第37話 1600年3月2日
朝。
俺は目が覚めると、いつものように湯を沸かしてコーヒーを淹れた。椅子に座って一服しながら、今日の段取りを考える。
そろそろ四人の嫁が村に来る。今は嫁が来ていない四人の家に、測量機器やチェーンブロック、足踏み旋盤、種籾なんかを分けて置かせてもらっているが、嫁が来ればさすがに邪魔になるはずだ。
それに、広場に置いてある資材や道具もかなり増えてきた。この先も現代から色々持ち込むことを考えれば、ちゃんとまとめて保管できる場所が必要になる。
「そろそろ倉庫でも作らないといけんな」
俺はコーヒーを飲みながら少し考え、煙草の煙をゆっくり吐いた。
「どうせなら、倉庫兼住宅でも作ろうか」
そう決めると、俺はテントを出て広場へ向かった。広場ではすでにカナさんが朝飯の支度をしていて、鍋から湯気が上がっている。
「カナさん、おはよう」
「おはよう、ユウマ」
カナさんは振り返ると笑い、それから昨日渡した鎌のことを改めて礼を言ってきた。
「昨日の鎌、本当にありがとうね。あれ、すごく使いやすかったよ」
「気にしなくていいよ。砥石もあるから、切れなくなったら研いで使って」
そんな他愛もない話をしているうちに、村人たちも一人、また一人と広場へ集まってきた。そろそろ朝飯にしようかという頃だった。
「ユウマー!」
突然、村の端からマカトの大きな声が聞こえた。
見ると、鶏小屋の方からマカトがものすごい勢いで走ってくる。何事かと思っていると、そのまま俺のところまで来て息を切らしながら叫んだ。
「たくさん生まれてるよー!」
「え?」
俺はすぐに子供たちを連れて鶏小屋へ向かった。
小屋の中を覗いて、思わず声が出た。
「うわ……すげえな」
昨日まで卵だったところに、小さな雛が何羽も動き回っている。ざっと数えただけでも二十羽近く孵っていた。
俺は一羽ずつそっと捕まえて、隣に作ってある雛小屋へ移していった。全部移し終えて数えてみると、昨日孵った分と合わせて二十五羽になっている。
「いきなり倍以上かよ……」
一気に増えた雛を見ながら、俺は少し驚いた。あとはこのまま皆元気に育ってくれればいい。
まだ孵っていない卵が五個残っているようだった。今日の午後か、遅くても明日くらいまでに孵ってくれればいいんだが。
「とりあえず朝飯食ってから、雛の世話よろしくな」
俺が子供たちにそう言うと、皆嬉しそうな顔をした。
「うん!」
「頑張る!」
自分たちに仕事を任されたのが嬉しいのか、どこか誇らしげだ。
俺は子供たちを残して広場へ戻り、朝飯を食べたあとシルーのところへ向かった。
「シルー、ちょっといいか?」
「どうした?」
「倉庫兼、俺の家を建てようと思ってる。三人くらい人を貸してくれないか?」
シルーは少し考えてから頷いた。
「分かった。漁師組から三人出そう」
「助かる」
これで漁師組の三人が、しばらく俺の倉庫兼住宅の建築を担当することになった。グシーとカマルーの二人は、相変わらず茅葺き用の材料集めと竹伐採の担当だ。
人手の段取りもついた。
俺は一度テントへ戻り、ブラックホールを開いて自宅へ戻った。そのまま車に乗り込み、倉庫兼住宅に必要な材料を揃えるためホームセンターへ向かった。
俺はホームセンターに着くと、もう勝手知ったる自分の家みたいな感覚で店内を歩き回った。これまで何度も家造りの材料を買いに来ているので、木材がどこにあって、金物がどこにあって、何が何列目に置かれているのかまで大体頭に入っている。
ただ、今回は今までの村人たちの家とは少し違う。倉庫として大量の荷物を置くつもりなので、床は厚めの構造用合板を使い、壁もいつもより頑丈にする。その分、追加の柱材や大引き、根太、金物なんかも必要になる。
俺は必要な材料を次々とカートへ載せていった。床用の24ミリ構造用合板、追加の木材、金具、ボルト、ビス、防腐剤、間仕切り材、窓、防虫網、それから屋根の下地に使う厚手のブルーシートも忘れずに入れる。
そして最後に向かったのがトイレ用品の売り場だった。
村にも共同の便所はある。だが、どうしても現代人の俺には、あのポットン便所がいまだに慣れない。
「せめて座るところくらいは洋式がいいよな……」
そこで今回は、自分専用に簡易汲み取り式の洋式便器を一つ買うことにした。
仕組み自体は単純だ。便器の下はそのまま開いていて、床に穴を開け、その真下の床下に容器を置く。用を足せば、そのまま容器へ落ちる。いっぱいになる前に容器を取り出して処理するだけだ。
「これなら向こうでも使えるな」
必要な物を全部揃えると、そのままレジへ向かった。
会計を済ませ、受け取ったレシートを見ながら金額を確認する。
合計、436,410円。
前の残金が4,843,200円だから、
4,843,200円 − 436,410円 = 4,406,790円。
残金4,406,790円。
「まだ余裕はあるな」
俺は買った材料を車へ積み込み、そのままガレージハウスへ戻った。
ガレージに着くとシャッターを閉め、材料を一度中へ運び込む。それからブラックホールを開き、何度かに分けて向こう側のテントへ材料を持ち込んでいった。
俺はウミトゥに、テントのところへ持ち込んだ材料を広場まで運んでくれと頼んだ。
重い床材や壁材は、おーはちーの後ろに繋いだ荷台へ載せて運ぶことにした。エンジンをかけると、やはり音を聞きつけた子供たちがすぐに集まってくる。
「また、おーはちー動くの?」
「今日は荷物運ぶだけだぞ。後ろには絶対入るなよ」
子供たちは少し離れたところから、興味津々でこちらを見ていた。
俺は材料を広場まで運び終えると、ウミトゥたち三人を集めて建物の段取りを説明した。
「間口はみんなの家と同じ四メートルにする。ただ、俺のは奥に長くする」
俺は地面に棒で線を引きながら続けた。
「奥行きは十四メートル。手前を倉庫、奥を俺が住むところにする。だから倉庫兼住宅だな」
三人は地面に描かれた長方形を見ながら頷いた。
まずは位置決めだ。
俺は巻尺を使って間口四メートル、奥行き十四メートルを測り、四隅に杭を打った。そこへ縄を張って建物の外周を出し、対角線も測って歪みがないか確認する。
「ここで曲がると全部ずれるから、最初だけきっちり合わせるぞ」
それから柱を立てる位置を決め、一定の間隔で印を付けていった。
今回も高床にするので、まず束石を置く位置を掘り、地面を突き固めて高さを揃えていく。俺が気泡式水平器で確認しながら指示を出すと、ウミトゥたちは手際よく掘る場所、埋め戻す場所を調整していった。
「そこ、あと少し下げよう」
「分かった」
束石が揃ったところから束を立て、その上に大引きを通していく。さらに根太を組み、床を支える骨組みを奥へ奥へと伸ばしていった。
間口四メートルはいつもの家と同じだが、今回は奥行きが十四メートルある。骨組みが伸びていくにつれて、建物の長さがはっきり分かるようになってきた。
「長いな」
ウミトゥが奥まで続く骨組みを見ながら言った。
「倉庫も兼ねるからな。これくらいないと足りなくなると思う」
床組みがある程度できたところで、今度は柱を立てていく。四隅から順番に柱を起こし、梁を渡して仮筋交いで固定する。
三人とも迷うことなく動き、俺も必要なところだけ確認しながら一緒に作業を進めた。
まだ骨組みだけだが、何もなかった場所に少しずつ倉庫兼住宅の形が見え始めていた。
作業はそのまま続いた。
束と大引きが揃うと、その上に根太を並べて固定していく。十四メートルあるので端から端まで見るとかなり長いが、ウミトゥたちは慣れた手つきで木材を運び、俺が寸法を確認しながら順番に組んでいった。
「そこ、もう少し右」
「これくらいか?」
「うん、それでいい」
金槌の音が広場に響く。
昼を過ぎる頃には床を支える骨組みがほぼ出来上がり、今度は柱を立てる作業に移った。四隅の柱を先に起こし、一本ずつ垂直を確認しながら仮止めしていく。
その途中、ウミトゥが柱を支えながら口を開いた。
「そういえばユウマ、塩がまた結構溜まってるぞ」
「どれくらい?」
「箱で三つ分くらいかな」
「もうそんなにあるのか」
俺は柱を押さえたまま塩の煮炊き場の方を見た。カナさんたちが毎日作っているから、気づかないうちにかなり増えていたらしい。
「それなら、そろそろまた那覇に持っていってもいいな」
「また売りに行くのか?」
「ああ。この家が出来上がったら行こうかな」
俺がそう言うと、ウミトゥが少し笑った。
「じゃあ今度、俺たちも手伝ったら何かくれるか?」
「なんだよ。もう報酬の話か」
横で梁を運んでいた二人も笑いながらこちらを見る。
「前は米だっただろ」
「今はもう食べるのにはそんな困ってないしな」
「じゃあ何が欲しいんだ?」
俺が聞くと、三人は顔を見合わせた。
「酒がいい」
「俺も酒」
「俺も」
「全員酒かよ」
思わず笑ってしまった。
確かに以前は米を渡せばかなり喜ばれたが、今は畑も増え、魚も獲れる。以前ほど食料だけを気にする必要もなくなってきている。
「分かったよ。次から手伝ってくれた時は酒でもいいよ」
「本当か?」
「ああ。ただし飲みすぎるなよ」
「それは無理だな」
「おい」
三人が笑い、俺もつられて笑った。
雑談をしていても作業の手は止まらない。柱を立て終えると、その上に梁を渡して金物で固定していく。長い十四メートルの骨組みが少しずつ形になり、横から見ると建物の大きさがはっきり分かるようになってきた。
最後に、柱と梁が倒れないよう斜めに木材を当て、仮筋交いを入れていく。
一本、また一本と固定していき、夕方になる頃には四メートル幅、奥行き十四メートルの長い骨組みがしっかり立っていた。
床も壁も屋根もまだない。それでも柱と梁が組み上がり、仮筋交いまで入ると十分に建物らしく見える。
俺は少し離れたところから全体を眺めた。
「今日はここまででいいな」
ウミトゥたちも手を止め、自分たちが組み上げた骨組みを見上げていた。
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