第46話 1600年4月20日
朝
目が覚めた俺は湯を沸かし、コーヒーを淹れた。いつものように一服しながら、ゆっくりとコーヒーを飲む。
先日、ようやく村人全世帯分と客人用の高床式住居が完成した。そして昨日は、恒例の村祭りと住宅完成のお祝いを兼ねて、盛大に宴会を開いた。
酒にソフトドリンク、お菓子もいつも通り用意した。村人たちは新しい家ができたことを本当に喜んでいて、広場は夜遅くまで賑わっていた。
それにしても、昨日は随分飲んだな。
俺はコーヒーを一口飲み、昨日の祭りで使ったレシートを確認した。
「昨日の祭りで使ったのは9万5,155円か」
前回の残金は3,603万503円だったから、差し引くと残金は3,593万5,348円。
「まあ、みんな喜んでくれたし、いいか」
今週は大根の収穫もあった。1月20日に種をまいてから約3か月。ようやく本格的な収穫を迎えたわけだが、結果は予想以上だった。
なんと300キロを超える大根が収穫できたのだ。
収穫には村の女性たちだけでなく、子供たちにも手伝ってもらった。土から大きな大根が抜けるたびに、子供たちは歓声を上げていた。
中には自分の腕ほどもある大根を抱えて、得意そうに見せに来る子もいた。村人たちも大喜びだった。
100キロは近隣の村で粟やキビと交換して、150キロは切り干し大根にして冬まで持たせるために塩漬けで保管しようと思う。残りの50キロは一部を切り干し大根にして、あとは雑炊に入れて村内で消費するつもりだ。
コーヒーを飲み終えた俺は、広場へ向かった。
昨日の祭りが始まる前の午前中には、田植えに使う麻紐に30センチ間隔で結び目を作っておいた。あとは水田に紐を張り、結び目に合わせて苗を植えていくだけだ。
今日は村人総出で田植えをする予定だ。小さな子供を除いても40人ほどいるので、それほど時間はかからないだろう。
広場では、かなさんが朝食の準備をしていた。
「かなさん、おはようございます。昨日の祭りは楽しかったですね」
「おはようございます、ユウマさん。美味しい食事にお菓子まで、本当にありがとうございました。毎月のお祭りが楽しみです」
かなさんは嬉しそうに微笑んだ。
「みんなが喜んでくれるなら、準備した甲斐がありますよ」
そんな話をしているうちに、村人たちがわらわらと広場に集まり始めた。
昨日あれだけ飲んだというのに、朝から元気な者もいる。一方で、男どもの中には明らかに二日酔いの者もいた。
「おいおい、今日は田植えだぞ。大丈夫か?」
俺が声をかけると、何人かが苦笑いを浮かべた。
まったく、昨日は少し飲ませすぎたかな。
まあ、人数は十分いる。朝飯を食べたら、いよいよ田植え開始だ。
朝食を終えると、俺たちは全員で水田へ向かった。100メートル四方、面積にして1ヘクタールの水田だ。水田には十分な水が張られ、田植えの準備は整っている。
「よし、みんな集まってくれ!」俺の声に村人たちが集まってきた。
「今日はこの水田に稲の苗を植えていく。昨日作った麻紐を使うから、まずはやり方を見ていてくれ」
俺は水田の両端に杭を打ち、30センチ間隔で結び目を作った麻紐をまっすぐに張った。
「この結び目のところに苗を植えるんだ。一本ずつじゃなくて、苗を二、三本まとめて植えてくれ」
実際に苗を手に取り、泥の中へ差し込んで見せた。「こんな感じだ。深く植えすぎないように気をつけてくれよ」
村人たちは真剣な表情で俺の手元を見つめていた。「それじゃ、始めようか!」俺の掛け声で、村人たちが一斉に水田へ入った。
最初はなかなかうまくいかなかった。苗を深く植えすぎる者もいれば、泥に足を取られて尻餅をつく者もいる。そのたびに周囲から笑い声が上がった。
「おいおい、大丈夫か?」「大丈夫です!」そう答えながらも、立ち上がろうとしてまた滑る。
昨日の酒が残っている男たちは、特に動きが鈍かった。「昨日あれだけ飲むからだぞ!」俺が笑いながら声をかけると、周りの女性たちからも笑い声が上がった。
それでも、時間が経つにつれて村人たちは少しずつ作業に慣れていった。麻紐の結び目に合わせて苗を植え、一列終われば紐を移動させる。俺も村人たちに混じって苗を植え続けた。
昼になると、一度作業を中断して広場へ戻り、みんなで雑炊を食べた。
「まだ半分も終わってないな……」俺が呟くと、タルガニが笑った。
「午後からはもっと早くできますよ。みんな慣れてきましたから」「そうだな。今日中に終わらせよう」
昼食を終えると、再び水田へ戻った。午後になると、作業の速度が目に見えて上がった。
苗を運ぶ者、麻紐を張り直す者、苗を植える者。それぞれが自分の役割を覚え、声を掛け合いながら作業を進めていく。
水田には、まっすぐに並んだ小さな苗が次々と増えていった。それでも、さすがに1ヘクタールは広い。
腰を曲げたままの作業が続き、俺も途中から腰が痛くなってきた。「くそっ、田植えってこんなにきついのか……」
周りを見れば、村人たちも同じように腰を伸ばしたり、泥だらけの手で額の汗を拭ったりしている。それでも誰一人として作業をやめようとはしなかった。
やがて太陽が西へ傾き始めた。残っているのは、あと数列。
「みんな、もう少しだ! 頑張ろう!」俺の声に村人たちが応え、最後の作業を進めていく。
そして、日が落ちる寸前。「よし! 終わったぞ!」最後の苗を植え終えた俺は、思わず大きな声を上げた。
村人たちから歓声が上がった。泥だらけになった顔で笑い合う者、疲れ果てて畦に座り込む者。みんな随分くたびれていたが、その表情は明るかった。
俺は畦に立ち、改めて水田を見渡した。朝まで水面が広がっていただけの場所に、今は小さな緑色の苗が整然と並んでいる。
「……壮観だな」
初めての田植えに丸一日かかってしまったが、何とか終わらせることができた。あとは無事に育ってくれることを願うばかりだ。
俺は夕日に照らされた水田をもう一度眺め、村人たちと一緒に広場へ戻った。
俺は倉庫に戻った。着ている服は田植えの泥で汚れ、足も腰もすっかり疲れ切っていた。
このままでは気持ち悪いので、一度現代に戻ることにした。そういえば、現代にも何度か戻っているうちに時間が進み、そろそろホームセンターも閉まる頃だ。
「ついでに現代の時間も少し進めるか」
俺は「現在に戻りたい」と念じ、現れたブラックホールに入った。
自宅に戻って時計を確認すると、3月31日の午後8時半だった。
「もうこんな時間か」
まずはシャワーで全身の泥を洗い流し、そのまま湯船に浸かった。温かい湯が疲れた体に染み渡る。
「さて、これからどうするかな……」
しばらく考えた末、数日間は現代で過ごすことにした。たまにはリフレッシュも必要だろう。
風呂から上がると、急に腹が減ってきた。今日は朝から夕方まで田植えだったからな。
「久しぶりに現代のうまいものでも食べるか」
時計を見ると、もう午後9時を過ぎていた。着替えたりしているうちに、そろそろ10時近い。
この時間になると、いい店は閉まっていることも多い。どうせ酒も飲むだろうし、タクシーで沖縄市の繁華街まで行くことにした。
繁華街でタクシーを降り、しばらく歩いていると、落ち着いた雰囲気の和食店を見つけた。
「ここにするか」
店に入ると、店員さんが声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。お食事のラストオーダーが10時半、閉店が12時になりますが、よろしいでしょうか?」
「大丈夫です。一人です」
カウンター席に案内され、まずは生ビールを注文した。
運ばれてきたビールを一口飲む。
「くぅーっ、うまい!」
田植えで疲れた体に、冷たいビールが染み渡る。
お通しには、小鉢に盛られた湯葉が出てきた。箸でつまむと柔らかく、口に入れると大豆の優しい甘みが広がる。ほんのり効いた出汁醤油と、なめらかな舌触りがいい。
「湯葉って、こんなにうまかったっけ」
メニューを眺めながら、時間のかかりそうな釜飯を先に注文することにした。
「釜飯を一つ。それから西京焼き、車海老の串焼き、ポテトサラダ、枝豆、あと寿司をお任せでお願いします」
「かしこまりました」
まず運ばれてきたのは枝豆とポテトサラダだった。
枝豆はほどよい塩加減で、噛むと豆の甘みが広がる。ポテトサラダはジャガイモの形が少し残ったタイプで、キュウリの歯応えとマヨネーズの酸味がちょうどいい。
ビールを飲みながらつまんでいると、車海老の串焼きが運ばれてきた。
殻ごと香ばしく焼かれた車海老に、軽く塩が振られている。頭を外し、殻をむいて口に入れると、プリッとした身から濃厚な甘みが広がった。
「やっぱり車海老はうまいな」
続いて西京焼きが出てきた。表面にはこんがりと焼き色がつき、箸を入れると白い身がほろりと崩れる。
味噌の甘みと魚の脂がよく合い、口の中に香ばしい余韻が残った。
ここでビールをもう一杯注文した。
しばらくすると、お任せの寿司が運ばれてきた。マグロ、白身、イカ、海老などがきれいに並んでいる。
まずはマグロから。しっとりした赤身の旨みが広がり、シャリの酸味が後味を引き締める。
白身は淡泊ながら上品な甘みがあり、イカはねっとりとした食感がいい。海老もプリプリで、噛むほどに甘みが出てくる。
「すみません、日本酒を二合お願いします」
冷酒を口に含み、寿司をつまむ。
「はぁ……幸せだな」
1600年の塩屋村でも食事には困らなくなってきたが、こういう料理はまだまだ食べられない。
しばらく寿司と日本酒を楽しんでいると、最後に釜飯が運ばれてきた。
蓋を開けると、湯気と一緒に出汁の香りが立ち上る。具材の旨みを吸ったご飯はふっくらとしていて、底には香ばしいおこげもできていた。
茶碗によそって一口食べる。
「うん、うまい」
出汁の優しい味わいと、おこげの香ばしさがたまらない。
すっかり満腹になったところで、最後にハイボールを注文した。
氷の入ったグラスを傾け、炭酸の爽快感を楽しむ。
「いやあ、今日はよく働いたな」
朝から一日中泥まみれになって田植えをして、夜はこうしてうまい料理と酒を楽しんでいる。
同じ一日なのに、まるで別の人生を二つ送っているような気分だ。
俺は残りのハイボールをゆっくり飲みながら、久しぶりの現代の夜を満喫した。
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