第24話 1600年2月9日
ウシマルとタルガニが、隣村の長老たちへ嫁の口利きをしに行ってから一週間が経った。
俺はいつも通り、塩の煮炊き場、畑、鶏小屋の順に見て回っていた。
鶏小屋を覗くと、ようやく卵を産み始めたらしい。
今日だけで五個。
「やっとか……」
環境が変わったせいで産まなかったのか、それともまだ成熟していない鶏が多かったのかは分からない。
それでも、とにかく卵が出始めた。
俺は産み落とされていた卵を一か所に集め、抱卵する鶏が出てくることを期待することにした。
ただ、今の鶏小屋のままだと、抱卵する鶏と普通に産卵する鶏の区別がしにくい。
そこでまたシルーたちに頼み、もう一つ鶏小屋を作ってもらうことにした。
前回使った金槌や鋸、釘などの道具も貸し出してあるし、作り方も一度経験している。
二回目の今回は、それほど時間はかからないだろう。
鶏小屋を出て畑へ向かう。
カラシナと小松菜は、畑一面が青く見えるほど葉を広げていた。まだ収穫には少し早いが、もう見るからに順調だ。
琉球芋もしっかりと大地に根を張り、植えたばかりの頃とは比べものにならないほど葉を伸ばしている。
そして大根。
葉はかなり大きくなり、地面のあちこちから白い根の肩が少しずつ顔を出し始めていた。
まだ引き抜くには早い。
それでも、土の中でしっかり太り始めているのが見て分かる。
一か月も経っていないのに、畑の景色はずいぶん変わった。
何もなかった場所に、ちゃんと食べ物が育っている。
これなら春には、今までとは比べものにならない量の収穫ができそうだった。
そこへ、昨日の朝早くから三つの村を回っていたタルガニが畑の方へやってきた。
昨夜はかなり遅くに戻ってきたらしい。
今回は新しく話を持っていくわけではなく、一週間前にウシマルから各村の長老へ通してもらった縁談の返事を聞きに行っただけなので、ウシマルは同行していない。
俺はタルガニから結果を聞くことにした。
まず、マチューが気にしていた二十四歳の娘。
こちらはかなり感触が良かった。
娘本人もマチューのことは知っていて、特に嫌ってはいないらしい。家族も塩屋へ嫁に出すことには大きく反対しておらず、正式に話を進めてもいいという返事だった。
ただし娘は家の働き手でもあるため、嫁入りの際には相手の家としてきちんと礼をしてほしいとのことだった。
次に、タルーが気にしていた二十二歳の娘。
こちらは少し慎重な返事だった。
娘本人はタルーを知っていて、悪い印象は持っていないらしい。ただ、父親を亡くした家で母親や兄弟を支えているため、すぐに嫁へ出すのは難しいという話だった。
それでも完全に断られたわけではない。塩屋での暮らしぶりや、嫁いだ後も実家との行き来ができるかを見た上で考えたいとのことだった。
グシーの候補として話を聞いてもらった村では、二十三歳の未婚女性が一人いるらしい。
両親と弟二人の五人家族で、今年は畑の出来があまり良くなく、暮らしにも余裕がない。
娘本人も塩屋へ嫁ぐ話を嫌がっておらず、まずは一度グシーと会わせてみたいという返事だった。
カマルーの候補を探してもらったもう一つの村では、二十歳の未婚女性がいるとのことだった。
母親と妹二人の四人家族で、父親は数年前に亡くしている。こちらも暮らしは楽ではなく、娘を嫁に出す話には前向きらしい。
ただし、相手がどんな男なのかは一度会って確かめたいとのことだった。
結果として、四人とも話を進められる余地がある。
思っていたより順調だ。
俺はタルガニの話を聞き終えると、すぐにマチュー、タルー、グシー、カマルーの四人を呼び集めた。
せっかくなので、タルガニ本人からもう一度説明してもらうことにする。
四人は黙って話を聞いていたが、自分たちの縁談がどれも断られていないと分かった瞬間、明らかに顔つきが変わった。
特にマチューとタルーは分かりやすい。
ほとんど小躍りするような勢いで喜んでいる。
「そんなに嬉しいか」
俺が笑うと、二人とも照れたような顔をした。
まあ、そりゃそうか。
俺はその場で、早速話を詰めに行くことに決めた。
まずはマチュー。
相手の娘本人も悪い印象を持っておらず、家族も反対していない。四人の中では一番話がまとまりやすそうだ。
その次にタルー。
こっちは少し慎重だが、完全に断られているわけではない。
まずこの二件を進める。
俺はすぐにブラックホールを開いてアパートへ戻った。
相手の家へ持っていく礼の品を揃える。
斧を二本、7,960円。
鉈を二本、5,960円。
スコップを二本、3,960円。
カラシナの種を二袋、700円。
現代で買った品の合計は18,580円。
残金2,780,810円から差し引いて、2,762,230円。
俺は金額をメモしてから、買ってきた道具と種をまとめてブラックホールを通り、1600年へ戻った。
テントへ荷物を運び込み、そこで初めて二家分に分ける。
一つの家につき、斧一本、鉈一本、スコップ一本、カラシナの種一袋。
そこへ塩屋で作った塩を一斤ずつ加えた。
これで二家分の礼の品が揃った。
俺はテントを出ると、それぞれの荷物をマチューとタルーへ渡した。
二人は中身を見た瞬間、目を丸くした。
斧に鉈、スコップ。
どれも二人にとっては簡単に手に入る物ではない。
「こんな高価な物まで……」
二人は何度も俺に礼を言った。
俺たちは午前中のうちに、タルガニの案内で村を出た。
道中には険しい場所もあったが、何とか歩き続け、午後二時頃には隣村へ着いた。
マチューとタルーは、もちろん先日渡した一張羅の作務衣姿だ。
普段の継ぎ当てだらけの服とは違い、濃紺の作務衣を着ているだけで随分と印象が違って見える。
まずはマチューからだ。
タルガニに案内され、相手の娘の家を訪ねる。
家族に迎えられると、最初に挨拶代わりとして塩屋産の塩一斤を渡した。
俺は自分が塩屋で暮らしている大城悠真だと名乗り、今回ここへ来た理由を説明した。
マチューが娘さんを嫁に迎えたいと思っていること。
そして、もし話がまとまるなら、嫁を迎える礼としてこちらの品を渡したいこと。
マチューが持っていた荷物を一つずつ見せる。
斧。
鉈。
スコップ。
そしてカラシナの種。
娘の父親は、特に道具を見る目が明らかに変わった。
斧の刃を眺め、鉈を手に取り、スコップの形を何度も確かめている。
かなり興味を持っているようだった。
とはいえ、娘の結婚をその場ですぐ決めろというのも無理な話だ。
「このあともう一軒回ります。帰りにもう一度寄るので、その時に返事をもらえれば大丈夫です」
そう伝え、俺たちは一度家を出た。
次はタルーの番だ。
こちらもタルガニに案内され、娘の家を訪ねる。
まずは同じように塩屋産の塩一斤を挨拶代わりに渡し、自己紹介をした。
ただ、こちらはマチューの相手より少し事情が難しい。
父親を亡くしていて、娘自身も家の大事な働き手になっている。
俺はまず、今の家の状況を改めて聞いた。
やはり娘は畑仕事だけでなく、家の仕事もこなし、家族を支えているらしい。
娘が一人抜ければ、その分だけ残された家族の負担が大きくなる。
そこで俺は、タルーが持ってきた道具を見せた。
「娘さんが嫁に来れば、その分だけ働き手が減る。それなら、少しでも仕事が楽になる物を置いていきます」
斧、鉈、スコップを順番に見せる。
「これがあれば、木を切るのも枝を払うのも、畑を掘るのも今までより早くできます。娘さん一人分全部とは言わないけど、人手が減った分を少しは補えると思います」
さらにカラシナの種を取り出した。
「これはカラシナの種です。育てれば食べられるし、最後まで育てればまた種も取れます。うまく増やせば、これから先も食料の足しになります」
そこまで説明すると、最初は硬かった家族の表情が少しずつ柔らかくなっていった。
特に娘本人は何度もタルーの方を見ている。
タルーも今日は濃紺の作務衣を着ている。
以前よりかなり身なりが良く見えるせいもあるのか、少なくとも嫌そうな様子には見えない。
むしろ、俺には嫁に来ることを前向きに考えているように見えた。
もちろん、その場で返事を迫るつもりはない。
「さっきの家へ返事を聞きに戻るので、そのあともう一度来ます。それまでに考えてもらえれば大丈夫です」
そう伝えて、俺たちは家を出た。
一仕事終えた気分になった俺は、とりあえず村の広場まで戻り、腰を下ろして煙草に火をつけた。
あとは返事を聞くだけだ。
今日すぐに娘を連れて帰るわけじゃない。
正式に嫁入りする日取りや準備は、話が決まってから相談すればいい。
だから今日は、とりあえず了承さえもらえれば十分だ。
俺は煙を吐きながら、二軒の家からの返事を待つことにした。
三十分ほど広場で時間を潰してから、俺たちは再びマチューの相手の家へ向かった。
さっき来た時とは、家の空気が少し違う。
今度はどことなく歓迎されている感じがした。
家に上がると、家長である娘の父親がこちらを見て、ゆっくり口を開いた。
結論から言えば、マチューとの結婚を認めるとのことだった。
その瞬間、マチューの顔が一気に明るくなった。
さっきまで緊張していたのが嘘みたいだ。
何度も頭を下げながら、これから義父になる相手へ感謝の言葉を伝えている。
かなり嬉しいんだろう。
横を見ると、嫁になる娘もその様子を見ながら笑っていた。
嫌々という感じはまったくない。
むしろマチューがここまで喜んでいるのを見て、少し照れながらも嬉しそうにしている。
どうやら、この縁談は問題なくまとまりそうだ。
俺も少し肩の力が抜けた。
まず一件。
ちゃんと話がまとまった。
礼として持ってきた品は、そのまま今日置いていくことにした。
斧も鉈もスコップも、すぐにでも使って仕事に役立ててもらえばいい。カラシナの種も、この家の畑で増やしてもらえれば十分だ。
俺たちは改めて家族へ頭を下げ、マチューの縁談が正式に決まったことを確認して家を出た。
次はタルーの番だ。
こちらはまだ返事を聞いていない分、さっきより少し緊張する。
娘の家へ向かい、声をかけると中へ通してもらえた。
家族の表情は、最初に訪ねた時より明らかに柔らかい。
俺たちが座ると、娘の二人の兄が揃って頭を下げた。
「妹を、よろしくお願いします」
その言葉を聞いた瞬間、タルーが固まった。
どうやら俺たちが広場へ行っている間に、母親と兄弟でかなり話し合ったらしい。
父親を亡くしてから、娘も家の大切な働き手としてずっと頑張ってきた。
だから簡単には嫁に出せないと思っていた。
ただ、二人の兄もいずれ嫁を迎え、自分たちの家庭を持つことになる。
それまで妹を家の都合だけで縛りつけておくのも忍びない。
本人もタルーとの結婚を嫌がっていない。
それなら、自分たちのためだけに引き止めるべきではない。
そう考え、母親と兄二人で相談した末に、嫁に出すことを決めたという。
タルーはしばらく言葉が出なかった。
それから深く頭を下げた。
娘も隣で少し照れながら笑っている。
これで二件目も決まった。
もちろん、この家にも礼として持ってきた斧、鉈、スコップ、カラシナの種をそのまま置いていく。
これから娘が抜ける分、少しでも家の仕事が楽になればいい。
俺たちは家族に改めて礼を言って家を出た。
広場まで戻ると、俺はマチューとタルーの肩を叩いた。
「二人とも、よくやったな」
二人とも顔が緩みっぱなしだ。
一日で二件とも縁談がまとまった。
両家には、一か月後に改めて娘を迎えに来ると伝えてある。
今日は結婚の了承をもらっただけで、そのまま連れて帰るわけではない。
向こうにも嫁入りの準備があるし、塩屋側にも迎える準備が必要だ。
やることはまだある。
だが、今日の目的は十分に果たした。
俺たちは日が暮れる前に少しでも距離を稼ぐため、急いで塩屋へ戻ることにした。
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