第39話 1600年3月10日
朝。
昨日、マチュー、タルー、グシー、カマルーの嫁たちが、それぞれ塩屋村へやって来た。それに加えて、カマルーの嫁であるクミの母親と妹二人も一緒に移住してきている。
四組とも別々の村から来ているので到着した時間もバラバラだった。慣れない道を歩き、荷物まで抱えて来たのだから疲れているはずなので、昨日は挨拶だけ簡単に済ませ、それぞれの新しい家でゆっくり休んでもらった。
そして今日の午後、四組合同の結婚式――と言うほど大げさな物ではないが、新しく来た人たちを村のみんなに紹介するため、広場で宴会を開くことにしている。
そのことは昨日のうちに村人全員へ伝えてあったので、朝から村全体が妙に騒がしい。子供たちは広場の周りを走り回り、大人たちも午後の宴会の話ばかりしていて、明らかにいつもよりテンションが高い。
「まだ朝だぞ……」
俺は苦笑しながら倉庫へ向かい、新しく村へ来た人たちに渡す物を用意した。村人用の作務衣、椀、スプーン、コップ、それに十五歳以上の女性には鎌と砥石も付ける。
必要な数を揃えると、順番に四人の家を回ることにした。
最初はマチューの家だ。嫁いできたのはハナ、二十四歳で、昨日はかなり緊張していたが、一晩休んだことで少しは落ち着いたようだった。
「おはよう。昨日はよく眠れた?」
ハナは少し緊張した様子で頷いた。
俺は生成りの作務衣と椀、スプーン、コップを渡し、さらに鎌と砥石も差し出した。ハナは最初、それが全部自分の物だと分からなかったらしく、しばらく俺と品物を交互に見ている。
「これ、全部ハナさんのだから」
そう言うと、目を丸くした。特に新品の鎌を手に取った時の反応は大きく、自分専用の刃物までいきなり渡されるとは思っていなかったらしい。
「この村ではみんな持ってるから。遠慮しなくていいよ」
ハナは鎌と砥石を抱え、何度も頭を下げていた。横ではマチューが少し得意そうな顔をしている。
次はタルーの家。嫁いできたトミは二十二歳で、トミにも同じように作務衣、椀、スプーン、コップ、それに鎌と砥石を渡した。
作務衣の布を何度も指で触り、椀やコップを眺め、最後に新品の鎌を手にすると、さすがに驚いたように俺を見る。
「これ……本当に私が使っていいんですか?」
「もちろん。今日から村の人だからね」
俺が答えると、トミは嬉しそうに笑った。
三軒目はグシーの家。嫁のマルは二十三歳で、他の二人より少し明るい性格なのか、俺が荷物を広げると興味津々で覗き込んできた。
作務衣を渡すと胸元に当ててみて、そのあと椀、スプーン、コップ、鎌、砥石まで自分の物だと分かると、さすがに表情が変わった。
「こんなにもらっていいんですか?」
「村に来た人にはみんな渡してるから」
そう言うと、マルはグシーの方を見る。グシーは少し誇らしそうに頷いていた。
最後はカマルーの家だ。ここだけは人数が多く、嫁になったクミ二十歳、その母親のウタ四十三歳、妹のミヨ十六歳、そして一番下のサキ十二歳の四人が新しく暮らし始めている。
俺が家の前へ行くと、四人とも揃って出てきた。まずは全員に作務衣と椀、スプーン、コップを渡していくと、それだけでもかなり驚いた様子で品物を眺めている。
特にミヨとサキはスプーンとコップが気になるらしく、手に取って何度も眺めていた。そして十五歳以上のクミ、ウタ、ミヨには、さらに鎌と砥石を渡す。
「これは三人の分」
俺が新品の鎌を三本差し出すと、三人ともすぐには手を出さなかった。
「……これを、私たちにも?」
ウタが驚いたように聞いてくる。
「もちろん。これからこの村で暮らすんだから」
ようやく受け取ったウタは鎌の刃をじっと見つめ、クミとミヨも自分の鎌と砥石を抱えたまま驚いた顔をしている。
サキだけはまだ十二歳なので鎌と砥石はないが、自分用の作務衣と食器をもらえたことが嬉しいらしく、コップを大事そうに抱えていた。
新しい家があり、着る物まで用意され、食器も一人ずつ自分の物がある。そのうえ十五歳を過ぎれば、自分専用の鎌と砥石まで渡される。
昨日まで別の村で暮らしていた七人からすれば、いきなりこれだけの物を渡されれば驚くのも当然だろう。
ウタがしばらく品物を眺めたあと、小さな声で言った。
「……塩屋という村は、こんなに豊かな村だったんですか?」
その言葉を聞いて、カマルーが少し嬉しそうに笑った。
「まあ、前はこんなんじゃなかったけどね」
クミたちは意味が分からないという顔をしていたが、それ以上は説明しなかった。これから暮らしていけば、この村が今まで自分たちが暮らしてきた村とは少し違うことを嫌でも実感するだろう。
一通り配り終えると、俺は午後の宴会で使う物を考えることにした。せっかく四組まとめての顔合わせなんだから、飲み物と食べ物くらいは少し多めに用意しておきたい。
俺は部屋へ戻り、ピクニックテーブルに座って買い物リストを書き始めた。
酒、一・八リットルを二十本。
二リットルのレモンティーを三十本。
オリオンビール、六缶パックを二つ。
冷凍チキン、二キロ入りを九パック。
それから、おやつ。
「前はポテトチップスだったからな……」
少し考えて、今回はかっぱえびせんにすることにした。
「五十袋でいいか」
これだけあれば子供たちにも十分行き渡るだろう。
俺は書き終えたリストをもう一度確認すると、そのまま現在へ戻ることにした。
「現在に戻りたい」
そう念じると、目の前にブラックホールが現れる。俺は財布と買い物リストを持って中へ入り、現在のガレージハウスへ戻った。
そのまま車に乗り、近くのスーパーへ向かう。
店に着くと、まず酒売り場へ行き、一・八リットルの酒を二十本確保した。続けてオリオンビールの六缶パックを二つカートへ入れる。
次に二リットルのレモンティーを三十本。冷凍食品売り場では二キロ入りの冷凍チキンを九パック、最後にかっぱえびせんを五十袋まとめてカートへ入れていく。
「やっぱり結構な量になるな」
酒だけでもかなり重い。そのうえレモンティーが三十本もあるので、さすがに一台のカートでは収まらず、何度か分けて会計することになった。
レジを通したあと、買った物を順番に車へ積み込んでいく。酒、オリオンビール、レモンティー、冷凍チキン、かっぱえびせんと積んでいくと、荷室もかなり埋まった。
ガレージハウスへ戻ると、買ってきた物を順番にブラックホールの向こうへ運んでいく。酒とレモンティー、それにオリオンビールは倉庫へ置き、かっぱえびせんもまとめて壁際へ積んだ。
最後に冷凍チキンを出す。このままでは午後までに解凍しきれないかもしれないので、倉庫に置いてあった大きめのバケツを三個用意した。
それぞれに冷凍チキンを三パックずつ入れ、自然解凍させておくことにする。三個のバケツに三パックずつ、合計九パックだ。
「これなら午後にはだいぶ柔らかくなるだろ」
準備を終える前に、俺はもう一度現在へ顔を出して時計を確認した。
2026年3月31日、午後四時三十分。
「四時半か」
時間を確認すると、俺は再び1600年の塩屋村へ戻った。
荷物を全部運び終えると、俺は財布からレシートを取り出した。今回もかなりの量を買ったので、念のため残金を確認しておく。
八重泉の泡盛三十度、一・八リットルが一本1,738円。二十本で34,760円。
二リットルのレモンティーが一本203円。三十本で6,090円。
オリオン・ザ・ドラフト六缶パックが一つ1,374円。二パックで2,748円。
冷凍チキン二キロ入りが一パック1,780円。九パックで16,020円。
かっぱえびせんが一袋128円。五十袋で6,400円。
合計、66,018円。
「まあ、これだけ買えばこんなもんか」
前の残金は4,194,847円。そこから今回の66,018円を引く。
残金、4,128,829円。
俺は金額を確認すると、レシートを折りたたんで財布へ戻した。
俺は先日買ったソーラー充電式のLEDランタンを倉庫の前へ全部出した。二十五個を並べ、昼の間にしっかり太陽へ当てて充電しておく。
午後の宴会まではまだ時間がある。特にやることもなくなったので、俺は畑と鶏小屋の様子を見て回ることにした。
まず鶏小屋へ向かう。
雛小屋を覗くと、二十五羽の雛が元気に餌をつついていた。三十個の卵のうち二十五羽が孵ったらしく、これだけ元気に動き回っていればひとまず安心だ。
「元気そうだな」
小さな体で餌を奪い合うようにつつき、水を飲んではまた走り回っている。少し大きくなった雛もいて、最初に見た時よりずいぶんしっかりしてきた。
親鳥の方を見ると、今も新しく三十個ほどの卵を抱いている。順調に孵れば、また一気に数が増えることになる。
成鶏の残りは第二畑で放し飼いにしてあるので、そのまま第二畑へ向かった。
第二畑はすでに五十畝まで出来上がっていた。畑全体には防鳥シートも張られていて、その中を鶏たちが好き勝手に歩き回りながら、土をつついたり虫を探したりしている。
その先では、シンガたちが第三畑の開墾を進めていた。木や草を片付け、少しずつ畑として使える場所を広げている。
「これで三圃式農園ができるな」
第一、第二、第三と三つの畑を順番に使えるようになれば、同じ場所ばかり使い続ける必要もない。作物を作る畑、休ませる畑、鶏を入れる畑と回していけば、今までよりずっと畑を維持しやすくなる。
俺はそのまま第一畑へ向かった。
畑に入ると、大根は葉を大きく広げながらすくすく育っている。琉球芋も問題なく葉を伸ばしていて、今のところ目立った異常は見当たらない。
カラシナの畝では、黄色い花を付け始めた株も混じっていたが、まだ柔らかい葉が次々と伸びている。沖縄ならこの時期でも十分収穫できるし、六月頃までは食卓を支えてくれるはずだ。
畝の間では女性たちが、先日配った鎌を使ってカラシナを収穫していた。片手で葉をまとめ、根元近くを鎌で切ると、刃がよく通るので作業も早い。
「やっぱり鎌あると全然違うな」
少し離れた場所には、収穫したカラシナが次々と束にされて積まれていく。新しい鎌をもらった女性たちもすっかり使い慣れた様子で、手際よく次の畝へ移っていた。
俺は広場に戻り、冷凍チキンを入れておいた三つのバケツを見る。朝よりかなり柔らかくなっていて、触ってみるとちょうど半解凍くらいになっていた。
「これなら下味入れられるな」
俺は泡盛の一・八リットルパックを一つ開け、それぞれのバケツへ少しずつ注いだ。そこへ塩と胡椒も加え、全体に行き渡るように混ぜて下味を付ける。
これでチキンの準備は完了だ。
次に炊事場へ向かい、カナさんに声をかけた。
「カナさん、今日は雑炊お願いしていい?」
「分かったよ」
カナさんはすぐに準備を始め、俺はそのままバーベキュー用の焼き台へ向かった。中へ薪を入れて火を起こすと、しばらくして乾いた薪がパチパチと音を立てながら燃え始める。
宴会の準備をしているうちに、仕事を終えた村人たちがわらわらと広場へ集まり始めた。子供たちは明らかに嬉しそうに走り回り、男どもは酒が飲めると浮き足立っている。
「まだ始まってないぞ」
そう言っても、誰も気にしていない。
俺は倉庫から酒とレモンティーを運び出し、いつものように男たちには泡盛を一パックずつ渡していく。女たちと子供たちには、二リットルのレモンティーを順番に配った。
その様子を見ていた新しく移住してきた女たちは、またしても目を丸くしている。
透明な訳の分からない容器の中に、黄色っぽい液体が入っている。中身だけでなく、ペットボトルそのものが初めて見る物なので、手に持ったまま不思議そうに何度も眺めていた。
マチューがそんなハナの様子を見て、少し得意そうな顔をする。
「こうやって開けるんだ」
マチューはハナからペットボトルを受け取ると、蓋をひねって開けてみせた。そのまま、今朝もらったばかりのコップにレモンティーを注ぎ、ハナへ渡す。
ハナは中の液体をじっと見たあと、おそるおそる口を付けた。
一口。
その瞬間、目がぱっと大きく開いた。
「……美味しい」
その一言を聞いて、周りにいた新しく来た女たちも一斉にペットボトルを見る。
トミ、マル、クミ、ウタ、ミヨも、それぞれ周りの村人に教えてもらいながら蓋を開け始めた。サキも母親に手伝ってもらい、自分のコップへレモンティーを注いでもらっている。
一口飲むたびに、みんな同じような顔になる。
「美味しい……」
「甘い……」
そんな声があちこちから聞こえてきた。
それを見ていた村人たちは、どこか嬉しそうだった。自分たちも最初は同じように驚いたことを思い出しているのかもしれない。
男たちはすでに泡盛のパックを手に持っている。まだ開始の合図もしていないのに、今にも開けそうな顔をしている奴までいる。
「おい、まだ飲むなよ」
俺が言うと、何人かが笑いながら手を止めた。
広場にはだいたい全員集まった。
俺は焼き台の前から立ち上がり、周りを見回す。
「じゃあ、そろそろ始めようか」
ざわついていた広場が少し静かになった。
「今日は、昨日この村に来た新しい仲間たちをみんなに紹介するための宴会だ」
俺はまずマチューとハナの方を見る。
「マチューの嫁になった、ハナ。二十四歳」
ハナは緊張した様子で軽く頭を下げる。
次にタルーとトミ。
「タルーの嫁、トミ。二十二歳」
続いてグシーとマル。
「グシーの嫁、マル。二十三歳」
そして最後にカマルーの家族を見る。
「カマルーの嫁、クミ。二十歳。それからクミのお母さんのウタ、四十三歳。妹のミヨ、十六歳。一番下のサキ、十二歳」
四人も揃って頭を下げた。
俺は全員を見回した。
「昨日から七人、新しくこの村の仲間になった。みんなよろしく頼む」
広場のあちこちから声が上がり、新しく来た七人も少し緊張しながら、それでも嬉しそうに周りを見ていた。
俺は焼き台の前へ戻り、下味を付けておいたチキンを次々と焼いていった。火の上へ肉を並べるたびにジュウッと音がして、香ばしい匂いが広場中に広がっていく。
その横ではカナさんが出来上がった雑炊を椀へよそい、女性たちと一緒に順番に配っていた。
ほどなくして全員に食べ物が行き渡ると、広場のあちこちで自然にグループが出来上がった。男たちは酒を飲みながら大声で笑い、女性たちは食事をしながら話し込み、子供たちは食べては走り回っている。
新しく来た七人も最初こそ少し緊張していたが、時間が経つにつれて村人たちの輪の中へ入っていった。
しばらくすると日が傾き始めた。
男どもを見ると、すでにかなり酔っ払っている奴もいる。
「こいつらは放っといていいか」
俺は酔っ払った男性陣を尻目に、倉庫の前に並べて充電しておいたLEDランタンを取りに行った。
まず各世帯の女性を呼び、一個ずつ手渡しながら使い方を説明する。横にあるスイッチを押せば点灯し、もう一度押せば消えるだけなので、使い方自体は簡単だ。
「夜はこれを使って。昼間は外に出して太陽に当てておけば、また使えるから」
説明を聞いた女性たちは、不思議そうにランタンを眺めている。
「じゃあ、一回点けてみて」
俺がそう言うと、全員がほぼ同時にスイッチを押した。
パッと明かりが点く。
一斉に点灯したため、薄暗くなり始めていた広場の周りが一気に明るくなった。
「おおっ!」
あちこちから声が上がる。
火も使っていないのに明るく光るランタンを、女性たちは驚いたように何度も見ていた。新しく移住してきた女たちは今日だけで何度驚かされるんだという顔をしている。
「各世帯に一個ずつあげるから、今日から夜はこれ使って」
女性たちは自分たちのランタンを大事そうに抱え、それぞれの居場所へ持って戻っていった。
俺は残ったLEDランタンを広場の真ん中へ運ぶ。
中央には八個をまとめて置いた。
八個のランタンが一斉に光ると、広場の中心はかなり明るくなった。さらにその周りでも各世帯へ渡した十七個のランタンが点いているので、昼間ほどとはいかないが、村全体が今までとは比べ物にならないほど明るい。
子供たちは大喜びだ。
暗くなればいつもなら大人の近くへ戻る時間なのに、今日は明るいままなので、まだ広場を走り回っている。
「元気だなあ……」
俺はそんな子供たちを見ながら、最後のお楽しみを出すことにした。
倉庫から、かっぱえびせんの袋を運び出す。
「ほら、今日はこれもあるぞ」
袋を開けて配り始めると、子供たちはすぐに集まってきた。大人たちにも順番に渡していき、広場のあちこちで袋を開ける音がする。
最初は見慣れない細長いお菓子を不思議そうに眺めていた新しく来た七人も、周りの村人が普通に食べているのを見て口へ運んだ。
サクッと噛んだ瞬間、それぞれの表情が変わる。
「美味しい!」
子供たちは次々と口へ入れ、大人たちも酒やレモンティーを飲みながら手を伸ばしている。
明るく照らされた広場の中で、笑い声と話し声があちこちから聞こえていた。
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