5 ストリートピアノーフォスターのメロディーで紡ぐ駈(かける)と天音(あまね)の物語での旅
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夕暮れ時。ショッピングモールの吹き抜けの2階。
どこか懐かしく優しいピアノの音色——フォスターの『夢路より』が、包み込むように空間へ溶けていく。
演奏が終わると、静かな感動を味わった観客たちから温かな拍手が送られた。
ベンチで手を取り合う駈と天音。互いの瞳に映る強い絆を見つめ合うふたりの足元に、ひとつの気配がそっと舞い降りる。
「……にゃあ」
低くも透き通った、小さな鳴き声。
ふと二人が視線を落とすと、そこには見事な白地に黒と茶の毛並みを持つ、一匹の三毛猫が座り込んでいた。鍵型に曲がった短い尻尾をパタパタと振り、黄金色の大きな瞳でじっと見上げてくる。
「あ……猫ちゃんだ。どこから入ってきたんだろう?」
天音が目を丸くして、そっとかがみ込んだ。
「首輪は……ついてないな。野良猫か? でもすごく綺麗な毛並みだ」
駈も一緒に腰を落とすと、三毛猫は警戒する素振りすら見せず、トコトコと二人の間へ歩み寄ってきた。そして、天音の指先に自分の頭を「ごん」と愛おしそうに押し当ててくる。
「ふふっ、可愛い……! 懐っこいね」
「本当だ。ていうか、俺たちの演奏をずっと聴いててくれたのかな」
「にゃあ」
三毛猫は「当たり前だろ」と言いたげに短く鳴くと、今度は駈の制服の足元にすりりと体を寄せてきた。
「お名前、なんていうのかな?」
天音が微笑みながら尋ねると、三毛猫は誇らしげに胸を張り、はっきりと鳴いた。
「ミャア」
「えっ……? 今、『ミャア』って言った?」
駈が驚いて顔を覗き込む。
「ミャア」
もう一度、誇らしげに自分の名前を主張する三毛猫。
「あはは! ミャアちゃんっていうんだ! すごいね、自分で名前を言えるんだね」
天音が嬉しそうに目を輝かせると、ミャアは「ゴロゴロ……」と喉を鳴らしながら、ふたりの手を交互に鼻先でちょんとつついた。
「ミャア……か。なんだか、不思議な雰囲気がある猫だな。ただの迷い猫じゃなさそうだ」
駈が感心したように呟くと、天音も大きくうなずいた。
「うん。なんだか……私たちの音楽を、ちゃんと心で聴いてくれていた気がするの。……ねえ、ミャアちゃん」
天音がミャアの目線に合わせて微笑みかける。
「私たちのピアノ、届いたかな? 駈くんの弾くフォスターのメロディー、とっても素敵だったでしょう?」
ミャアは二人を交互に見つめたあと、ピアノの鍵盤の方へと視線を向け、優しく一声鳴いた。
「にゃーん」
「ふふ、合格点もらえたみたいだな」
駈が照れくさそうに頭をかきながら、ミャアの背中を優しく撫でた。
「あのさ、天音ちゃん」
「なあに、駈くん?」
「俺たち、今まで色んなことに迷ったり、遠回りしたりしてきたろ? でも……こうやって音楽を通して天音ちゃんと心を通わせられて、今日この場所で未来の話ができた。……なんか、このミャアもさ、俺たちの『新しいメロディー』を祝福しに来てくれたんじゃないかな」
「……うん、私もそう思う!」
天音の瞳に、美しい夕暮れの光と小さな涙がキラリと映る。
「過去の哀しみを乗り越えて、新しい夢の道を歩き出す……その背中を、このミャアちゃんがそっと押してくれた気がするの」
「にゃあ」
ミャアは二人のお喋りを嬉しそうに聞いていたが、ふっと耳を澄ませるように顔を上げた。
モールのガラス窓の向こうには、茜色から群青色へと変わりゆく美しく澄んだ夕空が広がっている。
「あれ……? ミャアちゃん、どこか行くの?」
天音が声をかけると、ミャアはすっと立ち上がり、二人の足元を最後にくるりと一周した。
「そっか。お前も『旅の途中』なんだな」
駈がさとったように優しく微笑む。
「ミャアちゃん、旅人さんなの?」
「ああ。きっとこのミャアは、全国のいろんな場所を歩いて、迷っている人や大切な一歩を踏み出す人の心に寄り添ってきたんだと思う。俺たちみたいにな」
ミャアは二人に向かって、最後にもう一度「ミャア」と短く愛おしい声を残すと、静かに歩き出した。
「ミャアちゃん、ありがとう! 私たちの音楽を聴いてくれて!」
天音が手を振ると、ミャアは一瞬だけ振り返り、鍵型の尻尾をフリフリと振ってみせた。
そのままトコトコとエスカレーターの方へ向かい、吹き抜けから差し込む夕光の中へと吸い込まれるように去っていく。
ふたりは手を取り合いながら、ミャアの後姿を愛おしそうに見送った。
「……良い出会いだったね、駈くん」
「ああ。俺たちの『新しいメロディー』、ミャアにも届いたよ。これから歩く夢の道も、きっと大丈夫だ」
吹き抜けを通り抜け、モールの裏手にある搬入口へと降り立ったミャア。
そこには、世界中に荷物を運ぶ国際物流会社の大きなコンテナトラックが停まっていた。
作業員が「よし、これで積み込み完了! 空港経由で南米行きだ!」と汗を拭いながら声を掛け合っている。
ミャアはそっと忍び寄ると、トラックの荷台の隙間へと軽やかに飛び乗った。
段ボールの温かな隙間に収まりながら、ミャアは満足そうに「ゴロゴロ……」と喉を鳴らす。
日本の小さな公園で見た、小説の世界に情熱を燃やす中学生たち。
時空を超えた冒険を経て、自分の正解を見つけた名探偵の息子。
美浜村の潮風の中で、家族の温かさを教えてくれた子どもたちと白い柴犬。
そして今日、ストリートピアノの優しい音色で未来への希望を奏でたふたり。
たくさんの物語と、たくさんの愛おしい想いを見届けてきたミャアの旅。
コンテナの扉が閉まり、トラックはブオンと重厚なエンジン音を響かせて走り出した。
目指すは空港、そして雲を突き抜ける遥かなる空の向こう——。
日本を飛び出し、時空をも超えて。
旅する三毛猫ミャアが次に降り立つのは、壮大な山脈が連なる神秘の地、南米アンデス。
新しい物語の扉を開くため、ミャアはそっと目を閉じ、気ままな夢の中へと落ちていくのだった。
次は、南米アンデス、アンデスへの旅路での三毛猫ミャアの旅です。




