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ブラックホールの向こうは400年前の沖縄でした〜現代の道具と知識で始める琉球王国改革〜  作者: gere


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第35話 2026年3月31日

朝、目を覚ます。

一瞬、どこにいるのか分からなかった。


見慣れたアパートの天井ではない。少し広い寝室、まだ配置に慣れていない家具、窓から差し込む朝の光。

「ああ……そうか」


ここは、2月から住み始めたガレージハウス高原だった。

引っ越してからもう2か月近く経つ。それでも、一軒家での生活にはまだ完全には慣れていない。


朝起きた直後だけは、今でも少し違和感がある。

俺はベッドから起き上がり、まだ静かな家の中を見回した。


この数か月、俺はほとんど1600年には行っていない。

行ったのは、向こうに置きっぱなしにしていたChatGPTのマル秘資料を取りに戻ったくらいだ。


この3か月は、とにかく目が回るほど忙しかった。

俺はこの数か月のことを思い返した。


まず1月5日。年が明けて最初の出勤日。

俺は出勤すると、直属の上司に退職する意思を伝えた。


当然、いきなり何を言ってるんだと怒られた。

理由を聞かれ、何度も考え直せと慰留されたが、俺の気持ちは変わらなかった。


それから面談やら書類やら、いろいろな手続きが続き、約1か月後になってようやく退職が受理された。

その後は残っていた有給休暇を消化し、そして今日、3月31日が正式な退職日になっている。


その間に、まずやったのが金の売却だった。

1600年から持ち帰った金は九十三匁。約348.75グラム。


俺は那覇の地金買取店Aへ持ち込み、純度を調べてもらった。

結果は問題なく、ほぼ純金として買い取ってもらえることになった。


その日の買取価格で計算された金額は、8,296,414円。

「……やっぱり、とんでもないな」


口座へ振り込まれた金額を見て、改めて実感した。

あの時、1600年の那覇で売ったグラスや鏡、ライター、胡椒が、現代では800万円を超える金になった。


金を売る直前の残金は1,772,956円。

そこへ8,296,414円が加わり、残金は10,069,370円。


とうとう手元の金が一千万円を超えた。

次に俺が向かったのは、不動産会社だった。


前にネットで見つけていたガレージハウス高原を内見するためだ。

実際に見てみると、一階のガレージは写真で見るより使いやすそうだった。


車を中まで入れてシャッターを閉めても、後ろにはまだ荷物を置けるだけのスペースが残る。

二階の居住部分も、一人で住むには十分すぎる広さだった。


「ここでいいな」

俺はその日のうちに契約手続きを進めた。


この時点ではまだ現役の自衛官だったこともあり、入居審査も特に問題なく通った。

敷金、前家賃、仲介手数料、保証会社、火災保険を合わせて、初期費用は524,000円。


10,069,370円 − 524,000円 = 9,545,370円。

残金9,545,370円。


契約手続きはその日のうちに進んだが、すぐに入居できるわけではなかった。

室内の最終確認や清掃、それに鍵の引き渡しなどの準備があるらしく、不動産会社から提示された入居可能日は2月1日だった。


ちょうどよかった。

俺も今のアパートからいきなり全部の荷物を移すつもりはなかったし、一軒家での生活準備も必要になる。


そこで今まで借りていたアパートについては、2月末まで契約を残すことにした。

2月の1か月だけは、アパートとガレージハウスを二重で借りる形になる。


その間に少しずつ荷物を運び、生活の中心を新しい家へ移していけばいい。

引っ越しの準備と並行して、俺は1600年へ持っていく物も少しずつ揃え始めていた。


向こうにいる間は、現在の時間は完全に進まない。

通販で注文した物や取り寄せの必要な物は、今のうちに手配しておくしかない。


ガレージハウスの鍵を受け取ると、俺は一階のガレージへ入ってシャッターを閉めた。

「設置」


目の前にブラックホールが現れる。

俺はメジャーを取り出して入口を測った。


幅76センチ。

高さ196センチ。


ラップトップを開き、小型ショベルカーを探す。

そして見つけた。


ヤンマー ミニショベル SV08-1E 可変脚仕様。

可変脚を縮めれば、幅は68センチ。


「……通るな」

俺は画面に表示された機種名を見た。


SV08。

「……おーはちーでいいか」


なんとなく沖縄っぽい響きもある。

俺はその場で、このショベルカーを「おーはちー」と呼ぶことにした。


向こうでは、ショベルカーなんて言ってもまず通じない。

だったら無理やりでも分かりやすく呼べばいい。


「鉄の牛だな」

鉄の牛、おーはちー。


俺は一人でそう決めた。

次に通販で注文したのは、チェーンブロックだった。


使い方は単純だ。

太い木を三本組んで三脚を作り、その中央にチェーンブロックを吊るす。


抜きたい切り株や太い根にチェーンを掛け、手で鎖を引けば、少しずつ上へ持ち上げられる。

三脚は、向こうで丸太を用意すればいい。


必要なのは、チェーンブロック本体とチェーンだけだった。

チェーンブロックは1台ではなく、5台まとめて注文した。


村人を何班かに分けて、同時に使わせるつもりだった。

その次に注文したのが、測量機器だ。


水田を作るなら、地面の高さや水路の勾配をきちんと揃えたい。

そこで水平を見るための測量機器一式も揃えることにした。


そしてもう一つ。

種籾だ。


選んだのはコシヒカリ。

20キロ。


今までの畑作とは違って、次は本格的に水田を作るつもりだった。

1600年の沖縄で、コシヒカリを育てる。


どうなるかは分からない。

それでも、やってみる価値はある。


俺はそのまま20キロ分を注文した。

さらに、家造りの資材もまとめて揃えることにした。


残っているのは10棟分。

これまでと同じようにホームセンターへ何度も足を運び、柱や梁に使う木材、基礎材、金具、ボルト、釘、防腐剤などを少しずつ買い込んでいった。


一度では到底積みきれない量なので、何度も店とガレージを往復する。

買ってきた資材は、入る分からガレージの中へ積み上げた。


それでも入りきらない木材や長物は、ガレージの前にまとめて置いていく。

気づけば、ガレージの中も外も完全に資材置き場になっていた。


ついでに一輪車も5台追加で購入した。

開墾でも家造りでも、土や石、木材を運ぶ場面はいくらでもある。


これで人手を分けて同時に動かせる。

それとは別に、おーはちーで引くための荷台も作った。


ブラックホールを通せるよう、幅は65センチほど。

代わりに長さを2メートル半ほど取った、細長い二輪式の荷台だ。


鉄のフレームを組み、左右にタイヤを一つずつ付ける。

前には牽引用の棒を伸ばし、おーはちーの後ろへ連結できるようにした。


荷台の左右には低い柵だけを付け、載せた木材や資材はロープやベルトで固定する。

これなら、おーはちーの後ろに荷台をつないだまま、ブラックホールを通れる。


今までみたいに何往復もして運ばなくても、一度にかなりの量を向こうへ持っていける。

それから、村のみんなに渡す道具もまとめて買うことにした。


これからは十五歳になれば一人前ということにする。

男にはナタと斧。


女には鎌と砥石。

ただ、今いる大人たちにはまだ何も渡していない。


どうせこれからも使う物だ。

少し多めに揃えておけばいい。


ナタ50本。1本3,980円で199,000円。

斧50本。1本4,980円で249,000円。


鎌50本。1本1,980円で99,000円。

砥石50個。1個980円で49,000円。


これだけあれば、今いる大人たちへ配ったあとも、これから十五歳になる子供たちの分までしばらく持つ。

さらに第二畑、第三畑で使う防鳥シートも追加した。


10メートル×20メートルの防鳥シートを4枚。1枚4,980円で19,920円。

固定用の杭も100本。1本298円で29,800円。


開墾用の道具も一気に増やした。

スコップは1600年側にすでに5本あるので、今回は25本。1本2,980円で74,500円。


ツルハシ30本。1本3,980円で119,400円。

ノコギリ30本。1本1,980円で59,400円。


それからブルーシートを30枚。1枚1,280円で38,400円。

丸太や資材を動かすためのロープも100メートル巻きを5本。29,900円。


ラッシングベルト10本で14,800円。

ワイヤーロープ30メートル巻きを5本で19,900円。


シャックル20個で19,600円。

工業関係を調べている途中で、俺は一つ気になった物を見つけた。


旋盤だ。

部品を作るなら、いずれ絶対に必要になる。


ただし向こうには電気がない。

そこで探したのが、古い足踏み式の金属旋盤だった。


ネットで中古機械を探し回り、ようやく一台見つけた。

フライホイールを足で回し、その力で主軸を回転させる昔ながらの旋盤だ。


電気がなくても鉄の丸棒や軸を削ることが出来る。

しかも本体はいくつかに分解出来る。


ブラックホールを通すにも都合がいい。

値段は220,000円。


安くはないが、これ一台があれば軸や金具だけでなく、これから作る機械の部品まで自分たちで加工出来るようになる。

「これは買っておいた方がいいな」


俺はそのまま購入した。

ここまで揃えると、さすがにかなりの金額になった。


おーはちーが1,980,000円。

チェーンブロック5台が99,000円。


測量機器一式が89,800円。

コシヒカリの種籾20キロが24,800円。


家10棟分の資材が1,079,050円。

一輪車5台が39,900円。


おーはちー用の二輪荷台が148,000円。

ナタや斧、鎌、砥石、スコップ、ツルハシ、ノコギリ、防鳥シート、杭、ブルーシート、ロープ類などを合わせて1,021,620円。


中古の足踏み式金属旋盤が220,000円。

合計4,702,170円。


前の残金は9,545,370円。

9,545,370円 − 4,702,170円 = 4,843,200円。


残金4,843,200円。

ガレージの中を見れば、もう引っ越し途中の家というより、完全に1600年へ持っていくための資材置き場になっていた。


その一方で、買い物以上に時間をかけたことがある。

調べ物だ。


俺はネットを使い、1600年以降の琉球の歴史を片っ端から調べていった。

まず調べたのは、これから琉球で何が起こるのか。


1600年から始めて、1610年、1620年、1630年と年代を追い、とりあえず1650年頃までを徹底的に調べた。

王府で何が起こったのか。薩摩との関係がどう変わっていったのか。


どの時期に何が決まり、それによって琉球の暮らしや政治がどう変化したのか。

年表だけでは足りない。


気になった出来事を見つけるたびに別の資料を開き、人物名が出てくればその人物について調べ、その人物が関係した出来事まで遡る。

資料によって説明が違えば、さらに別の資料を探した。


気づけば一つの出来事を調べるだけで何時間も経っていることもあった。

それをChatGPTにも何度も聞いた。


「この出来事を防ぐと、その後どう変わる?」

「ここで王府が別の判断をした場合、何が起きる可能性がある?」


「この時代の琉球に、今の俺でも出来ることは何だ?」

過去の出来事を知るだけでは意味がない。


俺が知りたかったのは、その知識を使ってこれからどう動くかだった。

歴史を変えるなら、適当に動くわけにはいかない。


一つ変えれば、その先も変わる。

だったら、少なくとも何が起きる予定だったのかくらいは頭に入れておく必要がある。


俺は1650年頃までの流れを何度も読み直し、その中で自分が動けそうな場所を一つずつ拾っていった。

何を先にやるのか。何を後回しにするのか。


どこまで塩屋で力を蓄えるのか。

いつ外へ出るのか。


どこで王府と関わるのか。

何を見せれば信用されるのか。


逆に、何を見せれば危険人物だと思われるのか。

ChatGPTと何度も相談しながら、一つずつ作戦を組み立てていった。


当然、歴史だけではない。

農業についても徹底的に調べた。


水田の作り方。苗代。田植え。水管理。水路。土作り。堆肥。輪作。種の保存。病害虫。

収穫後の乾燥、脱穀、籾摺り、精米までまとめた。


一つ調べるたびに、また次に必要なものが出てくる。

野菜についても同じだった。


沖縄の気候で何が育つのか。

一年のどの時期に何を植えるのか。


どうすれば収穫量を増やせるのか。

肥料をどう作るか。種をどう残すか。


現代の農業をそのまま持ち込んでも、機械も肥料も薬品もない1600年では使えない。

だから出来るだけ、当時でも再現出来そうな方法に絞った。


次は工業だ。

鉄、木工、製材、炭焼き、窯、陶器、石灰、ガラス、紙、石鹸、油。


さらに水車、簡単なポンプ、歯車、滑車、旋盤の原理、測量、道路、橋、港。

使えそうなものは片っ端から調べた。


俺自身が全部作れるわけじゃない。

それでも、どういう物なのか、どういう順番で技術を積み上げれば作れるようになるのかだけは分かるようにした。


いきなり百年後、二百年後の物を作ろうとしても無理だ。

まず道具を作るための道具がいる。


その道具を作るための材料がいる。

材料を作るための設備がいる。


そうやって逆算していくと、何を最初に始めればいいのかが少しずつ見えてきた。

そして、琉球そのものについても調べた。


王府の仕組み。地方の治め方。間切と村。税。土地。役人。身分。交易。

那覇、首里、久米村、中国との関係、薩摩との関係。


俺が塩屋で好き勝手やっているうちはまだいい。

だが、村が大きくなり、畑が増え、生産量が増えれば、いずれ必ず外から見られる。


その時になって初めて王府の仕組みを調べても遅い。

誰に話を通すのか。誰が何を決めるのか。


何をすれば問題になるのか。

どこまでなら村の中だけで決められるのか。


分かる範囲は全部まとめた。

それを分野ごとに整理し直した。


一冊目。

琉球史と今後五十年間の出来事。


二冊目。

農業、畜産、水田、灌漑。


三冊目。

工業、道具、建築、土木。


四冊目。

琉球王府、行政、税、交易。


そして五冊目。

これから俺が何をするのか。


優先順位、計画、注意点、ChatGPTと考えた作戦をまとめたものだ。

必要な資料は印刷し、重要な部分には蛍光ペンを引いた。


余白には自分で書き込みもした。

後から情報を追加出来るように全部バインダー式にして、項目ごとにインデックスも付けた。


出来上がったバインダーは五冊。

全部合わせれば、およそ500ページ。


机の上に並べてみると、我ながら少し異様だった。

表紙には大きく、


『マル秘』


と書いた。

「……これ、絶対人に見せられないな」


俺は苦笑した。

1600年から先に何が起きるのか。


どうすれば収穫量を増やせるのか。

どうやって産業を育てるのか。


王府がどう動いているのか。

その答えが、五冊の中に詰まっている。


もちろん、書いてある通りに全部進むとは思っていない。

俺が動けば、歴史そのものが変わる。


そうなれば途中から、この資料に書かれている未来も当てにならなくなるかもしれない。

それでも構わない。


最初の道筋さえ分かればいい。

俺は机の上に並んだ五冊のバインダーを見た。


500ページ。

三か月かけて集めた、俺なりの攻略本だ。


「これだけあれば……」

少なくとも、何も知らない状態で一から試す必要はない。


失敗した技術。成功した方法。この先に起きる出来事。

全部、先に知ることが出来る。


俺は一冊目のバインダーを手に取り、その厚みを確かめた。

「百年くらいは前倒し出来るはずだ」


本来なら何十年、何百年とかけて辿り着く知識を、俺は最初から持っている。

問題は、それを1600年の琉球でどこまで形に出来るか。


そのための準備は、もう始まっていた。

俺は一冊目のバインダーを閉じた。


「……最初の難関は、1609年の薩摩侵攻だな」


読んでいただきありがとうございます。

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