第48話 2026年4月10日
朝、コーヒーを飲みながらパソコンを眺めていると、スマホが鳴った。
画面を見ると、先日訪問した特殊機械製作会社からだった。
「もしもし、大城です」
『お世話になっております。先日ご相談いただいた農業機械の件ですが、3台とも基本設計がまとまりましたので、ご連絡いたしました』
「おお、もうできたんですか」
『はい。脱穀機、籾すり機、精米機の3台です。構造や寸法、概算のお見積もりもまとまりましたので、一度ご確認いただければと思いまして』
「分かりました。今日伺っても大丈夫ですか?」
『はい。午後でしたら対応できます』
「それじゃ、午後1時頃に伺います」
『承知いたしました。お待ちしております』
「あ、それと一つ聞いていいですか?」
『はい、何でしょうか?』
「今日、設計図を確認して問題なければ、そのまま正式に発注したいんですけど、手付金はいくらくらい準備しておけばいいですか?」
『そうですね。正式なお見積もりをご確認いただいてからになりますが、今回は特注品ですので、契約時に着手金として500万円程度をお願いする予定です』
「500万円ですね。分かりました。準備しておきます」
『ありがとうございます。お支払いは契約後のお振り込みで結構です』
「了解です。それじゃ、午後に伺います」
電話を切った俺は、スマホをテーブルに置いた。
500万円か。
まだ総額は聞いていないが、やっぱり特注品となると結構な金額になりそうだ。
もっとも、今回は機械を3台作ってもらうだけではない。設計図から部品の材質、組み立て方法まで、すべて資料として残してもらう予定だ。
1600年の琉球で、いずれ同じ機械を作れるようにするためである。
そう考えれば、決して無駄な出費ではない。
昼食を済ませ、俺はハイラックスに乗り込んだ。
午後1時少し前、特殊機械製作会社に到着した。
受付で名前を告げると、前回対応してくれた技術担当者が迎えてくれた。
「大城様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
案内された会議室のテーブルには、何枚もの設計図が広げられていた。
「まず、こちらが足踏み式脱穀機です。そして、こちらが籾すり機、最後が精米機になります」
俺は椅子に座り、順番に図面を確認した。
脱穀機は足踏み式。籾すり機と精米機はサドルに座り、自転車のようにペダルを漕いで動かす構造になっていた。
「なるほど。籾すり機と精米機は、自転車と同じように漕ぐんですね」
「はい。ペダルの回転をチェーンとベルトで伝え、フライホイールで回転を安定させる方式です。サドルの高さも調整できますので、体格の違う方でも使用できます」
「それはいいですね。何人かで交代しながら使えそうだ」
「はい。ただし、動力は人力ですので、作業者の体力によって処理能力は変わります」
「処理能力はどのくらいですか?」
「籾すり機と精米機については、設計上、毎時50キロを目標にしています。ただし、これは必要な回転数を維持できた場合の数値です。実際の処理量については、完成後の試験で確認する必要があります」
「つまり、機械としては毎時50キロを目指せるけど、漕ぐ人次第ということですね」
「そのとおりです。長時間の連続作業では疲労もありますので、交代要員を用意した方がいいでしょう」
俺は頷いた。
1600年の村人たちに使ってもらうつもりだ。誰か一人に無理をさせる必要はない。
何人かで交代しながら漕げばいい。
それより、気になることがあった。
「ところで、3台の寸法を教えてもらえますか?」
担当者が図面の寸法欄を指さした。
俺は順番に確認していった。
高さはどれも180センチ以内に収まっている。
問題は横幅だった。
「あれ? この籾すり機、横幅82センチになっていますね」
「はい。フライホイールを側面に配置していますので、この寸法になっています」
「すみません。横幅は70センチ以内にしてほしいんです」
担当者は図面を見直した。
「70センチですか……。それでしたら、フライホイールと伝達機構の配置を変更すれば対応できると思います」
「性能は落ちませんか?」
「軸の配置と伝達比を維持できれば、大きな影響は出ない見込みです。ただし、奥行きが少し長くなります」
「奥行きは問題ありません。横幅70センチ以内、高さ180センチ以内。この2つだけ守ってもらえれば大丈夫です」
「承知しました。それでは横幅68センチを目標に修正します」
「お願いします」
俺が寸法にこだわるのには理由がある。
ブラックホールを通せる荷物には大きさの制限がある。せっかく機械が完成しても、1600年へ持ち込めなければ意味がない。
もちろん、そんな事情を担当者に話すわけにはいかない。
「ちなみに、分解して運搬することもできますよね?」
「はい。主要部分はボルトで取り外せる設計です。組み立て手順書もお渡しします」
「それは助かります」
続いて、担当者は別の資料を取り出した。
「こちらがお見積もりになります」
俺は差し出された用紙に目を落とした。
足踏み式脱穀機が250万円。
人力式籾すり機が450万円。
人力式精米機が450万円。
そして、設計図、部品規格書、試験費用などが250万円。
合計1,400万円。
「結構しますね」
思わず口に出た。
「申し訳ありません。今回は既製品の改造ではなく、専用設計になりますので、どうしても費用がかかります」
「いや、文句を言っているわけじゃないですよ。電気を使わない機械を一から作ってもらうんですから、仕方ないですよね」
俺はもう一度見積書を確認した。
1,400万円。
安い買い物ではない。
しかし、この3台があれば、1600年の米作りは大きく変わる。
今は人の手で行っている作業を機械に置き換えられる。しかも、図面と部品規格があれば、将来的には現地で同じものを作れる可能性もある。
「前回お願いした図面と製作資料の件も、この金額に含まれていますか?」
「はい。完成図面、部品表、材質、組み立て手順書などを含んでいます。現地での複製製作や修理についても、契約書で許諾範囲を明記する予定です」
「それなら問題ありません」
俺は見積書をテーブルに置いた。
「分かりました。この金額でお願いします」
「ありがとうございます」
「着手金は電話で聞いた500万円でいいんですよね?」
「はい。契約時に500万円、残金900万円は納品時のお支払いになります」
「分かりました。それでお願いします」
担当者は契約書類の準備を始めた。
その間、俺はもう一度設計図を眺めた。
サドル、ペダル、チェーン、フライホイール。
どれも現代では珍しくない仕組みだ。
しかし、400年以上前の琉球では話が違う。
この機械を村人たちが初めて見たら、どんな顔をするだろう。
特にタルガニあたりは、仕組みを理解するまで何度もペダルを漕ぎたがるかもしれない。
そんな光景を想像して、思わず笑ってしまった。
「何かございましたか?」
担当者に尋ねられた。
「ああ、いえ。実際に使ってもらうのが楽しみだなと思いまして」
「そうですね。こちらも完成が楽しみです」
しばらくして、修正条件と支払い条件を記載した契約書類が用意された。
内容を確認し、俺は署名した。
500万円の着手金も、指定された口座へ振り込んだ。
これで正式発注だ。
「それでは、籾すり機の幅を修正したうえで製作に入ります。完成後は、実際に籾を使って性能試験を行います」
「お願いします。特に毎時50キロの処理能力については、実測値を教えてください」
「承知しました。処理量だけでなく、必要な回転数や作業負荷も確認します」
「ありがとうございます」
俺は立ち上がり、担当者と握手を交わした。
会社を出ると、駐車場には俺のハイラックスが停まっていた。
運転席に乗り込み、エンジンをかける。
1,400万円か。
現代では特注の農業機械3台を買うだけの金額だが、400年前の世界では、その価値は金額だけでは測れない。
何より重要なのは、完成した機械そのものよりも、設計図と仕組みを持ち込めることだ。
俺はハンドルを握りながら考えた。
これをきっかけに、琉球の職人たちが自分たちで機械を作れるようになれば面白い。
そのためにも、まずは完成品をきちんと動かしてみせないとな。
ハイラックスを発進させ、帰り道を走りながら、俺は以前作った攻略本のことを思い出していた。
以前、現代に戻った時、これから琉球で何をすべきか、ChatGPTに何度も質問しながら、自分なりの攻略本を作っていた。
農業、食料の増産、道具の改良、工業化、そして王府との関わり方。
やるべきことを整理し、何から手をつけるべきか、順番まで考えてある。
もちろん、400年以上前の世界が相手だ。攻略本に書いた通りにすべてが進むとは思っていない。
実際に向こうで生活してみると、予定になかった問題も次々に出てくる。そのたびに考え直し、必要なら計画を修正してきた。
それでも、大きな方向性は間違っていないと思う。
今回発注した農業機械も、その計画の一つだ。
米を大量に作れるようになっても、収穫後の処理が追いつかなければ意味がない。だから、収穫する前に脱穀機、籾すり機、精米機を準備する。
順番としては間違っていないはずだ。
それに、俺が現代にいる間、1600年の時間は止まっている。
こちらで何週間、何か月かけて準備しても、向こうでは一秒も経過しない。
これほど都合のいい条件はないだろう。
俺は信号待ちの間に、ふと笑ってしまった。
まるでゲームの攻略本を片手に、次のステージへ進む準備をしているようなものだ。
ただし、ゲームと違って失敗したら取り返しがつかないこともある。
攻略本は絶対の答えじゃない。迷った時に進む方向を確認するためのものだ。
今のところ、計画を大きく変更する必要はなさそうだな。
自宅に戻った俺は、コーヒーを淹れてテーブルに置き、攻略本を開いた。
農業機械の項目に発注済みと書き加え、次のページをめくった。そこには『耐火レンガ・耐火モルタル・ふいご』と書かれていた。
「ああ、次はこれか」
俺は購入品一覧を確認した。耐火レンガは炉を2基造れるだけの数量。耐火モルタルはその施工に必要な分。ふいごは予備も含めて2台だ。
それぞれの製造方法についても、指南書を用意してある。あとは現物を揃えるだけだ。
俺はパソコンを開き、沖縄県内で耐火材を扱う業者を探した。何件か調べていると、耐火レンガや耐火モルタルを販売している会社が見つかったので、早速電話をかけた。
「もしもし、耐火レンガを購入したいんですが、個人でも大丈夫ですか?」
『はい、商品によっては個人のお客様にも販売しております。どのような用途でしょうか?』
「小型の炉を2基造りたいんです。できれば高温に対応した耐火レンガが欲しいんですが」
『炉の大きさや使用温度はお決まりですか?』
「設計図はあります。今から持って伺ってもいいですか?」
『はい。担当者がおりますので、図面をお持ちください』
「分かりました。これから向かいます」
俺は攻略本と一緒に保管してあった炉の設計図を取り出した。製造指南書も確認したが、材料の種類から成形、乾燥、焼成、品質検査まで、専門的なことがずらりと並んでいる。
正直、俺が全部理解しているわけじゃない。だが、必要な情報は揃っている。俺は設計図を封筒に入れ、ハイラックスに乗り込んだ。
しばらく走って目的の会社に到着した。事務所に入ると、電話で対応してくれた担当者が出てきた。
「大城様ですね。図面をお持ちいただいたそうで」
「はい。これなんですが」
俺が設計図をテーブルに広げると、担当者は寸法を確認しながら何度か頷いた。
「なるほど。こちらの炉を2基ですね」
「はい。できるだけ高い温度に対応できるものをお願いします」
「そうしますと、一般的な耐火レンガより、高アルミナ質の製品が候補になります。ただ、炉の内側に使う場所によって材質を変える場合もありますので、図面に合わせて選定しましょう」
「お願いします。必要な数量も計算してもらえますか?」
「承知しました。加工時の破損や予備も含めて見積もります」
担当者は図面を見ながら電卓を叩き、必要なレンガの数量を拾い出していった。
「2基分ですと、予備を含めて約600個を見込んでおけばよさそうです」
「600個ですか。結構ありますね」
「はい。重量もかなりありますので、お持ち帰りではなく配送をお勧めします」
そりゃそうだ。レンガ600個なんて、いくらハイラックスでも一度に積んで帰る気にはならない。
「それじゃ配送でお願いします」
「耐火モルタルも一緒にお見積もりしますね」
担当者は続けて商品資料を取り出した。レンガに適合する高温用の耐火モルタルで、施工時の目地の厚さによって使用量が変わるため、余裕を持った数量にしておくという。
「余ったら予備にできますし、それでお願いします」
しばらくして見積書が出来上がった。耐火レンガ600個、耐火モルタル一式、配送費を含めた金額が記載されている。
「分かりました。これでお願いします」
「ありがとうございます。納期を確認して、配送日をご連絡いたします」
「届け先は自宅のガレージでお願いします」
住所を伝え、支払いの手続きを済ませた。これで耐火レンガとモルタルは確保できた。残るのは、ふいごだ。
俺は会社を出ると、ハイラックスの運転席でスマホを取り出した。攻略本には、ふいごも購入品として記載されている。
現代では電動送風機の方が一般的だろうが、俺が欲しいのは電気を使わないものだ。手動式か足踏み式で、できれば構造が単純で、分解して修理しやすいものがいい。
検索してみると、鍛冶用のふいごを製作している工房がいくつか見つかった。俺はそのうちの一軒に電話をかけた。
「すみません。鍛冶用のふいごを購入したいんですが」
『はい。どのようなものをお探しですか?』
「電気を使わない手動式で、できれば同じものを2台欲しいんです」
『手動式ですね。在庫のある型でしたら2台ご用意できます』
「構造が分かる資料や、交換部品なんかもありますか?」
『取扱説明書と基本的な構造図はお付けできます。消耗する部品についてもご案内できますよ』
「それは助かります。では2台お願いします」
寸法と価格、納期を確認して注文した。こちらも自宅への配送にしてもらう。
電話を切った俺は、スマホのメモを開いた。耐火レンガ600個、耐火モルタル一式、ふいご2台。
「よし、これで揃ったな」
正確には、まだ届いていない。それでも、注文さえ済ませておけば、あとは待つだけだ。
俺はハイラックスを発進させ、自宅へ向かった。帰宅すると再び攻略本を開き、今日注文した3つの項目に印をつけた。
これでまた一つ、準備が進んだ。まだまだ揃えるものはあるが、一度に全部買う必要はない。
順番に、一つずつ片付けていけばいい。
俺はコーヒーを一口飲み、次のページをめくった。
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