第29話 1600年2月13日
朝。
俺は湯を沸かしてコーヒーを淹れ、いつものように一服した。今日やることはもう決まっている。現在へ戻って、百八十センチの脚立を四台と足場板を三枚買ってくるだけだ。
煙草を吸い終えると、俺はすぐに「現在に戻りたい」と念じてアパートへ戻った。そのままハイラックスに乗り込み、またホームセンターへ向かう。
運転しながらふと思う。
一月一日と今日二日だけで、俺は何回このホームセンターに来てるんだ?
俺はあっちではもう四十三日も過ごしている。だけど、こっちではまだ一日半くらいしか経っていない。なんだか感覚がおかしくなってくる。
しかもホームセンターへ来るたびに服も違う。向こうで作業して、そのまま現在へ戻って買い物に来ることもあるから、作務衣だったり普段着だったり、土で汚れていたりする。
店に入っていつものレジの方を見ると、見覚えのあるお姉さんがいた。
……なんか、こっち見てないか?
気のせいかもしれないけど、最近あの人に変な目で見られているような気がする。そりゃそうだよな。昨日から何度も来て、そのたびに大量の木材や工具、鍋やレンガまで買っている。しかも来るたび服まで違う。
「今日は違うレジにしよう」
俺は百八十センチの脚立を四台と足場板を三枚カートへ載せ、昨日とは違うレジへ向かった。
会計を済ませると全部ハイラックスへ積み込み、そのままアパートへ戻る。一台ずつ脚立をブラックホールの向こうへ運び、足場板も一本ずつ持っていく。昨日の木材に比べれば、この程度なら大したことはない。
全部運び終えると、そのまま1600年へ戻ってテントに入り、財布からレシートを取り出した。
百八十センチの脚立が一台9,980円。それを四台で39,920円。足場板が一枚5,980円で、三枚17,940円。合計57,860円。
昨日の残金2,565,233円から57,860円を引いて、残金2,507,373円。
「二百五十万は残ったか」
俺はレシートを財布へ戻した。
脚立と足場板を買う用事も終わったので、次は朝飯の準備だ。ただ、毎朝毎晩そのたびに俺が米を量って炊事班へ渡すのも面倒になってきた。
俺は米二十キロの袋を一つ持ってカナさんのところへ向かった。
「カナさん、これから米はここに置いておくから、毎回俺のところに取りに来なくていいよ」
そう言って米袋を渡すと、カナさんがかなり重そうに受け取った。
「朝は水二十リットルに米一キロとカレールー一箱。夜は水六十リットルに米三キロとカレールー二箱で作って」
カナさんが確認するように頷く。
「野菜はその日にある物を適当に入れていいよ。フーチバーも入れて。あと肉を使う日は、俺がバケツに入れて解凍しておくから、それを細かく切って鍋に入れて」
「分かった」
「このやり方、炊事をする人たちにも伝えておいて」
「うん、伝えておくね」
これで食事の準備も、ある程度は炊事班だけで回せるようになる。
そういえば、鶏小屋の様子も見ておこう。
俺はタルガニを呼び、一緒に鶏小屋へ向かった。鶏の世話はこれまでタルガニに任せている。
「卵どうなってる?」
俺が聞くと、タルガニは小屋の中を見ながら答えた。
「今は三羽が卵を抱いてる。全部で三十個くらいだ」
中を覗くと、確かに三羽の雌鶏が巣に座り込んでいる。孵化用の卵はそのまま触らない方がいい。
「じゃあ、その三十個はそのまま抱かせよう。今日産んだ卵は?」
タルガニが別の場所を確認すると、新しく産まれた卵が八個あった。
「これは雑炊に使うか」
俺は八個を回収し、そのままカナさんのところへ持っていった。
「カナさん、今日の朝飯、これも雑炊に入れて」
カナさんは俺の手の中の卵を見ると、少し驚いたように笑った。
「こんなに使っていいの?」
「今日産んだ分だから大丈夫。抱かせてる卵は別に残してあるよ」
「じゃあ入れるね。卵が入ったら子供たちも喜びそう」
「たぶんね。これから毎朝取れた分は持ってくるようにするから」
「それなら朝ご飯も少しずつ良くなるね」
カナさんはそう言いながら卵を受け取り、炊事場へ戻っていった。
俺はもう一度タルガニの方を見る。
「ヒナが孵るまでは、抱かせてる卵以外は村の食料にしよう。朝、小屋を見て新しく産んでたら炊事場に持ってきて」
「分かった」
やがて朝飯ができた。今日の雑炊にはフーチバーと、さっき回収した八個の卵が入っていた。
朝飯を食べ終えると、俺は建築を担当している八人を呼んだ。
「グシー、カマルー。昨日、竹は何本くらい切った?」
二人は少し考えてから答えた。
「六十本くらいだ」
「じゃあ今日は残り七十本頼む。一軒分で百三十本くらいあれば足りるから、今日で一軒分を揃えよう。昨日と同じで、一人が伐採、一人が運搬。何度か往復したら交代してくれ」
「分かった」
グシーとカマルーは道具と一輪車を持ち、さっそく竹藪へ向かった。
残った六人は今日からいよいよ柱と梁の作業だ。
俺は今朝買ってきた百八十センチの脚立四台を、土台を挟むように二台ずつ向かい合わせて置いた。脚立をしっかり開いて固定し、二台の間へ足場板を渡して安定を確認する。反対側にも同じように足場を作り、予備の足場板一本は必要な場所へ移動して使うことにした。
「今日は四人が上、二人が下だ。四人は二人ずつに分かれて、こっちと向こうの足場で高いところの作業。残り二人は下で木を測って切る。加工が終わった材料を上の四人に渡す」
上にいる四人がいちいち降りて材料を取りに来ていたら、それだけで時間を食う。下の二人が寸法を測って加工し、必要な材料を順番に渡した方が早い。
「最初は俺がやるから見てて」
俺は脚立を上り、足場板の上へ乗った。
「まず柱の位置からやるぞ。昨日と同じで、いきなり固定しない。位置を測って、真っ直ぐ立ってるか確認してからだ」
一本目の柱を立てさせ、水平器で縦横二方向から垂直を確認する。位置が決まったところで、柱と土台の間へ仮筋交いを入れた。
「梁を組むまでは、これで柱が倒れないように支える」
一本目を見せたあとは、六人にも同じ手順でやらせる。俺は脚立を上り下りしながら、柱の位置、垂直、仮筋交いの固定を一つずつ確認していった。
最初は一本立てるだけでも時間がかかったが、何本か繰り返すうちに六人も水平器の見方や声の掛け方を覚えてきた。
「泡、真ん中か?」
「少し右」
「じゃあ根元左だ」
俺が言わなくても自分たちで調整するようになり、柱が並ぶにつれて昨日まで平らだった土台の上に家の形が見え始めた。
「昨日と全然違うな」
シルーが少し離れて眺める。
「柱が立つと一気に家っぽくなるだろ」
残りの柱も立て終えると、次は梁と桁だ。下の二人に必要な長さを測らせ、印を付けてノコギリで加工させる。
「切る前にもう一回測れよ。短く切ったら終わりだからな」
「もう聞いた」
カナグシが笑う。
「じゃあ忘れるなよ」
俺も笑って返した。
加工した梁は下の二人が持ち上げ、足場の四人が受け取る。俺も一緒に支えながら柱の上へ載せ、位置を合わせて金具とボルトで固定した。
一本目は俺が細かく指示したが、二本目からは六人に任せる部分を増やしていく。梁や桁を載せるたびに水平を確認し、ずれていれば位置を直してから固定する。
午前中いっぱい、俺も一緒になって柱を立て、仮筋交いを入れ、梁と桁を少しずつ組んでいった。六人もだいぶ作業に慣れ、俺が確認する前に自分たちで水平器を当てるようになっていた。
太陽がかなり高くなった頃、俺は一度足場板から降りた。午前中だけで柱はほぼ立ち終わり、梁と桁も半分近くまで組めている。
「今日はだいぶ進んだな」
サブロウが骨組みを見上げる。
「昨日一日やった分、みんな慣れてきてるからな」
朝には土台しかなかった場所に、もう家の骨組みが立ち上がっている。
午前中はここまでにして、一度休憩することにした。
休憩を終えると、俺たちは午後の作業を始めた。午前中に柱はほぼ立ち終わり、梁と桁も半分近くまで進んでいる。午後はまず残りの梁と桁を全部組み上げる。
六人もだいぶ慣れてきたので、午前中ほど細かく指示する必要はなかった。下の二人が寸法を測ってノコギリで加工し、上の四人が受け取って柱の上へ載せる。位置を合わせ、水平を確認してから金具とボルトで固定する。
俺は足場の間を移動しながら、ずれや傾きがないか確認していった。
「そこはそのままでいい」
「こっちは少しだけ上げて」
「よし、固定して」
作業の流れができてくると、次々に梁と桁が組み上がっていく。しばらくして最後の桁を固定すると、家の四方を囲む骨組みが出来上がった。
「これで柱と梁は終わりだ」
六人が少し離れて見上げる。昨日まで地面の上に土台しかなかったのに、今では四メートル掛ける六メートルの家の形がはっきり分かる。
次は屋根だ。
俺は屋根に使う材料を見ながら説明する。
「まずはこっちから反対側へ斜めに竹を渡す。これが屋根を支える垂木になる」
屋根の中心になる位置を決め、左右へ同じ勾配になるよう高さを合わせる。垂木には強度が必要なので、ここは太めの竹を丸のまま使うことにした。
一本目は俺も上へ上がり、位置を確認しながら取り付ける。
「左右で高さが違うと屋根が歪むから、ここもちゃんと揃えるぞ」
反対側から見ても曲がっていないことを確認し、針金と固定金具を使って梁へしっかり留めた。
一本目を見せたあとは、一定の間隔を空けながら同じように垂木を並べていく。午後の日差しの中、六人は脚立と足場板を使いながら次々に竹を上へ運んだ。下の二人が必要な長さへ切り、上の四人が受け取って固定する。
垂木が並び終わると、今度はその上へ横方向に桟を渡していく。桟は茅を結び付けるためのものなので、垂木ほど太くなくていい。竹を縦に四分割した細い竹を使う。
「これは茅を載せるための下地だ。間隔を揃えて横に付けていく」
四分割した竹を垂木の上へ横向きに並べ、針金で一か所ずつ固定していく。一本付けるたびに隣との間隔を確認しながら、屋根全体へ広げていった。
細い竹なので加工自体は早いが、本数が多い。上では四人が固定し、下の二人が次に使う竹を切って渡す。俺も途中から下へ降り、竹を割ったり寸法を合わせたりしながら手伝った。
午前中より明らかに作業が速い。誰かが指示を待つことも少なくなり、それぞれが次に何をすればいいのか分かってきている。
太陽が西へ傾き始めた頃、最後の桟を固定した。
俺は少し離れたところまで歩き、出来上がった家を見上げる。土台の上には柱が立ち、梁と桁が組まれ、その上には竹の垂木と細い桟がきれいに並んでいる。
あとはここへ茅を載せれば屋根になる。
「今日はここまでだな」
六人も作業を止め、完成した骨組みを見上げた。
昨日は一日かけて土台だけだった。今日は柱を立てて、梁と桁を組み、屋根の下地まで進んだ。二日目にして、ようやく家らしい形が見えてきた。
夕方の光の中、俺は出来上がった骨組みをしばらく眺めた。
明日はここから、屋根と床、それに壁だ。
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