第15話 1600年1月20日
朝。
俺はけたたましい大声で叩き起こされた。
「悠真! 悠真!」
「ん……なんだよ、こんな朝早くから……」
まだ眠い目をこすりながら起き上がる。
声の主は漁師のサブロウだった。
俺がテントの外へ出ると、サブロウだけではなく、ウミトゥとタルーまでいる。
3人ともテントの横を見ながら何やら騒いでいた。
「どうした? こんな朝早くから」
サブロウとタルーが興奮した様子で一斉に話し始める。
だが、二人とも早口でまくし立てるので何を言っているのかよく分からない。
「ちょ、ちょっと待って。二人同時にしゃべるな」
俺は3人の中で一番落ち着いているウミトゥを見る。
「ウミトゥ、どうした?」
ウミトゥは黙ってテントの横を指さした。
そこには、昨日までなかった二艘のカヌーが置かれている。
「あれはなんだ、悠真。昨日まではなかっただろう」
「ああ、これか」
ようやく何を騒いでいるのか分かった。
タルーはすでにカヌーの横にしゃがみ込み、船体を触っていた。
「こんなに軽いのか……」
少し持ち上げてみて、さらに驚いた顔をする。
「それに、なんだこれは。木じゃないのに丈夫そうだぞ」
3人からすれば、昨日まで何もなかった場所に突然見たこともない船が二艘現れたのだから、驚くのも無理はない。
俺はカヌーを見ながら答えた。
「ああ、これは俺の故郷の船だ」
「故郷の?」
「うん。俺が欲しいと思ってたら、ここにあったよ」
俺は笑った。
「俺も詳しいことは分からん」
3人が何とも言えない顔で俺を見る。
「まあ、難しいことはあんまり考えなくていいんだよ。不思議なことは不思議でいい」
俺はサブロウを見る。
「例えばサブロウ。お天道様はどこから登る?」
「ん?」
サブロウは少し考えてから、東の方を指さした。
「あっちだ」
「だよな。それじゃ、お天道様はどこに沈む?」
今度は反対側を指さす。
「あっちだ」
「そうだよな」
俺は再び最初の方向を指さした。
「じゃあ明日は、お天道様はどっちから登る?」
「あっちだ」
サブロウが答える。
俺は頷いた。
「不思議だろ?」
「何がだ?」
「お天道様はあっちに沈んで、向こうにいるはずなのに、次の日になったらまた反対側から登ってくるだろ?」
サブロウが黙る。
「不思議だろ。考えて分かるか?」
サブロウはしばらく考えたあと、首を横に振った。
「分からん」
「だろ?」
俺はカヌーを指さした。
「だから、不思議で考えても分からないことは、もうそれでいいんだよ」
俺は指を順番に動かす。
「お天道様はあっちから登る。こっちには船がある。同じこと!」
3人が黙って俺を見る。
「分かった?」
俺が笑いながら聞くと、サブロウが首を傾げた。
「んー……なんとなく分かった」
横を見ると、ウミトゥとタルーまで妙に納得した顔で頷いている。
「それでいい、それでいい」
これ以上突っ込まれても俺だって説明しようがない。
するとウミトゥがカヌーを見ながら聞いた。
「ところで、この船はどうするんだ?」
「ああ、那覇と商売しようと思ってさ」
「那覇?」
「うん。まあ、今からいろいろ改造もするから楽しみにしてて」
俺はそう言ってテントへ戻った。
3人はまだカヌーを気にしていたが、しばらくすると漁へ出ていった。
テントに戻った俺は、コーヒーを飲みながら一服していた。
しばらくすると、タルガニとカナさんがやってきた。
二人とも朝の作業に来たらしい。
カナさんはテントの横に置いてある二艘のカヌーを見ると、一瞬足を止めた。
何か言いたそうな顔をして俺を見る。
だが、結局何も聞いてこなかった。
一方のタルガニは、まだカヌーの存在そのものに気づいていないようだった。
「おはようございます」
「おう、おはよう」
俺がそう返した、その時だった。
「悠真ー!」
遠くから大きな声がする。
声の方を見る。
マチューだ。
その横にはシルーとカナグシもいる。
「ん?」
3人とも何かを抱えている。
近づいてくるにつれて、それが何か分かった。
「猪か」
3人で若い猪を運んできていた。
マチューはこっちへ近づいてくるなり、めざとくカヌーを見つけた。
「なんだ、あれ!」
「お前もそこかよ」
マチューは猪そっちのけでカヌーを見ている。
シルーとカナグシも当然気づいたようで、次々に質問してくる。
「あー、もう。さっきウミトゥたちにも同じ説明したんだよ」
仕方ないので、ウミトゥたちにした説明をもう一度してやった。
するとマチューも、シルーも、カナグシも妙に納得した顔をしている。
横を見ると、いつの間にか話を聞いていたタルガニまで頷いていた。
カナさんも、さっきまで何か言いたそうにしていたのに、今は妙に腑に落ちたような顔をしている。
「……みんな納得するんだな」
俺は少し笑った。
それならそれでいい。
俺は改めて猪を見る。
「ところで、どうした?」
するとマチューが話し始めた。
どうやら昨夜、3人で畑の番をしていると、親子の猪が現れたらしい。
畑へ近づいてきたところで、小さい方を仕留めたという。
「血はもう抜いてある」
シルーが言う。
「それで塩をもらいに来た」
「なるほど」
燻製にするつもりらしい。
俺は少し考える。
「だったら、池の海水を使うか」
完成した塩を使ってもいいが、まだ量を増やしている途中だ。
それなら、蒸発池の濃くなった海水を簡易的なソミュール液代わりに使えばいい。
「とりあえず解体して、肉をそこのバケツに入れて持ってきて」
「分かった」
俺はシルーを見る。
「燻製は自分たちで出来るよな?」
「ああ。大丈夫だ」
「じゃあ、その前に猪の重さだけ量ろうか」
俺はテントから20キロまで量れるはかりを持ってきた。
3人に猪を持ち上げてもらい、重さを確認する。
「11.8キロ」
やっぱりかなり小さい。
「若い個体だな」
俺は3人を見る。
「じゃあ解体してきて。戻ってくるまでに準備しとくから」
「ああ」
3人は猪を抱え直し、その場を離れていった。
俺は今度はタルガニを呼ぶ。
「タルガニ!」
「なんだ?」
「池の海水、バケツ一杯だけ持ってきて」
「一杯でいいのか?」
「今は一杯でいい」
タルガニが蒸発池の方へ向かう。
俺はロケットストーブへ薪を入れて火をつけた。
しばらくしてタルガニが10リットルのバケツいっぱいに池の海水を入れて戻ってきた。
「ここに入れて」
海水を鍋へ移し、そのまま火にかける。
しばらくすると海水が沸騰した。
「これでいいな」
俺は火から下ろし、煮沸した海水を別のバケツへ移して冷ます。
「タルガニ! あと9杯、寸胴鍋に池の海水入れてな」
「九杯?」
「うん。いつもの塩作りの分。それと取った分と同じだけ、海から海水を運んで池に補充しといて」
「分かった」
タルガニはまた池の方へ向かった。
俺はカナさんと一緒に、昨日作った塩の様子を見ることにした。
ブルーシートの上に広げてある塩を指で触ってみる。
「まだ湿ってるな」
昨日の分は、まだ完全には乾いていない。
「午前中はこのまま天日干しだな」
「はい」
俺はカナさんを見る。
「午後になったら乾き具合を見て、乾いてたらいつもと同じようにザルにかけて箱に入れてください」
「分かりました」
「お願いします」
日も出ている。
このままなら午後には十分乾くだろう。
程なくして、シルーたちが戻ってきた。
今度は猪そのものではなく、解体した肉を三つのバケツに分けて入れている。
「結構取れたな」
俺は冷ましていた煮沸済みの海水を確認する。
まだ少し温かい。
俺はそのバケツをシルーへ渡した。
「これ、完全に冷めてから使って」
「どうするんだ?」
「冷めたら、この海水を肉が入ってるバケツに入れて、大体3時頃まで浸けておいて」
シルーがバケツの中を見る。
「三時頃までか」
「うん。その後は肉を出して乾かしてから、いつも通り燻製してみて。たぶん、いい感じに出来るはず」
「分かった」
俺は猪肉が入った三つのバケツを見る。
せっかく新しい方法を試すんだから、少しくらい対価をもらってもいいだろう。
「海水の対価は、そのバケツ一個の半分でいいや」
俺が笑いながら言うと、シルーが目を丸くした。
「これだけでいいのか?」
「それでいいよ」
シルーたちは顔を見合わせたあと、嬉しそうに頷いた。
俺はその足で畑へ向かった。
畑に着くと、昨日作業していた女性たちと、シンガを含めた男たち10人がすでに集まっていた。
「おはよう」
「おはようございます」
俺はまず昨日植えた琉球芋の畝を見て回る。
苗は少ししんなりしているものもあるが、明らかに枯れたり萎れたりしているものは見当たらない。
「よし、大丈夫そうだな」
昨日植えたばかりだから少し心配していたが、今のところ問題なさそうだ。
俺は持ってきた種の袋を取り出した。
「今日は大根、小松菜、カラシナを植えます」
女性たちだけでなく、シンガたち男も俺の周りに集まってくる。
「今日はみんなで種まきやりましょう」
俺はまず大根の袋を開けた。
「大根からやります」
昨日使った30センチの枝を持ってくるように言う。
女性たちはちゃんと捨てずに持ってきていた。
「大根は、この枝一本分ずつ間を空けて植えます」
畝の端にしゃがみ、指で浅い穴を作る。
「深さは1センチか2センチくらいで十分です」
その穴へ大根の種を3、4粒入れる。
「一つの穴に3、4粒。それから軽く土をかぶせる」
土を薄くかけ、手で軽く押さえた。
「それを30センチずつ離して続けてください」
シンガたちもしゃがみ込み、俺の手元を見ている。
「芽が出たら、元気なものを一つだけ残して、他は抜きます」
次に小松菜の種を出す。
「小松菜は大根と違います」
畝の上に指で浅い溝を一本作った。
「こうやって細い溝を作ります。深さは1センチくらい」
その溝へ種を少しずつ落としていく。
「種をばらばらっとまいて、その上から薄く土をかぶせます」
「間は空けなくていいのか?」
シンガが聞いた。
「最初はこれで大丈夫です。芽が出て大きくなってきたら、混んでるところを抜きます」
俺は指で幅を示す。
「最後は5センチから10センチくらい空けば大丈夫です」
最後にカラシナを取り出した。
「カラシナも小松菜とほとんど同じです」
同じように浅い溝を作る。
「溝を作って、種をまいて、薄く土をかぶせる」
ただし、カラシナは少し大きくなる。
「カラシナは最後に15センチから20センチくらい間を空けます」
俺は立ち上がった。
「今日は、大根2列、小松菜1列、カラシナ1列です」
俺は種を女性たちと男たちに分けて渡す。
「女性だけじゃなく、男の人たちも一緒にお願いします」
シンガが笑った。
「今日は畝作りじゃなくて種まきか」
「そうそう。人数多い方が早いでしょ」
「分かった」
みんなそれぞれの場所へ散っていく。
大根は30センチ間隔。
小松菜とカラシナは浅い溝へ筋まき。
「種を深く埋めすぎないようにだけ気をつけてください。終わったら軽く水をやります」
「分かった」
女性たちと男たちが一斉に作業を始めた。
これなら午前中には十分終わりそうだ。
俺は午後の準備のためにテントへ戻った。
「昨日の夜に準備してた現代品の金額と、残金チェックからだな」
まずは畑関係。
防鳥ネット9m×18mを21枚で2万2,638円、2.1m園芸支柱36本で1万728円、ロープ100m巻6巻で5,880円、30cm結束バンド100本入り4袋で1,992円。
「畑関係、合計4万1,238円」
次はカヌー関係。
カヌー2艘で16万円、オール4本で2万円。
「ここまでで18万円」
さらに、2艘をつないで双胴船にして、帆船にするための材料。
連結用角材3本で5,400円、補強用2×4材6本で4,800円、デッキ用構造用合板2枚で5,000円、ステンレスボルト・ナット・大型ワッシャー一式5,000円、Uボルト・固定金具一式5,000円、ゴム板・当て板など船体保護材2,000円。
マスト用パイプ2,500円、ブーム・帆桁用パイプ2,000円、帆用ターポリン生地4,000円、帆・マスト用ロープ一式4,000円、カラビナ・シャックル・滑車など4,000円、舵板・ヒンジ・舵棒材料4,000円、防水シーラント・結束材など雑材2,500円。
「双胴化と帆船化の材料費が5万200円」
カヌー本体とオール、それに改造材料まで合わせて23万200円。
畑関係の4万1,238円も合わせる。
「全部で27万1,438円」
前の残金は329万9,638円。
そこから27万1,438円を引く。
「残金302万8,200円」




