9 星は昴ーそれでも僕は彼女を守りたかったーの旅
淡い朝の光が差し込む病室。激しい夜の終わりを噛み締め、静かに同じ方向を見つめる鈴と昴。
その穏やかで温かい沈黙の隙間へ、ふわりと小さな足音が忍び寄ってきた。
「……みゃあ」
透き通った小さな鈴のような鳴き声。
「……ん?」
窓の外を眺めていた昴が視線を落とすと、病室のカーテンの陰から一匹の三毛猫が姿を現した。
白地に黒と鮮やかな茶色の斑模様。鍵型に曲がった短い尻尾をパタパタと振り、黄金色の大きな瞳でふたりを交互に見つめている。
「猫……? どこから入ってきたんだ。ここは4階だぞ」
昴が驚いて目を丸くすると、包帯の巻かれた手を窓枠に置いていた鈴が、ふふっと小さく微笑んだ。
「大丈夫だよ、昴。この子、怪しい猫じゃないよ」
「知ってるのか?」
「ううん、うっすら噂で聞いたことがあるの。事件を起こして心を閉ざした人たちの前に、どこからともなく現れる不思議な『旅する三毛猫』がいるって」
三毛猫はトコトコと二人の足元へ歩み寄ると、まず昴のジーンズの裾に「ごん」と頭を押し当ててきた。
「うおっ……急になんだよ」
昴が戸惑いながらも屈み込むと、三毛猫はそのまま鈴の足元へすり寄り、手元の包帯を愛おしそうに前足でちょんちょんと触れた。
「あたたかい……」
鈴がゆっくり腰を落とし、小さな手を伸ばすと、三毛猫は待っていましたとばかりに指先に頭を摺り寄せてきた。
「ゴロゴロ……ゴロゴロ……」
深くて心地よい喉鳴りが、朝の静かな病室に響きわたる。
「君、お名前はなんていうの?」
鈴が優しく問いかけると、三毛猫は胸を張り、誇らしげに鳴いた。
「ミャア」
「ミャアちゃん……って言うの? 可愛いお名前」
「自分で言ったのか……? 変わった猫だな」
昴もおそるおそる手を伸ばし、ミャアの背中を撫でてやる。ミャアは目を細め、二人の手の中で気持ちよさそうに身を委ねた。
昨夜までの命がけの戦い、極限の緊張、そして互いを守り抜いた胸の熱さ。
重苦しかった出来事の余韻が、ミャアの柔らかい毛並みと体温を通して、すーっと穏やかな日常の温度へと溶けていく。
「ねえ、昴」
「ん?」
「ミャアちゃんもね、星と音の仲間かもしれないよ」
鈴がミャアの鍵しっぽを撫でながら微笑む。
「どういう意味だ?」
「だって、星みたいにどこからか現れて、鈴みたいな綺麗な声で鳴くでしょ? 引き合って、ここにやってきたんだよ」
昴は少し照れたように視線を逸らした。
「……そうかもな。変なタイミングで現れるやつだけど、なんだか心が落ち着く」
「ふふ、でしょ? 私ね、ずっと一人で抱え込んで『使う側』でいなきゃって思ってたの。でも、助けられて、守られて……こうしてミャアちゃんを撫でてる今、本当に生きてて良かったなって思う」
鈴の瞳に小さな涙が浮かぶ。
「……これからは、一人で抱え込むなよ。俺も……守る怖さを知りながら、お前の隣にいるから」
昴がまっすぐな瞳で伝えると、鈴は涙を拭い、今日一番の笑顔を見せた。
「うん。約束ね、昴」
「にゃあ」
ふたりの会話に同意するように、ミャアが短く力強く鳴いた。
ふたりの絆が深まり、新しい日常への一歩を踏み出したことを確かめると、ミャアはスッと立ち上がり、窓辺へと跳び乗った。
「あ……ミャアちゃん、行っちゃうの?」
鈴が声をかけると、ミャアは振り返り、鍵型の尻尾をフリフリと揺らした。
「そっか。お前も次の場所へ行くんだな」
昴が静かに頷く。
「ミャアちゃん、助けてくれてありがとう。気をつけてね」
鈴が手を振ると、ミャアは「ミャー」と優しく一声残し、開いていた窓の隙間から、朝日が眩しく輝く外の世界へとしなやかに飛び出していった。
風がふっと吹き抜け、カーテンが柔らかく揺れる。
「……行ったな」
「うん。でも、きっとどこかで誰かを救ってるね」
窓辺に並んで立つふたり。
遠くで鳥の声が聞こえ、街が完全に目を覚ましていく。
星は昴で、音は鈴。
そして、ふたりを結びつけた一瞬の風のような三毛猫ミャア。
形を変えた新しい日常の中で、ふたりはしっかりと手を重ね合い、まばゆい朝の光の中へと歩み出していくのだった。
病院の屋根を飛び越え、朝の街を滑るように走る三毛猫ミャア。
公園のベンチでWEB小説を書く中学生から始まり、時空を超えた名探偵の街角、潮風そよぐ美浜村、ストリートピアノの響くモール、シロツメクサのグラウンド、そして傷つきながらも守り合ったふたりの病室へ。
幾つもの物語を旅してきたミャアは、一軒の子ども食堂の前で足を止めた。
次は、女子中学生の思い違いで、素敵なクラスの男子の良さが中々分からなかったという物語
ーキライの向こう側…での旅です。
星は昴ーそれでも僕は彼女を守りたかったーもストーカーに鈴が狙われる物語です。
そのストーカーは見るからに悪者ならまだ分かりやすいですが、周囲を味方につけるストーカーなのですよ
だから、厄介なのです
鈴も生活に追われて幼い双子の弟たちもいるので、時間が自由になる安直な稼ぎ方を選んだためにストーカーに目をつけられるというとんでもない目に遭います。
まあ、これはフィクションですが。
一見平和そうに見える社会でも、どこに落とし穴があるか分からないです。
日常的な学校や職場でもです。




