7 南米ーアンデスへの旅路ーでの旅 2
アトゥックの家へ着いた日の夜。レンガ造りの小さな部屋には、香ばしい干し肉とトウモロコシのスープの匂いが立ち込めていた。
怪我をした父親と小さな妹たちに温かく迎えられたワイラとサミは、ささやかな夕食を終え、部屋の隅で静かに息をついていた。
その傍らでは、三毛猫のミャアが暖炉の薪のぬくもりに目を細め、喉を「ゴロゴロ……」と鳴らしている。
「なあ、ワイラ。お前たち、クスコを目指して旅してるんだろ? 何か奏でられるのか?」
アトゥックが壁に立てかけられていた一本の竹の笛——ケーナを取り出し、指先で軽やかに撫でてから、そっとサミに手渡しながら尋ねた。
「僕はギターが弾けるよ。サミはケーナがすごく上手なんだ」
ワイラが傍らに置いたギターの弦をそっと弾くと、ポロン……と温かな和音が部屋の空気に溶け込んだ。その音に反応したのか、ミャアがパッと耳をそばだて、まあるい瞳をパチリと開けた。
サミが静かにケーナを唇に当て、そっと息を吹き込む。
ピュー……と、アンデスの渡り鳥が遠くの空を飛ぶような、切なくも美しい乾いた音色が部屋いっぱいに広がった。
そこに、ワイラが優しくギターのコードを重ねていく。
軽快で、どこか郷愁を誘うフォルクローレのメロディー。
サミの奏でるケーナの音色は、言葉数の少ない彼女の心の奥にある優しさや強さを映し出すように、どこまでも美しく響いた。
「にゃあ……」
ミャアがゆっくりと立ち上がり、トコトコとサミの足元へ歩み寄ってきた。
サミの膝にそっと頭を擦り付け、ケーナの指穴を押さえるサミの指先を、愛おしそうに前足でちょんちょんと触れようとする。
「ふふっ……」
ケーナの音色が一瞬だけゆるみ、サミの口元に小さな笑みがこぼれた。
「見てくれよワイラ! ミャアのやつ、サミのケーナの音にうっとりしてるぞ!」
アトゥックが目を丸くして楽しそうに笑った。
「本当だね。サミのケーナは、人の心だけじゃなくて猫の心も包み込むんだ。……ミャアは、日本の遠い街でもピアノの美しい音色をじっと聴いていたから、きっと音楽が大好きなんだよ」
「日本……? ピアノ……? なんだそれ、聞いたことねえ街だな」
アトゥックが首をかしげると、ミャアは「秘密だよ」と言わんばかりに、ワイラの足元へ行ってギターの木胴に頭を擦り付け、「ゴロゴロ……」と弦の振動に合わせて喉を鳴らし始めた。
「ハハハ! ギターの音と一緒に歌ってるみたいだぞ!」
横になっていたアトゥックの父親も、小さな妹たちも、手を叩いて大喜びした。
昼間の不当な扱いや、生活の重苦しさ、足の怪我の痛み——。
そんな現実の厳しさが、サミの吹き鳴らすケーナとワイラのギターの優しい音色、そして三毛猫ミャアの愛くるしい仕草によって、すっと温かく溶けていく。
日本のストリートピアノで奏でられた『夢路より』のメロディーが未来への希望を繋いだように、ここ南米サルタの夜に響くフォルクローレもまた、傷ついた人々の心を優しく包み込んでいた。
「いい夜だな、アトゥック」
「おう! サミのケーナもワイラのギターも最高だぜ!」
サミの演奏するケーナの旋律が夕闇のアンデスへ溶けていく中、ミャアは満ち足りた顔でサミとワイラの膝の間に挟まり、気持ちよさそうに小さな寝息を立て始めるのだった。




