第13話 1600年1月19日
朝。
俺は目を覚ますと、いつも通り湯を沸かした。
コーヒーを作り、テントの前で一服する。
「ふぅ……」
冷たい朝の空気の中で煙を吐く。
コーヒーを飲み終える頃には、頭もしっかり目が覚めていた。
まず昨日作った塩を見に行く。
ブルーシートの上に広げた塩を指で触ってみる。
「まだ少し湿ってるな」
昨日よりはかなり乾いているが、完全には乾ききっていない。
空を見上げる。
今日も天気は悪くなさそうだ。
「まあ、午前中には乾くだろ」
そのまま今度は畑へ向かった。
昨日から作り始めた畝を見る。
「おお……」
50メートル真っ直ぐに伸びた畝が5本、綺麗に並んでいる。
全部で10畝作る予定だから、ちょうど半分だ。
「1日で5畝か。結構進んだな」
残り半分はシンガたちに任せれば、今日中には終わりそうだ。
それなら出来上がった畝から先に植えていけばいい。
俺はいったんテントへ戻った。
コピーして持ってきた資料の束を取り出す。
100枚近くある紙の中から、さつまいもの栽培方法についてChatGPTに質問してまとめた資料を探した。
「どこだったかな……」
何枚かめくって、ようやく見つける。
植え付け間隔、苗の差し方、水やり、収穫までの日数。
もう一度ざっと読み直した。
「よし。今日やることは決まった」
まず苗だ。
俺は現代へ戻った。
アパートには、事前にホームセンターで買っておいたさつまいもの苗が置いてある。
全部で900本。
100本ずつ入ったパレットが9つだ。
「これを全部持っていくか」
一度では無理なので、最短時間で何度も往復する。
パレットを抱えてブラックホールへ入り、テント前へ置く。
また現代へ戻り、次を運ぶ。
それを繰り返した。
最後に時計を見る。
PM9時20分。
「よし、これで全部」
最後の苗を1600年へ運び終えた。
そのうち村の人たちも起き出してきた。
塩の方を見ると、カナさんが様子を確認しに来ている。
その横にはマカトもいた。
「カナさん、おはよう」
「悠真さん、おはようございます」
「おはよう!」
マカトも元気よく挨拶する。
「おはよう、マカト」
カナさんがブルーシートの塩を触る。
「まだ塩は少し湿っていますね」
「そうだな。でも午前中には乾くだろ」
俺も塩を確認してから、カナさんを見る。
「カナさん、シンガ呼んできてくれない?」
「分かりました」
しばらくすると、シンガがやって来た。
「シンガ!」
「はい」
「昨日は頑張ってくれたみたいだな。1日で5畝できてるみたいだし」
シンガは少し照れたように笑った。
「みんな頑張ってました。今日で残りも終わりそうです」
「そうか。それなら今日から、出来上がった5畝に作付けしようかと思ってる」
シンガが畑の方を見る。
「何を植えるんですか?」
俺はテント前に積んである苗のパレットを指さした。
「琉球芋だ」
「琉球芋?」
聞いたことがない名前らしく、シンガが首をかしげる。
「そう。琉球芋だ」
俺は苗を一本手に取った。
「甘くて美味しいし、腹持ちもいい。それに痩せた土地でも育つ」
シンガは苗をじっと見る。
「これが芋になるんですか?」
「なる。土の中にたくさんできる」
俺は少し笑った。
「これが広まれば、食べ物が足りなくて餓死する人もかなり減らせると思う」
シンガの表情が少し変わった。
半信半疑ではあるだろう。
こんな細い苗から大量の芋が取れると言われても、すぐには信じられないのも当然だ。
「カナさん」
「はい」
「女性を10人集めてもらえますか?」
「分かりました」
カナさんが村へ戻っている間に、俺は細めの枝を集めた。
巻尺で30センチを測り、同じ長さに切っていく。
全部で10本。
「これを目印にすれば分かりやすいな」
しばらくすると、カナさんを除いて10人の女性たちがやって来た。
「じゃあ畑に行きましょう」
俺はテント前に並んでいる苗を指さす。
「あそこに置いてある苗を、1人1パレットずつ持ってきてください」
女性の一人が不思議そうな顔をする。
「パレット?」
「ああ……苗の入った箱です」
「ああ、あれね」
それぞれが苗の入ったパレットを持ち、みんなで畑へ向かった。
出来上がった5本の畝の前で止まる。
俺は先ほど作った30センチの枝を、一人ずつ渡した。
「これを使います」
俺はパレットから苗を一本取った。
「まずこの畝に、苗を斜めから差します」
実際に土へ苗を斜めに差し込む。
土の中に何節か入るようにし、葉の部分は地上へ残す。
「こんな感じです」
女性たちが俺の手元を見る。
「次はここから、この枝一本分くらい間隔を空ける」
30センチの枝を地面へ当て、その先にもう一本苗を差す。
「これをずっと繰り返してください」
俺は畝の反対側を指さした。
「1人はこっちの端から。もう1人は向こうの端から植えてきてください」
5畝ある。
1畝につき2人。
「10人いればちょうどいいですね」
女性たちはそれぞれ担当する畝へ分かれていく。
「根元まで全部埋めなくていいですよ。斜めに差して、土を軽く押さえてください」
「分かりました」
「植えていきます」
女性たちは枝で30センチの間隔を測りながら、一本ずつ琉球芋の苗を植え始めた。
真っ直ぐに伸びた5本の畝に、少しずつ緑の苗が並んでいく。
その横では、シンガたちが畑の端から残りの畝作りに励んでいる。
鍬を振るう音が一定の間隔で響き、少しずつ新しい畝が伸びていく。
俺は女性たちの作業をしばらく眺めた。
「この調子なら午前中には琉球芋は終わりそうだな」
あとは任せても大丈夫そうだ。
俺にはもう一つ話しておきたいことがある。
村の猟師たちだ。
俺は畑を離れ、カナさんのところへ向かった。
「カナさん」
「はい?」
「猟師さんたち、呼んできてもらえないかな?」
「猟師たちですか?」
「うん。ちょっと相談したいことがあるんだ」
「分かりました。探してきます」
しばらくすると、3人の猟師がやって来た。
一番年上に見えるのがシルー。
40歳くらいで、無口だが落ち着いた男だ。
次がカナグシ。
30代半ばくらいで、3人の中では一番よく話す。
最後がマチュー。
まだ30歳前後で、体格がよく動きも軽い。
俺は3人に声をかけた。
「ちょっと、普段使ってる狩りの道具を見せてもらえる?」
3人が顔を見合わせる。
「道具ですか?」
「ああ。どんな物を使ってるのか見ておきたい」
シルーが頷いた。
「分かりました」
3人はいったん家へ戻り、しばらくして道具を抱えて戻ってきた。
地面に一つずつ並べてもらう。
まず目についたのは、先端に鉄を付けた長い槍だった。
柄は木で、かなり使い込まれている。
「これは?」
「猪を追い詰めた時に使います」
「なるほど」
その横には、現代の鉈に近い山刀が何本かある。
藪を払ったり、枝を切ったり、獲物を解体する時にも使うらしい。
さらに縄や木杭、網。
縄を輪にした罠のような物もあった。
「これは罠?」
カナグシが頷く。
「獣が通るところに仕掛けます」
金属製のワイヤーなどはないが、木と縄を組み合わせて足を取る仕組みらしい。
「弓は?」
「俺たちは使いません」
「そうか」
俺はしばらく道具を眺めた。
槍。
山刀。
縄。
網。
罠。
この時代としては十分実用的だ。
ただ、少し現代の道具を加えれば狩りも楽になるだろう。
俺は3人を見る。
「俺が畑を作ってるのは知ってるよな?」
「はい」
「山の近くの大きな畑ですよね」
「そう。あそこまで猪が来る可能性ってある?」
シルーがすぐに答えた。
「あります」
「やっぱりか」
「山に食べ物が少ない時は、畑まで下りてきます」
カナグシも続ける。
「芋や豆があると、掘り返されることもあります」
「一度来ると、また来ます」
マチューもそう言った。
「それは困るな……」
せっかく琉球芋を育てても、収穫前に猪に掘り返されたら意味がない。
しかも問題は猪だけじゃない。
「鳥も来るよな?」
「来ます」
「穀物や種、それに若い芽なんかも食われることあるだろ?」
3人が頷く。
畑が大きくなれば、野鳥にとっても格好の餌場になる。
俺は腕を組んだ。
「そこで相談なんだけど」
3人が俺を見る。
「畑の周りで猟をしてもらえないか?」
「畑の周りで?」
「ああ。猪が来るなら畑の周辺を見回ってほしい。野鳥も畑に集まってくるだろうから、そっちも頼みたい」
俺は続ける。
「もちろん、ただで頼むつもりはない。対価はちゃんと出す」
3人が顔を見合わせる。
「それと夜も交代で畑の番をお願いしたい」
「夜もですか?」
「毎晩3人全員じゃなくていい。1人ずつ交代でいいよ」
少し考えてから、さらに付け加える。
「それと道具も無償であげる」
「道具?」
「ちょっと待ってて」
俺はいったんテントへ戻った。
ブラックホールを出し、そのままアパートへ戻る。
用意していたリカーブボウを一張。
それから頑丈な現代製のナタを3本。
俺はそれを抱えて1600年へ戻った。
3人の前に道具を並べる。
「これ」
猟師たちの目が一気に変わった。
シルーがリカーブボウを手に取る。
「これは……弓?」
「ああ」
弦に触れ、反り返った先端をじっと見ている。
「こんな弓、見たことがない」
その横では、カナグシとマチューもナタを手に取っていた。
シルーにも一本渡す。
3人とも、それぞれ自分のナタを握る。
「軽いのに刃がすごいな」
「この柄も握りやすい」
「こっちの山刀よりずっと扱いやすそうだ」
明らかに興奮している。
「それ、全部お前たちにあげるよ」
3人が同時に俺を見る。
「本当に?」
「ああ」
俺はそのまま続けた。
「しかも、畑の周りで捕まえた猪は全部お前たちのものにしていい」
「全部ですか?」
「肉も皮も好きにしていい」
3人の表情がさらに明るくなる。
「あと、お前たちはここの農作業は免除でいい」
「農作業を?」
「うん。狩りと畑の警戒を仕事にしてくれればいい」
俺は畑の方を見る。
「でも作物を収穫した時は、農民と同じように分ける。琉球芋も大根もちゃんと取り分は出す」
猟師たちはまた顔を見合わせた。
農作業は免除。
捕まえた猪は自分たちのもの。
収穫物も他の村人と同じようにもらえる。
そのうえ現代の道具まで無償でもらえる。
「これならいいだろ?」
シルーが力強く頷いた。
「やります」
カナグシも続く。
「夜の番も交代でやります」
マチューも笑う。
「畑の周りも毎日見ます」
「よし。じゃあ頼んだ」
俺はリカーブボウを指さした。
「ただし、その弓は猪じゃなくて野鳥狙いで使ってくれ」
「鳥ですか?」
「ああ。畑には鳥も来る。種や芽を食われることもあるからな」
俺は矢を見せる。
「それと3人とも使えるように練習しておいて」
「分かりました」
「矢はちゃんと回収してな」
俺は一本持ち上げた。
「これは簡単に作れる物じゃない。撃ったらそのままにするなよ」
シルーが頷く。
「必ず探します」
「壊れてなければ何度でも使えるから」
カナグシが弓を覗き込む。
「俺も使ってみたいな」
「順番に練習すればいいよ」
マチューも笑いながら弓を見る。
3人とも完全に新しい道具に夢中になっている。
俺はそんな3人を見ながら少し笑った。
これで猪対策だけじゃない。
野鳥の被害も減らせるし、村の狩りそのものも少しずつ変わっていくだろう。




