第30話 1600年2月14日
朝。
俺は湯を沸かしてコーヒーを淹れ、いつものように一服した。煙草を吸いながら、今日の段取りを頭の中で整理する。
昨日までで、一軒目の家は土台、柱、梁と桁、それに屋根の垂木と桟まで終わっている。今日は床を竹で敷き、壁も竹で張る。屋根は茅葺きにする。
この村では以前から屋根の補修用として茅を刈り、乾かして保管していた。量を確認すると、一軒分の屋根を葺くには足りそうだ。今日使う分はそれを回せばいい。新しく集める茅は次の家以降に使える。
コーヒーを飲み終えると、俺は広場へ向かった。家の近くには、昨日までにグシーとカマルーが運んできた竹が積まれている。数を見た感じ、一軒分として考えていた百三十本は確保できているようだった。
しばらくすると朝飯が出来上がり、村人たちが椀を持ってぞろぞろと広場へ集まり始めた。俺もみんなと一緒に朝飯を食べる。
食べ終えると、家造りを担当している六人、シルー、カナグシ、マチュー、ウミトゥ、サブロウ、タルーを呼び集めた。そこへグシーとカマルーも呼ぶ。
「今日はグシーとカマルーは、次の家から使う屋根用の茅を刈って集めてきてくれ。今日の屋根に使う分は、村で干してある茅を使う」
二人が頷く。
次に、残った六人へ今日の作業を説明した。
「こっちはまず竹だ。午前中で百三十本を全部半分に割る。割り終わったら床から敷き詰めて、そのあと壁を張っていく」
積まれている竹を指さしながら続ける。
「屋根は最後に茅を葺く。うまくいけば今日で一軒目は完成だ」
六人は出来上がりかけている家を見ながら、それぞれ頷いた。
早速作業に取り掛かり、積んである竹を一本ずつ半分に割っていく。
今までにも竹を割ったことがあるらしく、これに関しては六人とも手慣れていた。竹の端へ鉈を食い込ませ、軽く叩いて裂け目を作ると、そのまま左右へ開くようにして割っていく。割れ目がどちらかに寄りそうになると、広い側を少し強く開いて中央へ戻す。節のところだけは少し慎重になるが、それでも手が止まるほどではない。
「これなら俺が教えることないな」
俺がそう言うと、カナグシが笑った。
「竹割りなら前からやってる」
確かにその通りだった。家造りの細かい測り方や水平器の使い方とは違い、竹を割る作業はこの村の人間にとって珍しいものではないらしい。
六人は次々と竹を半分に割り、割り終えた竹を横へ積み上げていった。
俺は床に敷く竹の長さを決めるため、床の寸法を測った。巻尺で長さを確認し、その寸法に合わせて半分に割った竹を一本、ノコギリで切り出す。
次に壁の高さも測り、壁用の基準になる竹を一本作った。
六人はその間も竹を割り続けている。半分ほどまで進んだところで、俺はシルーとウミトゥを呼んだ。
「二人はここから、床と壁に使う竹を切ってくれ」
シルーとウミトゥはノコギリを持ち、割り終わった竹を床用と壁用の長さに切り始めた。残った四人はそのまま竹割りを続ける。
四人が割り、二人が切る。作業を分けたことで流れも良くなり、竹は次々と加工されていった。
全部の竹を割り終え、床用と壁用の切り出しまで終わった頃には、もう昼を少し過ぎていた。
軽く休憩をしたあと、今度は床から竹を張っていく。
半分に割った竹を並べていくため、表面は多少でこぼこする。それでも今まで村で使っていた床に比べれば、天と地ほどの差がある。六人で手分けしながら、端から順番にどんどん敷き詰めていった。
その間に俺は、余っている材木と竹を使って入口の階段を作ることにした。床の高さは地面から五十センチほどしかないので、大げさなものは必要ない。二段だけの簡単な階段で十分だ。
長さを合わせて材木を切り、踏み板になる竹を取り付ける。床張りが進んでいる間に、こっちも形になった。
ほどなくして床を全部敷き終えると、次は壁だ。
切り揃えておいた半割りの竹を柱の間に一本ずつ並べ、麻紐で縛って固定していく。やること自体は単純で、六人もいるため作業は早い。次々と竹が張られ、家の周囲が少しずつ壁で囲まれていった。
最後の竹を縛り終える頃には、床も壁もほぼ完成していた。
残るのは屋根の茅葺きだけだ。
屋根は切妻なので、左右両側から同時に仕上げていくことができる。乾燥させてあった茅を地上で束ねる者と、屋根の上で桟へ縛り付ける者に分かれ、軒先から棟へ向かって順番に葺いていく。
片側だけではなく両側から同時に進めているため、屋根はみるみるうちに茅で覆われていった。下では茅を揃えて束を作り、上では受け取った束を次々に縄で固定していく。上と下とで分業していることもあって施工はかなり早い。
屋根が少しずつ出来上がっていくにつれ、広場には村人たちがわらわらと集まり始めた。
誰も作業の邪魔はしないが、少し離れたところから皆じっと家を眺めている。これから同じ家が順番に建ち、いずれは自分たちの家になるのだから気になるのも当然だろう。
最後に棟の部分を仕上げると、一軒目の家がようやく完成した。
まだ日が落ちる前だった。
「できたぞ」
その一言で、待っていた村人たちが一斉に家の周りへ集まってきた。
そのまま、ちょっとしたルームツアーが始まった。
二段の階段を上がり、竹の床へ入る。壁も竹、床も竹だが、地面から床が上がっていて、屋根もしっかりと茅で覆われている。村人たちは床を踏んでみたり、壁を触ったり、柱や梁を見上げたりしながら、熱心に中を見て回っている。
「ここに住めるのか」
「同じのが俺たちの家にもなるんだろ」
そんな声があちこちから聞こえてきた。
当然ながら一番嬉しそうなのは、新居第一号となったカマルーだった。
早速引っ越しが始まったが、荷物といっても大した量はない。今まで使っていた身の回りの物を少し運び込めば、それだけでほとんど終わってしまった。
新しい家へ荷物を置いたカマルーを見て、周りの村人たちは一様に羨ましそうな顔をしている。
「いいなあ、カマルー」
「最初か」
そう言われるたびに、カマルーは照れたように笑っていた。
俺は一通り見終わるのを待ってから、今日家造りに関わった八人を集めた。
シルー、カナグシ、マチュー、ウミトゥ、サブロウ、タルー、それにグシーとカマルー。
「一軒目で作り方はもう分かっただろ。明日からは八人だけで建ててくれ」
八人が俺を見る。
「俺は必要な材木や金具を持ってくる。あとは自分たちでやってみてくれ」
一軒目は俺が横について、寸法の取り方から柱の立て方、梁や桁の組み方、竹の床や壁、茅葺きまで一通り教えた。
ここから先は、八人だけでどこまで出来るか試してもらう。
八人は完成した家を見ながら、それぞれ頷いた。
俺はシンガを連れて、まだ日が明るいうちに畑へ向かった。
畑に着くと、小松菜の畝は青々としていた。葉はしっかり広がり、株によって多少大きさに差はあるものの、もう収穫しても問題なさそうだ。
俺は畝の端から端まで歩きながら様子を見ていく。
「もう採っていいな」
シンガも葉を手に取って確かめながら頷いた。
「だいぶ大きくなってる」
俺は畝全体を見渡し、収穫の順番を決めることにした。
「この畝、五つに分けよう。明日から順番に採っていってくれ」
一気に全部抜くのではなく、大きく育っているところから区切って収穫していく。そうすれば毎日ある程度まとまった量を確保できる。
畝の端まで来たところで、俺は最後の部分を指さした。
「ただし最後の五株だけは残してくれ」
「残すのか?」
「ああ。種を取る。そこだけは収穫しないで、そのまま育てる」
シンガは納得したように頷いた。
収穫した小松菜の使い道も、その場で決めていく。
「採れた分の一部は村で食べる。残りは近くの村へ持っていって、粟か黍に交換してきてくれ」
「小松菜と交換するのか」
「そう。売りに行くのは農作業組で交代にしよう。毎回同じ奴が抜けると畑仕事が偏るからな」
二つほど近場の村へ分けて持っていけば、一か所に大量に持ち込む必要もない。持ち帰った粟や黍は、そのまま村の食事に回せばいい。
「交換してきた粟と黍は、雑炊に入れる。米だけより量も増えるし、村で食べる分にはちょうどいい」
シンガは畝を見ながら少し嬉しそうな顔をした。
俺は明日の食事を思い浮かべながら続ける。
「早ければ明日の夜から、米と粟の雑炊になるな。野菜はフーチバーと小松菜。肉は冷凍の鶏を持ってくる。卵も入れられる」
「そんなに入れるのか」
「入る物は入れよう。せっかく採れるようになったんだから」
シンガは笑った。
「それなら皆、喜ぶな」
今までは米を中心にした雑炊だったが、これからは畑で採れた野菜が入り、交易で手に入れた粟や黍も加わる。鶏肉と卵まで入れば、かなり中身のある食事になる。
俺はもう一度、小松菜の畝を端から眺めた。
明日から、ようやくこの畑の作物が本格的に村の食卓へ入り始める。
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