「帰りたい」と念じてみた。目の前にブラックホールが現れたが、大きさはいつもと変わらない。
「……あれ?」
俺は首を傾げた。さっきは現代で大きさを変えられたのだから、こちらでもできるのではないかと思ったのだ。
『5×5設置』
何も変わらなかった。目の前のブラックホールは、先ほどと同じ大きさのままだ。もう一度念じてみたが、結果は変わらない。
「おかしいな……もしかして、現代でしか大きさを設定できないのか?」
俺はブラックホールを通ってガレージへ戻った。今度は『2×2設置』と念じ、入口の大きさが変わったことを確認してから、もう一度1600年へ戻った。
すると、1600年側の入口も同じ大きさになっていた。俺はしばらく眺めた後、ようやく仕組みを理解した。
「そうか! 入口の大きさは、現代で設定した寸法に合わせて変わるんだ!」
これなら話は簡単だ。俺は広場から倉庫の横へ移動した。そこは人目につきにくく、車が通れるだけの広さもある場所だった。
「帰りたい」
そう呟くと、倉庫の壁にブラックホールが現れた。俺はそのまま中へ入り、再び現代のガレージへ戻った。
「……こうなれば、やることは一つだな」
俺はガレージに停めてある愛車のハイラックスを見つめた。今まで何度も考えたことがある。もし車を1600年へ持ち込めたら、どれほど便利になるだろうか。
しかし、今までの入口では不可能だった。それが今、目の前に可能性として広がっている。俺は思わず笑みを浮かべた。
まずはブラックホールを一度消し、改めて大きさを指定する。さっきの失敗を繰り返さないよう、ガレージの高さも考えた。
『3×2.5設置』
目の前に幅3メートル、高さ2.5メートルのブラックホールが現れた。これならハイラックスも十分に通れる大きさだ。
俺は運転席に乗り込み、エンジンをかけた。いつものエンジン音がガレージに響く。それだけなのに、今日は妙に胸が高鳴った。
「……行くぞ」
ゆっくりとアクセルを踏み、ハイラックスを前進させた。目の前には真っ黒な入口が広がっている。車で突っ込むとなると、さすがに少し緊張した。
ヘッドライトの光が黒い空間へ吸い込まれていく。俺はハンドルを握り直し、そのままゆっくりと車を進めた。
車の先端がブラックホールへ入った。続いて運転席が黒い空間に包まれる。何かにぶつかる感触もなく、車はそのまま進んでいった。
そして次の瞬間、目の前の景色が変わった。
「……おおっ!」
そこは1600年の塩屋村だった。見慣れた倉庫の横に、俺はハイラックスごと現れていた。車を少し前へ進め、ゆっくりと停車させた。
「……来た」
俺は運転席に座ったまま周囲を見回した。間違いない。現代のガレージではない。ここは400年以上前の沖縄だ。
「ははっ……はははは!」
突然、笑いが込み上げてきた。最初は小さな笑いだったが、次第に抑えきれなくなり、俺はハンドルを握ったまま一人で大笑いした。
「やったぞ! ハイラックスで1600年に来ちまった!」
笑いが止まらなかった。今まで人の手で少しずつ運んでいた物資も、これからは車で運べる。大きな荷物だって問題ない。
俺はエンジンを止め、煙草を一本取り出した。火をつけて大きく吸い込み、運転席の窓から静まり返った村を眺めた。
「……攻略本の一部が、だいぶ変わるな」
今までの計画は、ブラックホールを通せる物の大きさを前提に考えていた。だが、その前提が根本から変わってしまった。
大型の資材も運べる。車も持ち込める。場合によっては、パワーショベルやダンプカーだって持ち込めるかもしれない。
「……できることが一気に増えるぞ」
俺は煙を吐き出しながら、頭の中で次々と計画を思い浮かべた。道路、畑、水田、用水路。今まで時間がかかると思っていた工事も、やり方が変わってくる。
「前提が変わったら、またChatGPTと会議だな」
思わず笑ってしまった。攻略本も見直しが必要になるだろう。何を優先するか、どんな機械を持ち込むか、考えることは山ほどある。
それでも、嬉しくて仕方がなかった。今まで不可能だったことが、突然可能になったのだ。これほど面白いことはない。
俺は煙草を吸い終えると、ハイラックスを倉庫の前まで移動させた。月明かりの下に停まる愛車を眺め、また笑いが込み上げてきた。
「……明日の朝は大騒ぎだろうな」
村人たちは、こんな大きな鉄の塊を見たこともない。ましてや、これが自分で動くなど想像もできないだろう。
驚くどころか、怖がる者もいるかもしれない。それでも、いつまでも隠しておくわけにはいかない。俺は腹を括ることにした。
「まあ、何とかなるだろう」
俺はハイラックスを倉庫の前に停めたまま、自分の部屋へ戻った。寝床に腰を下ろしても、興奮が収まる気配はなかった。
頭の中では、これからできることが次々と浮かんでくる。考え始めたらきりがない。だが、今はまだ深夜だ。
「……続きは明日だな」
俺は部屋の壁に向かって、いつものように呟いた。
「帰りたい」
すると、壁にブラックホールが現れた。俺はそれを確認すると、ようやく布団に潜り込んだ。
明日の朝、村人たちがハイラックスを見てどんな顔をするのか。そんなことを考えながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
やがて眠気が勝ち、俺の意識は静かに遠のいていった。
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