第36話 1600年3月1日 その2
俺は久しぶりに1600年へ戻ってきた。
ブラックホールがレベルアップしてから、一度マル秘資料を取りに来たくらいで、まともにこちらへ戻るのは久しぶりだ。
まだ外は薄暗い。
俺はテントを出ると、人目のない海辺の奥まで移動した。
周囲に誰もいないのを確認して、ブラックホールを出す。
そのままガレージへ戻った。
ここからが本番だった。
ガレージには、この三か月で買い込んだ物資が山のように積んである。
俺はおーはちーの荷台に、載せられるだけ資材や道具を積み込んでいった。
ロープで固定し、俺自身もおーはちーに乗り込む。
そして1600年へ向かう。
一度運び終えたら、またガレージへ戻る。
荷物を載せる。
固定する。
また1600年へ運ぶ。
それを何度も繰り返した。
おーはちーと荷台があるとはいえ、楽な作業ではない。
重たい木材や工具箱を持ち上げ、荷台へ載せ、向こうで降ろす。
何往復したか途中から数えるのもやめた。
海辺の奥には、持ち込んだ資材がみるみる積み上がっていく。
木材。
工具。
農具。
ブルーシート。
ロープ。
防鳥シート。
一輪車。
チェーンブロック。
測量機器。
その他、細かい物まで合わせればかなりの量だ。
全部運び終えた頃には、二時間近く経っていた。
「さすがに疲れたな……」
俺は腰に手を当てながら、積み上がった荷物を見た。
そろそろ村では朝飯の時間だ。
今頃、みんな広場に集まっているはずだった。
これだけの荷物を俺一人で広場まで運ぶ気にはなれない。
俺はそのまま村へ戻った。
広場へ行くと、予想通りみんな朝飯を食べていた。
俺はタルガニを見つけて声を掛ける。
「タルガニ、ちょっといい?」
「どうした?」
「朝飯終わったら、みんな連れて海辺の奥まで来てくれ」
「みんな?」
「ああ。出来れば大人全員」
タルガニは少し不思議そうな顔をしたが、すぐに頷いた。
しばらくして食事が終わると、村人たちが連れ立って俺の後をついてきた。
海辺の奥へ近づくにつれ、先頭を歩いていた男たちが足を止める。
「……なんだ、あれ」
「なんであんなに……」
大量に積み上がった荷物を見て、あちこちから声が上がった。
村人たちは一斉にざわつき始める。
タルガニも目を丸くしていた。
「ユウマ……この荷物、どうした?」
俺は少し考えた。
まともに説明しようとしても、余計に面倒になるだけだ。
「欲しいと思ったら、そこにあった」
「……は?」
俺は笑った。
「前にも言っただろ。考えても分からないことは、あんまり深く考えるなって」
タルガニはしばらく荷物と俺を交互に見ていた。
別に頭が悪いわけではない。
むしろ何かおかしいことくらい分かっているはずだ。
ただ、今目の前で起きていることが、1600年に生きている人間の想像を完全に超えている。
結局、タルガニは首を傾げながら、
「……まあ、ユウマだしな」
と呟いた。
周りの村人たちは、まだ完全にポカンとしている。
「とりあえず、これ全部広場まで運びたい。手伝ってくれ」
そう言うと、ようやくみんな動き始めた。
俺はおーはちーのところへ行き、運転席に乗り込む。
キーを回した。
エンジンが掛かった瞬間、
ドドドドドッ!
静かな海辺に低い音が響いた。
「うわぁっ!」
「動いた!」
「逃げろ!」
何人かの男が本気で後ろへ飛び退いた。
女たちからも悲鳴が上がり、小さな子供を抱えて離れる者までいる。
おーはちーが少し前へ動くと、今度は数人が完全に走って逃げた。
「大丈夫! 大丈夫だから!」
俺は慌てて声を張る。
「こいつは鉄の牛! おーはちーっていうんだ!」
誰も返事をしない。
全員、おーはちーを見たまま固まっている。
「噛みついたりしないから!」
それを聞いても、まだ半信半疑だ。
俺は荷台を連結し、そのままゆっくり動かした。
大人たちはかなり距離を取ってついてくる。
だが、子供たちは違った。
最初こそ驚いていたが、すぐに目を輝かせ始めた。
「すげぇ!」
「鉄の牛だ!」
「動いてる!」
さっきまで怖がっていたのが嘘みたいに、今度は大騒ぎだ。
やっぱり子供は好奇心の方が勝つらしい。
その中からマカトが走ってきた。
「ユウマー!」
「危ないから近づくなよ」
「私も乗りたい!」
やっぱり来た。
一人乗せれば、絶対に全員乗りたがる。
「この牛は俺にしか懐いてないから、他の人は乗せてくれないんだ」
「えー!」
「だから無理」
マカトは不満そうな顔をした。
俺は前を指さす。
「それと、おーはちーの前は歩くなよ。危ないから後ろを歩け」
「分かった!」
マカトが後ろへ回る。
すると他の子供たちも一斉についていった。
気づけば、おーはちーの後ろには子供たちがぞろぞろ並んでいる。
俺は荷台を引きながら、そのまま広場へ向かった。
広場へ着くと荷物を降ろす。
だが、海辺にはまだかなり残っている。
俺はもう一度おーはちーを走らせた。
今度は重たい物を中心に荷台へ載せる。
村人たちも木材や箱、農具を手分けして運び始めた。
さすがに大人が30人以上いる。
一人で運んでいた時とは比べものにならない。
何度か往復するうちに、海辺に積まれていた荷物は一気に減っていった。
最後の荷物を広場へ運び終えた頃には、広場の一角が完全に資材置き場になっていた。
俺はまず女性たちを集めた。
山積みになった荷物の中から鎌と砥石を取り出し、一人ずつ手渡していく。
「これは女の人たちに」
受け取った女性たちは、見慣れないほど綺麗な刃を何度も眺めていた。
俺は近くに生えていた雑草を一掴みすると、鎌を根元へ当てて一気に引いた。
ザッ、と音を立てて草がまとめて切れる。
「おお……!」
女性たちから一斉に驚きの声が上がった。
畑仕事をしている女の一人が鎌を手に取り、刃先を見ながら言った。
「これがあれば、収穫もずっと捗るね」
「切れなくなってきたら、こっちの砥石で研いで使ってくれ」
俺は砥石も見せながら簡単に使い方を教えた。
次は男たちだ。
ナタと斧を一本ずつ配っていく。
男たちは受け取った瞬間から大喜びだった。
刃を眺めたり、柄を握って振ってみたり、隣同士で見せ合ったりしている。
その中の一人が、両手で斧を抱えながら言った。
「これは宝物にする!」
「いや、道具は使わないと」
俺がそう言うと、周りから笑い声が上がった。
次にシンガを呼んだ。
防鳥シートと杭をまとめて渡す。
ちょうど第二畑も出来上がった頃だったので、タイミングがよかった。
「これ、第二畑と第三畑で使ってくれ」
俺は広げ方と杭で固定する方法を簡単に説明した。
「それと明日から、第二畑に鶏を放していいぞ」
「分かった」
シンガが頷き、防鳥シートと杭を抱えていった。
残る大物は家の資材だ。
広場の端には、木材や金具など残りの家を建てるための材料が山になっている。
俺は家造りをしている男たちを呼んだ。
「これで残りの家の分、全部あるから。ここから必要な材料を持っていって、そのまま作ってくれ」
男たちは積み上がった資材を見上げながら頷いた。
これで材料を買い足すために何度も現代へ戻る必要もない。
ただ、このまま外へ置いておくのは雨が心配だった。
俺はブルーシートを何枚も広げ、資材の山へ被せるよう指示した。
「木材も道具も、なるべく濡らさないようにしてくれ」
村人たちは手分けしてシートを掛け、ロープで固定していく。
それでも雨に濡らしたくない物はある。
測量機器やチェーンブロック、足踏み旋盤、それにコシヒカリの種籾などだ。
そういう物は外へ置かず、まだ嫁が来ていない四人衆の家へ分けて置いてもらうことにした。
四軒に分散すれば、一軒だけ荷物で埋まることもない。
こうして広場を埋め尽くしていた荷物も、少しずつそれぞれの置き場所へ収まっていった。
俺は鶏小屋へ向かった。そろそろ雛が孵る頃だ。
抱卵している鶏の小屋を覗いてみると、卵の間に小さな影が動いていた。
よく見ると、三羽の雛が孵っている。
「おおー……!」
思わず声が出た。
なんだか初めて生命の誕生を見たような気分だった。
子供たちも集まってきて、雛を見ながら大喜びしている。
小さな体でちょこちょこ動くたびに、あちこちから歓声が上がった。
「あと二十七個あるはずだから、まだまだ孵るな」
俺は三羽の雛を一羽ずつそっと抱き上げ、雛用に作っておいた小屋へ移した。
地面へ降ろすと、三羽は寄り添うように固まっている。
「小さい虫、捕まえてきてくれ」
俺がそう言うと、子供たちは一斉に走り出した。
そのまま畑の方へ散っていく。
しばらくすると虫を捕まえて戻ってきて、雛の前へ置く。
食べたのを見ると、また畑へ走っていった。
もう完全に子供たちのおもちゃだ。
虫を捕まえては戻り、餌をやってはまた走っていく。
「まあ、任せておけば大丈夫か」
あとは二か月くらい育てて、オスとメスを分ければいい。
俺は次に、これから開墾する第三畑へ向かった。
予定地を見ると、まだ大きな切り株がいくつか残っている。
「ちょうどいいな」
俺はおーはちーに乗り込み、チェーンブロックも一緒に運んだ。
シンガと近くにいた男たちにも声を掛ける。
まずは、おーはちーの実力を見せることにした。
エンジンを掛け、ブームをゆっくり持ち上げる。
ショベルの先が高く上がると、全体で三メートル近い高さになった。
「うわ……」
男たちが一斉に見上げる。
何人かは明らかに怖がって、少しずつ後ろへ下がっていた。
俺はそれを横目に、そのまま切り株の手前へショベルを入れた。
土を掘る。
根が見えたら、その周りをさらに掘る。
反対側へ回り、また掘る。
太い根はショベルを差し込んで押し切るように切っていった。
村人たちは誰も喋らない。
ただ黙って、おーはちーが土を掘り返していくのを見ている。
十分ほどで大きな切り株がぐらつき始めた。
最後にショベルを根元へ差し込み、そのまま押し上げる。
土の塊と一緒に、切り株がごそっと持ち上がった。
「おおおっ!」
今度は男たちから大きな声が上がった。
「すげぇ……」
「あんなでかい根っこを……」
「鉄の牛って、本当に牛より力あるんじゃないか?」
シンガも目を丸くしたまま、掘り起こされた切り株を見ている。
俺は切り株を脇へどかし、掘った土を戻してショベルの腹で軽くならしていった。
さっきまで大きな切り株があった場所が、あっという間に平らになる。
「どうだ。これがおーはちーの力だ」
「これはすごいな……」
シンガが感心したように呟くと、周りの男たちも何度も頷いていた。
次はチェーンブロックだ。
太い丸太を三本用意してもらい、切り株の上で三脚になるように組ませる。
頂点をロープで固く縛り、その中央にチェーンブロックを吊るした。
今度は別の切り株の周りを、男たちにスコップとツルハシで掘ってもらう。
土を落とし、見えてきた太い根を斧やナタで切っていった。
ある程度根が外れたところで、太いチェーンを切り株の根元へ回す。
外れないように締め、チェーンブロックのフックへ掛けた。
「じゃあ、これを引いて」
俺が手鎖を示すと、シンガが恐る恐る握った。
そのまま下へ引く。
ジャラッ、ジャラッ。
鎖が動くたびに、切り株へ掛けたチェーンが少しずつ張っていく。
「もっと引いていい」
シンガが何度も鎖を引いた。
やがて土の中から、ミシッという音がする。
「動いた!」
誰かが叫んだ。
さらに鎖を引くと、残っていた細い根が次々に切れ、切り株がゆっくり持ち上がっていく。
最後には、土をまとった根ごと地面から完全に抜けた。
「おおー!」
周りで見ていた男たちが一斉に声を上げた。
おーはちーほど速くはない。
それでも人の力だけで、あれだけの切り株を引き抜ける。
しかもチェーンブロックは五台ある。
「これを五組に分けて使えばいい」
俺がそう言うと、シンガたちはすぐに三脚とチェーンブロックを触り始めた。
一度やり方を覚えれば、あとは俺がいなくても使える。
第三畑の開墾は、これまでよりずっと早く進みそうだった。
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