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森の守護者  作者: 紫桜
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第26話 番号の子供


第26話 番号の子供


夜の夢は、前回よりも深く沈んでいた。


さくらが目を開くと、そこはもう“村”ではなかった。


灰色の石壁。


天井の高い、冷たい建物。


窓は小さく、光は細くしか入らない。


空気そのものが「外」と切り離されている。


「ここからだよ」


シルヴァスの声は、背後から静かに響いた。


さくらは振り返る。


「ここが……教団」


「そう」


その返事はあまりにも簡単だった。




廊下を進む。


扉がいくつも並び、どれも同じ形をしている。


そのどこにも、飾りも個性もない。


ただ機能だけがある空間。


その中の一つ。


鉄の扉が開いた瞬間――


さくらは息を止めた。


セレンがいた。


小さな部屋。


机。


水。


最低限の生活物。


そして、首元にかけられた金属札。


そこに刻まれている数字。


「……番号?」


さくらは小さく呟く。


シルヴァスは淡々と答えた。


「個体識別番号だね」


セレンは、何もしていない。


ただ座っている。


感情のない顔。


最初からそう作られているように見えた。




扉が開く。


そこには黒いローブの教団員が立っていた。


「行け」


言われるがままにセレンは立ち上がる。


抵抗するわけでもなければ問いもしない。


ただ言葉に従う。


「……何をさせてるんですか」


シルヴァスは目を細めた。


「訓練だよ」


「訓練……?」


セレンは広い部屋に入れられた。


床には魔法陣が書いてある。


壁には無数の機械が並べられている。


その中央にセレンは立たされている。


「出力、開始」


冷たい声。


その瞬間――


セレンの体から魔力が流れ出す。


空気が歪むのと同時に床の魔法陣が軋むように光る。


さくらは息を呑む。


セレンの魔力は増幅していく。


でも顔は変わらない。


痛みも、恐怖も、表に出ない。


ただ――命令された通りに“出力している”。


やがて教団員が手を上げる。


「止めろ」


一瞬で魔力は切られる。


セレンは少しだけふらついている。


よろよろと、それでも倒れることなくじっと堪える。


そんな姿を見ながらさくらは拳を握る。


「こんなの……訓練じゃないです」


シルヴァスは沈黙する。


「なんで……どうしてこんな酷いことをが出来るんですか」


やり場のない怒りが湧く。


短い間をあけてシルヴァスは言った。


「戦争だよ」




一度暗くなったかと思ったらまた場面が変わる。


今度は暗い部屋。


セレンは座っている。


食事が置かれ無言で食べている。


誰も話しかけない。


誰も名前を呼ばない。


ただ時間だけが過ぎる。


さくらは見ていられなくなる。


「……ずっと、こうなんですか」


シルヴァスは頷く。


「長い間ね」


「……いつから」


その問いに、シルヴァスは少しだけ視線を落とす。


「“村から連れて行かれた日”から」


それ以上は言わない。


でも十分だった。


さくらの胸が痛む。


その時扉の外を数人の教団員が通った。


その中に、あの視線があった。


冷たい、計算するような目。


ヴァルデウス。


さくらは息を止める。


「……また」


シルヴァスは静かに言う。


「彼は“観察している側”だからね」


「観察……?」


「兵器の完成度をね」



ただ日常の一部として過ぎていく。


制御

兵器

誰も呼んでくれない名前


---


“人として扱われない日常”


場面は断片的に流れる。


・命令 ・測定 ・停止 ・再開


そこに会話はない。


感情の交換もない。


ただ“管理”だけがある。


辛い日常の中でもセレンは変わらない、変わらないことが、逆に怖い。


さくらの声は震える。


「……こんなこと、普通なら壊れちゃうのに」


シルヴァスは少しだけ首を振る。


「壊れる前にあの子は適応する」


「……適応?」


「人ではなくなる方向にね」


さくらは、言葉を失ったまま立ち尽くしていた。


胸が苦しい。


見ているだけなのに、どうしてこんなに痛いのか分からない。


「……つらい?」


シルヴァスの声が、静かに落ちる。


さくらは少しだけ迷ってから頷いた。


「……はい」


小さな声だった。


シルヴァスは、少しだけ空を見上げる。


「そうだね」


否定しない。

慰めもしない。

ただ受け止める。


そして、さくらの方を見る。


「でもね」


その声はやわらかかった。


「あの時間があったから、今のあの子がいる」


さくらは顔を上げる。


「……」


「優しいのも、強いのも」


シルヴァスは少しだけ笑う。


「全部、あの子なんだ」


その言葉は、不思議と温かかった。


さくらは胸に手を当てる。


痛みは消えない。


でも――


少しだけ、形が変わった気がした。





場面がゆっくり暗くなる。


訓練室。


廊下。


数字。


沈黙。


すべてが薄れていく。


シルヴァスの声だけが残る。


「でも、あの子は“完全にはそうならなかった”」


さくらは顔を上げる。


「どういうことですか」


シルヴァスは微かに笑う。


「それは、次だね」


その瞬間、世界がほどけるように崩れる。




朝になってさくらは目を覚ます。


呼吸が少し荒い。


胸の奥に残る、重い感覚。


頬には涙の跡がある。


泣きたいのは私じゃないはずなのに。


「……セレン」


さくらは、いつもより少しだけゆっくり外に出た。


セレンは庭で、薪を割っていた。


コン、コン、と規則的な音。


その姿は、昨日と何も変わらない。


「おはよう」


いつも通りの、穏やかな笑顔。


「……おはようございます」


少しだけ間があいた。


セレンはその違和感に気づいたのか、首を傾げる。


「どうしたの?」


さくらは一瞬、言葉に詰まる。


するとセレンが私の顔を覗き込む。


「目が腫れてるけど怖い夢でも見た?」


怖い夢……。


怖かったのは私じゃなくてセレンなはずなのにそれすらも訴えられない。


こんな風に心配して声をかけてくれる人もいなかった。


(言えない)


夢のことも、過去のことも。


でも――


何も言わないのも違う気がした。


「……あの」


少しだけ視線を逸らしながら言う。


「セレンはすごいですね」


「え?」


きょとんとするセレン。


さくらは言葉を探す。


「ちゃんと、人に優しくできるところ」


セレンは少しだけ驚いた顔をした。


「森で私を拾ってくれたのがセレンで私は本当に良かったです」


「ありがとうございます」


さくらは小さく頭を下げる。


セレンは軽く首を振った。


「僕も、そうでいられるように気をつけてるだけだから」


その言葉は、軽いようでいてどこか重みがあった。


さくらは、その意味を考える。


(……“そうでいようとしてる”)


昨日見た光景が、頭をよぎる。


あんなに苦しい過去があったのにこの人はどこまでも優しい。


さくらは、ぎゅっと手を握った。


「そのままでいてくださいね」


セレンは少しだけ笑った。 


「努力するよ」


でも、その表情はどこか優しかった。



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