雨の降る街に
「この感じは、暫く止みそうにないな。
君もそう思うだろう?」
月が隠れた深い夜に、俺はそう言った。
東屋の屋根に、ポツポツと雨が当たる音が響く。
「だからおっさん、馴れ馴れしく話しかけんなよ」
俺の横から、鬱陶しそうにそう答える声が聞こえる。
見れば、十二歳程だろうか。
子供と言って差し支えないほどの大きさの影が見える。
「とは言っても君はまだ子供だろう?
気になるに決まっているじゃないか」
「俺が子供だからって、おっさんに何が関係あんだよ」
こちらの方を見ようともせず、少年は外の景色を眺め、そう吐き捨てる。
「確かに、それもそうだ」
静寂に雨の音が響く。
ポツポツと鳴っていた音は、やがてザアザアと音を変えて、俺の耳へと届くようになっていく。
やはり夜はいいものだ。
静かな夜に、段々と激しさを増す雨の音が聞こえる。
それらは相反するようなものでありながら、お互いをより魅力的なものへと昇華させる。
こんな経験はないだろうか。
いつもと変わらない夜である筈なのに、そこに雨の音が加わるだけで、なんだか寂しいような、悲しいような、そんな気持ちになる事が。
俺はふと彼の横顔に目を向ける。
彼の横顔は、困ったような、それでいて寂しさを感じさせるような、そんな風に感じさせる。
俺の視線に気づいた彼は、目を鋭くさせ、こちらを睨む。
「おっさん、なに見てんだよ」
「ああ、いやなに、何か思い悩む様な事でもあるのかと、そう思ってね」
「別にねぇよ、そんなこと」
そう言って、再び会話が途切れる。
すると、辺りはパッと煌めき、静寂を切り裂くように、雷の音が鳴る。
横の彼は、突然のことに驚いて身体を震わせる。
そんな彼の様子を見て、俺は声をかける。
「君、良ければご飯でも食べに行かないかい」
「はぁ?なんだよ急に」
「ここで会ったのも何かの縁だ。
行きつけの店にでも誘ってみようかと、そう思ってね。」
冷たい風が、俺達を包む様に吹く。
彼は少し考え込み、警戒した様子でこう答えた。
「て言ってもよ、この雨だ。
俺はずぶ濡れになるのはごめんだぞ」
ああ、こんな夜には、思い切り雨に当たるのも悪くはないな。
俺はそんなことを考えながら、東屋の外へと歩く。
「少し見ていたまえ、少年よ」
俺は魔法を構築し、展開する。
すると、俺の頭上に落ちるはずだった雨粒は、透明な膜に当たったように、俺を避けて地面へと落ちる。
その様子を見て、目を丸くした彼は、小さな声でこう呟く。
「おっさん、魔法が使えんのか…?」
「そんな事よりも、君は行かないのかい?
いつまでもここで過ごす訳にもいかないだろう」
彼は、半信半疑といった様子で、こちらへ歩みを進める。
そうして東屋の外へ出ると、彼の頭上にも透明な膜があるように、不自然にそこを避けて、雨粒が落ちていく。
「すげぇ…」
「さぁ、行こうか、少年よ」
惚けていた様子の彼は、声をかけるとハッとして、こちらを睨んでくる。
「俺は少年でも君でもねぇ、ガルだ」
「じゃあ俺からも言わせてもらおう。
俺の名前はおっさんではなく、アークだ。
よろしくな」
そう言って俺は目的の食堂へと歩み始める。
そんな俺の後ろを、少し距離を置いてガルが着いてくる。
雨音の中に、泥を踏む音が混じる。
暫く歩くと、既に暗くなった家々の中に、一つ、未だ明かりがついているものを見つける。
「ここだ」
その明かりの前で、俺は立ち止まる。
後ろにガルが着いてきていることを確認した後、少し古びたドアを開ける。
中には酒樽や瓶が幾つか置かれていて、食堂というよりも、酒場といった内装に見える。
しかし、店内には客と思わしき人影はなく、奥に見えるカウンターに一人、屈強な男がグラスを磨いている様子が見えるのみだった。
俺はその男に近づいて、声をかけながらカウンターの席へと座る。
「久しぶりだな、デンガク。
いつものあれと、エールを二つくれ。」
デンガクは、数度俺の姿を見て、その言葉を聞いて、黙々と動き始める。
俺は、未だに入口に立ち止まっているガルに、手招きをする。
ガルは未だ警戒心を捨てきれないといった様子で、恐る恐るこちらへと近づき、間に席を一つ挟んで、横に座る。
そうしていると、デンガクが奥から二つの料理と、二杯のジョッキを持ってこちらへやってくる。
未だ沈黙を守りながら、彼は手に持った皿とジョッキを俺とガルの前に一つずつ置く。
「美味そうな肉に、エールじゃねぇか
やっぱりこれがなきゃ始まらないよな」
そう言って彼は、ジョッキを持ち、一口飲む。
「これ、エールじゃなくて果実水じゃねぇーか!」
ジョッキの中身を飲んだガルは、怒った様子で立ち上がり、こちらを睨む。
「子供に酒を飲ませるわけないだろう?
当たり前のことじゃないか。なぁ、デンガク?」
そう流した俺を見て、ガルは話の振られたデンガクの方を向く。
そこには、無表情でサムズアップしたデンガクの姿があった。
「お前ら、バカにしやがって!」
そう憤るガルは、俺に近づこうとする。
すると、この空気に似合わない、少し腑抜けた音が鳴る。
ぎゅるるるるる
音の発生源を辿ると、どうやらガルのお腹から鳴っているようだ。
「くそっ!」
不貞腐れた様子のガルは、悪態を着いて、顔を赤く染めながら、目の前にある料理を頬張る。
どうやら今日も面白い夜になりそうだ。
そうして、次第に夜は更けていった。




