第43話 1600年3月23日
朝。
俺は目を覚ますと湯を沸かし、コーヒーを淹れて一服した。
今日もあちこち体が痛い。先日からずっと水田工事をしているので、さすがに疲れが溜まっているようだ。
もっとも、それも今日までだ。昨日の時点で水田はほぼ完成している。あとは小川から水を引くだけになった。
100メートル四方、面積にして1ヘクタール。最初は本当に完成するのかと思ったが、20人の作業員たちが頑張ってくれたおかげで、予定どおりここまで来ることができた。
俺は倉庫から外に出て広場を見渡した。かなさんと数人の女性たちが、朝食の支度をしている。
「かなさん、おはよう」
「ユウマさん、おはようございます」
かなさんが笑顔で挨拶を返してくれた。
周りにいる女性たちをよく見ると、今回新しく移住してきた人たちだった。かなさんとナビーが中心になって、村での暮らしや仕事をいろいろ教えているようだ。
俺は大きな鍋の中を覗き込んだ。ちょうど、いつもの雑炊を煮込んでいるところだった。
いつもの雑炊とはいっても、米に粟、キビ、カラシナ、フーチバー、それに卵まで入っている。具沢山で、これだけでも十分な食事になる。
俺は近くで手伝っていた、マチューの嫁のお母さんであるウタに声をかけた。
「ウタさん、塩屋村の食事はどうですか? 口に合いますか?」
「はい! 毎日とても美味しくいただいています!」
ウタは満面の笑みで答えてくれた。
すると、周りの女性たちも口々に話し始めた。
「こんなに毎日お腹いっぱい食べられるなんて、思ってもいませんでした」
「本当に塩屋村に来てよかったです」
どうやら、新しく来た人たちも村の暮らしに馴染んできているようだ。食事の心配がないというだけでも、ずいぶん安心できるのだろう。
そこへ、鍋をかき混ぜていたかなさんが口を開いた。
「この村も、ほんの少し前までは食べるものに困っていたんですよ」
女性たちが驚いたようにかなさんを見る。
「でも、ユウマさんが来てくださってから、村の暮らしがすっかり変わりました。今では毎日、こんなに美味しいご飯が食べられるんです。全部ユウマさんのおかげなんですよ」
おいおい、そんなに褒められると照れるじゃないか。
女性たちの視線が一斉に俺に集まったので、何だか居心地が悪くなってきた。
「いやいや、みんなが頑張ってくれているからですよ。それじゃ、俺はちょっと向こうを見てきます」
俺は照れくさくなって、その場を離れた。
そんな俺の後ろ姿を、かなさんは熱のこもった眼差しでじっと見つめていた。
食事を終えると、村人たちはそれぞれの仕事場へと散っていった。俺も水田へ向かい、ショベルカーのエンジンをかける。残る作業は、小川まであと50メートルの水路を掘るだけだ。
ここ数日、毎日のように聞いていたエンジン音が響き渡る。俺は慎重にショベルを動かし、少しずつ水路を延ばしていった。これが終われば、ようやく水田工事も一区切りだ。
午前中いっぱい作業を続け、小川まで残り1メートルのところまで来た。俺はそこでショベルカーのエンジンを止め、近くで作業していた村人たちを呼び集めた。
「みんな、ちょっと集まってくれ!」
何事かと村人たちが集まってくる。俺はシンガに声をかけた。
「シンガ、最後の1メートルはスコップで掘ってくれないか。せっかくだから、最後はみんなの手でつなげよう」
シンガは大きく頷くと、もう一人の男とスコップを持って水路に降りた。周りでは村人たちが固唾をのんで見守っている。
二人が交互にスコップを振るい、残った土を少しずつ取り除いていく。あと50センチ、30センチ。小川の水面がすぐそこまで迫っていた。
「よし、あと少しだ!」
シンガが最後の土を掘り崩した瞬間、小川の水が細い筋となって水路へ流れ込んできた。
「あっ、水が来た!」
誰かが声を上げる。最初はちょろちょろと流れていた水が、土を押し流しながら次第に勢いを増していく。
「つながったぞ!」
シンガが叫ぶと、周りから一斉に歓声が上がった。
俺は思わず拍手をした。すると、村人たちも次々に手を叩き始め、あっという間に大きな拍手が広がった。
たった1メートルの土を取り除いただけだ。それなのに、何だか胸がいっぱいになってしまった。
五日前、木や草に覆われていた土地が、今では100メートル四方の立派な水田になっている。村人たちと汗を流し、木を切り、根を抜き、土をならしてきた。その最後の仕上げが、今こうして目の前で形になったのだ。
「ユウマさん! 水が流れていきます!」
振り返ると、村人たちが水路を指差している。
「よし、みんなで追いかけよう!」
俺が歩き出すと、村人たちも笑いながらついてきた。水は掘りたての水路を勢いよく流れ、乾いた土を濡らしながら水田へと向かっていく。
途中で水の流れが少し遅くなると、誰かが「頑張れ!」と声をかけた。それを聞いて、みんなが笑い出す。
まるで水そのものを応援しているみたいだ。
やがて水路の先に、広々とした水田が見えてきた。
「来たぞ! もうすぐだ!」
先頭を歩いていた男が叫ぶ。
俺たちは足を速め、水田の入り口に集まった。そして次の瞬間、水路を流れてきた水が、とうとう水田の中へと流れ込んだ。
「おおおっ!」
今度は先ほどよりも大きな歓声が上がった。
水は乾いた地面の上をゆっくりと広がり、低いところから少しずつ溜まり始めた。太陽の光を受けて、水面がきらきらと輝いている。
俺はその光景を、しばらく黙って眺めていた。
100メートル四方、1ヘクタールの水田だ。満水になるまでには数日かかるだろう。それでも、今こうして水が流れ込んでいる。
隣を見ると、シンガが満足そうな顔で水田を眺めていた。他の男たちも、泥だらけの服のまま笑い合っている。
「みんな、本当にありがとう。おかげでここまで来られたよ」
俺がそう言うと、シンガが首を横に振った。
「ユウマさんがいなければ、こんな大きな田んぼを作ろうなんて、誰も考えませんでした」
「いや、作ったのはみんなだよ。俺一人じゃ、とても無理だった」
シンガは照れくさそうに笑った。
村人たちの顔を見渡すと、誰もが晴れ晴れとした表情をしている。五日間の疲れなど、すっかり忘れてしまったようだ。
まだ田植えもしていないし、米が収穫できる保証だってない。
それでも、今ここにいる全員が、この水田からたくさんの米が実る日を思い描いているのだろう。
俺も同じだった。
水田に流れ込む水を眺めながら、いつかここ一面に黄金色の稲穂が揺れる光景を想像した。
その日が来るのが、今から楽しみで仕方なかった。
みんなで昼食を取り、ひと息ついていると、遠くから俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ユウマさん! ユウマさーん!」
声のする方を見ると、タルガニがこちらに向かって走ってくる。ずいぶん慌てた様子だ。何かあったのだろうか。
「タルガニ、どうした?」
「塩屋湾に大きな船が入ってきました! 今まで見たことのない船です!」
大きな船? 俺は一瞬考え、すぐに陳さんの顔が浮かんだ。
あっ、そうか! そろそろ陳さんが来る頃だった!
「あちゃー、しまった!」
思わず声が出た。水田工事に夢中ですっかり忘れていたが、交易用の商品を何も準備していない。
俺は慌てて立ち上がり、倉庫に向かって小走りになった。途中、塩屋湾の方を見ると、確かに大きな船が浮かんでいる。まだ沖合にいるようで、人が降りてくる気配はない。
よし、まだ時間はありそうだ。
「タルガニ、おそらく陳さんという商人が来たんだと思う。俺はちょっと準備してくるから、ここで待っていてくれ」
「分かりました!」
タルガニにそう告げると、俺は急いで倉庫へ戻り、そのままガレージへ向かった。ハイラックスに乗り込もうとしたところで、ふと自分の格好に気づく。
うわっ、泥だらけじゃないか。
ズボンも靴も泥まみれだ。これじゃ車の中まで汚してしまう。
ふと思う。どうせあっちの時間は止まっているんだから、急ぐ必要はないか。
よし、まずはシャワーだな。それからコーヒーでも飲みながら、陳さんに何を売るかゆっくり考えよう。
俺はすっかり落ち着きを取り戻し、泥だらけの自分を見て苦笑いした。
現代に戻った俺は、さっそくシャワーを浴びて着替えを済ませた。
コーヒーを淹れて椅子に腰を下ろすと、ノートを取り出した。
さて、陳さんに何を売ろうかな。
まずは前回と同じ商品だ。
グラス、ライター、胡椒、手鏡。前回と同じ品を揃えておこう。
これらは全部100均で揃う。今回は二度目の取引だから、前回より少し安く売ってあげようと思う。
そして、ここからが本題だ。
前回、南蛮人に大型の姿見を売ったときは、予想以上の値段がついた。今回も同じ作戦でいってみよう。
家具屋では大型姿見を二種類探そう。まず安い方を見せ、次に上等なものを出す作戦だ。
それから、装飾の凝ったガラス製の花瓶も探してみよう。
次は文房具だ。
文具店でしっかりした虫眼鏡を10個探そう。文字を大きく見せるだけでなく、太陽の光で火を起こす実演もしてみたい。
紙や鉛筆、消しゴム、鉛筆削り、バインダーも用意しておこう。
こちらは販売用ではなく、実演用だ。
鉛筆で文字を書き、消しゴムで消してみせる。陳さんが興味を示したら、文房具一式として注文を取るつもりだ。
販売するのは、コピー用紙2,000枚、鉛筆10ダース、鉛筆削り2個、バインダー2個、消しゴム5個をまとめた1セット。
価格は金5匁。注文を受けてから商品を揃え、翌日に引き渡せばいい。
よし、これで決まりだ。
まずは文具店へ向かった。
店内で虫眼鏡をいくつか手に取って比べてみる。レンズが大きく、持ち手もしっかりしたものがあったので、それに決めた。
値札を見ると1個1,500円だった。俺は同じものを10個購入した。
なかなかいい買い物じゃないか。
続いてコピー用紙500枚、鉛筆1ダース、消しゴム1個、100円ほどの簡単な鉛筆削り1個、バインダー1個を買い物かごに入れた。
文具店での買い物を終えると、次は家具屋へ向かった。
まずは大型姿見だ。二級品として売るものを1枚、一級品として売るものを1枚選んだ。
続いてガラス製の花瓶を見て回る。
いくつか見比べていると、色とりどりのガラスが複雑に重なり合い、表面にも装飾が施された豪華な花瓶が目に留まった。
おお、これは綺麗だな。
値札を見ると、1個10,000円。
これなら陳さんも気に入るんじゃないか。
俺はその花瓶を2個購入することにした。
家具屋を出た俺は、最後に100均へ向かった。
いつもの商品を必要な数だけ買い物かごに入れ、会計を済ませた。
これで買い物は全部終了だ。
俺は買い物を終えると、現代のガレージハウスに戻った。
買ってきた商品を並べ、財布からレシートを取り出す。
さて、今回はいくら使ったかな。
まずは文具店のレシートだ。虫眼鏡が1個1,500円で10個、合計15,000円。コピー用紙500枚が650円、鉛筆1ダースが720円、消しゴムが120円、鉛筆削りが110円、バインダーが350円。
文具店の合計は16,950円か。
次は家具屋だ。
二級品として選んだ大型姿見が8,800円、一級品の大型姿見が29,800円。それから、装飾ガラスの花瓶が1個10,000円で、2個合わせて20,000円。
家具屋の合計は58,600円。
やっぱり大型姿見はそれなりの値段がするな。それでも前回の南蛮人との取引を考えれば、十分元は取れるだろう。
最後は100均だ。
グラス10個で1,100円、ライター4個セットが5パックで550円、胡椒10本で1,100円、手鏡10個で1,100円。
こちらは合計3,850円。
俺は電卓を取り出し、全部の金額を足してみた。
16,950円に58,600円、それから3,850円。
「合計79,400円か」
思ったより安く済んだな。
特に装飾ガラスの花瓶は、1個1万円とは思えないほど豪華だ。
陳さんがどんな反応をするのか、今から楽しみだ。
俺はノートに今回の支出79,400円を書き込んだ。
さて、あとは残金だな。
前回、南蛮人から受け取った金を売却したあと、残金は14,909,159円になっていた。
そこから今回の79,400円を差し引く。
残金、14,829,759円。
「まだ一千四百八十万円もあるのか……」
俺は思わず笑ってしまった。
これだけ買い物をしても、ほとんど減った気がしない。
さて、あとは商品を持って戻るだけだ。
俺は買ってきた商品を持って、1600年の塩屋村へ戻った。
さっそく自分の部屋に入り、テーブルの上に100均で買ってきた商品を並べていく。
前回と同じ商品を、陳さんが見やすいよう綺麗に並べた。
次は大型姿見と装飾ガラスの花瓶だ。
こちらはまだ見せるつもりはない。二級品と一級品の大型姿見、それに装飾ガラスの花瓶2個を俺の後ろに置き、それぞれ布を被せておいた。
ふふふ、いかにも何かありそうだろ。
陳さんが気になって尋ねてきても、すぐには見せないつもりだ。こういうものは、少し期待を持たせた方が面白い。
最後に、虫眼鏡10個と実演用の文房具一式をテーブルの下にしまった。
これで準備完了だ。
俺は少し離れてテーブル全体を眺めてみた。
なかなかいい感じじゃないか。
さて、あとは陳さんが来るのを待つだけだな。。
評価、ブックマークお願いします




