2 快斗と青いガーネット…への旅
「……でさ、結局サーバーオープンにはギリギリ滑り込めたわけ?」
翌日の放課後。駅前のマクドナルドのテラス席で、星来が紙ストローを咥えながら訊ねてきた。
「おう、なんとか間に合ったよ。昨日の夜は久々に没頭してゲームしちゃった」
快斗は照れくさそうに笑いながら、ポテトを口に運ぶ。
昨日までのどこか冷めていて無気力だった快斗の瞳には、もう迷いはない。ロンドンでの1888年の体験、そして家庭内での親たちの泥臭くも愛おしい姿を見て、胸の中のモヤモヤはすっかり晴れていた。
「ふ〜ん、よかったじゃない。一時はどうなるかと思ったけど……ん?」
星来がふと、自分の足元に視線を落として首を傾げた。
「どうしたの、星来?」
「ううん……なんか、視線を感じるというか。……あ、見て快斗!」
星来が指さした先——テラス席の植え込みの陰から、ひょっこりと顔を出している生き物がいた。
白地に黒と鮮やかな茶色が混ざり合った、見事な三毛模様。
尻尾の先が少しだけ鍵型に曲がった、一匹の三毛猫だった。
「猫……? どこから入ってきたんだろ」
「かわいい……! ねぇ、おいで〜」
星来が腰を落として手を差しのべると、その三毛猫は全く警戒する様子もなく、悠々と歩み寄ってきた。そして、星来の差し出した指先に「ごん」と自分の頭を強く押し付けた。
「うわっ、すごく人懐っこい! 毛並みもツヤツヤしてるし、どこかの飼い猫かな?」
「首輪はついてないみたいだけどな……」
快斗も屈み込んで猫の顔を覗き込んだ。その三毛猫は、黄金色の大きな瞳をパチリと瞬かせ、じっと快斗を見つめてくる。
なんだろう。
どこか人間の言葉をすべて理解しているような、不思議と賢そうな目つきだった。
「お腹すいてるのかな? ポテトは塩分あるからダメだし……」
星来がカバンをガサゴソと探っていると、三毛猫はふいに星来から離れ、快斗の膝の上へとひらりと飛び乗った。
「うおっ!? 急に上がってきた……!」
「あはは! 快斗、気に入られたんじゃない?」
三毛猫は快斗の膝の上で丸くなると、ゴロゴロと深い喉鳴りを響かせ始めた。そして、快斗の制服の右ポケット——あの「青いガーネット」が収められている場所に、愛おしそうに頭をすりすりと擦りつけた。
「……え?」
快斗はハッとした。
ポケットの中の青い石が、かすかに、けれどはっきりと「じんわり」と温かくなった気がしたのだ。1888年のロンドンで触れた、あの時空を超えるような不思議な温もり。
(この猫……まさか、この石のパワーが分かってるのか……?)
「君、名前はなんていうの?」
星来が覗き込んで問いかけると、三毛猫は快斗の膝の上から顔を上げ、誇らしげに短く鳴いた。
「ミャア」
「え? 今、『ミャア』って言ったわよね!?」
星来が目を丸くする。
「ミャア」
もう一度、はっきりと自分の名前を主張するように鳴く三毛猫。
「ふふっ、ミャアちゃんだ! すごい、自分で名前言ったよ快斗!」
「あ、ああ……ミャア、か。変わった名前だけど、なんかぴったりだな」
快斗がおそるおそる背中を撫でてやると、ミャアは目を細めて心地よさそうに身を委ねた。
昨日の今日で、時空を超える冒険をしてきたばかりの快斗と星来。
そんな二人の前に突然あらわれた、この少し浮世離れした三毛猫。
「ねえ快斗。この子、なんだか普通の猫じゃない気がしない?」
星来がミャアの鍵しっぽを指でつつきながら言った。
「普通の猫じゃない……?」
「うん。なんというか……旅人みたいな雰囲気があるっていうか。いろんな場所を自由に歩き回ってきたような顔してる」
「旅人、か……」
快斗はミャアの温かい体温を感じながら、昨日のロンドンでの出来事を思い出していた。
自分たちの住む世界とは違う、遠い時代、遠い場所。
もしかしたら、この世界には自分たちの知らない不思議な道がたくさん繋がっていて、このミャアはその道を気ままにお散歩しているのかもしれない。
「ミャア、お前もどこか遠いところから来たのか?」
快斗が問いかけると、ミャアは「にゃーん」と優しく答え、快斗の手に自分の鼻先をちょんと押し当てた。まるで「君が良い顔になれて良かったね」とでも言いたげな、温かい眼差しだった。
「さてと……そろそろ私、塾の時間だわ」
星来が立ち上がると、ミャアも満足したように快斗の膝から降りた。
「ミャアちゃん、またね! 今度はちゅ〜る持ってきてあげるからね!」
星来が手を振ると、ミャアは尻尾をパタパタと振った。
快斗もカバンを担ぎ、「じゃあな、ミャア。車に気をつけてな」と声をかける。
二人が駅の方へと歩き出すと、ミャアはテラス席のフチに飛び乗り、二人の背中をじっと見送っていた。夕暮れのオレンジ色の光が、三毛猫の美しい毛並みを黄金色に染め上げていく。
快斗がふと振り返ると、ミャアは最後にもう一度だけ「ミャア」と短く鳴き、クルリと向きを変えた。
そして、近くに停まっていた1台の大きなトラック——「美浜引越センター」と書かれたダンボール満載のトラックの荷台へと、軽やかな身のこなしで跳び移った。
パタン、と作業員が荷台の扉を閉める音。
エンジンがブオンと重厚な音を立ててかかり、トラックは夕道の中へとゆっくり走り出した。
「えっ……!? ちょっと快斗、あの猫、引っ越しトラックに乗っちゃったんだけど!?」
「うわっ、マジで!? おい、大丈夫なのかあいつ……!」
驚く二人をよそに、トラックは夕日の中へと小さくなっていく。
扉の隙間から、一瞬だけ鍵型の尻尾がチラリと揺れた気がした。
「……行っちゃったね」
「ああ。……でも、なんか心配いらなさそうだな」
快斗は苦笑いしながら、ポケットの青いガーネットをギュッと握りしめた。
「あいつ、次の旅に出たんだよ。きっと美浜村ってところへ」
「美浜村? どこそれ?」
「さあな。でも、ミャアが行く場所なら、きっと素敵な出会いがあるんじゃないか?」
風が吹き抜け、ふたりの新しい日常を優しく包み込んでいく。
トラックの荷台、段ボール箱の隙間で丸くなりながら、ミャアは「ゴロゴロ……」と心地よさそうに喉を鳴らしていた。
ある場所では悩める中学生たちの背中を押し、またある場所では名探偵の切符を持つ少年たちの秘密を見届けて。
旅する三毛猫ミャアの次なる目的地は、潮風と緑が香る「美浜村」。
トラックの揺れに身を任せながら、ミャアはまだ見ぬ次の物語へ向かって、静かに目を閉じるのだった。
人生はその人にとって物語ですよね。夜中に投稿するのも、不登校でオンラインゲームばかりするのも。そんな人生の物語の一コマに主人公が意識していなくても、散歩中の犬や野良猫やスズメやハトが入ってくることもありますよね。ハトにパンくずをあげるのも人生物語の一コマです。
そんな動物や鳥たちが、
ーー三毛猫ミャアーーです。




