盗賊失格
『 そこで考え出したのは、道化でした。
それは、自分の、人間に対する最後の求愛でした。
自分は、人間を極度に恐れていながら、それでいて、人間を、どうしても思い切れなかったらしいのです。そうして自分は、この道化の一線でわずかに人間につながる事が出来たのでした。』
俺は広場で一冊の本を読んでいた。
読書とはいいものだ。
その一つ一つには筆者の思いや人生観といった、思いが、大袈裟に言ってしまえば彼らの持つ世界がそこにはあけすけに綴られている。
また、静寂も心地が良い。
夜の持つ繊細さと、本の世界が絶妙に調和し、ゆっくりとそれらを広げていくからだ。
夜の暗がりの中、月明かりを頼りにページを捲る。
夜は静かだ。
暫くこうしていると、自然と心が落ち着いて、スッキリとしたような気持ちになる。
夜も本も、多くを語ってはくれない。
ただ、俺の心がそれらを最大限に受け入れ、紐解いていく瞬間は、何事にも変えがたいものなのだろう。
俺は本を読み進め、読み終わると、深呼吸をする。
澄んだ空気とその文字列を、体の内側へと封じ込めるように。
俺は元々読書が嫌いだった。
何故今目の前にある世界を差し置いて、本の世界を楽しまなければならないのか、心の底から疑問だった。
しかし、そうではない。そうではないのだ。
俺は少し、生き急いでしまっていたのだ。
走ることしか知らぬ者が、歩くことを知るように、立ち止まることを知るように。
読書とは停滞しながら前へと進むことだ。
ヒュウヒュウと吹く風の音が、耳に残る。
立ち上がり、噴水へと近づくと、幾つかの水滴が俺の手に当たり、滴り落ちる。
そんなことをしていると、家々の間から何人かの人影が見えた。
それは真っ直ぐこちらへと近づいてくる。
賊か。
「おい、そこのお前。有り金を根こそぎ置いてけば、命だけは助けてやる」
夜は綺麗だ。
だが、その美しさ故に、醜い虫が集ることもある。
目の前のそれは、その類のものだ。
「おい!聞いてんのか、早く有り金を出しやがれ!」
魔法陣を展開する。
虫の足元に黒が広がり、その全てを飲み込む。
一つも残さないよう、丁寧に処理していく。
気づけば、辺りにはいつもの静寂が戻っていた。
最悪の気分だ。
まるで精巧な絵画をぐちゃぐちゃに踏みにじられたような、最高級のディナーを床にぶちまけたような、不快感。
知ろうともせず、他者から奪うことしか脳がない。
立ち止まることを知らず、歩くことも知らず、道すらも知らぬ虫に、存在を許すほどの価値はない。
だが、それも仕方のないことだ。
美しいほど、汚れが目立つ。そんな当たり前の事だ。
明日はきっと、良い夜になるだろう。
空を見上げ、雲に隠れた月を見透しながら俺はそんなことを考えるのだった。
冒頭の一説、有名なものなのでご存知の方も多いかな?そう思いながら書いてました。




