6 南米ーアンデスへの旅路ーでの旅 1
ーー三毛猫は、日本では昔から庶民に親しまれてきたおなじみの猫だ。
だが実は、世界的に見れば非常に珍しく、時に幸運をもたらす招き猫として珍重される存在でもある。
これは、そんな一匹の三毛猫「ミャア」が、とあるWEB小説家(作者)の生み出す物語の世界を気ままに旅していく、少し不思議な物語。
ときに悩める中学生たちの公園に現れ、
ときに時空を超えた名探偵の街角に佇み、
ときに潮風かおる港町で子どもたちと戯れ、
ときに夕暮れのストリートピアノで未来への希望の音色に耳を傾ける。
なにしろ、この三毛猫ミャアの旅はとどまることを知らない。
日本を飛び出し、時空さえも超えて——遥か南米のアンデス山脈にまで至ってしまうのだから——。
さあ、次はどんな物語の扉が開き、ミャアを出迎えるのだろうか。
三毛猫ミャア専用飛行機(某ロボットアニメの敵のモビルスーツのようですが)を降りたのですが…
赤茶けた土と乾燥した風、そして太陽の強い光。
南米のサルタ——後に「七月九日広場」と呼ばれることになる建設途中の街の一角で、ワイラとアトゥックの激しい殴り合いがようやく収まったところだった。
互いに息を荒らし、道端に倒れ込んで手拭いで傷を冷やしていると、寂れた作業場の影からふわりと小さな影が現れた。
「……にゃあ」
少し低く、澄んだ声。
「……ん? なんだ……?」
アトゥックが目元に当てていた手拭いをずらし、眩しそうに片目を細めた。
そこには、白地に黒と鮮やかな茶色の斑模様を持った、一匹の小柄な猫がちょこんと座っていた。尾の先が少しだけ鍵型に曲がっている。
「……猫? なんだこの模様……見たことねえな」
アトゥックが驚いたように身を起こすと、三毛猫は警戒する素振りも見せず、トコトコと倒れているワイラの方へと歩み寄った。そして、土で汚れたワイラの頬に「ごん」と自分の頭を優しく押し当ててきた。
「うわっ……! なんだい、君は……」
ワイラが慌てて起き上がると、三毛猫はどこか可笑しそうに黄金色の瞳をパチリと瞬かせた。
「かわいい……。どこから来たんだろう」
今まで黙ってふたりの喧嘩を見守っていたサミが、すっと目を輝かせて膝をついた。そっと手を伸ばすと、三毛猫は待っていましたとばかりに、サミの指先に喉を擦り寄せる。
「ごしごし……ゴロゴロ……」
「わあ、すごく懐っこい……。毛並みも、こんな模様の猫、このあたりじゃ見かけたことないわ」
サミの口元に、珍しく小さな笑みが浮かんだ。その瞳の奥にある神秘的な光が、猫の愛らしさと溶け合って柔らかく輝く。
アトゥックは不思議そうに首をかしげながら、鼻を鳴らした。
「ふん、俺たちが血みどろで殴り合ってるのを、高みの見物決め込んでたってわけか。図太い猫だな」
「あはは、アトゥック、君の拳の威力にも驚いてなかったみたいだね」
ワイラが苦笑しながら擦りむいた顎を撫でると、三毛猫は「なにか問題でも?」と言いたげに短く鳴いた。
「にゃあ」
「……おい、今なんつった?」
アトゥックが顔を近づけ、三毛猫の顔を凝視した。
「ミャア」
もう一度、はっきりと誇らしげに自分の名前を主張するように鳴く。
「ミャア……? へっ、ミャアって名前なのかよ! 分かりやすいやつだな!」
アトゥックがニッと白い歯を見せて笑うと、ミャアは「なれなれしい奴だな」とでも言うようにフイと顔を背け、今度はアトゥックの膝の上にひらりと跳び乗った。
「うおっ!? こら、乗るなよ! 俺は今、全身痛いんだからさ……って、うぐっ……」
文句を言いながらも、アトゥックは追い払おうとはしなかった。ごつごつとした小さな手で、おそるおそるミャアの背中を撫でてやる。
「……あったけえな」
ぽつりと漏らしたアトゥックの声には、先ほどまで白人の雇用主に向いていた激しい怒りや、家族を背負う重圧の陰りは消えていた。
ワイラはその光景をじっと見つめた。
(不思議な猫だ……。この場所のピリピリした空気が、一瞬で和らいでいく)
ワイラが想いを巡らせていると、ミャアはアトゥックの膝から降り、ワイラとサミ、そしてアトゥックの3人を交互に見つめた。そして、アトゥックの足元にあったボロボロの荷物にちょんと前足を乗せる。
「おいおい、ミャア。お前も俺たちの家に来る気か?」
アトゥックが呆れたように言うと、ミャアは「当然だろ」とでも言いたげに尾を振った。
「ふふ、アトゥック。ミャアちゃんも案内してほしいみたいだよ」
サミが優しく囁くと、アトゥックは照れくさそうに頭をかいた。
「ちぇっ、仕方ねえな! 狭い家だが、猫一匹くらい増えたってどうにでもなるさ。……おいワイラ、サミ! 来いよ、うちの父ちゃんや妹たちに紹介してやる!」
「うん、ありがとうアトゥック!」
アトゥックが先頭に立って歩き出すと、ミャアはそのすぐ隣を、まるで先導するかのように軽やかな足取りで並んで歩き始めた。鍵型の尾が、夕暮れのオレンジ色に染まるサルタの街並みの中でゆらゆらと揺れる。
ワイラとサミは顔を見合わせ、クスリと笑ってその後に続いた。
遠い日本の公園から、時空を超えたロンドン、美浜村の潮風、夕暮れのストリートピアノ——そして今、遥かなるアンデスの山並みを望むこの地へ。
理不尽な差別に抗い、家族のために泥臭く生き抜こうとするインディオの少年アトゥック。
そして、クスコを目指して厳しい旅を続けるワイラとサミ。
時代も、言葉も、生きる世界も違っても、胸の中に誇りと情熱を抱いて生きる人々の姿は、どこかあたたかく共通していた。
「おい、ミャア! そっちは行き止まりだぞ! こっち来い!」
アトゥックの元気な声が、夕暮れの街角に響き渡る。
「にゃーん」
ミャアは一声愛らしく返事をすると、夕日に照らされた赤レンガの角を曲がっていった。
遥かなるアンデスへの旅路。
ギターとケーナが交わり、新しい絆が芽生えるこの大地で、旅する三毛猫ミャアの小さくも愛おしい足跡が、しっかりと刻まれていくのだった。
三毛猫ミャアがとうとう南米アンデスまで来ましたね。




