第33話 1600年2月28日その2
朝食が終わると、村人たちはそれぞれの持ち場へ向かった。家造りの8人は6軒目の建築へ向かい、畑組は畑へ、ほかの者たちも普段の仕事へ散っていく。
俺は午後の祭りの準備を始めることにした。
昨日買った冷凍チキンは、冷凍庫へ戻さずアパートのキッチンで解凍していた。完全には解けておらず、まだ中心は少し凍っている。
俺はそれを1600年へ持ち込み、大きめのバケツを2つ用意して6kgずつに分けた。
合計12kgなので、1つのバケツに6kgずつだ。そこへ泡盛1.8Lパックを1本開け、半分ずつ、900ccずつ注ぐ。
鶏肉の臭み消しも兼ねている。さらに塩胡椒をそれぞれ100gずつ入れ、両手で肉を持ち上げるようにしながら何度も混ぜ、泡盛と塩胡椒が全体に回るようにした。
まだ半分ほど凍っているが、午後には完全に解けて味も馴染み、ちょうどいい具合になるだろう。
俺はバケツを日の当たりにくい場所へ置き、次の準備へ移った。
「かなさん、祭り用の雑炊、そろそろ仕込み始めてもらっていい?」
俺が声を掛けると、かなさんはすぐに頷き、共同炊事場で準備を始めた。
俺はその横へ昨日買ってきた大きな箱を持ってきて、コールマンの大型バーベキュー台、クールスパイダープロ/Lを取り出して組み立て始める。
かなさんは手を動かしながら、ときどきこちらを見ていた。また俺が見たことのない物を持ち出してきたと思っているのだろう。
しかし村の人たちも、もうすっかり慣れたものだった。
以前なら何人も集まってきて「これは何だ」「何に使うんだ」と聞いてきたが、今では俺が変な物を持ち出してきても、とりあえず見ているだけだ。
どうせそのうち使い方が分かると思っているらしい。
組み立てを終えた俺は、バーベキュー台の下へ薪を入れて火をつけた。
炎が少しずつ広がり、金属の焼き台が温まり始める。
次に昨日買ったメラミン製のコップ50個を持ってきた。
そのうち44個を村人用に出し、残り6個は予備として取っておくことにする。
「かなさん、これ洗ってきてもらえる?」
「これですか?」
かなさんはコップを1つ手に取り、表面を指でなぞりながら眺めた。
「すごくいい入れ物ですね」
「それ、村のみんなに1個ずつあげるよ」
かなさんがこちらを見る。
「1人に1個ですか?」
「ああ。自分のコップとして使えばいい」
その言葉を聞いた瞬間、かなさんの顔が明るくなった。これまで渡した椀やスプーンに加えて、今度は自分専用のコップまで増える。
まるで宝物がまた1つ増えたような顔をしている。
「大事に使います」
「割れにくいから、普通に使っていいよ」
俺が笑うと、かなさんは44個のコップをまとめ、洗いに向かった。
一通り準備を終えると、急に暇になった。祭りが始まるまでにはまだ時間がある。
そこで自分用のオリオンビールを持ってきた。
大きなバケツに缶を入れ、アパートへ戻って氷を持ってきて、そのままバケツの中へ放り込む。
1600年の村で氷水に浸かった缶ビールを見ると、どう考えても場違いだ。
「これで少しは冷えるだろ」
続いてレモンティーの2Lペットボトルと泡盛の紙パックも炊事場まで運んでおく。
祭りが始まってから何度もアパートへ取りに戻るのは面倒だ。
しばらくすると、かなさんが洗い終えたコップを持って戻ってきた。
俺はバケツの中からビールを1缶取り出す。まだ十分には冷えておらず、触ると少しぬるい。
「まあ、いいか」
プルタブに指を掛けて引き上げる。
プシューッ。
炭酸の抜ける音がした。
「っ!」
かなさんが肩をびくっとさせる。
「何ですか、今の音」
「これ、酒」
俺は笑いながら缶に口をつけた。まだ冷え切ってはいないが、久しぶりのビールだ。
炭酸と苦味が口の中に広がる。
「うまい」
かなさんは、俺がうまそうに飲んでいるのをじっと見ていた。
「飲んでみる?」
かなさんは一瞬迷ったような顔をしたが、興味の方が勝ったらしく、小さく頷いた。
俺は洗ったばかりのコップを1つ取り、一口分だけビールを注いだ。
「少しだけな」
かなさんは恐る恐るコップを口へ運び、一口飲んだ。
その瞬間、
「けほっ、けほっ!」
かなさんが咳き込んだ。どうやら炭酸が一気に喉を刺激したらしい。
「大丈夫?」
俺が聞くと、かなさんは顔をしかめながらコップを見る。
「……苦いです」
その微妙な顔を見た瞬間、俺は思わず吹き出した。
「はははは!」
「もう!」
かなさんの頬が一気に赤くなり、笑っている俺の腕を軽く叩いてくる。
「笑わないでください」
「ごめん、ごめん」
俺はまだ笑いながら謝った。さすがにかわいそうなので、今度はレモンティーのペットボトルを持ってくる。
栓を開けると、かなさんはさっきのビールの件があるせいか、少し警戒した目で見ていた。
「今度は大丈夫」
俺はかなさんのコップへレモンティーを注いだ。
かなさんはまだ疑うようにコップを見ていたが、少しだけ口をつける。
一口飲んだ瞬間、表情が変わった。
「……おいしい」
にっこり笑う。
「だろ?」
さっきのビールとは完全に逆の反応だ。
甘さとレモンの香りがかなり気に入ったらしい。
すると、そのやり取りを少し離れたところから見ていたマカトが近づいてきた。
「私も飲みたい」
「見てたのか」
マカトはレモンティーのボトルをじっと見ている。
俺が少し注いでやると、マカトはすぐに飲んだ。
「おいしい!」
その声を聞いたのがまずかった。
近くにいた子供たちが一斉にこちらを見る。
「何飲んでるの?」
「私も!」
「俺も飲みたい!」
あっという間に子供たちがわらわら集まってきた。
「ちょっと待て、並べ」
俺はコップを使い、少しずつレモンティーを注いでいく。
最初は1本くらいなら大丈夫だと思っていたが、甘い飲み物などほとんど飲んだことのない子供たちが相手では勢いが違う。
2Lのペットボトルは、あっという間に空になった。
「もうないぞ」
空になったボトルを逆さにして見せる。
「もっと!」
「祭りが始まったらな」
「今飲みたい!」
「ダメ」
俺は笑いながら手を振った。
「残りは午後。祭りが始まったらちゃんと飲ませてやるから、今は邪魔するな」
まだ不満そうな顔をしている子もいたが、俺は半ば強制的に解散させた。
「ほら、散った散った」
子供たちは名残惜しそうにレモンティーの空ボトルを見ながら、それぞれ散っていった。
俺は静かになった炊事場で、残っていたビールを一口飲んだ。
午後の祭りが始まる前から、すでに少し騒がしくなり始めていた。
昼過ぎになり、仕事を切り上げた村人たちが次々と広場へ集まってきた。家造りをしていた8人も、畑から戻ってきた者たちも、皆いつもよりどこか落ち着かない顔をしている。
朝から祭りの話が村中に広がっていたので、何が始まるのか気になって仕方ないのだろう。
「みんな、こっちに集まって座ってくれ」
俺が声を掛けると、村人たちは広場の中央に集まり、それぞれ適当な場所へ腰を下ろした。
子供たちは前の方へ集まり、大人たちはその後ろに座っている。俺は一度全員を見渡した。
「まず、みんなに言っておきたいことがある」
ざわついていた広場が少し静かになる。
「俺がこの村に来てから、色々と無茶なことも言ったと思う。畑を作ったり、家を建て直したり、共同で飯を食うようにしたり。でも、みんなちゃんと俺の話を聞いて、ここまでついてきてくれた」
何人かが黙ってこちらを見ている。
「だから今日は、そのお礼も兼ねて祭りにする」
子供たちの顔が一気に明るくなった。
「祭りって言っても、ただ飲み食いするだけだけどな」
そう言うと、あちこちから笑い声が上がった。
俺はまず、朝かなさんに洗ってもらったメラミン製のコップを持ってきた。
「これは1人1個ずつ。今日だけじゃなくて、これから自分のコップとして使ってくれ」
前から順番に1個ずつ手渡していく。受け取った村人たちは、すぐに表面を触ったり、光にかざしたりしていた。
椀やスプーンを渡した時と同じように、皆かなり気に入っているらしい。自分専用の食器がまた1つ増えたことが嬉しいようで、大事そうに両手で抱えている者までいる。
次は酒だ。
俺は泡盛の1.8L紙パックを並べた。
「男には1人1本ずつな」
男たちは渡された紙パックを見ても、何が何だか分からないような顔をしている。酒だとは分かっても、どこから飲むのかまでは分からないらしい。
俺は1本手に取り、キャップを捻って開けた。
「こうやって開ける」
近くにいたタルガニのコップを取り、少し注いでやる。
「飲んでみろ」
「これをか?」
「ああ」
タルガニはコップの中を覗き込み、匂いを嗅いだ。それから恐る恐る口をつける。
一口飲んだ瞬間、目を見開いた。
「うめぇー酒だな!」
その声に周りの男たちが一斉にタルガニを見る。
「そんなにうまいのか?」
「飲んでみろ、今までの酒と全然違うぞ」
それを聞いた男たちは、急に手元の紙パックを見る目が変わった。
俺は笑いながら言う。
「それ1本で一升入ってるからな。今日は祭り用に1人1本だ。全部一気に飲む必要はないからな」
男たちは大事そうに紙パックを抱え込んだ。
次にレモンティーの2Lペットボトルを並べる。
「こっちは酒を飲まない人と子供用」
赤ん坊や、まだ小さすぎる子にはさすがに1本ずつ渡せないので、それ以外の女性や子供へ配っていく。
朝に1本開けてしまったので、残りは19本。
1本ずつ手渡すたびに、子供たちは嬉しそうに抱え込んでいった。
朝に味を知っている子たちは特に嬉しそうで、早く栓を開けたくて仕方ない様子だ。
泡盛は3本余った。
「この3本は、女の人で飲みたい人がいたら飲んでいいよ。無理して飲まなくていいからな」
何人かの女性が顔を見合わせている。
皆、コップや酒、レモンティーを手にしたまま、まだ俺の話が続くと思っているのか大人しく座っていた。
だが、男たちはもう完全に酒の方へ意識が向いている。子供たちもペットボトルを抱えたまま、今にも栓を開けそうだ。
俺はそれを見て笑った。
「もういいよ。あとは好きに飲んで食べてくれ」
その一言で、一気に広場の空気が変わった。
「よし!」
「飲むぞ!」
「開けていいの!?」
一斉に声が上がる。
男たちは早速泡盛のキャップを開け、自分のコップへ注ぎ始めた。
最初は少しずつ恐る恐る飲んでいた者も、一口飲むと顔をほころばせる。
「うまいな、これ」
「強いけど、飲みやすいぞ」
「悠真、こんな酒どこで手に入れたんだ」
俺は適当に笑ってごまかした。
一方、女性や子供たちはレモンティーの栓を開けている。
最初の一口を飲んだ瞬間、あちこちで「甘い」「うまい」という声が上がった。
かなさんには雑炊を配ってもらう。
「かなさん、雑炊お願い」
「はい」
かなさんは大鍋の前に立ち、椀へ次々と雑炊をよそっていく。
米と粟や黍に、小松菜やフーチバーが入った今の雑炊は、少し前までの物とは見た目からして違う。
俺はその横で、仕込んでおいた鶏肉のバケツを持ってきた。
泡盛と塩胡椒に漬けておいた肉は、朝よりもしっかり解けている。
熱くなったクールスパイダープロ/Lの焼き網へ、鶏肉を次々と並べていく。
ジュウッ。
肉を置いた瞬間、勢いよく音が上がった。
脂が落ち、下の火へ落ちるたびに炎が一瞬大きくなる。
焼け始めると、鶏肉と塩胡椒の香ばしい匂いが一気に広場へ広がった。
その匂いに気づいた子供たちが、すぐにこちらへ寄ってくる。
「まだ?」
「もう食べられる?」
「待て待て、ちゃんと焼いてからだ」
俺は肉をひっくり返しながら笑う。
両面に焼き色がつき、中まで火が通ったものから紙皿へ1枚ずつ乗せていく。
焼き上がった紙皿を、そのまま並んでいる村人たちへ順番に手渡した。
「1人1枚な。順番に受け取ってくれ」
紙皿ごと受け取った者たちは、その場ですぐに鶏肉へかぶりついた。
最初に食べた子供の目が大きく開く。
「うまい!」
その声を皮切りに、あちこちから同じ声が上がった。
泡盛と塩胡椒だけの単純な味付けだが、普段の食事では肉を腹いっぱい食べることなどほとんどない。しかも焼きたての鶏肉だ。
表面は香ばしく、中には肉汁が残っている。
大人たちも紙皿を膝の上に乗せ、黙々とかぶりついている。
片手に泡盛の入ったコップ、もう片方に鶏肉を持っている者もいる。
「これは酒に合うな」
「本当だな」
男たちは笑いながらコップを合わせている。
少し離れたところでは、女たちが雑炊を食べながら話に夢中になっていた。
レモンティーを飲み、また雑炊を一口食べ、隣の者と笑い合っている。
子供たちは紙皿を抱え、鶏肉を両手で持って口の周りを油だらけにしながら夢中で食べている。
食べ終わった子はレモンティーを飲み、また誰かの紙皿を覗き込んでいる。
広場のあちこちで笑い声が上がる。
泡盛を飲む者、レモンティーを飲む者、雑炊を食べながら話し込む者、紙皿の上の焼きたてのチキンにかぶりつく者。
普段なら日が暮れるまで仕事をしている時間だ。
それが今日は、誰も仕事のことなど考えず、ただ飲んで、食べて、笑っている。
俺は焼き台の前で次の鶏肉をひっくり返しながら、その光景を眺めていた。
やがて最後の鶏肉まで焼き終わった。俺も途中で何度かバケツの中からビールを取り出して飲んでいて、気づけば6本ほど空けていた。
腹も満たされ、酒も入って、広場全体が完全に祭りの空気になっている。
俺は積んでおいた袋を見て、そろそろ出すかと思った。
「よし、次はおやつな」
そう言って、昨日買ってきたポテトチップスを持ってくる。
「おやつ?」
子供たちが一斉にこちらを見る。
俺はポテトチップスを1人1袋ずつ配っていった。大人にも子供にも渡していくが、皆、袋を受け取ったまま不思議そうに眺めている。
当然だが、この袋をどうやって開けるのか誰も知らない。
「こうやって開ける」
俺は自分の分のポテトチップスを1袋取り、袋の上を両手でつまんで開けて見せた。
パリッと袋が開く。
中からポテトチップスを1枚取り出し、そのまま口へ放り込む。
「こうやって食べる」
それを見た大人たちは真似をして袋を開け始めた。
「お、開いた」
「こっちもだ」
だが、小さい子供の中にはうまく力を入れられず、袋を開けられない子もいる。
「貸してみ」
俺はそういう子の袋を受け取り、1つずつ開けて返してやった。
「ほら」
「ありがとう!」
袋を受け取った子供は、すぐに中へ手を突っ込んでポテトチップスをつまみ出す。
一口食べた瞬間、顔が変わった。
「おいしい!」
その声が上がると、あちこちから同じような声が続いた。
「これ、うまいぞ」
「ぱりぱりしてる!」
「塩の味がする!」
子供たちは夢中になって袋へ手を突っ込み、大人たちも最初は珍しそうに1枚ずつ食べていたが、すぐに次の1枚へ手が伸びている。
広場のあちこちから、パリパリと軽い音が聞こえてくる。
そりゃうまいだろう。
現代のお菓子だからな。
油と塩の加減も、食感も、400年前の食べ物とは比べ物にならない。
酒を飲みながらつまんでいる男たちもいれば、レモンティーを片手にポテトチップスを頬張る子供もいる。袋の中を覗き込みながら大事そうに少しずつ食べている者もいた。
俺は自分のポテトチップスをつまみながら、その様子を眺めた。
皆、楽しそうだった。
腹いっぱい食べて、酒や甘い飲み物を飲み、最後には見たこともない菓子まで食べている。
その幸せそうな顔を見ているだけで、俺は十分満足だった。
ブックマークありがとうございます
一個増えて二個になりました。頑張って書いていきます。




