第45話 1600年3月24日
午後
昨日、陳さんが帰った後、俺はすぐに現在へ戻り、文具用品を買い漁った。
コピー用紙に鉛筆、消しゴム、鉛筆削り、バインダーなど、必要なものを次々と購入していく。買い物を終えると、すべて倉庫へ運び込んだ。
それにしても、紙の重さを完全に甘く見ていた。何度も往復して運び込んだが、最後には腕も腰も痛くなっていた。本当に大変だった。
倉庫で一息つき、財布からレシートを取り出した。
「さて、いくら使ったかな」
レシートの合計は12万8,600円。
前回の残金は1,482万9,759円だったから、差し引くと1,470万1,159円。
「結構使ったな。まあ、必要経費だから仕方ないか」
そして今日の午前中、陳さんとの商品の受け渡しを無事に終えた。
代金として受け取ったのは金40匁。
陳さんは商品を確認すると、終始にこやかな表情だった。
「また再来月に来ますので、それまでに商品を準備しておいてください」
そう言い残し、満足そうに帰っていった。
同行してくれたサンラーには、報酬として米10合とカラシナ2斤を渡した。
すべてが終わると、俺はすぐに現在へ戻り、昨日受け取った金196匁5分と、今日受け取った金40匁をまとめて換金した。
合計236匁5分。重さにして886.875グラム。
1グラム24,050円で計算すると、売却額は2,132万9,344円。
昨日の文具購入後の残金1,470万1,159円と合わせると、現在の残金は3,603万503円。
「……3,600万円か」
俺は思わず笑ってしまった。
たった二日間の取引で、ここまで資金が増えるとは思わなかった。
換金を終えた俺は再び1600年の塩屋村へ戻り、今に至る。
さて、午後は村の様子を見て回ることにした。
まず向かったのは、海岸脇にある塩の煮炊き場だ。
近づくにつれて薪の燃える匂いが漂ってくる。相変わらずかなさんが大鍋の前に立ち、海水を煮詰めていた。以前渡した生成りの作務衣を着て、長い木べらでゆっくりと鍋をかき混ぜている。
「かなさん、こんにちは。調子はどう?」
俺が声をかけると、かなさんは振り向いて微笑んだ。
「ユウマさん。今日はもうお仕事は終わったんですか?」
「うん。午前中に商人との取引が終わったからね。午後は村を見て回ろうと思って」
「そうですか。少し休んでいかれませんか?」
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
俺は近くの腰掛けに座った。かなさんは鍋の火加減を確かめると、俺の隣に腰を下ろした。
「最近、ユウマさんはお忙しそうですね」
「まあね。やることが次から次へと出てくるから」
「お身体は大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。丈夫なのが取り柄だから」
「でも、無理はなさらないでくださいね。ユウマさんが倒れたら、みんな困りますから」
「かなさんも?」
そう尋ねると、かなさんは少し俯いた。
「……私は、もっと困ります」
思わずかなさんの顔を見た。
頬がほんのり赤くなっている。
「そ、そうなんだ。ありがとう」
何とも間の抜けた返事をしてしまった。
さすがに俺でも、最近のかなさんの態度には気づき始めている。俺が来ると嬉しそうにするし、何かと身体のことを心配してくれる。以前よりも目が合う回数が増えた気もする。
ひょっとして、俺に好意を持ってくれているのだろうか。
いや、まさかな。
ふと海岸へ目を向けると、子供たちが波打ち際で貝殻を拾っていた。
俺が鶏の餌に混ぜるために集めるよう頼んでいたものだ。
「あいつら、頑張ってるな」
「ええ。毎日楽しそうに拾っていますよ。誰が一番たくさん集められるか競争しているみたいです」
見ると、一人の子供が大きな貝殻を見つけ、得意そうに掲げている。ほかの子供たちも負けじと砂浜を探し回っていた。
「遊びながら村の役に立ってくれるんだから、ありがたいよ」
「ユウマさんは、子供たちにもちゃんとお仕事をくださるんですね」
「仕事ってほどじゃないよ。あいつらにとっては遊びの延長だろうし」
「でも、みんな嬉しそうですよ。自分たちも村の役に立っているって」
かなさんは子供たちを眺めながら微笑んだ。
「私も、こうしてユウマさんとお話しできる時間が好きです」
不意にそんなことを言われ、俺はかなさんの顔を見た。
「俺も楽しいよ。かなさんと話していると落ち着くし」
かなさんは少し頬を赤らめた。
「……また、いらしてくださいね」
「もちろん。塩の様子も気になるからね」
「塩の様子だけですか?」
「え?」
かなさんはいたずらっぽく笑った。
「何でもありません」
……いや、さすがに今のは分かる。
どうやら俺は、思っていた以上に鈍感だったらしい。
塩の煮炊き場を後にした俺は、そのまま第一畑へ向かった。
畑に入ると、青々とした野菜が目に飛び込んできた。
カラシナは相変わらず元気がよく、女性たちが鎌を使って葉を刈り取っている。何度も収穫しているのに、次々と新しい葉が伸びてくるのだからありがたい。
その隣には大根が並んでいた。
1月20日に種をまいてから、もう2か月以上が経過している。葉は大きく広がり、根元を見ると白い大根の肩が土から顔を出していた。
「おお、随分大きくなったな」
俺は一本の根元を確かめた。
そろそろ収穫できるんじゃないか?
近くで作業していた女性に声をかけた。
「ちょっと一本抜いてみてもいいかな?」
「はい、どうぞ」
葉の付け根をしっかり握り、左右に揺らしながら引き抜いた。
ずぼっと土から抜けた大根を見て、思わず笑みがこぼれた。
「おお、立派じゃないか!」
土を払ってみると、白く太った大根が現れた。少し短めではあるが、十分食べられる大きさだ。
「これなら収穫を始めてもよさそうだね。大きくなったものから順番に抜いていこう」
女性たちも嬉しそうに頷いた。
大根は煮物にも漬物にも使えるし、葉も食べられる。村の食卓がまた少し豊かになりそうだ。
続いて琉球芋の畝を見て回った。
1月19日に植えた900本の芋は順調に育ち、地面を這うつるが随分伸びている。葉もよく茂り、畝の土が見えにくくなってきた。
「こっちは6月頃かな」
まだ収穫までは時間があるが、これだけ育っていれば期待できそうだ。
次に第二畑へ向かった。
こちらは第一畑と違い、まだ植え付けたばかりの苗が整然と並んでいる。
50畝に植えた琉球芋、ゴーヤー、ヘチマだ。
3月15日に植え付けを始め、18日にはほぼ作業を終えている。
琉球芋は第一畑から切り取ったつる苗を植えたものだ。まだ葉は小さいが、しおれている様子はなく、しっかり根付き始めているようだった。
ゴーヤーとヘチマの苗も確認した。
どちらも植え付けからまだ日が浅い。小さな葉を広げているが、本格的につるが伸びるのはこれからだろう。
畝の間を歩いていると、防鳥シートの下で鶏たちが地面をつついていた。
成鶏を放して虫を食べさせているのだ。
「お前たち、苗は荒らすなよ」
もちろん返事はない。
鶏たちは俺のことなど気にもせず、せっせと地面をつついている。
ゴーヤーとヘチマが育ち始めれば、つるを這わせるための支柱や棚も必要になる。
こちらの収穫はまだ先だが、夏には随分賑やかな畑になりそうだ。
第二畑を一通り確認した俺は、さらに開墾中の第三畑へ目を向けた。
シンガたちが作業を進めており、以前は草木に覆われていた場所が少しずつ畑らしい姿になっている。
「こっちも順調だな」
第一畑では収穫が始まり、第二畑では新しい作物が育ち、第三畑では開墾が進んでいる。
ようやく村の農業が形になってきた気がする。
俺は満足しながら、先日那覇で交換してきたヤギの様子を見に向かった。
ヤギはきちんとつがいごとに分けて飼育されていた。どちらも元気そうで、俺が近づくとこちらをじっと見ている。
「ちゃんと子供を産んでくれればいいんだけどな」
放牧する時もつがいごとに離し、それぞれ杭を打ってロープで繋いでいる。ヤギたちは杭の周囲を歩き回りながら、伸びた雑草をむしゃむしゃと食べていた。
これなら草刈りの手間も少しは省けるだろう。ただ、同じ場所に繋いでおくとすぐに草がなくなるので、定期的に杭を移してやる必要がある。
次に鶏小屋を覗いた。
中では3羽の雌鶏が抱卵していた。またしばらくすれば、新しい雛が孵るはずだ。
現在いる雛は25羽。順調に育っているようで、日に日に賑やかになってきた。
先日、那覇で新しい雄鶏を交換してきたので、以前から飼っていた雄鶏2羽はもう必要ない。
俺は近くにいたシルーを呼んだ。
「シルー、前からいる雄鶏2羽だけど、今日締めてもらえるかな。夕飯の雑炊に入れてほしいんだ」
「分かりました。今日の夕飯ですね」
「うん、頼むよ」
かわいそうだけど、こればかりはしょうがない。
雛25羽のうち、おそらく半分くらいは雄だろう。今後も成長すれば、何羽かは村の食卓に上がることになるはずだ。
ただ、全部を食べてしまうのももったいない。
近隣の村で雄鶏同士を交換するのもいいかもしれない。血が近い鶏ばかりで繁殖させるのは避けたいし、村同士で定期的に交換できれば都合がいい。
そんなことを考えながら、最後に水田へ向かった。
水田を覗いてみると、思っていた以上に水が溜まっていた。
「おお、結構溜まってるじゃないか」
小川から引き込んだ水が少しずつ田んぼを満たしている。水面が広がり、周囲の景色が映り込んでいた。
この調子なら明日には満水近くになるだろう。
俺は近くにいた子供たちを呼び止め、さらに海岸で貝殻を拾っていた子供たちにも声をかけて集まってもらった。
「みんな、ちょっとお願いがあるんだけど」
子供たちが俺の周りに集まってくる。
「今度は何をするの?」
「小川にタニシっていう巻き貝がいるだろ? あれを集めて、この水田に入れてほしいんだ」
「貝を田んぼに入れるの?」
「そう。あと、カエルを見つけたら、それも捕まえてここに入れてくれるかな」
「カエルも?」
「うん。カエルは虫を食べてくれるからね。ただし、知らない生き物は触らなくていいから」
子供たちは顔を見合わせると、早速小川へ向かって走り出した。
「こら、慌てなくていいぞ! 滑るから気をつけろよ!」
俺の声が届いているのかいないのか、子供たちは楽しそうに駆けていった。
まったく、元気な連中だ。
水田に目を戻すと、水面が午後の日差しを受けてきらきらと輝いていた。
明日には水も十分に溜まるだろう。
いよいよ田植えの準備も本格的に進められそうだ。
水田を後にした俺は、最後に畑の一角に設けた苗代へ向かった。
3月18日に塩水選をして種籾をまいてから、今日で6日が経過している。
しゃがみ込んで土の表面をよく見ると、あちこちから小さな緑色の芽が顔を出していた。
「おお、ちゃんと芽が出てるじゃないか」
まだまばらだが、確実に発芽が始まっている。指先でそっと土に触れてみると、適度に湿っていた。水やりもきちんと行われているようだ。
それにしても、あんな小さな種籾から米ができるんだから不思議なものだ。
このまま順調に育てば、あと3〜4週間ほどで田植えができるだろう。
水田の水も明日には十分に溜まりそうだし、準備は着実に進んでいる。
「よし、こっちも順調だな」
俺は立ち上がり、もう一度小さな芽を眺めてから、その場を後にした。
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