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ブラックホールの向こうは400年前の沖縄でした〜現代の道具と知識で始める琉球王国改革〜  作者: gere


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第34話 1600年3月1日

朝、目を覚ました瞬間だった。突然、目の前が真っ暗になり、反射的に体を起こした。


「っ……!?」


目を開けているはずなのに何も見えない。テントの中も朝の光も全部消えたように真っ暗で、その直後、頭の中に白い文字が浮かんだ。


――レベルアップ――


一度消え、また同じ文字が点滅する。


――レベルアップ――


「……なんだ、これ」


声を出しても返事はない。すると今度は別の文字が頭の中に浮かんだ。


――入口の移動が可能になりました――


その文字も一度消え、少し間を置いてまた現れる。


――入口の移動が可能になりました――


さらに続けて文字が流れた。


――移動したい場合は『移動』、設置したい場合は『設置』と唱えよ――


一度消えたあと、まったく同じ内容がもう一度流れた。そして次の瞬間、パッと視界が元に戻った。


俺は起き上がったまま、しばらく動けなかった。目の前には朝の薄い光が差し込む、いつものテントの中がある。


「……なんだったんだ?」


寝ぼけていた感じじゃないし、夢でもない。はっきり見えた。


レベルアップ。それに、入口の移動。


「レベルアップした……ってことなのか?」


意味が分からない。これまでそんな表示が出たことは一度もなかった。


何か条件を満たしたのか、それとも3月1日になったこと自体に意味があるのか。考えても答えは出なかった。


俺はとりあえずテントの外へ出て、小さな鍋に水を入れ、火を起こした。湯が沸くまでの間も、さっきの文字が頭から離れない。


入口を移動できる。設置できる。


それがどういう意味なのか。今まで部屋のドアの横にあった、あのブラックホールを別の場所へ移せるということなのか。


やがて湯が沸き、俺はコーヒーを淹れて煙草に火をつけた。一口飲み、ゆっくり煙を吐く。


「……落ち着け」


もう一度コーヒーを飲む。少しだけ頭が冷えてきた。


まず俺は「現在に戻りたい」と念じ、ブラックホールを出した。それから、その黒い入口を見ながら口にする。


「移動」


……何も起きない。


「違うのか?」


少し考えて、俺はブラックホールへ入った。もしやと思いながらアパートへ戻り、部屋のドアの横にあるいつものブラックホールの前へ立つ。


「移動!」


そう言った瞬間だった。目の前のブラックホールが、音もなく消えた。


「えっ?」


そこにはもう何もない。ただの壁と床、いつもの変哲もないアパートの部屋だった。


俺はしばらく、その場所を見つめた。さっきまで確かにあった黒い入口が、跡形もなく消えている。


「……まじか」


心臓がドクンと大きく鳴った。


俺は元ブラックホールがあった場所へ向かい、今度は少し緊張しながら口を開く。


「設置」


次の瞬間、何もなかった場所にいきなり黒いブラックホールが現れた。


「うおっ!」


思わず一歩下がる。間違いない。


移動できる。ブラックホールそのものを、現代側なら移動させられる。


そう理解した瞬間、心臓の鼓動が一気に速くなった。ドクン、ドクンと胸の奥で鳴っている。


「ちょっと待て……」


頭の中に、やりたいことが一気に溢れ出してきた。アパートじゃなくてもいいのか、別の場所に置けるなら何ができる、何を持ち込める。


次から次へと考えが浮かんでくる。今まで頭の中で無理だと切り捨てていたことまで、一気に可能性が出てきた。


「やばい……やばいぞ、これ」


自分でも分かるくらい鼓動が速い。何から手をつければいいのか分からないくらい、やりたいことが頭の中からドバドバ出てくる。


「……一回、落ち着こう」


俺は煙草を取り出し、火をつけた。深く吸って、ゆっくり煙を吐く。


それでも心臓はまだドクドク鳴っていたが、しばらくすると少しずつ頭が冷えてきた。


いろんなアイデアが浮かんでいるが、まず今一番困っていることから考えよう。


「現代品の持ち込みだな」


ここ最近、建築資材を1600年へ持ち込む作業には、正直もうウンザリしていた。買ってきた資材をアパートまで運び、そこからブラックホールへ持ち込む、その繰り返しだ。


量が増えるほど手間も増えるし、大きな物を運ぶたびに何度も往復しなければならない。


「まず、ビルトインガレージ付きの一軒家が欲しいな」


煙草を吸いながら考える。


家の中にガレージがあって、そのまま車を入れられる家だ。そこへブラックホールを設置できれば、車で買ってきた資材をガレージまで運び、その場で荷台から下ろして直接ブラックホールへ突っ込める。


今みたいに駐車場からアパートまで何度も運ぶ必要もない。建築資材の持ち込みは、今までとは比べ物にならないくらい楽になるはずだ。


「これだな」


ようやく最初にやることが決まった。


俺はラップトップを開き、沖縄県内の貸し一軒家を調べ始めた。検索すると県内の賃貸一戸建てが三十数件ほど、ずらりと画面に並んだ。


「意外と少ないな」


そこからさらに検索欄へ『ビルトインガレージ』『ガレージハウス』と入れて絞り込む。


一気に数が減った。


「うわ、ほとんどないじゃん」


画面に出てきた物件を順番に開いていく。駐車場付きの一軒家はそれなりにあるが、車をそのまま建物の中へ入れられるビルトインガレージ付きとなると、候補はほとんど残らなかった。


そんな中、一件だけ目に止まる物件があった。


「沖縄市高原……ガレージハウス高原」


新築の2階建てで、間取りは2DK。広さは約61平方メートル、家賃は14万円。


「これ、かなりいいな」


俺は物件ページを開き、写真を一枚ずつ見ていく。


一階部分には車をそのまま入れられるガレージがあり、奥にも多少のスペースがある。ここなら車を中まで入れてシャッターを閉め、そのまま荷物を下ろせそうだった。


「ここにブラックホール置けば……」


車で買ってきた資材をそのままガレージへ入れる。シャッターを閉め、荷台から資材を下ろして、そのままブラックホールへ突っ込む。


誰にも見られない。今までみたいに駐車場から何往復もする必要もない。


「最高じゃん」


思わず笑ってしまった。


建築資材だけじゃない。米でも肥料でも農具でも、車に積めるだけ積んで持ってくれば、そのまま1600年へ送り込める。


俺はもう一度、物件名を見た。


『ガレージハウス高原』


「ここ、見に行ってみるか」


俺はそのまま物件ページに載っている不動産会社の番号へ電話を掛けた。呼び出し音は鳴る。


だが、いつまで待っても誰も出ない。


「……あれ?」


一度切って、もう一度掛ける。やはり出ない。


そこでようやく気づいた。


「しまった……まだ1月3日じゃないか。正月休みか」


1600年側では3月1日まで進んでいるが、現代はまだ正月三が日だ。不動産会社が休みでも何もおかしくない。


俺はスマホの画面を見ながら、思わずため息をついた。


「完全に忘れてた……」


こっちではまだ年が明けて三日目。1600年側の時間感覚に引っ張られすぎて、現代の日付の感覚が完全にズレていた。


どっちにしろ、地金買取店も正月休みだ。那覇の地金買取店Aも、沖縄市の地金買取店Bも営業が始まるまで待つしかない。


「結局、現在の時間を進めるしかないか」


そう考えたところで、ふと思い出した。


「それなら今のうちに退職願も書いておくか」


自衛隊を辞めること自体は、金を手に入れた時から考えていた。もう生活のために給料へしがみつく必要はないし、1600年でやりたいことはいくらでもある。


躊躇はなかった。


俺はラップトップを開き、ChatGPTを立ち上げる。


『陸上自衛官が退職したい場合、退職願はどう書けばいい?』


すぐに回答が表示された。


――――――――――


自衛官が自己都合で退職を希望する場合、まず所属部隊の上司へ意思を伝え、部隊の手続きに従って退職を申請します。正式な書式や提出先は所属部隊によって確認してください。


一般的な退職願の文面例は以下です。


退職願


私儀


このたび一身上の都合により、退職いたしたく、ここにお願い申し上げます。


令和八年一月○日


所属

階級

氏名 大城悠真 印


○○殿


なお、自衛官は一般企業のように退職願を提出すれば即日退職できるわけではありません。所属部隊への申し出、上官との面談、必要な手続きなどを経て退職となります。まず直属の上司へ退職の意思を伝えてください。


――――――――――


「まあ、こんな感じか」


俺はChatGPTの回答を見ながら、紙とペンを用意した。


それから退職願を書き始めたのだが、ここ最近まともに文字を書いていなかったせいか、思った以上に手が動かなかった。字を間違えたり、妙に曲がったりして、そのたびに新しい紙へ書き直す。


「……こんなに字、下手だったっけ」


結局、何度も書き直しながら一時間ほどかかって、ようやく納得できるものが出来上がった。俺は最後にもう一度内容を確認し、封筒へ入れて封をした。


「よし」


これで退職の準備は終わった。


あとは上司に話すだけだ。


そう思った瞬間、自然と上司の顔が頭に浮かんだ。入隊してから何かと良くしてもらった人だ。


少しだけ気が引ける。


それでも、もし俺がこれからやろうとしていることで沖縄が、日本が、今より少しでも良くなっていくのであれば仕方ない。


そう自分に言い聞かせたところで、ふと気づいた。


俺はいつの間にか、沖縄を、日本を良くしたいと思うようになっていた。


最初はただ生き延びることしか考えていなかった。村のみんなに飯を食わせ、生活を少し楽にしてやれれば、それでいいと思っていた。


でも今は違う。


塩屋村だけじゃない。この先の沖縄を変えたい。その先にある日本も、少しでも良くしたい。


そんなことを考えている自分に、俺自身が初めて気づいた。


「……そうか」


俺は封をした退職願を見つめた。


「これが、俺がしたかった事なんだ」


読んでいただきありがとうございます。

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