第18話 1600年1月26日やり直し
俺は出発前日に戻ってきた。最後に見たアパートの時計はPM11時。買い物にかなり時間を取られてしまった。
ドン・キホーテではガソリン携行缶と水風船を買い、東京書店では500mlの浣腸セットを購入した。そのあとガソリンスタンドへ寄り、携行缶にガソリンを5リットル入れてもらった。
必要な物を全部そろえてアパートへ戻った頃には、もうこんな時間になっていた。
「思ったより時間かかったな……」
俺は買ってきた荷物を床に並べ、金額を確認する。ガソリン携行缶が3,000円。水風船50個入りが210円。500mlの浣腸セットが4,598円。それからガソリン5リットルが902円。
「全部で8,710円か」
前回の残金は302万8,200円。そこから今回の8,710円を引く。
「残り301万9,490円」
俺は金額を確認してから、買ってきた荷物をまとめた。今回の分はこれで全部だ。
俺は荷物を持ち、ブラックホールの前に立った。選ぶのは1600年1月26日。那覇へ出発する前夜だ。明日起こることは、もう分かっている。
俺は1600年1月26日の復帰ポイントに触れた。次の瞬間、景色が切り替わる。俺は再び、出発前夜の塩屋へ戻ってきた。
俺はテントの前で浣腸セットでガソリンを吸い出し水風船に流し込む一個200ml詰めて25個これをドンキの袋に詰めて準備する。
そのまま俺は少し寝て朝を迎える。
その日の朝。
俺はタルガニと、漁師のウミトゥ、サブロウ、タルーを呼んだ。
こっちへ歩いてくる四人を見た瞬間、俺はしばらく何も言えなかった。タルガニが普通に歩いている。サブロウも、ウミトゥも、タルーもいる。
昨日、俺の目の前でタルガニの首が斬られた。サブロウも襲われ、俺自身も腕を斬り落とされた。その光景が一瞬で頭の中に蘇る。
でも今、目の前にいるタルガニは生きている。
「……良かった」
思わず小さく声が出た。
「何がだ?」
タルガニが不思議そうに俺を見る。
「いや、なんでもない」
昨日までなら何とも思わなかった光景なのに、四人が普通に立っているだけで安心する。ちゃんと戻れた。まだ誰も死んでいない。
俺はそれを確認してから、四人と一緒に双胴船を浜まで運んだ。
「せーの!」
二艘のカヌーをつないだ船体をみんなで担ぎ、そのまま海へ浮かべた。俺は中央の荷物置き場に乗り、マストと帆の具合を確認する。タルガニたち4人は左右のカヌーに分かれて座り、それぞれオールを持った。
「じゃあ行ってみよう」
4人が一斉に漕ぎ始める。最初はオールだけで進み、少し沖へ出たところで俺は帆を調整した。風向きを見ながらロープを引くと、帆が大きく膨らんだ。
「おっ!」
船が一気に前へ押し出される。
「そのまま漕いで!」
帆が風をつかんだ状態で4人がオールを漕ぐと、さらに速度が上がった。二艘をつないでいるおかげか思ったより安定していて、波を切りながらどんどん進んでいく。
「これは速いな!」
サブロウが声を上げる。ウミトゥも海面を見ながら頷いた。
「かなり速い」
漁師がそう言うなら十分使えそうだ。しばらく沖を走り、曲がったり帆の向きを変えたりしながら船の動きを確認したが、大きな問題はなかった。
俺たちはそのまま浜へ戻った。砂浜に船を上げてから、俺は那覇のある南の方を見る。
「ウミトゥ」
「なんだ?」
「今日の午後、これで那覇に向かったら、いつ頃着く?」
ウミトゥは海と空を見て少し考えた。
「この船なら速い。だが夜の海を進むのは危ない」
「やっぱりそうだよな」
「暗くなる前に途中の浜へ上げて、一晩休んだ方がいい」
「それなら、那覇には?」
「風が良ければ、明日の昼頃には着けると思う」
「昼頃か」
午後に出発して日が沈む前に途中で一泊。翌朝また出れば昼頃には那覇へ着く。そのくらいなら無理はない。
俺は完成した双胴船を見ながら、いよいよ那覇へ行けるなと思った。
「よし、今日の午後から出発する」
試験航海を終えた俺はタルガニたちを見る。
「タルガニ、ウミトゥ、サブロウ、タルー。それでいいか?」
四人とも頷いた。
「対価は往復で米六合な」
「分かった」
那覇までは途中で一泊する予定だ。俺は出発までに必要な荷物を準備することにした。
まずは売り物の塩。出来上がった塩を入れてあるプラスチックボックスを用意し、それから今回の本命である百均の商品をそろえる。グラス10個、鏡10枚、胡椒10本。ライターは4個入りを5袋、全部で20個だ。そして通訳への対価にするため、陶器に入った泡盛も持っていく。
ここまでは昨日と同じだ。ただ、ここからが違う。
俺は夜中に準備した水風船を新たに持ち込み、シルーを呼び出した。
「シルー、ちょっと弓とナタを貸してくれ」
俺は弓とナタ3本を借り、それも船へ積み込んだ。
これで準備は整った。
俺はタルガニたちを見る。昨日は、この先でこいつらを守れなかった。
でも今日は違う。
「それじゃ、出発!」
四人がオールを構え、俺は中央でマストと帆を確認する。昨日と同じ航海が、もう一度始まろうとしていた。
出発したが、不思議と俺にはそれほど気負いはなかった。なぜなら、また失敗したらやり直せばいい。しかも即死さえしなければ、怪我をしても現代に戻れば元に戻る。
船は前回と同じように順調に進んでいった。
出発から3時間ほど経ったところで、俺はみんなに声をかけた。
「なあ、仮に今から海賊がやってきて、船をぶつけられて頭かち割られて死にたいか?」
四人とも一斉に首を振る。サブロウは何を言い出したんだという顔で俺を見て、タルーは少し笑っていた。
「だよな。今から大体1時間後、海賊がやってくる」
四人の顔から笑いが消えた。
「海賊?」
ウミトゥが眉をひそめ、周囲の海を見回す。当然、今のところ水平線には何も見えない。
「なんで分かる?」
タルガニが聞いてきた。
「説明は後だ。とにかく来る」
四人とも納得した顔ではなかったが、俺が冗談を言っている様子ではないと分かったのか、それ以上は聞いてこなかった。
俺は用意していた水風船を見せる。
「その時、俺が合図したらこれを船の人間に投げつけろ。いいか、分かったか?」
タルーは手にした水風船を不思議そうに眺め、サブロウも首を傾げている。それでも四人は戸惑いながら頷いた。
「後は俺の仕事だ。俺の合図で一斉にな」
俺は借りてきた矢に布を巻き付け、3本準備した。四人は何をするつもりなのか分からないまま、時折俺と水平線を交互に見ていた。
それから1時間後。やはり前回と同じように、遠くから20人ほど乗った船が近づいてくる。
最初に気づいたのはウミトゥだった。
「船だ」
その一言で全員が同じ方向を見る。
さっきまで半信半疑だった四人の表情が一気に変わった。
「本当に来た……」
タルーが小さく呟く。
「ほら、やってきた。あれは海賊だ」
今度は誰も俺の言葉を疑わなかった。
俺は前回と同じように身振り手振りで進路変更を促すが、相手の船は全く進路を変えない。距離が縮まるにつれて四人の顔にも緊張が浮かび、サブロウとタルーは何度も相手の船と俺の顔を見比べていた。
50メートルほどまで迫ったところで、俺は水風船の入った袋を取り出し、みんなに渡した。
「いいか! 俺が合図したら、船に乗っている奴めがけてこれを投げつけろ。後は俺の仕事だ」
四人とも今度は迷わず頷いた。
さらに距離が縮まり、30メートルほどまで近づいた。
「今だ! 投げろ!」
俺が大声で指示すると、4人は一斉に水風船を投げた。25個すべてが相手の船へ投げ込まれた。
俺は矢に巻き付けた布へライターで火をつけ、水風船が当たってガソリンまみれになっている男めがけて火矢を放つ。
びゅっと放たれた火矢は男に突き刺さった。それと同時に、ガソリンまみれになった船内へ引火する。
船内の全員が火だるまになり、次々と海へ飛び込んでいく。船は完全に燃え盛っている状態だ。
突然目の前で起きた光景に、四人は言葉を失っていた。サブロウは目を見開いたまま固まり、タルーもさっきまで水風船を投げていた手を下ろしたまま動かない。海を知り尽くしているウミトゥでさえ、燃え上がる船を黙って見ていた。
俺は弓をナタに持ち替え、海に落ちた海賊の頭をカチ割り続けた。
みんな火傷を負い、顔の皮膚はただれている。命乞いする者もいるが、俺は容赦なくカチ割り続けた。
思いのほか罪悪感もなく、粛々と20人近く殺った。
一仕事終えてみんなを見ると、案外大丈夫そうだ。ただ、誰もすぐには口を開かなかった。タルーは燃えている船を見たまま黙り込み、サブロウもいつもの大きな声を出さない。タルガニはナタを持った俺と海に浮かぶ死体を交互に見ていた。
俺は一言だけ言った。
「やらなければ俺たちが死んでた。分かるよな?」
しばらくしてウミトゥが頷き、それに続いてタルガニ、サブロウ、タルーも頷いた。
「……向こうから来たんだからな」
サブロウがそう言うと、タルガニも黙って頷いた。
死人に口無しだ。
俺たちは何事もなかったように船を進めた。ただ、しばらくは誰もほとんど話さなかった。いつもならよく喋るサブロウも静かで、オールが海を叩く音だけが続いた。
夕方に見つけた浜で一泊することにした。
降りた浜でキャンプセットを出すと、俺はさっそくルアーを始めた。するとほとんど待つこともなく魚が釣れ、そのまま続けて5匹確保できた。これで夕飯のおかずは十分だ。
俺は釣った魚を小枝に刺し、焚き火の周りへ突き刺して焼けるのを待つ。その間に鍋で湯を沸かし、カップ麺の準備を始めた。
四人は焚き火の周りに座っていたが、まだどこか静かだった。タルーも普段ほど喋らず、サブロウも火を見ながら黙っている。
湯が沸くと、俺はみんなにカップ麺を一つずつ渡してお湯を注いでいく。これまでにも俺がカップ麺を食べているところを何度か見ていたみんなだが、実際に食べるのは今日が初めてだ。
「もう食べていいぞ」
みんなが恐る恐る箸を入れ、一口食べる。
「うまい!」
真っ先に声を上げたのはタルーだった。
「これ、うまいな!」
さっきまで黙っていたタルーが急にいつもの調子に戻った。
「そんなにうまいか?」
サブロウも一口食べる。
「……うまいな」
その言葉にタルガニが笑い、ウミトゥも黙ったままもう一口すすった。
タルーが嬉しそうにはしゃぎ始めると、それまでどこか重かった空気が一気に緩んだ。
そこからは、今日一日の出来事をみんなで話し始めた。
「でも、なんで本当に海賊が来るって分かったんだ?」
タルガニが俺を見る。
「それは……まあ、そのうちな」
俺が誤魔化すと、サブロウが笑った。
「悠真は変なことばかりするからな」
ようやくいつもの調子に戻ってきた。
あの船が現れた時のことや、俺が事前に海賊が来ると言い出したことを四人は何度も話していた。特にタルーは、本当に言った通りの時間に船が現れたことが一番不思議らしく、何度も俺に聞いてきた。
さっきまで張り詰めていた四人も少しずつ普段の調子を取り戻し、ようやく落ち着いた感じになった。
そのうち焚き火の周りに刺していた魚も焼き上がり、俺たちはカップ麺のあとに焼き魚まで食べた。
食事を終えると、俺は念のためブラックホールを開いて一度現代へ戻った。
アパートへ戻ってからブラックホールを覗くと、新しく1600年1月27日の静止画が増えている。これで今日の浜を新しい復帰ポイントとして残すことができた。
「よし、これで大丈夫だな」
俺はその1600年1月27日の静止画を選び、再びブラックホールへ入る。
次の瞬間、俺はさっきまでいた浜へ戻ってきた。
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