第17話 1600年1月27日
あれから一週間。タルガニとの意思疎通に苦労しながら作っていた双胴船も、ようやく完成した。今日は朝から試験航海だ。
俺とタルガニ、それに漁師のウミトゥ、サブロウ、タルーの5人で浜まで船を運ぶ。
「せーの!」
二艘のカヌーをつないだ船体をみんなで担ぎ、そのまま海へ浮かべた。俺は中央の荷物置き場に乗り、マストと帆の具合を確認する。タルガニたち4人は左右のカヌーに分かれて座り、それぞれオールを持った。
「じゃあ行ってみよう」
4人が一斉に漕ぎ始める。最初はオールだけで進み、少し沖へ出たところで俺は帆を調整した。風向きを見ながらロープを引くと、帆が大きく膨らんだ。
「おっ!」
船が一気に前へ押し出される。
「そのまま漕いで!」
帆が風をつかんだ状態で4人がオールを漕ぐと、さらに速度が上がった。二艘をつないでいるおかげか思ったより安定していて、波を切りながらどんどん進んでいく。
「これは速いな!」
サブロウが声を上げる。ウミトゥも海面を見ながら頷いた。
「かなり速い」
漁師がそう言うなら十分使えそうだ。しばらく沖を走り、曲がったり帆の向きを変えたりしながら船の動きを確認したが、大きな問題はなかった。
俺たちはそのまま浜へ戻った。砂浜に船を上げてから、俺は那覇のある南の方を見る。
「ウミトゥ」
「なんだ?」
「今日の午後、これで那覇に向かったら、いつ頃着く?」
ウミトゥは海と空を見て少し考えた。
「この船なら速い。だが夜の海を進むのは危ない」
「やっぱりそうだよな」
「暗くなる前に途中の浜へ上げて、一晩休んだ方がいい」
「それなら、那覇には?」
「風が良ければ、明日の昼頃には着けると思う」
「昼頃か」
午後に出発して日が沈む前に途中で一泊。翌朝また出れば昼頃には那覇へ着く。そのくらいなら無理はない。
俺は完成した双胴船を見ながら、いよいよ那覇へ行けるなと思った。
「よし、今日の午後から出発する」
試験航海を終えた俺はタルガニたちを見る。
「タルガニ、ウミトゥ、サブロウ、タルー。それでいいか?」
四人とも頷いた。
「対価は往復で米六合な」
「分かった」
那覇までは途中で一泊する予定だ。俺は出発までに必要な荷物を準備することにした。
まずは売り物の塩。出来上がった塩を入れてあるプラスチックボックスを用意し、それから今回の本命である百均の商品をそろえる。グラス10個、鏡10枚、胡椒10本。ライターは4個入りを5袋、全部で20個だ。そして通訳への対価にするため、陶器に入った泡盛も持っていく。
「これだけあれば、何かしら売れるだろ」
あとは道中の食料として俺を含めた5人分のカップ麺を用意した。途中で一泊するのでキャンプ用品一式も必要だ。最後にルアー用の釣り竿も持っていくことにした。
「途中で時間があったら魚も釣れるしな」
準備を終えると荷物をまとめて浜へ運んだ。しばらくして、タルガニ、ウミトゥ、サブロウ、タルーもそれぞれ出発の準備を終えて集まってきた。
「全部そろったな」
双胴船を海へ浮かべ、中央の荷物置き場には塩の入ったプラスチックボックス、グラス、鏡、胡椒、ライター、泡盛、食料、キャンプ用品、釣り道具を順番に積んでいく。波をかぶっても困る物は、できるだけ中央にまとめて固定した。
タルガニたち四人は左右二艘のカヌーに二人ずつ分かれて乗り込む。俺は中央に乗り、マストと帆を確認してロープを引き、風向きを見る。
「よし」
四人がオールを構える。俺は塩屋の浜を振り返った。ここへ来てから、ずっと村の周辺で動いてきた。今日は初めて、ここから遠く離れた那覇へ向かう。目的は交易だ。塩もあるし珍しい品物もある。そして何より、那覇がどんな場所なのか自分の目で見てみたい。
俺は前を向いた。
「それじゃ、出発!」
四人が一斉にオールを海へ入れ、双胴船がゆっくりと浜を離れていく。少し沖へ出たところで俺は帆を開いた。風を受けた帆が大きく膨らみ、船体がぐっと前へ押し出された。
こうして俺たちは、那覇へ向けて出発した。
順調に航海は続いた。出発してから四時間くらい経った頃だろうか。俺はマストの様子を見ながら前方の海を眺めていた。
「ん?」
遠くに一隻の船が見えた。俺たちの双胴船より明らかに大きい。目を凝らすと、かなりの人数が乗っている。
「ウミトゥ、あれ何人くらいいる?」
ウミトゥも目を細めて船を見る。
「二十人くらいはいるな」
漕ぎ手もかなり多いようで、船はどんどんこちらへ近づいてくる。最初はただすれ違うだけだと思っていたが、どう見ても進路がおかしい。
「おい、こっちに来てないか?」
俺は立ち上がり、両手を大きく振った。
「おーい! そっち行け! ぶつかるぞ!」
言葉が通じるか分からないので身振り手振りで横へ避けるように示す。それでも船は進路を変えない。むしろ、こちらを狙っているように真っすぐ近づいてくる。
「ちょっと待て……」
次の瞬間、大きな衝撃とともに船体同士がぶつかった。双胴船が激しく揺れ、積んでいた荷物がずれる。
「うわっ!」
体勢を立て直す間もなく、向こうの船から数人の男が飛び乗ってきた。何が起きているのか理解するより先に、一人の男が手に持っていたナタのような刃物をタルガニの頭へ躊躇なく振り下ろした。
鈍い音がして、タルガニがその場に崩れ落ちる。
「タルガニ!」
声を上げた直後、別の男がサブロウへ向かって刃物を振り抜いた。サブロウの頭にまともに入る。一瞬だった。あまりにも突然で俺の頭が追いつかない。
「な……」
さらにもう一人が船へ乗り込んできた。考えるより先に体が動き、俺はそいつの顔面めがけて拳を振り抜いた。
「この野郎!」
男がよろめく。その瞬間、横から気配がした。タルガニを斬った男だった。刃物を大きく振り上げている。
「え――」
避けようとしたが間に合わない。妙に時間がゆっくり流れて見えた。振り下ろされた刃が俺の腕に食い込み、そのまま通り抜ける。自分の腕が離れていくのが見えた。
「うっ……!」
遅れて激痛が走る。頭がふらつき、軽いめまいがして視界が揺れた。
まずい。ここにいたら死ぬ。
俺は残った力で船の縁を蹴り、そのまま海へ飛び込んだ。冷たい海水に全身が沈む。
――現在に戻りたい。
強く念じると、目の前の水中にあの黒い穴が開いた。俺は迷わず中へ飛び込んだ。
次の瞬間、俺はアパートの床に倒れ込んでいた。服も髪もびしょ濡れで、床に海水が広がっていく。
「はぁ……はぁ……」
息が荒い。さっきまでの光景が頭から離れない。
タルガニ。サブロウ。そして、自分の腕。
「腕……!」
慌てて見る。
「……え?」
ある。
確かに斬り落とされたはずの腕が、何事もなかったように元に戻っていた。指を動かしてみる。普通に動く。傷もない。血も出ていない。痛みすら消えている。
「どういうことだよ……」
助かったことより、その事実の方に動揺した。しばらく自分の腕を触ったり曲げたりしていたが、考えても答えは出ない。
「……まあいい」
今分かるのは一つだけだ。向こうで怪我をしても、現在へ戻れば元に戻る。少なくとも今回はそうだった。
俺は立ち上がり、ブラックホールを見る。その中に新しい復帰ポイントが出来ていた。
1600/01/27。
「これを触ったら……」
おそらく、さっきの修羅場の続きに戻る。タルガニもサブロウも倒れている。ウミトゥとタルーも、あの人数を相手に無事とは思えない。
「全員……死んでるだろうな」
そう思った瞬間、腹の底から怒りが湧いてきた。何の警告もなく体当たりしてきて、いきなり殺した。俺たちは何もしていない。
「ふざけやがって……」
だが今なら分かっている。あの船が来ることも、どのくらいの人数が乗っているのかも、そして向こうが最初から襲うつもりだったことも。
「だったら……今度はやられる前にやる」
同じ場所へそのまま戻る必要はない。俺は復帰ポイントを見ながら考えた。
「前日に戻ろう」
1600年1月26日。出発する前夜だ。襲撃されることが分かっているなら、準備はいくらでもできる。
俺は濡れた服を脱いで着替え、床を簡単に拭いて財布を持った。
「まず買い物だ」
アパートを出た。必要な物を買い揃え、しばらくして荷物を抱えて戻ってくる。
ブラックホールの前に立った。
今度は同じ失敗はしない。
俺は1600年1月26日の復帰ポイントを選び、買ってきた荷物を持って中へ入った。
次の瞬間、景色が切り替わる。那覇へ出発する前夜。まだ誰も死んでいない時間へ、俺は戻ってきた。




