第41話 1600年3月16日
午後。
船は無事に那覇へ到着した。俺とタルガニは船から降り、ウミトゥたち三人にはそのまま船と荷物の留守番をお願いする。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」「ああ。こっちは任せろ」
俺とタルガニはそのまま那覇の町へ入り、まずは通訳のサンラーを探すことにした。前に会った辺りを中心に、二人で町の中をぶらぶら歩いていく。
しばらく歩いていると、少し先に見覚えのある男を見つけた。サンラーだ。俺は手を上げ、大きな声で呼んだ。
「サンラー!」
サンラーがこちらを振り向き、一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに俺たちだと気づいたらしく足早に近づいてきた。
「悠真!」「久しぶりだな。元気でしたか?」「ああ、元気だ」
俺たちはその場でしばらく近況を話した。俺が塩屋の様子を簡単に話し、逆にサンラーには那覇で何か変わったことがなかったか聞いてみる。
その流れで陳さんのことも聞いてみると、あれからまだ那覇には来ていないらしい。ただ、サンラーの話ではもうそろそろ来るんじゃないかとのことだった。
「陳さんが来たら、サンラーも一緒に乗って塩屋まで来てください。前に話した通りで」「ああ、分かった」
前に陳さんとは、次に那覇へ来た時にサンラーを拾って、そのまま塩屋まで来てもらう話をしてある。念のためもう一度確認できたので、これで大丈夫だろう。
俺は続けて今回那覇へ来た目的をサンラーに説明した。欲しいのは雄ヤギ二頭、雌ヤギ二頭、それに雄鶏二羽だ。
「そんなに買うのか?」「村で増やしたいからね」
そして今回も案内を頼むことになるので、俺は持ってきた泡盛一・八リットルパックを一本取り出してサンラーへ渡した。
「これ、今日の案内のお礼。前に渡した陶器の泡盛の瓶、まだある?」「ああ、ある」「じゃあ、これをその瓶に移して飲めばいいよ」
サンラーは何度も頷きながら、泡盛のパックを大事そうに抱えた。見慣れない容器ではあるが、中身が前に飲んだ泡盛だと分かってかなり嬉しそうだ。
「それで、とりあえずヤギを売ってる人と、鶏を売ってる人を探してほしい」「分かった」
まずは目的の家畜を扱っている商人を探すところからだ。俺とタルガニはサンラーの案内で、再び那覇の町を歩き始めた。
まずは雄鶏を売っている人を探してもらった。サンラーに聞きながら町を歩いていると、前回とは別の場所で鶏を扱っている男を見つけた。
俺は雄鶏を二羽欲しいことを伝え、米との交換ができないか聞いてみた。相場は前回と変わらず、雄鶏一羽につき米五合でいいらしい。
「じゃあ、雄二羽で十合だな」
話はすぐにまとまり、雄鶏二羽を米十合で譲ってもらうことになった。ただ、米はまだ持っていないので、あとでまとめて取引することにする。
次は今回の一番の目的であるヤギだ。
ところがヤギを売っている人はなかなか見つからなかった。サンラーが何人かに聞いて回ると、町中で売っているわけではなく、少し離れた農家が繁殖させているらしい。
幸いそれほど遠くないとのことで、俺たちはその農家まで歩いて向かった。しばらくして農家へ着くと、囲いの中に二十頭ほどのヤギがいるのが見えた。
「結構いるな」
俺は近くにいた農家の男へ声をかけ、雄二頭と雌二頭を譲ってもらえないか聞いてみた。サンラーにも間に入ってもらいながら、米との交換で話を進めていく。
農家の男は少し考えたあと、ヤギの方を見ながら値段を答えた。
「雄なら一頭、米百合。雌なら一頭、百五十合だ」
雄二頭なら二百合、雌二頭なら三百合。四頭合わせて米五百合になる。
「四頭で五百合か……」
俺は囲いの中のヤギを見ながら、頭の中で持ってきた塩の量を計算し始めた。
「分かった。それじゃ米を今から持ってくるから、ここで待っててくれ」
農家の男にそう伝え、俺たちは一度船へ戻ることにした。雄鶏を売ってくれる男にもあとで戻ってくると伝えてある。
船まで戻ると、積んであった塩の入ったプラスチックボックス三個を降ろした。今回は三個あるので、二人で一個ずつ持ちながら何度か往復して運ぶことにする。
「さすがに百キロは重いな」
タルガニと二人で箱を抱え、サンラーにも付いてきてもらいながら前回取引した米商人のところへ向かった。
何度か往復し、ようやく三個すべてを米商人の前まで運び終える。商人は俺の顔を見ると、すぐに前回のことを思い出したようだった。
「また塩か」「ああ。今回は前より多い」
俺たちは箱の蓋を開け、中の塩を見せる。商人は塩の質を確かめると、順番に重さを量り始めた。
三箱すべて量り終えると、商人が合計を確認する。
「百六十六斤余りあるな」
百キロ持ってきたので、だいたい計算通りだ。前回と同じ一斤につき米三合なら、百六十六斤余りで米はほぼ五百合になる。
「前と同じ、一斤で三合でいい?」
商人はもう一度塩を確認してから頷いた。
これで持ってきた塩百キロを、米約五百合と交換できることになった。
俺は米商人の前で、もう一度頭の中を整理した。
雄鶏は一羽五合。それを二羽だから十合。雄ヤギは一頭百合、それを二頭で二百合。雌ヤギは一頭百五十合なので、二頭で三百合になる。
全部合わせると五百十合だ。
一方、持ってきた塩百キロは百六十六斤余り。前回と同じ一斤につき米三合なら、交換できる米はだいたい五百合になる。
「……十合足りないな」
ほんの少しだけ足りない。ここまで来て雄鶏だけ諦めるのも嫌だし、ヤギを一頭減らすのも嫌だった。
俺は少し考え、持ってきた荷物のことを思い出した。
「そうだ」
俺はリュックを開け、中から陶器入りの泡盛を一本取り出して米商人の前に置いた。
その瞬間、商人の目が瓶に釘付けになった。手に取ると、表面を指でなぞりながら何度もひっくり返し、栓の部分までじっと眺めている。
「……これは何だ?」「酒。かなりいい酒だよ」
「酒?」
さっきまで塩を見ていた時とは明らかに反応が違った。商人は瓶を両手で持ち直し、もう一度じっくり眺める。
「この瓶に酒が入っているのか?」「そう。瓶ごとあげるよ」
商人の眉がぴくっと動いた。
「塩は全部渡す。それにこの酒も付けるから、米五百十合にしてくれない?」
商人はすぐには答えず、俺の顔と陶器の瓶を交互に見た。
「あと十合か」「ああ。欲しいもの全部買うのに十合だけ足りない」
商人は塩の入った三箱へ目を向け、それからまた泡盛の瓶を見る。
「この酒、本当に全部もらっていいのか?」「ああ。中身も瓶も全部」
商人はもう一度瓶を持ち上げ、今度は隠しきれないような笑みを浮かべた。
「……分かった。五百十合でいい」
交渉成立だ。
俺は米商人に指定された麻袋へ塩を移していった。三つのプラスチックボックスが空になると、今度は代わりに受け取った米をそのボックスへ詰めていく。
米を積み終えると、まず鶏商人のところへ戻った。約束通り米十合を渡し、雄鶏二羽を受け取る。
次にヤギ農家へ向かい、残りの米五百合を渡した。農家の男は量を確認すると、約束していた雄ヤギ二頭と雌ヤギ二頭を囲いから出してくれた。
これで今回の目的だった家畜は全部揃った。
俺たちは雄鶏二羽を籠に入れ、ヤギ四頭を引きながら港へ戻ることにした。さすがにヤギ四頭を連れて歩くと目立つらしく、途中ですれ違う人たちが何度もこちらを見ていた。
港へ着くと、ウミトゥたちが船の近くで待っていた。雄鶏二羽の籠を船へ載せ、続いてヤギ四頭も逃げないように繋いで船へ乗せていく。
ちょうど最後のヤギを乗せ終えた時だった。
沖の方から大きな船が那覇の港へ入ってくるのが見えた。
「ん?」
俺が船を見ていると、隣にいたサンラーも同じ方向を見た。すると、さっきまで普通だった表情が少し変わる。
「……もしかして」
「どうした?」
サンラーは港へ入ってくる船をじっと見ながら、俺に聞いてきた。
「悠真。今日、珍しい品は持ってるか?」
突然そんなことを聞かれ、俺は少し考えた。今ここには特別な売り物は持っていない。ただ、必要なら現在へ戻って持ってくればいいだけだ。
「今は持ってないけど……まあ、持ってる」
サンラーが俺を見る。
「どうした?」
俺が聞くと、サンラーはもう一度大きな船へ目を向けた。
「陳さんと同じくらいの商人の船かもしれない」
サンラーの話では、あの船は華人の船らしい。ただ、その中に南蛮人も何人か乗っているという。
「南蛮人か……」
俺は港へ入ってくる船を見ながら考えた。この頃、日本まで来ている南蛮人ならポルトガル人の可能性が高い。もちろん絶対とは言えないが、とりあえずそう当たりをつけておく。
やがて大きな船が港へ入り、岸へ寄せると、船員たちが次々と荷物を下ろし始めた。しばらくその様子を見ていたサンラーが俺を見る。
「ちょっと聞いてくる」「ああ、頼む」
サンラーはそのまま船の方へ歩いていき、華人の船員と何か話したあと、そのまま船の中へ入っていった。
俺とタルガニは港で待つ。
しばらくすると、サンラーが船から戻ってきた。
「やっぱり華人の船だ。それと南蛮人も乗ってる」
「話できそう?」
「あっちに明の言葉と南蛮の言葉を両方話せる奴がいる」
なるほど。俺の言葉をサンラーが明の言葉に訳し、それを向こうの通訳が南蛮人の言葉に訳す。
二段階の通訳になるわけだ。
「それなら話はできるな」
俺はサンラーに少しここで待っているよう伝え、タルガニにもその場に残ってもらった。人目の少ない物陰まで移動すると、周囲を確認する。
「現在に戻りたい」
そう念じると、目の前にブラックホールが現れた。俺はそのまま中へ入り、現在のガレージハウスへ戻る。
「さて、何持っていくかな……」
今回の相手が本当にポルトガル商人なら、普通の商品を見せるより一発で価値が分かる物の方がいい。
そこで思い出したのが、次に陳さんが来た時に出そうと考えていた大型の姿見だった。
「今回、先に出してみるか」
俺は車に乗り、近くの家具屋へ向かった。
そこには比較的安い家具を扱う店と、そのすぐ隣に高級家具を扱う店が並んでいる。まずは安い方の家具屋へ入った。
店内を見て回り、高さ百五十センチほどある木枠付きの姿見を一つ選ぶ。余計な装飾はないが、鏡は大きく、全身がきれいに映る。
値段は4,980円。
「これで十分驚くだろ」
そのまま購入して車へ積み込み、次は隣の高級家具店へ入った。
こちらはさすがに雰囲気が違う。しばらく店内を見て回っていると、目的にぴったりの鏡を見つけた。
大きさは最初の姿見と同じくらいだが、周囲の枠には細かな装飾が施されている。ヨーロッパ風の豪華なデザインで、置いてあるだけでもかなり目立つ。
「これだな」
値札を見る。
24,900円。
さっきの鏡のちょうど五倍だ。
俺はそのまま購入し、店員に手伝ってもらいながら車へ積み込んだ。二枚の大型鏡を載せると、そのままガレージハウスへ戻った。
まず安い木枠の姿見を降ろし、続いて装飾の入った姿見も慎重に運び込む。並べて見ると、同じ大型鏡でも印象はまったく違った。
「これは二段階で見せた方がいいな」
俺は財布からレシートを取り出した。
木枠の大型姿見、4,980円。装飾入り大型姿見、24,900円。合計29,880円。
前回の残金は4,116,539円。そこから今回の29,880円を引く。
残金、4,086,659円。
「408万6,659円か」
俺は金額を確認すると、レシートを財布へ戻した。
俺は二枚の鏡を持って1600年へ戻った。もちろん割れ物なので、どちらも買った時のダンボールに入ったままだ。
港へ戻ると、まず安い方の木枠姿見をタルガニに持たせた。
「タルガニ、それはできるだけ大事そうに、仰々しく持ってくれ」
「仰々しく?」
首を傾げているが、とにかく貴重品を運ぶように両手でしっかり抱えてもらうことにした。
高い方の装飾入り姿見はウミトゥとサブロウに任せる。
「こっちは俺が合図するまで待ってて。呼んだら二人で大事に運んできてくれ」
「分かった」
「絶対落とすなよ。かなり大事な物だから」
二人が頷いたのを確認し、俺とタルガニ、サンラーは華人船へ向かった。
しばらくすると船の中から呼ばれ、俺たちは案内された部屋へ入った。中には南蛮人の商人と、その隣に華人の通訳らしい男が座っている。
俺たちが入ると、南蛮人が通訳へ何か話した。それを華人の通訳が明の言葉でサンラーへ伝え、最後にサンラーが俺へ伝える。
「どんな物を持ってきたのか聞いてる」
やっぱり二段階通訳だ。少し面倒だが、話が通じるなら問題ない。
俺はすぐには箱を開けず、タルガニが大事そうに抱えているダンボールへ一度目を向けた。
「お宅の国王にも献上できるような品物だと伝えて。それと、俺は金でしか取引しない」
サンラーが華人の通訳へ伝え、それを今度は南蛮人の言葉へ訳していく。話を聞き終えた南蛮人は一瞬俺を見たあと、突然大声で笑い出した。
「ハハハハハ!」
言葉は分からないが、どうやら馬鹿にされているらしい。まあ無理もない、こんな辺境の島国で突然現れた男が、国王へ献上できる品を持っていると言い出したんだから普通なら信じないだろう。
俺は何も言わず、タルガニが持っているダンボールの前へしゃがんだ。上から丁寧に蓋を開け、すぐには中身を見せず、ゆっくり梱包を外していく。
「サンラー、十年に一度出るか出ないかの一品だって伝えて」
サンラーが華人の通訳へ話し、それが南蛮人へ伝わる。南蛮人はさっきまで笑っていたが、今度は身を乗り出し、早く見せろと言わんばかりに手を動かしている。
ジェスチャーだけで十分分かった。
俺は最後の梱包を外すと、タルガニに手伝ってもらいながら木枠の大型姿見をゆっくり箱から取り出し、その鏡面を南蛮人の方へ向けた。
その瞬間、さっきまで笑っていた南蛮人の表情が完全に止まった。
目を大きく見開き、しばらく何も言わず鏡を見ている。そしてゆっくり椅子から立ち上がると、そのまま鏡の前まで歩いてきた。
頭から足元まで、自分の全身が一枚の鏡にはっきり映っている。南蛮人はまず正面から自分の姿を眺め、それから体を横に向けて横姿を確認した。
再び正面を向き、今度は顔を近づける。髪や服を触りながら鏡に映る自分を確認し、少し斜めを向いてはまた正面へ戻る。
途中で鏡の横へ回り込み、厚みや裏側まで確認したあと、また鏡の前へ戻ってきた。俺たちは何も言わず、その様子を見ている。
南蛮人は完全に鏡へ夢中になっていた。そのまま五分ほど、自分の姿を正面から見たり横から見たりし続け、ようやく鏡から目を離した。
そして華人の通訳へ向き直り、何かを話し始めた。
しばらくして南蛮人が華人の通訳へ何か話し、それがサンラーを通して俺に伝わってきた。
「いくら欲しいか聞いてる」
俺は少し考えるふりをしてから答えた。
「金二十五匁」
サンラーが華人の通訳へ伝え、それが南蛮人へ渡る。南蛮人は鏡をもう一度見ながらしばらく考え、やがて何か返してきた。
「二十匁でどうかって」
「二十匁か……」
俺は少し渋るふりをしてから頷いた。
「分かった。それでいい」
本当は最初から二十匁で売れれば十分だと思っていたので、完全に想定内だ。
木枠の大型姿見、金二十匁。最初の商談はこれで成立した。
俺はそのままサンラーを見る。
「もう一つある。明の皇帝に献上するつもりで取っておいた物があるんだけど、見てみるかって聞いて」
サンラーが華人の通訳へ伝えると、それを聞いた南蛮人はほとんど間を置かずに何か答えた。
「見たいって」
即答だった。さっきまで俺のことを笑っていた男とは思えない。
「じゃあ、今度の品は百年に一度出るか出ないかの逸品だって伝えて。それと今度は値下げしない。金百匁」
サンラーがそのまま伝えると、南蛮人は一瞬だけ表情を変えたが、今度は笑わなかった。先ほどの鏡を実際に見ているので、もう俺が大げさなことを言っているとは思っていないらしい。
しばらく通訳同士で言葉が行き来したあと、サンラーが俺を見る。
「価値がある物なら出すって」
「よし」
俺は船の外へ向かって合図を送った。
しばらくすると、ウミトゥとサブロウが二人がかりで大きな箱を運んできた。
「そこに置いて」
二人は慎重に箱を床へ下ろした。その時から、部屋の空気が少し変わった。
さっきまで余裕のあった南蛮人も、今は箱から目を離さない。華人の通訳まで黙り込み、俺が何を出すのかじっと見ている。
俺は箱の前へしゃがみ、上からゆっくり蓋を開けた。梱包材を一つずつ外していくたびに、部屋の中には擦れる音だけが響き、南蛮人も少しずつ身を乗り出してくる。
最後の梱包を外し、ウミトゥとサブロウにも手伝ってもらいながら、中の鏡をゆっくり持ち上げた。
現れたのは、先ほどの木枠姿見とはまるで別物だった。高さは一・五メートルほど、横幅は一番広いところで約一メートル。
形もさっきの長方形ではなく大きな楕円形で、鏡の周囲には細かな装飾が幾重にも施されている。ただ姿を映すための道具ではなく、置いてあるだけで目を引くような造りだ。
俺たちはその鏡をゆっくり南蛮人の方へ向けた。
南蛮人の顔から表情が消えた。
さっきの木枠姿見の時は驚きながらもすぐに近づいてきたが、今度は違う。その場からしばらく動かず、ただ黙ったまま鏡を見つめている。
部屋の中も静まり返っていた。誰も喋らず、南蛮人がどう反応するのかを見ている。
やがて南蛮人はゆっくり椅子から立ち上がり、一歩ずつ鏡へ近づいてきた。
鏡の正面に立つと、頭から足元まで映った自分の姿をじっと見る。それから体を横へ向けて横姿を確認し、再び正面へ戻ると、今度は鏡の縁に施された装飾へ目を移した。
顔を近づけて上から下までゆっくり目で追い、手を伸ばしかけて一度止まる。触っていいのか迷ったように俺を見るので、俺が軽く頷くと、ようやく指先で鏡の縁へ触れた。
南蛮人は装飾をゆっくり撫で、それからもう一度鏡に映る自分を見る。正面、横、少し斜めと何度も角度を変えながら、自分の姿と鏡の造りを交互に確認していた。
それでも一言も喋らない。さっきまで俺を笑っていた男が、今は完全に黙り込んでいる。
俺も何も言わなかった。金百匁、しかも最初に値下げはしないと伝えてある以上、こっちから余計なことを言う必要はない。
しばらくすると南蛮人は鏡の前から離れ、椅子へ戻ろうとした。だが途中で足を止め、もう一度振り返って鏡を見る。
そのまま数秒じっと眺めたあと、ようやく椅子へ戻って腕を組んだ。明らかに悩んでいる。
華人の通訳が何か聞いたが、南蛮人は短く答えただけで、また鏡へ目を向けた。
金百匁。安い金額ではない。
それでも、この鏡を手放すのが惜しいと思っているのは表情を見れば分かる。南蛮人は指先で机を何度か叩きながら、鏡と俺を交互に見ていた。
俺は黙ったまま待つ。ここでこっちから値段を下げたら負けだ。
しばらくして南蛮人が机を叩く指を止めた。部屋の中が、また静かになった。
長い沈黙のあと、南蛮商人がようやく口を開いた。華人の通訳からサンラーへ言葉が渡り、サンラーが俺を見る。
「買うって」
「よし」
金百匁。値下げなしで商談成立だ。
俺は装飾鏡をウミトゥとサブロウに手伝ってもらい、再び丁寧に梱包して箱へ戻した。先ほどの木枠姿見が二十匁、今回の装飾鏡が百匁なので、合わせて金百二十匁になる。
南蛮商人が金を用意し、秤を使って重さを量っていく。俺もサンラーと一緒にその様子を見ながら、百二十匁あることを確認した。
これで取引は完全に終了だ。
俺は金を受け取り、南蛮商人へ最後に伝えてもらう。
「次に来る時も、いい物を準備しておくって言って」
サンラーから華人の通訳へ、それから南蛮商人へ伝わる。南蛮商人はすぐに頷き、さっきまで悩んでいたのが嘘のように満足そうな顔で二つの鏡を見ていた。
俺たちは船を降りた。
「金百二十匁か……」
頭の中で重さに直してみる。
一匁は約三・七五グラム。百二十匁なら四百五十グラムだ。
前回、現代で金を売った時の買取価格は一グラム二万四千百三十円。
四百五十グラムなら――。
10,858,500円。
「……一千万円超えたな」
俺は手にした金を見ながら、思わず笑った。
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