3 美浜村ー青い海のナギ 潮のゆりかごーへの旅 1
ゴトン、と大きな揺れとともにトラックのエンジン音が止まった。
ガタガタと遠く離れた都会の街並みを抜け、幾つもの山を越え、トンネルをくぐり——段ボール箱の隙間で丸くなっていた三毛猫のミャアは、ゆっくりと目を覚ました。
パカッと大きな音を立てて荷台の後ろの扉が開くと、眩しい陽光と、どこか懐かしい湿り気を帯びた風が一気に流れ込んでくる。
潮の香り。そして、豊かに繁る緑と土の匂い。
「ふいーっ、美浜村に到着だ! 途中の山道、揺れたな〜!」
「さあ、作業チャッチャと終わらせて、浜の食堂で美味しい魚でも食おうぜ!」
作業員たちの威勢の良い声を聞きながら、ミャアは隙間から身を乗り出し、軽やかな身のこなしで荷台から地面へと飛び降りた。
パシッ、と降り立った場所は、柔らかいアスファルトの上。
目の前に広がるのは、都会の喧騒とはまるで違う景色だった。
どこまでも青い空と、雄大に広がる美浜村の海。波が寄せては返す「ザザー……」という穏やかな音。海沿いに並ぶ小さな家屋と、緑豊かな山々のコントラスト。
(にゃあ……)
ミャアは黄金色の瞳を輝かせ、鍵型の短い尻尾をパタパタと揺らした。
都会の公園で出会った、自分のシナリオに思い悩んでいた少年と少女。
駅前のテラス席で出会った、時空を超える冒険を経て新しい顔になった少年と少女。
たくさんの人の想いや秘密を見届けてきたミャアにとって、この美浜村の空気はとても優しく、どこか温かい「お母さん」の抱擁のように感じられた。
「おや……? 引っ越しトラックから猫が降りてきたぞ?」
ふいに、あたたかな声が頭上から降ってきた。
振り返ると、そこには麦わら帽子をかぶり、肌を健康的な小麦色に焼いた二人の小さな男の子——航太と櫂が立っていた。
「にぃに、見て! おっきい三毛猫ちゃん!」
「ほんとだ! 尻尾の先がクルッて曲がってる! カギしっぽだ!」
二人は目を輝かせながらミャアの前に屈み込んだ。
ミャアはいつものように警戒する様子もなく、トコトコと二人に歩み寄ると、航太の膝に「ごん」と自分の頭を優しく押し付けた。
「うわぁっ、すごく人懐っこい! どっから来たんだろう……引っ越しトラックに乗ってきたのかな?」
「にゃあ」
ミャアが短く鳴くと、少し離れたところから「航太ー! 櫂ー! あんまりお邪魔しちゃダメだぞー!」と頼もしい声が聞こえてきた。
青という青年の隣で、白いワンピースを着た美しい女性——ナギが、優しく微笑みながら歩いてくる。
「まあ、綺麗な三毛猫ちゃん。旅をしてきたのかな?」
ナギが腰を落として優しく背中を撫でてやると、ミャアは心地よさそうに目を細め、「ゴロゴロ……」と喉を鳴らした。
「お名前、なんていうのかなあ?」
櫂が顔を覗き込んで尋ねると、ミャアは二人の小さな兄弟と、温かく見守る青とナギを見上げ、誇らしげに答えた。
「ミャア」
「えっ! いま『ミャア』って言った!?」
「あはは! ミャアちゃんっていうんだ! 可愛い〜!」
子どもたちの弾けるような笑顔と笑い声が、澄み切った美浜村の空に響き渡る。
青がミャアの顔をじっと見つめ、ふっと柔らかく笑った。
「この村にはな、どこまでも続く綺麗な海と、世界中に繋がってる冒険の海があるんだ。ミャアも、どこか遠い冒険の途中でこの村にやってきたのかもな」
「うん……! 青くん、この子、なんだか素敵な出会いをたくさん運んできてくれそうね」
ナギが微笑むと、ミャアは嬉しそうに「にゃーん」と答え、青い海に向かってすっと一歩踏み出した。
東京の公園から始まり、ロンドンの面影を残す街角を通り、引っ越しトラックに揺られて辿り着いた、ここ美浜村。
誰かの心に寄り添い、次の運命へと背中を押す「旅する三毛猫ミャア」。
潮風が心地よく毛並みを撫でる中、ミャアは美浜村の温かな人々に見守られながら、また新しい物語のページをそっと開き始めるのだった。
三毛猫ミャアが美浜村に降り立ちましたね。




