第14話 1600年1月19日 その2
午後。
俺は塩の乾燥具合を確認するため、ブルーシートを広げている場所へ向かった。
朝はまだ少し湿っていた塩を指で触ってみる。
「お、完全に乾いてるな」
これならもう箱に入れても大丈夫そうだ。
俺は近くにいたカナさんに声をかけた。
「カナさん!」
「はい?」
「女性を2人呼んできてもらえますか? 塩を箱に入れたいので」
「分かりました」
しばらくすると、カナさんが女性を2人連れて戻ってきた。
俺は金属製のザルと透明のプラスチックボックスを持って、3人の前にしゃがむ。
「こうやって、このザルに塩を入れてください」
ブルーシートの上から塩をすくってザルへ入れる。
「それで、もう片方の手にこうやって当てて、振動させながらこの箱の中に入れてください」
ザルの縁を反対の手に軽く当てながら小刻みに揺らす。
サラサラサラ……。
細かい塩がザルの目を通り、下に置いたプラスチックボックスへ落ちていく。
「こんな感じです」
カナさんがザルを受け取り、俺がやったように手へ当てながら揺らしてみる。
サラサラと塩が箱の中へ落ちた。
「こうですか?」
「そうそう。それで大丈夫です」
他の2人も見よう見まねで始めた。
少し様子を見たが、問題なさそうだ。
「じゃあ、お願いします」
俺は3人に任せてテントへ戻った。
座って財布からレシートを取り出す。
「今日出した分も計算しとくか」
今日1600年へ持ってきたのは、さつまいもの苗900本。
それから猟師3人に渡したナタ3本、リカーブボウ1張と矢12本。
レシートを一枚ずつ確認する。
「さつまいもの苗900本が5万3,100円」
次。
「ナタ3本で3万円」
さらにレシートをめくる。
「リカーブボウが4万3,000円」
最後に矢。
「矢12本で2万4,000円」
俺はスマホの電卓を開いた。
53,100円。
30,000円。
43,000円。
24,000円。
「合計15万100円か」
前回確認した残金は3,451,718円。
そこから150,100円を引く。
3,451,718円-150,100円。
「残金330万1,618円」
俺は電卓の画面を見ながら、もう一度レシートを確認した。
「そうだ。今から植える分もあったな」
大根、カラシナ、小松菜。
畑には、大根を2列、カラシナを1列、小松菜を1列植える予定だ。
種の袋を順番に確認する。
「大根の種が1,320円」
次にカラシナ。
「カラシナが330円」
最後に小松菜。
「小松菜も330円」
俺はそのまま電卓へ入力する。
1,320円。
330円。
330円。
「全部で1,980円」
さっきの残金3,301,618円から、さらに1,980円を引く。
3,301,618円-1,980円。
「残金329万9,638円」
計算を終えると、俺は大根、カラシナ、小松菜の種を持って畑へ向かった。
畑に着くと、ちょうど女性たちが最後の琉球芋の苗を植え終わったところだった。
「終わったか」
真っ直ぐに伸びた畝には、琉球芋の苗がずらりと並んでいる。
女性たちの顔を見る。
さすがに朝から作業を続けていたせいか、みんなかなり疲れているようだった。
腰に手を当てている人もいれば、その場に座り込んでいる人もいる。
俺は手に持っていた種の袋を見る。
「……これは明日でいいな」
今日はもう無理をさせる必要もない。
俺は種を渡さず、そのまま女性たちに声をかけた。
「みなさん、ご苦労様でした」
女性たちが俺を見る。
「今日植えた琉球芋は、とっても甘くて美味しい芋なので、すごく期待していいですよ」
すると一人の女性が聞いてきた。
「いつ頃、収穫できるんですか?」
「そうだなぁ……大体6月の初めくらいです。その時は、みんなで芋掘りしましょうね」
女性たちの表情が少し明るくなる。
かなり疲れているはずなのに、今植えた苗からたくさんの芋が取れるところを想像しているのか、畑を見ながら楽しそうに話し始めた。
俺は手に持った種の袋を少し持ち上げる。
「それから明日は、大根、小松菜、カラシナを植えます」
女性たちがまた俺を見る。
「大根は大体2か月半。カラシナと小松菜は、大体1か月くらいで収穫できます。これも美味しいですよ」
「1か月で?」
「うん。琉球芋よりずっと早いです」
何人かが顔を見合わせる。
琉球芋は6月まで待たないといけないが、小松菜とカラシナなら1か月ほどで食べられる。
それなら、こちらの方が先に味を見ることになりそうだ。
俺は女性たちが持っている30センチの枝を指さした。
「あと、今日使ったその枝は捨てないでくださいね。明日も使うので、そのまま持ってきてください」
「分かりました」
「じゃあ今日はこれで終わりです。ゆっくり休んでください」
女性たちはそれぞれ枝を持ったまま、村の方へ戻っていった。
女性たちを見送ったあと、俺は塩を煮ている場所へ戻った。
ロケットストーブの上では寸胴がまだ火にかかっている。
カナさんがその前に座り、一生懸命鍋の中をかき混ぜていた。
「どう? 結構減ってる?」
俺が声をかけると、カナさんは鍋の中を見ながら答えた。
「そうですね。昨日と同じような感じに見えます」
「じゃあ順調そうだな」
俺は鍋の中を少し覗き込む。
朝よりかなり水分が減っていて、このまま煮詰めれば昨日と同じくらいの量は取れそうだった。
その時、ふと横に置いてあるプラスチックボックスが目に入った。
「あ、終わってる」
ブルーシートの上にあった塩は、全部ボックスの中へ移されていた。
蓋を開けて中を見る。
「おお……」
白い塩が綺麗に溜まっている。
指ですくってみると、しっかり乾いていてサラサラしている。
「ちゃんと出来てるな」
俺はテントへ戻り、20キロまで量れるはかりを持ってきた。
塩の重量を量ってみる。
針が動き、止まった。
「5.5キロか」
最初にしては上出来だ。
昨日初めて作った塩で5.5キロ取れたなら十分だろう。
俺はまだ煮炊きしている寸胴を見る。
「明日もこれくらい出来るなら、4日で20キロくらいか」
村は44人。
普段の料理に使う分を考えても、これだけあれば当面は十分だ。
「村で使う分なら、これで足りそうだな」
俺はその足で長老の家を訪ねた。
中に入ると、ウシマルがいつもの場所に座っていた。
「ウシマルさん、昨日と今日の報告に来ました」
「おお、どうじゃった?」
俺はまず塩の話からすることにした。
「塩が出来上がりました。昨日作った分が9斤です」
「九斤?」
ウシマルが目を見開いた。
「そんなに出来たのか」
かなり驚いている。
「1日目にしては上出来です。今日も同じように煮ているので、明日も同じくらい出来ると思います」
俺は指を折りながら続けた。
「とりあえず4日続ければ、36斤くらいにはなります。そうすれば、1家族に1斤ずつ配れます」
「一軒に一斤もか……」
ウシマルは何度も頷いた。
俺は次に畑の話をする。
「それから今日、琉球芋を作付けしました」
「ほう」
「収穫は6月頃ですね。ちゃんと育てばかなり取れると思います」
俺は少し笑った。
「これが収穫できれば、食べ物には今よりずっと困らなくなると思います」
ウシマルはしばらく何も言わず、俺の顔を見ていた。
やがて、ゆっくり頷く。
「そうか……そうか」
声が少し震えていた。
「ありがとう、悠真」
ウシマルの目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
塩も食べ物も、今までこの村では当たり前に十分あるものではなかったんだろう。
俺は少し間を置いてから、もう一つ聞きたかったことを切り出した。
「それと、ウシマルさん」
「なんじゃ?」
「今後、ここで収穫した物とか、俺の故郷から持ってきた高級品を売りに行きたいと思ってるんです」
ウシマルが俺を見る。
「どこに持っていけば売れますか?」
ウシマルは少し考えるように顎へ手を当てた。
「売る物によるが……珍しい物や高い物なら、那覇へ持っていくのがよかろう」
「那覇?」
「ああ。大きな船が来るところじゃ。唐の船も来るし、倭の船も来る」
「中国と日本か……」
やっぱり那覇は、この時代でも交易の中心らしい。
ウシマルは続ける。
「泊にも人や船は集まるが、高い物を売りたいなら那覇の方がよかろうな。商いをする者も多い」
「なるほど」
俺はそこで、もう一つ聞いておきたいことを思い出した。
「じゃあ、普通の野菜はどうです?」
「野菜?」
「今作ってる畑が上手くいけば、そのうち村で食べる分以上に取れると思うんです。そういう野菜を日頃売るなら、どこへ持っていけばいいですか?」
ウシマルは今度はすぐに答えた。
「それなら、わざわざ那覇まで行かんでもよい」
「近くで売れるんですか?」
「ああ。近くの村でも物のやり取りはするし、もっと多く売るなら名護の方へ持っていけばよい。人も多いからな」
「名護か」
それなら那覇よりずっと近い。
野菜みたいに量が多くて、値段もそれほど高くない物を毎回那覇まで運ぶ必要はなさそうだ。
「じゃあ、普段取れる野菜なんかは名護の方へ持っていく。珍しい物とか高級品は那覇って感じですね」
「そうじゃな。その方がよかろう」
「なるほど」
これなら売る物によって場所を分けられる。
俺はさらに聞いた。
「首里は?」
「首里は王様のお城があるところじゃ」
「偉い人たちがいる場所ってことですね」
「ああ。役人も多い。じゃが、商いをするなら那覇の方がよかろう」
政治の中心が首里。
大きな商売や外国との交易なら那覇。
日頃取れる野菜なんかは名護や近くの村。
だいぶ分かってきた。
「じゃあ、高級品を売る時はまず那覇に行ってみます」
「ああ」
俺は少し考えてから聞いた。
「ここから那覇まで、船で行くことはできますか?」
ウシマルは頷いた。
「出来る。南へ行く船を見つければよい」
「この辺からでも?」
「いつでもあるわけではないが、南へ向かう船はある。近くの大きな村で聞けば分かるじゃろう」
「なるほど」
船で那覇へ行くこと自体は出来るらしい。
俺はもう一つ気になっていたことを聞いた。
「那覇に行けば、唐の商人とも会えますか?」
「ああ。唐の者もおる」
「直接、品を見せることもできる?」
「出来るじゃろう。ただし、言葉の通じぬ者もおるぞ」
「ああ……そこはあるか」
俺は少し考えた。
その辺は行く前に準備しておいた方がよさそうだ。
「分かりました。ありがとうございます」
「うむ」
俺は頷いた。
長老の家を出ると、もう一度塩を煮ている場所へ戻った。
寸胴の中を覗き込む。
かなり水分が減っている。
「もう少しだな」
俺はカナさんを見る。
「もうこれ以上、薪は入れなくて大丈夫です」
「もう入れなくていいんですか?」
「はい。このまま中火くらいで煮てください。水分がほとんどなくなったら、昨日と同じようにブルーシートの上に出して乾かしておいてください」
「分かりました」
「焦がさないように、時々混ぜてもらえれば大丈夫です」
カナさんが頷いた。
これなら今日の塩も、明日には乾くだろう。
俺はそのままテントへ戻った。
中に入り、腰を下ろす。
「さて……」
さっきウシマルから聞いた話を思い返す。
珍しい物や高級品なら那覇。
唐の商人もいる。
俺は少し考えた。
「そろそろ那覇に100均の商品、売りに行くか」
前に買っておいたグラスや鏡なんかがある。
この時代なら、かなり珍しいはずだ。
俺は立ち上がった。
「それじゃ、明日必要になる現代品と、前に買っておいた100均の商品、それから秘密兵器も取りに行くか」




