4話 ショウ・ユーに出会う
朝。
「おはようございます、殿下」
「おはようございますわ」
侍女が王女ミューシの髪を整えている。
「本日の朝食はいかがなさいますか?」
「もちろん、和食ですわ」
「昨日も、その前も和食でしたが……」
「何か問題でも?」
「いえ……ございません」
侍女は苦笑した。
最近のミューシは、すっかり日本の食事がお気に入りだった。
白いご飯。
味噌汁。
焼き魚。
そして、おにゅぎり。
毎日のように食卓へ並ぶ料理は、以前とは大きく変わっていた。
「いただきます」
ミューシは箸を持つ。
最初の頃は箸を使うのにも苦労していたが、今ではすっかり慣れた。
「……うむ」
焼き魚を一口。
「今日も美味であるな」
「……殿下?」
「え?」
「今、『美味であるな』と……」
「言いました?」
「はい」
「……気のせいですわ」
ミューシは何事もなかったように味噌汁を飲んだ。
しかし。
本人も気づかないうちに、日本語の影響は少しずつ現れていた。
「今日は何を学ぶのですか?」
護衛騎士が尋ねる。
「ショウ・ユーですわ」
「ショウ・ユー?」
「ええ」
ミューシは日本から持ち帰った小瓶を取り出した。
「これです」
黒く透き通った液体。
「日本の料理には、これがよく使われているそうです」
「味噌とは違うのですか?」
「違うようですわ」
ミューシは瓶を眺める。
「昨日食べた焼き鳥にも使われていました」
「なるほど」
「そして……」
ミューシは小さな皿に醤油を垂らした。
「まずは、そのまま味わってみましょう」
「そのままですか?」
「ええ」
ミューシは指先にほんの少しつけて舐める。
「……!」
瞳が輝いた。
「これは……!」
「どうです?」
「塩辛い……」
騎士が頷く。
「しかし、それだけではありませんわ」
もう一度。
「香りが深い……」
ミューシは考え込む。
「そして、少し甘みも感じます」
「不思議な調味料ですね」
「ええ」
ミューシは瓶を持ち上げる。
「これを使えば、異世界の料理もさらに美味しくできそうですわ」
その日の昼。
王宮の厨房。
「ショウ・ユーを使った料理を作りますわ!」
「何を作られるので?」
「まずは魚です」
料理長が魚を用意する。
ミューシは醤油、砂糖、みりんを合わせる。
「これを魚に塗って……」
焼き始める。
じゅうううっ。
甘辛い香りが厨房いっぱいに広がった。
「……!」
料理人たちが振り返る。
「なんという香り……」
「これは期待できますな」
ミューシは焼き上がった魚を皿に盛る。
「完成ですわ!」
一口。
「…………」
「殿下?」
「…………美味い」
また出た。
「殿下?」
「はっ!」
ミューシは口元を押さえた。
「今、わたくし……」
「『美味い』と仰いました」
「……」
ミューシは頬を赤くする。
「き、気のせいですわ!」
「しかし――」
「気のせいです!」
料理長は笑いをこらえた。
「承知しました、殿下」
夕方。
ミューシは日本へ向かった。
今回の目的は、醤油の種類を知ること。
日本の店員に話を聞くと、醤油にもいろいろな種類があるらしい。
「濃口、薄口、たまり……」
ミューシは真剣に聞いていた。
「こんなに種類があるのですか?」
「料理によって使い分けますよ」
「なるほど……」
ミューシは感心した。
「日本の料理人は、調味料一つにもこだわっているのですね」
「そうですね」
「素晴らしいですわ」
そして店内を見回す。
「……これは?」
棚に並んだ小さな容器。
「わさびです」
「わさびぃ……?」
ミューシが首を傾げた。
「辛いですよ」
「辛い?」
「はい。かなり」
ミューシの瞳が輝いた。
「……試してみたいですわ」
「本当に少しだけにしてくださいね」
店員がほんの少しだけわさびを出す。
ミューシは慎重に口へ運んだ。
「…………」
次の瞬間。
「――――っ!?」
ミューシの顔が真っ赤になった。
「み、水を!」
「殿下!」
「鼻が……鼻が痛いですわ!」
涙目になりながら水を飲む。
「これは……一体……!」
店員が笑う。
「わさびです」
「……恐ろしい食べ物ですわ」
ミューシは涙を拭いた。
そして。
「ですが……」
「はい?」
「もう一度、試してみたいですわ」
「え?」
「今度は、もう少しだけ」
「殿下!?」
護衛騎士が慌てる。
「おやめください!」
「なぜです?」
「先ほどあれほど苦しんでいたではありませんか!」
「ですが――」
ミューシはわさびを見つめた。
「なぜか、もう一度食べたくなるのです」
その顔には、好奇心が満ちていた。
その夜。
異世界の王宮。
食卓には、新しい料理が並んでいた。
「ショウ・ユー焼き魚ですわ!」
ミューシが誇らしげに紹介する。
父王が一口食べる。
「……これは美味い」
「でしょう?」
「以前のお前なら、こんな料理を作ろうとは思わなかっただろうな」
「そうですわね」
ミューシは笑った。
「日本へ行くようになってから、知らない味を知るのが楽しくて仕方ないのです」
「そうか」
父王は嬉しそうに娘を見る。
「ならば、これからも日本との交流を続けるといい」
「はい!」
ミューシは元気よく答えた。
そして焼き魚をもう一口。
「……うむ。やはりショウ・ユーは良い」
父王が箸を止める。
「ミューシ」
「はい?」
「今度は『うむ』と言ったな」
「…………」
ミューシは固まった。
「……それも、気のせいですわ」
「そうか?」
「そうですわ」
しかし。
翌朝。
ミューシが王宮の厨房へ入るなり、料理人たちへ告げた。
「料理長! 本日の朝餉はどうなっておる?」
「……あさげ?」
「え?」
ミューシは自分の口を押さえる。
「……朝食は、どうなっていますの?」
料理長は黙って頭を下げた。
「ご用意できております、殿下」
「そう。ならば――」
ミューシは胸を張った。
「参るぞ!」
「…………」
厨房に沈黙が落ちた。
「……殿下?」
「な、何ですの?」
「今度は完全に武士でした」
「…………」
ミューシは真っ赤になった。
「わ、わたくしは王女ですわ!」
「はい」
「王女らしい話し方をしていますわ!」
「はい」
「……本当ですわ!」
料理長は笑いをこらえながら頭を下げた。
「承知いたしました」
その日。
王宮の朝食には、醤油で焼いた魚と白米、味噌汁が並んだ。
ミューシは箸を手に取る。
「では――」
少し考えて。
「いただきまする」
「殿下!?」
「…………」
ミューシは目を丸くした。
「……今のは忘れてくださいませ」
しかし、料理人たちはもう笑いをこらえられなかった。
王女ミューシ。
和食にハマるだけではなく――
ついに、その口調まで日本に染まり始めていた。




