第49話 1600年4月21日
朝、俺は昨日から塩屋村に戻っていた。
現代ではあれから2か月ほど過ごしていたが、こちらでは4月20日から21日になっただけだ。
今回の現代滞在では、注文していた農業機械3台がようやく完成した。
製作会社から連絡を受け、俺は工場へ向かった。完成した脱穀機、籾すり機、精米機は、どれも想像していた以上にしっかりした造りだった。
試運転にも立ち会い、実際に籾を使って動作を確認した。担当者の説明では、処理能力もおおむね設計目標を満たしているという。
驚いたのは、3台とも移動用の車輪が取り付けられていたことだ。
「大城様、移動しやすいように車輪を付けておきました。使用時は固定できますので、ご安心ください」
「これは助かります。ありがとうございます」
さらに、担当者から量産についての話もあった。
「今回の設計を使えば、今後は10セット単位で量産できます。脱穀機、籾すり機、精米機の3台で1セット600万円。10セットでしたら6,000万円、納期は約1か月です」
「なるほど。追加が必要になったら連絡します」
俺はそう答え、完成した3台を自宅へ配送してもらった。現在、機械はガレージに並べて保管してある。
その後、注文していた耐火レンガ600個、耐火モルタル、ふいご2台も届いた。
耐火レンガは重量があるため庭に野積みにしてある。雨で傷まないよう、上からシートを掛けておいた。
これで注文していたものは、すべて揃った。
問題は金だ。
今回の買い物にいくら使ったのか、俺は攻略本に記入した金額を思い出した。
農業機械3台、1,400万円。
耐火レンガ600個、30万円。
耐火モルタル一式、5万円。
ふいご2台、10万円。
合計1,445万円。
買い物前の所持金は3,593万5,348円だったから、残金は2,148万5,348円になる。
「ずいぶん使ったな……」
思わず苦笑いした。
とはいえ、必要なものは揃えた。今さら金を惜しんでも仕方ない。
俺は布団から起き上がり、外へ出た。
塩屋村には、いつもと変わらない朝が訪れていた。
俺は朝食を食べようと広場へ向かった。広場では、いつものようにかなさんが大鍋の前に立ち、朝食の準備をしていた。その隣ではナビーが野菜を切っている。
俺にとっては2か月ぶりに見るかなさんだった。だが、かなさんにとっては昨日も顔を合わせたばかりだ。なんだか懐かしくて、俺は声もかけずにその姿を眺めていた。
生成りの作務衣を着たかなさんが、大きなしゃもじで鍋をかき混ぜている。ふと顔を上げたかなさんと目が合った。
「ユウマさん、そんなに見つめないでください……」
かなさんは頬を赤く染め、恥ずかしそうに視線を落とした。
「あ、いや、その……」
俺が返事に困っていると、隣にいたナビーがニヤニヤしながらこちらを見ていた。
ナビーも旦那さんを亡くしていて、かなさんとは仲がいいらしい。普段から一緒に食事の支度をすることが多い。
「かな、ちゃんとかき混ぜないと焦げるよ」
「あっ!」
かなさんは慌てて鍋に向き直り、しゃもじを動かし始めた。それを見たナビーが、ますます楽しそうに笑っている。
俺まで顔が熱くなってきた。
「じゃ、じゃあ、また後で」
そう言い残して、俺は逃げるように部屋へ戻った。部屋に入ると、煙草に火をつけて一服した。
ふうっと煙を吐き出しながら、さっきのかなさんの顔を思い出す。赤くなった頬。恥ずかしそうに伏せた目。慌てて鍋をかき混ぜる姿。
「……参ったな」
なぜだろう。思い出すだけで、胸がぎゅっと締め付けられるような気がした。
俺はもう一度煙草を吸い込み、しばらく天井を見つめていた。
しばらくして朝食を済ませた俺は、村の様子を見て回ることにした。まず向かったのは第一畑だ。村人たちが草取りや水やりをしており、野菜も順調に育っているようだった。
続いて第二畑へ向かった。こちらもすでに野菜を植えているため、毎日の世話が欠かせない。村人たちは作物の様子を確かめながら、手分けして作業を進めていた。
第三畑では、村人たちが開墾作業を進めていた。水田造りを優先するため一時中断していたが、昨日で水田が完成したので、今日から開墾を再開している。
すでにかなりの範囲が切り開かれており、この調子なら今月中には開墾が終わりそうだ。村人たちも作業に慣れ、以前より手際がよくなっていた。
次に鶏小屋へ向かった。鶏たちは相変わらず元気に動き回っており、雛たちも少しずつ大きくなっていた。餌や水もきちんと用意されていて、特に問題はなさそうだ。
最後に水田へ向かった。昨日、村人たちと一緒に田植えを終えたばかりの水田には、小さな苗が整然と並んでいる。水の状態も悪くなく、今のところ順調だった。
俺が畦道を歩きながら苗を眺めていると、タルガニがこちらへ向かってきた。
「ユウマ、ちょっと来てくれ。うちに隣村の長老が来ている」
タルガニは父親のウシマルと同じ家で暮らしている。どうやら、その家に隣村の長老が訪ねてきたらしい。
俺はタルガニと一緒に家へ向かった。中ではウシマルが見知らぬ年配の男と向かい合い、何やら深刻そうな顔で話をしていた。
家の外には子供が6人いた。男の子が3人、女の子が3人。みんな古びた服を着て、落ち着かない様子で座っている。
事情を聞くと、隣村では食料の蓄えが減り、暮らしが苦しくなっているらしい。そんな中、親を亡くした子供たちの面倒を見ることが難しくなってきたという。
最近の塩屋村では、毎日きちんと食事ができるようになり、以前のように食べ物に困ることがなくなった。その噂が周辺の村にも広がっていたようだ。
隣村の長老は、連れてきた6人の孤児を塩屋村で引き取ってもらえないかと相談に来たのだった。子供たちは8歳から12歳だという。
俺としては、6人くらい増えても食料の心配はない。畑も広がっているし、これから収穫量も増えていくはずだ。ただ、俺一人の判断で決めることではない。
「俺は構わないけど、ほかの村人たちはどう思うかな?」
ウシマルも同じ考えだったようで、急遽、村人たちを広場に集めることになった。
しばらくすると、仕事の手を止めた村人たちが次々と広場に集まってきた。隣村の長老と子供たち6人も広場へ移り、俺たちは事情を説明して、孤児を引き取ることについて意見を聞いた。
以前の塩屋村だったら、簡単には決められなかっただろう。自分たちが食べていくだけでも精一杯だったのだから、さらに6人の食事を用意するとなれば、反対する者がいても不思議ではない。
しかし、今は事情が違う。毎日の食事は安定し、畑も増え、村人たちには以前より余裕が生まれていた。
それに、子供たちも成長すれば村の働き手になる。今でも6歳を過ぎた子供たちは、鶏の世話や草取りなど、自分にできる仕事を手伝っている。
村人たちからも、6人くらいなら問題ないだろうという声が多く上がった。むしろ、これから畑仕事が増えていくことを考えれば、将来の働き手が増えるのはありがたいという意見もあった。
こうして孤児を引き取ること自体には、ほとんど反対が出なかった。
ただ、一つ問題が残っていた。
子供たちをどこに住まわせ、誰が面倒を見るのかということだ。
村人たちはそれぞれ家族を抱えている。食事を6人分増やすのは簡単でも、毎日の暮らしを一緒にするとなれば話は別だった。
しばらく相談が続いたところで、ナビーが口を開いた。
「女の子だったら、うちで一緒に暮らしてもいいよ」
ナビーは夫を亡くしてから一人で暮らしている。子供もいないため、家には多少の余裕があるらしい。
女の子3人なら自分が面倒を見るという申し出に、周囲の村人たちも安心した様子だった。
それなら、残るのは男の子3人だ。
俺は少し考えた。幸い、倉庫には寝泊まりできる場所がある。3段ベッドを一台作れば、男の子3人が寝る場所くらいは確保できるだろう。
「じゃあ、男の子3人は俺が面倒を見るよ」
俺がそう言うと、ウシマルもタルガニも納得したようにうなずいた。
食事はこれまでどおり広場で全員一緒に取ればいい。女の子3人はナビーの家、男の子3人は倉庫で寝泊まりする。これなら新しい家を建てる必要もない。
村人たちの了承も得られ、孤児6人を塩屋村で引き取ることが決まった。
広場の隅で待っていた子供たちは、話が決まったことを聞いても、まだ緊張した様子だった。知らない村で、知らない人たちと暮らすのだから無理もない。
俺は子供たちに近づき、目線を合わせた。
「今日からここがみんなの村だ。食べ物の心配はしなくていいからな」
子供たちは互いに顔を見合わせ、小さくうなずいた。
女の子3人はナビーが引き受け、男の子3人は俺が面倒を見る。寝る場所の準備はこれからだが、今夜から塩屋村で暮らせることになった。
帰り支度を始めた隣村の長老に、俺は塩を5斤持ってきて渡した。
「これ、村に持って帰ってください。少しですけど、食べ物と交換する足しにはなると思います」
長老は驚いた顔で塩を見つめ、何度も頭を下げた。
「子供たちを引き取っていただいたうえに、こんなものまで……本当にありがたい」
俺は長老を村の入口まで見送った。
長老が帰っていくのを見届けてから振り返ると、6人の子供たちが広場で待っていた。
さて、まずは男の子3人の寝床を作らないとな。
広場に戻ると、6人の子供たちはまだ同じ場所に固まっていた。村人たちもそれぞれの仕事に戻り始め、広場には俺とナビー、それに子供たちが残っていた。
そういえば、まだ名前も聞いていなかったな。
「よし、まずは自己紹介してもらおうか。名前と年齢を教えてくれ」
俺がそう言うと、6人は互いに顔を見合わせた。誰から話せばいいのか分からないらしく、なかなか口を開こうとしない。
無理もない。ついさっきまで知らない村に連れてこられ、これからここで暮らすと決まったばかりなのだ。
「そんなに緊張しなくていいぞ。俺はユウマ。こっちはナビーだ」
ナビーが笑顔でうなずくと、子供たちも少しだけ表情を緩めた。
「じゃあ、年上から順番に聞こうかな」
俺は6人の顔を見渡した。
最初に口を開いたのは、一番年上らしい女の子だった。
「ウミです。12歳です」
小さな声だったが、しっかりと俺の顔を見て答えた。
続いて、男の子が一歩前に出た。
「サンルー。11歳」
その隣の男の子も、少し緊張した様子で名前を告げた。
「チラーです。10歳です」
「マナです。10歳です」
「チヨ……9歳です」
最後に残った一番小さな男の子は、俺の顔を見上げながら、ぼそっと答えた。
「クマ。8歳」
これで6人全員の名前が分かった。
俺は一人ずつ顔を見ながら、名前を頭に入れていった。
「よし、みんなよろしくな」
ナビーも子供たちに笑いかけた。
「女の子たちは、あとでうちにおいで。寝る場所を用意してあげるからね」
ウミが代表するように頭を下げると、マナとチヨも慌ててそれにならった。
さて、男の子3人の寝床も準備しないとな。
俺は早速、必要なものを揃えることにした。まずは子供たちの着替えと3段ベッドの材料だ。
そういえば、村のみんなの寝具も揃えておきたい。沖縄とはいえ、4月の朝方はまだ肌寒い日がある。人数も増えたことだし、タオルケットを予備も含めて60枚買っておこう。
俺は一度倉庫へ戻り、現代へ帰還した。
「攻略本にないことも、いろいろ出てくるよな……」
そんなことを考えながら買い物に出かけた。まず衣料品店で子供用の作務衣を男女3着ずつ購入し、続いて寝具売り場でタオルケットを60枚揃えた。
次にホームセンターへ向かい、3段ベッドを作るための木材や金具、ネジなどを購入した。子供が使うものだから、ぐらつかないように頑丈に作るつもりだ。
買い物を終えると、荷物をまとめて塩屋村へ戻った。
俺は倉庫から作務衣を持って広場へ向かった。6人の子供たちはナビーと一緒に待っていた。
「これ、お前たちの服だ。着替えておいで」
俺は男の子と女の子に、それぞれ作務衣を渡した。
子供たちは新品の作務衣を手にしたまま、しばらく動かなかった。こんなきれいな服を自分たちがもらっていいのか、戸惑っているようだった。
ナビーに促されて女の子たちは彼女の家へ向かい、男の子たちも倉庫で着替えた。しばらくすると、6人が揃って広場へ戻ってきた。
さっきまで古びた服を着ていた子供たちが、真新しい作務衣に身を包んでいる。少し大きめのものもあったが、みんなよく似合っていた。
「どうだ、着心地は?」
俺が尋ねると、サンルーが自分の袖を何度も触りながら笑った。チラーとクマも嬉しそうに顔を見合わせ、女の子たちは互いの姿を見てはしゃいでいる。
最初の緊張した表情は、もうほとんど消えていた。よほど嬉しかったのだろう。ウミなどは、服が汚れないように気をつけながら、何度も裾を整えていた。
さて、次は寝床だ。
俺は倉庫へ戻り、3段ベッドの製作に取りかかった。材料は現代から持ち帰ったまま倉庫に置いてあるので、すぐに作業を始められる。
男の子3人もついてきた。興味津々で俺の手元を見ているので、危なくない場所に座らせておいた。
倉庫の一角に場所を確保し、木材を組み立てていく。柱を立て、横木を固定し、寝台を3段に重ねる。転落防止の柵とはしごも取り付けた。
男の子たちは最初こそ黙って見ていたが、形が出来上がってくるにつれて目を輝かせ始めた。クマなどは、早く上に登りたくて仕方がない様子だった。
最後に全体のぐらつきを確認し、柱や寝台がしっかり固定されていることを確かめた。これなら3人が寝ても問題なさそうだ。
「よし、完成だ」
俺がそう言うと、3人は早速はしごを登り始めた。上の段から倉庫の中を見渡しては歓声を上げ、誰がどこで寝るか相談している。
そんなことをしているうちに、ちょうど夕食の時間になった。
広場へ戻ると、かなさんたちが食事の準備を終えていた。大鍋から湯気が立ち上り、食欲をそそる匂いが漂っている。
今夜も具沢山の雑炊だ。冷凍チキンにカラシナ、フーチバー、卵、大根、それにアワとキビも入っている。大鍋の中には色とりどりの具がたっぷり浮かんでいた。
俺たちにとっては、もうすっかりおなじみの夕食になっている。
俺は倉庫に保管してあった予備の椀とスプーン、コップを6人分取り出し、子供たちに渡した。
「これからは自分のものとして使っていいぞ。なくさないようにな」
子供たちは新しい食器を珍しそうに眺めていた。特にスプーンが気になるらしく、手に持って何度も裏返している。
かなさんが一人ずつ椀に雑炊をよそってくれた。鶏肉や野菜がたっぷり入った熱々の雑炊を前に、6人は目を丸くしていた。
だが、誰もなかなか手をつけようとしない。
周囲の村人たちが食べ始めても、子供たちは椀を抱えたまま、遠慮がちに俺たちの顔を見ている。
「遠慮しなくていいぞ。足りなかったらおかわりもあるからな」
俺がそう声をかけると、サンルーが恐る恐るスプーンを口に運んだ。続いてチラーとクマも食べ始め、女の子たちもそれにならった。
一口食べた途端、子供たちの表情が変わった。
それまで遠慮がちだった6人が、夢中になって雑炊を食べ始めたのだ。スプーンを動かす手が止まらず、鶏肉も野菜も次々と口に運んでいる。
クマなどは熱い雑炊を慌てて食べようとして、思わず口をすぼめた。
「熱いから、ちゃんと冷まして食べなさいよ」
ナビーが笑いながら声をかけると、周囲からも笑い声が上がった。
村人たちはそんな子供たちを温かい目で見守っていた。誰も急かしたり、食べ方を注意したりしない。ただ、嬉しそうに食べる姿を眺めている。
それに、どこか誇らしげでもあった。
少し前まで、自分たちも明日の食事を心配していた村なのだ。それが今では、よその村の子供たちを6人引き取り、腹いっぱい食べさせることができる。
村人たちの表情を見ていると、そのことが何より嬉しいのだろうと思った。
結局、6人ともおかわりをして、ようやく満足した様子だった。食べ終わったクマが両手で腹をさすっているのを見て、また笑い声が広がった。
夕食が終わったところで、俺はもう一つ持ってきたものを配ることにした。
「みんな、ちょっと待ってくれ。今日は寝具も持ってきたんだ」
俺は倉庫からタオルケットを持ってきて、村人たちに一枚ずつ渡していった。大人も子供も関係なく、一人一枚だ。
「朝方はまだ少し寒いだろう。寝るときに使ってくれ」
村人たちは柔らかな布を手に取り、驚いた様子で触っていた。頬に当ててみる者もいれば、肩から掛けて笑っている者もいる。
子供たちは早速体に巻きつけ、まるで新しい着物をもらったかのようにはしゃいでいた。大人たちも嬉しそうに礼を言ってくれる。
ナビーは女の子3人の分をまとめ、かなさんもマカトの分と自分の分を抱えていた。
孤児たちも、作務衣に続いて自分専用の寝具までもらえたことが信じられないようだった。ウミはタオルケットを大事そうに抱え、マナとチヨも嬉しそうに頬を寄せている。
男の子3人も、今夜は新しい3段ベッドで眠ることになる。
俺は広場を見渡した。村人たちはそれぞれタオルケットを抱え、笑顔で家へ戻っていく。
今日は朝からいろいろあったが、6人を引き取ってよかったな。
そんなことを考えながら、俺は残ったタオルケットを片付けた。
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