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森の守護者  作者: 紫桜
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第27話 壊れないもの


第27話 壊れないもの


今夜もさくらはそこにいた。


夢の中の空気は、前よりもずっと重くなっていた。


灰色の壁に囲まれた場所。


冷たい石の床。


光はあるのに、どこか息苦しい。


ここが、セレンのいた場所。


そう思うと胸がきゅっと締め付けられた。


「ここからは、あの子の“日常”だよ」


背後から聞こえたシルヴァスの声は、静かだった。


さくらはただ前を見つめる。


そこには幼いセレンがいた。



訓練は、唐突に始まる。


「出力を上げろ」


短く冷たい命令。


それだけで、セレンの体から魔力が溢れ出した。


空気が歪む。


床に刻まれた魔法陣が、光り目が眩むようだ。


小さな体に、明らかに過剰な負荷がかかっている。


それでもセレンは止めない。


ただ、命じられた通りに魔力を“出している”。


「……っ」


ほんのわずかに、息が漏れる。


けれど、それ以上は何も出てこない。


痛みも、恐怖も、全部奥に押し込められている。


やがて、冷たい声が落ちる。


「停止」


その一言で、魔力はぴたりと止まった。


セレンの体が少しだけ揺れその場に倒れ込む。


しかし心配して駆け寄る人は誰もいない。


---


場面が変わって視界に入る場所も変わる。


今度は広い部屋。


同じくらいの年の子どもたちが並んでいる。


その誰もが無言で、同じ方向を向いていた。


その子達も同じように首からプレートを下げて番号で呼ばれる。


「開始」


その合図と同時に、魔力がぶつかり合った。


炎が走る。


風が裂く。


衝撃が床を叩く。


未熟な力同士が、容赦なくぶつけられる。


戦わされているんだ。


「……っ!」


一人が吹き飛ばされた。


壁に叩きつけられ、そのまま動かなくなる。


それでも、誰も止めない。


誰も駆け寄らない。


ただ淡々と、記録だけが残される。


「個体、損失」


その言葉の軽さに、さくらの喉が詰まる。


「もう、やめて……」


思わず声が漏れる。


けれど、これは過去で、どうすることもできない現実だった。


セレンは動かない。


倒れた子の方を見ることもなく、ただ次の命令を待っている。


見ないのではない。


“見る必要がない”と教えられている。


それが、ここでの正しさだった。



---


日々は繰り返される。


倒れる者。


消える者。


入れ替わる“番号”。


同じ顔が、長く残ることはない。


その子達がどうなったのかは考えたくない。


「……どうしてこんなこと」


さくらの声は震えていた。


シルヴァスは少しも迷わず答える。


「効率がいいからだよ」


その言葉には、感情が乗っていない。


「必要なのは強い魔力を持った兵器だからね、残った者が強い。わかりやすい選別の仕方だろう」


ただ事実として、そこにあるだけ。


だからこそ、余計に重かった。


戦いで傷だらけの体。


手当てはされる。


けれどそれは死なせないためだけの最低限の処置。


さくらはその光景を見て、言葉を失った。


「……こんなの、壊れてしまいます」


思わず漏れた声に、シルヴァスは小さく首を振る。


「壊れることも、許されない」


その一言が、胸に刺さる。



---


やがて、空気が変わる。


教団の中が慌ただしくなる。


「実戦投入」


その言葉に、さくらの背筋が冷える。


「……戦争に行かされるんですか?」


「そのための存在だからね」


静かな答えだった。



---


景色が切り替わる。


次の瞬間、そこは戦場だった。


炎が上がり、煙が立ち込める。


叫び声と、魔力の衝突音。


地面が抉れ、空気が震える。


もう訓練ではない。


本物の戦い。


命が消えていく場所。


セレンは、その中に立っていた。


「進め」


命令に従い、進む。


バシュッ!


目の前の兵士を切り刻む、あれは前に私を助けてくれた攻撃技だ。


見えない壁で相手の攻撃から自身を防御する、そしてすぐに攻撃に転ずる。


すべてが正確で、無駄がない。


たまに防御もせずに捨て身で兵士の集団に切り込む事もある。


痛みを感じないはずがないのに……まるで“そう作られたもの”のように。


けれど——


限界は、確かに近づいていた。


「……っ」


明らかにセレンの魔力が乱れて動きが鈍っている。


攻撃も的を外したり足元がおぼつかない、体がついていかないのだ。


それでも止まることはできない、許されない。


その時辺りに大きな衝撃が走った。


轟音と共に視界が白く弾けた。


どんどん音が遠ざかる。


世界が崩れていった。




気がついた時、セレンは地面に倒れていた。


体は動かない。


呼吸も浅い。


周囲には、もう誰もいない。


「……置いていかれた」


さくらの声が、かすかに震える。


シルヴァスは静かに言った。


「次は使えないと判断されたんだろうね」




先ほどとは打って変わって静かな世界。


戦場の喧騒は、もうない。


あるのは動かなくなった無数に倒れる兵士の死体と火薬と血の匂い。


セレンは動かない。


動けないのだ。


それでも——


指先が、わずかに動いた。


地面を掴む。


ゆっくりと、這うように。


どこへ向かうのかも分からないまま。


ただ、前へ。


ただただ前に這いずってその先にあったのが——森だった。


木々の影。


ひんやりとした空気。


戦場とはまるで違う、静かな場所。


セレンはそこに倒れ込む。


そして、今度こそ動かなくなった。



---


さくらは息を止める。


「……ここで……終わり、じゃ……」


その先が言えない。


シルヴァスは、ほんの少しだけ微笑んだ。


「いや」


静かな声。


「ここからだよ」



---


森の奥。


かすかに光が揺れる。


何かが、そこにいる。


まるで、ずっと待っていたかのように。


夢は、ゆっくりと次へ進もうとしていた。



---



朝になりさくらは、はっと目を覚ました。


胸が苦しい。


息がうまく整わない。


目の奥がじんと熱い。


「……ひどい……」


ぽつりとこぼれる。


リビングにはセレンがいた。


「おはよう、さくら今朝はよく眠れた?」


変わらない声。


変わらない笑顔。


さくらは、少しだけ立ち止まる。


(この人は……)


あの場所から。


あの戦場から。


ここまで来た人。


言葉にできないまま、少しだけ近づく。


「おはようございます、たっぷり眠れました」


嘘だ、もうずっと眠る前から寝ている間も寝覚めも辛いことを考えてしまう。


返事をした声は少しだけ小さかった。


上手くいつも通りを装えただろうか。


セレンは優しく笑った。


「今朝は昨日取れた野菜をじっくり煮込んだスープだよ、寝起きのお腹に優しいはずだからゆっくり食べて」


どこまでも優しい。


私を気遣ってくれたのだろう。


何も知らないまま。


何も言わないまま。


ただ、そこにいてくれた。



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