第28話 1600年2月12日
朝。
まだ六時前。外は薄暗く、村もほとんど動き出していない。俺は目を覚ますと湯を沸かし、コーヒーを淹れて一服した。煙草を吸いながら今日の段取りを考える。
まず必要なのは、昨日買い忘れた荷物運び用の一輪車だ。これに竹を乗せて運ぼう。竹は長いからバランスを取るのが少し難しそうだけど、一本ずつ肩に担いで運ぶよりは遥かにマシだろう。
それから村人全員の食事を作るための百リットル寸胴鍋と耐熱レンガ六十個。あとは食事用にブラジル産の冷凍鶏肉二キロを五パック、合計十キロ。それとカレールーを十個。
俺は「現在に戻りたい」と念じてアパートへ戻った。そのままハイラックスに乗り込み、ホームセンターとスーパーを回る。今回は昨日ほど買う物も多くない。一輪車、百リットル寸胴鍋、耐熱レンガ六十個を買い、スーパーで冷凍鶏肉とカレールーをまとめて購入した。
買った物をハイラックスに積み込み、アパートへ戻る。そこから荷物をブラックホールの向こうへ運んでいった。今回は買ったばかりの一輪車があるのでかなり楽だ。耐熱レンガを何個かずつ積み、その上に細かい荷物も載せれば一度にかなり運べる。百リットルの寸胴鍋も一輪車に載せればいい。
全部運び終えたところで、最後にアパートの時計を確認する。
2026年1月2日、午後4時10分。
俺は1600年へ戻ると財布からレシートを取り出した。荷物運び用の一輪車が7,980円。百リットルのステンレス寸胴鍋が29,800円。耐熱レンガ六十個が17,880円。ブラジル産冷凍鶏肉二キロ五パックで8,450円。カレールー十個で3,280円。
合計67,390円。
昨日の残金2,632,623円から67,390円を引いて、残金2,565,233円。
レシートを財布に戻したところで、横に置いてある冷凍鶏肉を見る。
そういえば、鶏肉を使うのは夜だったな。
俺は冷凍鶏肉十キロを持ってもう一度現在へ戻り、アパートの冷凍庫へしまってから1600年へ戻ってきた。
そのあと耐熱レンガを一輪車に積んで広場へ向かう。一輪車があるだけで全然違う。多少重くても押して運べるので、広場まで簡単に持っていけた。
広場に着くと耐熱レンガを下ろし、ロケットストーブを作り始める。共同炊事場ができるまで使えればいいので、レンガは固定せず、そのまま形に合わせて積み上げていく。
しばらくしてロケットストーブが出来上がった。
俺は買ってきた百リットルの寸胴鍋をさっと洗い、水を二十リットル入れてロケットストーブの上へ載せた。薪に火をつけると、しばらくして鍋の底から少しずつ湯気が上がり始める。
村もそろそろ動き始めていたので、炊事を担当してもらう女性を呼んだ。
「朝飯、これで作ってくれる?」
俺は米一キロとカレールー一箱を渡した。
あとは任せておけば大丈夫だろう。
すっかり朝日も上がり、朝飯を食べ終えた村人たちはそれぞれの仕事へ散っていった。
俺は猟師と漁師の六人、それにグシーとカマルーを呼んで今日の段取りを説明する。まずは家造りに使う竹を運んでもらうつもりだが、その前に一輪車に慣れてもらわないといけない。
「とりあえず乗ってみろ」
俺はグシーを一輪車の荷台に乗せ、カマルーに押させてみた。最初は少しふらついたが、何度か押しているうちにすぐ慣れてきた。今度は二人を交代させ、カマルーを乗せてグシーに押させる。
二人が交互に一輪車を押していると、近くにいた子供たちがこっちをじっと見ていた。明らかに乗りたそうな顔をしている。
「しょうがないな」
子供たちを一人ずつ交代で一輪車に乗せ、グシーとカマルーに押してもらうことにした。子供たちは大喜びで、順番を待ちながら次は自分だと騒いでいる。
しばらく遊ばせながら押させてみたが、二人とも一輪車の扱いにはもう問題なさそうだった。
「これなら大丈夫だな。竹を切って運んできてくれ。一人が伐採して、一人が一輪車で運搬。何本かやったら交代すればいい」
二人は頷くと、一輪車と道具を持って竹藪へ向かった。
グシーとカマルーを見送ったあと、俺は残った猟師と漁師の六人を、昨日束石を並べておいた場所へ集めた。
「今日はまず、この家の土台を作る」
昨日置いた十二個の束石は、家の位置を決めるために並べただけだ。このまま上に木を載せるわけにはいかない。俺は一番端の束石を横へどかし、スコップで地面を掘って見せた。
「表面の柔らかい土の上にそのまま置くと、家の重みで沈んだり傾いたりする。少し掘って、下を固めてから置く」
穴の底をしっかり突き固め、束石を戻す。その上に水平器を載せると泡が少し片側へ寄っていた。いったん束石を持ち上げ、低い側へ土を足してもう一度固める。再び置いて水平器を見ると、今度は泡が中央に来た。
「この泡が真ん中に来ればいい。縦横両方を見るぞ」
次の束石も同じように据え、今度は二つの束石の上に真っ直ぐな角材を渡して、その上へ水平器を置いた。
「一個ずつ水平でも、高さが違ったら床が傾く。隣同士の高さもこうやって合わせる」
巻尺で束石同士の距離も確認する。昨日測って置いたとはいえ、据え直せば少し位置が動く。縦と横の間隔を測り、少し離れたところから並びが真っ直ぐかも確認した。
そこからは六人にもやらせた。二人一組の三組に分け、一人が掘って地面を固め、もう一人が束石を置いて水平を見る。俺は三組の間を回りながら一つずつ確認した。
「そこは少し高い。もう一回上げて」
「土を入れすぎ。少し取って」
「石だけじゃなく隣との高さも見ろ」
最初の数個は何度もやり直したが、後半になると六人とも水平器の見方や土の足し引きにも慣れてきた。十二個すべてを据え終わる頃には、最初よりかなり手際が良くなっていた。
俺は十二個をもう一度端から確認し、問題がないことを確かめる。
「次はこの上に木を組む」
昨日買ってきた防腐処理済みの角材を持ってこさせ、まず束を作る。束石の上に立てる短い木だが、全部が同じ長さで済むわけではない。束石の高さにわずかな差があるので、その分を木の長さで合わせる必要がある。
俺は一本目の角材を束石に当てて必要な長さを測り、鉛筆で印を付けた。
「こうやって一本ずつ測って切る。最初から全部同じ長さに切ったら、上が揃わない」
ノコギリを当て、印からずれないようゆっくり切り始める。六人が周りから覗き込んでいる。
「最初に浅く溝を作って、それから引く。力任せにやると曲がるぞ」
切り終えた束を束石の上に立て、水平器を側面へ当てる。縦と横の二方向から垂直を確認し、柱脚金具で固定した。
次の束から六人にも切らせてみる。最初はノコギリが斜めに入り、切り口が少し傾く者もいた。
「一気に切ろうとしなくていい。線を見ながら真っ直ぐ引け」
切った束を実際に置き、高さが合わなければ少し切り直す。長く切るのは簡単だが、短く切りすぎれば戻せないので、最初は少し長めに残して調整させた。
十二本の束を立て終えると、その上へ大引きを渡していく。大引きもそのまま使える長さばかりではない。四メートル、六メートルの家の寸法に合わせて巻尺で測り、墨を付け、必要なところはノコギリで切る。
俺が一本切って見せたあと、六人にも交代でやらせた。切った大引きを束の上へ載せ、水平器で確認する。ずれていれば束の高さを微調整し、位置が決まったら手回しドリルで下穴を開け、金具とボルトで固定する。
「いきなりボルトをねじ込むな。先に下穴を開ける。木の端に近すぎても割れるから気をつけろ」
一人が木を押さえ、一人が穴を開け、もう一人がボルトとワッシャーを用意する。作業を入れ替えながら全員にやらせていった。
大引きが何本か固定できたところで、今度はその上に載せる根太の寸法を取る。根太は大引きと直角に並べるので、一本ずつ同じ間隔になるよう巻尺で印を付ける。必要な長さにノコギリで切り、位置を合わせて固定する。
手工具だけなので、さすがに時間がかかる。測る、印を付ける、切る、置く、水平を見る、ずれていれば直す。それから下穴を開けて固定する。同じ作業の繰り返しだが、最初の一軒なので一つずつ確認しながら進めた。
しばらく作業を続けたところで、俺は一度手を止めた。
「よし、ここで休憩にしよう」
朝から作業していた六人も、さすがに疲れている。俺も広場の端に腰を下ろして水を飲んだ。
出来上がった土台を見る。十二個の束石と束はすべて終わり、大引きもかなり組めた。根太はまだ途中だ。全体で見れば、ようやく半分を少し越えたくらいだろう。
「思ったより時間かかるな」
カナグシが手を見ながら言った。
「一軒目だからな。測って切って、水平見て、また直してるからしょうがない。慣れればもっと早くなるよ」
サブロウが水平器を指さした。
「あの泡を見るのが一番面倒だ」
「でも、そこ適当にしたら床が斜めになるぞ」
そう言うと、シルーが途中まで組み上がった土台を眺めた。
「朝は石だけだったのに、もう家の形が分かるな」
「まだ半分くらいだけどね。今日はこれを最後まで終わらせる」
そこへ竹藪の方からグシーとカマルーが戻ってきた。二人とも汗だくだが、一輪車の扱いは朝より明らかに上手くなっている。
「どうだった?」
「最初よりだいぶ楽になった」
カマルーが一輪車を止めて座り込む。
「朝はグシーを乗せてふらふらしてたもんな」
俺が言うと、グシーが笑った。
「こいつ、俺を落としそうになった」
「お前も同じだっただろ」
二人が言い合うと、周りから笑い声が上がった。
広場の端には、二人が運んできた竹が二十本ほど積まれている。朝のうちは一本ずつ慎重に運んでいたが、何度も往復するうちに竹の載せ方や重心の取り方も分かってきたらしい。
「午後はもう少し早くなりそうだな」
「今ならもっと運べる」
グシーが一輪車を見ながら言った。
「じゃあ午後も頼む。ただし載せすぎてひっくり返すなよ」
二人が頷く。
休憩を終える前に、俺は夜飯の準備をしておくことにした。
「ちょっとテント行ってくる」
俺はそう言ってその場を離れ、テントへ戻った。中に入ると「現在に戻りたい」と念じてアパートへ戻る。冷凍庫を開け、朝戻しておいたブラジル産の冷凍鶏肉二キロ入りを一パック取り出した。そのまま1600年へ持って戻り、大きなバケツに入れて自然解凍させておく。
「それじゃ、続きだ」
俺は六人と一緒に途中まで組んでいた土台へ戻った。グシーとカマルーも再び一輪車を押して竹藪へ向かう。
午後もやることは午前中と変わらない。残っている大引きと根太の寸法を測り、印を付け、ノコギリで切って組んでいく。
午前中に何度も同じ作業を繰り返したおかげで、六人の動きは明らかに良くなっていた。一人が巻尺で長さを測れば別の者が印を付け、その横ではノコギリで木を切っている。切り終わった木は二人で運び、位置を合わせて水平器を載せる。
それでも俺はまだ横について確認していく。
「そこ少し高い」
「こっちはもう少し切っていい」
「固定する前に、もう一回水平見て」
六人も午前中より返事が早い。何を確認されるのか分かってきたらしく、俺が言う前に水平器や巻尺を持つようになっていた。
なんだかんだで同じ作業を繰り返しているうちに、午後の時間はどんどん過ぎていく。
途中、バケツに入れておいた鶏肉を触ってみると、かなり柔らかくなっていた。これなら夕飯に使える。
俺は炊事を担当している女性たちを呼び、米三キロと解凍した鶏肉二キロ、それにカレールー二箱を渡した。
「これで夕飯作っておいて」
女性たちは鶏肉を受け取ると、すぐに百リットルの寸胴鍋の準備を始めた。
俺はそれだけ伝えて、また土台作りへ戻る。
午後になると日差しも強くなり、何度か水を飲みながら作業を続けた。竹藪からはグシーとカマルーが何度も竹を運んで戻ってくる。朝とは違い、一輪車の上へ竹をうまく載せ、ほとんどふらつかずに押している。
あっちはもう大丈夫そうだ。
俺たちはそのまま大引きと根太を一本ずつ組み続けた。
測る。印を付ける。切る。合わせる。水平を見る。直す。下穴を開ける。固定する。
結局、その繰り返しだけで夕方になった。
「よし、これで最後」
最後の根太を固定し、俺は立ち上がった。
少し離れたところまで歩いて、出来上がった土台全体を見る。十二個の束石。その上に束が立ち、大引きが通り、その上へ根太がきれいに並んでいる。
朝には地面に束石が並んでいただけだった場所に、四メートル掛ける六メートルの家の土台が出来上がっていた。
「できたな」
俺が言うと、六人も少し離れて自分たちが作った土台を眺めた。
朝から夕方まで一日かかった。初めての家造りで、しかもほとんど手工具だけだ。これくらい時間がかかるのは仕方ないだろう。
それでも一軒目をここまで作ったことで、六人とも作業の流れはかなり覚えたはずだ。二軒目はもっと早くなる。
俺は土台の周りを一周し、最後にもう一度大引きと根太の位置、固定した金具、水平を確認した。
問題なさそうだ。
これで今日の作業は終わりにしていいだろう。
明日はいよいよ柱を立てる。
俺は出来上がった土台を眺めながら、明日の作業を頭の中で考えた。
柱を立てて、その上に梁と桁を載せる。
……待てよ。
梁や桁を載せる時、上で作業しないといけないよな。
そこでようやく気づいた。
「脚立がいるな」
一台じゃ足りない。両側から作業できるようにした方がいいし、足場板もあった方がいい。
明日はまず脚立を買いに行くか。
俺は頭の中で明日の段取りを考えながら、今日の作業を終えることにした。
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