第42話 1600年3月18日
朝。
俺は目を覚ますと、いつものように湯を沸かした。コーヒーを淹れ、椅子に座って一口飲みながら煙草に火をつける。
昨日は船で那覇から塩屋へ戻ったあと、そのまま現在のガレージハウスへ戻った。そして今回手に入れた金を持って、すぐに地金買取店へ向かった。
前回は地金買取店Aを使ったが、今回は別の地金買取店Bにした。別に深い理由があるわけじゃない。
「連続で同じ店にこれだけの金を持っていくのも、なんだかなぁ……」
ただそれだけだ。
今回、南蛮商人から受け取った金は百二十匁。一匁を約三・七五グラムで計算すると、全部で四百五十グラムになる。
地金買取店Bで査定してもらうと、今回の買取価格は一グラム二万四千五十円だった。前回の店より少し安かったが、この程度なら誤差みたいなものだ。
四百五十グラムで――。
10,822,500円。
「千万円超えか……」
鏡二枚に使った金は29,880円。それが一日で一千万円以上になったと思うと、さすがに笑えてくる。
そして前回までの残金は4,086,659円。
そこへ今回の10,822,500円を加える。
残金、14,909,159円。
「一千四百九十万か……」
俺はコーヒーを飲みながら、煙をゆっくり吐き出した。
今日の段取りを考える。
昨日の時点で、第三畑はすでに出来上がっていた。防鳥シートまで張り終えていて、あとはいつでも使える状態になっている。
シンガたちの話では、チェーンブロックを使うようになってから開墾の速度がかなり上がったらしい。木の根や邪魔な物を引き抜く作業が前とは比べ物にならないほど楽になったとのことだった。
第二畑の方も順調だ。
琉球芋、ゴーヤー、ヘチマの植え付けは、女性陣がかなり頑張ってくれたらしく、もうほとんど終わっている。
今回の移住で女性が六人増えたのも大きかった。畑仕事に回せる人数が増えたことで、今まで数日かかっていた作業が一気に進むようになっている。
「畑の方は、だいぶ余裕出てきたな……」
コーヒーを飲みながら、次に何をするか考える。
そろそろ水田を作ってもいいかもしれない。
測量機器はある。
重機もある。
人手もある。
今から場所を決めて整地を始めれば、三月末までには田んぼの形を作り、苗を植えるところまで持っていけるはずだ。
「よし、水田やるか」
俺は灰皿に煙草を押し付けながら、今日の予定を決めた。
まずは種籾の準備から始めることにした。
俺は海水を運ぶ時に使っている十リットルのバケツを何個か集めてもらい、そのうち一つに水を入れる。そこへ塩を溶かし、種籾を選別するための塩水を作った。
「シンガ、ちょっと来て」
畑の方にいたシンガを呼ぶと、すぐにこちらへやって来た。
「今日は米を作る準備を始める。まずは、この種籾の中から出来のいい物だけを選ぶ」
俺は現代から持ってきたコシヒカリの種籾を見せ、それを少しずつ塩水の中へ入れていった。
すると、沈む籾と浮いてくる籾に分かれる。
「浮いてくる方は、中が軽かったり実が十分に詰まってない可能性が高い。だから今回は使わない。底に沈んだ物だけを種として使う」
シンガはバケツの中を覗き込みながら、浮いている籾と沈んでいる籾を見比べていた。
「水に入れるだけで分かるのか?」
「普通の水じゃなくて塩水な。塩を入れて重くしてある。軽い籾だけ浮きやすくなるんだ」
そう説明すると、シンガは納得したように何度も頷いた。
「沈んだ籾は一度きれいな水で洗う。そのあと水に浸けて芽を出させる。いきなり田んぼへ撒くんじゃなくて、先に苗を育ててから植えるんだ」
俺は手で高さを示しながら続ける。
「二十日から三十日くらい育てて、ある程度しっかりした苗になったら水田へ移す。その時も適当に植えるんじゃなくて、縦横を揃えて一定の間隔で植える」
シンガが少し首を傾げた。
「揃えて植える?」
「正条植えってやつだ。真っ直ぐ並べて植える。そうすれば人が間を歩きやすいし、草取りもしやすい。全部バラバラに植えるより管理が楽になる」
俺は地面に指で線を引き、苗を一定間隔で並べる形を簡単に描いてみせた。
「水田の方は別で作る。まず今日は種籾の選別と育苗の準備。それと並行して、水田にする場所を決めて開墾を始める」
シンガは地面に描いた線を見ながら、ゆっくり頷いた。
「分かった。何人使う?」
「まず育苗は女性陣にも手伝ってもらう。水田の方は男を多めに回す。重機も使うから、今回はかなり早く進むと思う」
俺は塩水の底に沈んだ種籾を見ながら、少し笑った。
「うまくいけば、これが塩屋村の米になる」
塩水選別の方は、五人ほどの女性に任せることにした。やり方はもう説明したので、浮いた籾を取り除き、沈んだ種籾をきれいな水で洗ってもらえばいい。
残りの農民には全員ついてきてもらった。今日は水田作りに回す。
一方、猟師組と漁師組、それにグシーとカマルーは久しぶりに全員揃って家作りだ。畑仕事や那覇行きで人を取られていたので、ようやく建築の方にもまとまった人数を戻せる。
俺たちは水田候補に考えていた場所まで移動した。
「だいたい、この辺からこの辺まで使う」
俺は農民たちに、水田にする範囲を大まかに説明した。最終的には百メートル四方、一万平方メートルほどの水田にする予定だ。
範囲内には木も生えているが、森というほど密集しているわけではない。大木もほとんどなく、邪魔になる木を伐採して切り株を抜けば、重機を入れて一気に整地できそうだった。
「まず木を全部切ってくれ。切ったあとの根は、いつものようにチェーンブロックで抜いていって」
シンガたちがすぐに作業へ散っていく。今ではチェーンブロックの使い方にも慣れているので、切り株の処理も以前とは比べ物にならないほど早い。
俺はその間に測量を始めることにした。
まず水田予定地の端に基準となる杭を一本打ち、その近くへ測量機を据える。三脚の脚を広げてしっかり地面へ固定し、気泡を見ながら機械が水平になるよう微調整していった。
「ここを基準にするか」
次に農民の一人に測量用の標尺を持たせ、予定地の何か所かへ立ってもらう。俺は測量機を覗きながら、それぞれの場所の高さを順番に確認していった。
水田は畑と違い、水を張った時に一部だけ深くなったり、逆に土が水面から出たりすると困る。だからまず土地の高い場所と低い場所を把握し、どこを削ってどこへ土を移すか決める必要がある。
「そこ、そのまま動かないで」
標尺の位置を変えてもらいながら、ノートへ数字を書き込んでいく。数か所測っただけでも、この土地がどちらへ傾いているのかだいたい分かってきた。
幸い、極端な高低差はない。
「これならかなり楽だな」
ショベルカーで高いところを少し削り、その土を低いところへ移せば、水田として使える程度まで十分平らにできそうだ。
次に四隅を決める。
測量機と巻尺を使いながら百メートルずつ測り、農民たちに四隅へ杭を打ってもらった。さらにその間にも何本か杭を立て、水田の外周が分かるよう縄を張っていく。
これで百メートル四方の範囲がはっきりした。
問題は水だ。
この場所から百メートルほど先には小川が流れている。
俺は今度は小川の方へ移動し、水面の高さと水田予定地の高さを測ってみることにした。小川から自然に水を引けるなら一番楽だ。
小川の脇に標尺を立ててもらい、測量機で高さを確認する。それから水田予定地側ももう一度測り、数字を比較する。
「……よし。これならいける」
小川の取水予定地点の方が水田より少し高い。
百メートルほど水路を掘り、緩やかに下るよう勾配を付ければ、ポンプを使わなくても自然に水を流せる。
俺は小川から水田まで歩きながら、水路を通す場所にも一定間隔で杭を打っていった。
「この杭に沿って水路を掘る。深く掘りすぎなくていい。水がゆっくり田んぼの方へ流れるくらいでいいから」
シンガが杭の並びを見ながら頷いた。
水田側には水を入れる用水路だけでなく、反対側には余った水を逃がす排水路も必要になる。入口と出口を作り、水量を調整できるようにしておけば管理もしやすい。
俺は水田の四隅、水路の位置、高低差をもう一度ノートで確認した。
百メートル四方、一ヘクタール。
小川まで約百メートル。
水も自然に引ける。
木もそれほど多くない。
「思ったより条件いいな」
あとは邪魔な木と根を片付けて、ショベルカーで整地すればいい。
測量を終えて作業場所へ戻ると、シンガたちはすでに木の伐採を始めていた。大きな木が少ないとはいえ、百メートル四方となるとそれなりの本数がある。男たちは手分けして木を切り倒し、枝を払って使える木材と邪魔な枝葉を分けていた。
「シンガ、切った木は水田の外へまとめておいて。あとで使える物は使うから」
「分かった」
切り株の方ではチェーンブロックを使った抜根作業も始まっていた。根の周囲をスコップで掘り、チェーンブロックで力をかけながら少しずつ引き抜いていく。以前なら何人もかかって苦労していた作業だが、今ではみんな手慣れたものだった。
俺は一度倉庫へ戻り、ショベルカーを動かす準備をした。燃料を確認し、エンジンをかけると、そのままゆっくり水田予定地へ向かう。
現場へ着くと、まず農民たちを集めた。
「今からこの機械で土を動かす。危ないから、俺が作業している場所には近づかないでくれ。木の片付けは向こう側から進めて」
シンガが全員に伝えると、農民たちはそれぞれの持ち場へ戻っていった。
俺はショベルカーに乗り込み、まず測量で確認しておいた高い場所から作業を始めた。バケットで表面の草や根を取り除き、そのあと高い部分の土を削って低い場所へ運んでいく。
「やっぱり重機があると全然違うな」
人力でこれだけの土を動かそうと思ったら、相当な日数がかかる。ショベルカーなら一度にかなりの量を運べるので、目に見えて地面の形が変わっていった。
ただ、一ヘクタール全部を完全に平らにするにはまだ時間がかかる。今日はまず木が片付いた部分から粗く整地し、翌日以降に高さを確認しながら仕上げていくことにした。
途中で何度か作業を止め、測量した時の数字と実際の地面を見比べる。低い場所へ土を入れすぎないように気をつけながら、少しずつ均していった。
午後になると、伐採の方もかなり進んでいた。
農民たちは切り倒した木を次々と水田の外へ運び出し、抜いた切り株も一か所に集めている。チェーンブロックを使う班と枝葉を片付ける班に分かれたことで、作業は順調に進んでいた。
「シンガ、そっちはどんな感じ?」
「あと少しだ。明日には木は全部片付くと思う」
「早いな。じゃあ今日はそこまででいいよ。無理に全部終わらせなくていいから」
俺はショベルカーを一度止め、今度は小川から水田へ引く用水路の予定地を確認することにした。午前中に打った杭はそのまま残っており、水路の通り道も分かりやすい。
農民たちには杭の周囲にある草や小さな木を片付けてもらった。水路そのものを掘るのは、明日ショベルカーでまとめてやるつもりだ。
夕方が近づいたところで、俺は初日の作業を終えることにした。
水田予定地の木は大部分を伐採でき、切り株もかなりの数を抜くことができた。ショベルカーで粗い整地にも着手し、用水路の予定地も片付け始めている。
「初日でこれだけ進めば十分だな」
シンガたちも作業を終え、道具をまとめ始めた。
明日は残った木と切り株を片付けながら整地を進め、そのあと用水路を掘る。田んぼの畦や細かい高さの調整は、整地が終わってからだ。
俺は少しずつ開けてきた土地を眺めた。
「四月上旬の田植えには、十分間に合いそうだな」
そう呟いて、みんなと一緒に村へ戻ることにした。
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