4 美浜村ー青い海のナギ 潮のゆりかごー への旅 2
潮風が通り抜ける美浜村の昼下がり。浜辺のまぶしい日差しの中に、楽しそうな黄色い歓声と元気な犬の鳴き声が弾けていた。
「バウッ! バウッ!」
「ミャアちゃん、二代目シロ、待て〜っ!」
「にぃに、あっち行った! 秘密基地の方!」
麦わら帽子を揺らしながら走るのは、航太と櫂の兄弟。その少し先を、白く美しい毛並みを輝かせた柴犬の二代目シロと、鍵しっぽをキュッと立てた三毛猫のミャアが、仲良く並んで駆けていく。
ミャアが美浜村にやってきてから、数週間が経っていた。
すっかり村の人気者になったミャアだが、一番のお気に入りは航太と櫂のふたり、そしてこの家の愛犬である白い柴犬の二代目シロだった。最初は「ワン!」「にゃあ!」とお互いに牽制し合っていた犬と猫だが、今やどこへ行くにも一緒の、最高の相棒同士になっている。
「ふいーっ、追いついた……! 二人も二匹も、脚が速すぎるよ〜」
流木が集められた浜辺の「秘密基地」にたどり着いた航太が、砂の上にペタリと座り込んだ。櫂も「ぜぇ、ぜぇ」と言いながら、お兄ちゃんの隣に転がる。
すると、二代目シロが「クゥーン」と鼻を鳴らしながら二人の顔をペロリと舐め、ミャアはそのシロの背中にひらりと飛び乗って、チョコンと腰掛けた。
「あはは! 見て櫂、ミャアちゃんがシロの上に乗ってる!」
「シロ、重くないの〜? 仲良しだねぇ」
二代目シロは嫌がる風もなく、むしろ「どうだ」と言わんばかりに胸を張り、ミャアもシロの頭に「スリスリ」と自分の頬を擦り付けている。犬と猫という種族を超えた二匹の絶妙な掛け合いに、航太と櫂は大笑いした。
ふいに、航太がポケットから何かを取り出した。それは、今日浜辺で見つけた、波に磨かれてつるつるになった綺麗な緑色のガラス片——ビーチグラスだった。
「見て、シロ、ミャアちゃん。これ、宝ものなんだ。陽にかざすとすっごくキレイなんだよ」
航太が太陽の光にガラスをかざすと、緑色の透き通った光が砂の上に小さく落ちた。
ミャアはその緑の光を不思議そうに見つめ、前足でちょいちょいとつつく。二代目シロも鼻先を近づけて
「クンクン」と匂いを嗅いだ。
「ふふ、二人とも宝もの好き? 都会から運ばれてきた僕たちの『冒険の石』なんだ!」
「にゃあ」
「ワンッ!」
ミャアが短く鳴くと、シロも同意するようにひと吠えした。
かつて都会の公園で、傷ついた二人の高校生が分かち合った小さな秘密。そして、時空を超えた冒険を終えた少年が握りしめた、あの青いガーネットの温もり。
たくさんの人の大切な「宝もの」や「想い」を見届けてきたミャアは、美浜村の子供たちが持つこの小さな緑のガラスにも、同じように温かな愛おしさを感じているようだった。
「おーい! 航太ー! 櫂ー! おやつができたぞー!」
堤防の向こうから、潮の香りを纏った青の頼もしい声が響いた。
ナギが手作りした特製のアズキ餡のおやつの匂いに誘われるように、航太と櫂は飛び起きた。
「あ! お父さんだ! いこう、ミャアちゃん、シロ!」
「ワンッ!」「にゃーん!」
二匹と二人は顔を見合わせると、一斉に浜辺を駆け出した。
縁側に腰掛け、冷たい麦茶と手作りおやつを囲む家族の風景。
青とナギの温かな眼差しに見守られながら、航太と櫂はミャアとシロに煮干しを分け与えた。
「ミャアちゃんもシロも、美味しそうに食べるね」
「ふたりとも、本当のきょうだいみたいだわ」
ナギが優しく微笑むと、二代目シロとミャアは寄り添うように丸くなり、お互いの体を舐め合い始めた。青も「ああ、いい家族が増えたな」と目を細める。
しかし——ミャアの瞳には、どこか遠くを見つめるような、澄んだ風の輝きが宿っていた。
風が立ち、波の音が少しだけ形を変えた夕暮れ時。
村の港に、大きな貨物用のトラックが1台、エンジン音を響かせて停車した。明日、遠くの街へと荷物を運ぶためのトラックだ。
ミャアはゆっくりと立ち上がり、縁側から庭へと降りた。
「……ミャアちゃん?」
航太が不思議そうに声をかける。
ミャアは振り向き、航太と櫂、そして青とナギをじっと見つめた。そして、隣に寄り添ってきた二代目シロの頭に、最後にもう一度だけ「ごん」と深く頭を押し当てた。
「ワン……?」
二代目シロは、ミャアのその行動の意味を悟ったかのように、少し寂しそうな声をあげて鼻先を寄せる。
「ミャアちゃん……もしかして、行っちゃうの?」
櫂の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。航太もハッとしてミャアに駆け寄る。
「どこ行くの!? ずっとここにいればいいじゃないか! シロも、僕たちも、みんなミャアちゃんのことが大好きなのに……!」
ミャアは航太の足元に体をすり寄せると、愛おしそうに喉を「ゴロゴロ……」と鳴らした。
そして、ゆっくりと港のトラックの方へと歩き出す。
「航太、櫂」
青がそっと二人の肩に手を置いた。
「ミャアはな、この村に留まる猫じゃないんだ。風みたいに、いろんな場所を旅して、悩んでいる人や寂しい人の心に寄り添う『旅人』なんだよ。……俺たちにたくさんの笑顔をくれたみたいにな」
ナギも目を潤ませながら、優しくうなずいた。
「そうよ。ミャアちゃんは、次の場所で待っている誰かのところへ向かうの。寂しいけれど、笑顔で見送ってあげましょう」
ミャアはトラックの開いた荷台へと、ひらりと跳び乗った。
「バウッ! バウッ!」
二代目シロが寂しそうに、けれど「元気でな!」と送るように力強く吠えた。
それに応えるように、ミャアは荷台の上から誇らしげに顔を出し、はっきりと鳴いた。
「ミャア」
「……ミャアちゃん! ありがとう! バイバイ! 元気でねー!」
「ミャアちゃん、またあそぼうねー!」
航太と櫂が涙を拭いながら、力いっぱい手を振る。
トラックの扉が閉まり、ブオンと重いエンジン音とともに、車体輪輪がゆっくりと走り出した。
扉の隙間から、一瞬だけ鍵型の尻尾がチラリと揺れ、夕日の中に消えていく。
二代目シロが「クゥーン」と空を見上げ、航太と櫂はその白い背中を抱きしめた。
風が吹き抜け、美浜村の海を茜色に染めていく。
トラックの揺れの中、段ボールの隙間で丸くなりながら、ミャアは満足そうに目を閉じた。
出会いと別れを繰り返し、誰かの心に温かな光を灯しながら歩む旅。
旅する三毛猫ミャアの冒険は、これからもどこかの街で、新しい物語を紡ぎ続けていく。




