第7話 いまだゆずる
「世界樹の周囲には、瘴気に侵され魔獣と化した獣どもがおります」
王は深く頭を下げた。
「世界樹へ至る道は、我らが命に代えても切り開きます」
神官も、騎士たちも、居並ぶ貴族たちも。
誰一人として顔を上げない。
「どうか……」
「どうか我らに、お力をお貸しくださいませ」
静寂が広間を包んだ。
隣を見ると、蓮斗様は唇をきゅっと噛み締めている。
迷っているのかな……。
そんなことを思っていると。
「君は、どう思う?」
不意に蓮斗様がこちらを向いた。
「へぁい?」
……しまった。
また噛んだ。
穴があったら入りたい。
「え、えっと……」
頭の中が真っ白になる。
蓮斗様が、私の意見を聞いている。そんなこと、想像もしていなかった。
(ど、どうしよう……)
必死に言葉を探す。そして、ようやく絞り出した。
「えっと……」
ごくりと唾を飲み込む。
「後悔しない方を、選びましゅ」
…………。
噛んだ。また噛んだ。
(何故、このタイミングで噛むのよ、私ぃぃぃぃ!)
恥ずかしさで顔が熱い。
目なんて、とても合わせられない。
尊すぎる。
無理。
私は俯いたまま、ぎゅっとスカートの裾を握り締めた。
(大丈夫か、私……。)
「……そう、か」
蓮斗様は静かに目を閉じ、小さく息を吐いた。
「俺は、世界樹を倒しに行こうと思う」
その言葉に、大広間がざわめく。
「元の世界には帰れないみたいだし。だったら、少しでも住みやすい世界になればいいと思うんだ」
やっぱり。
蓮斗様なら、そう言うと思った。
「君は……」
優しい瞳が私へ向けられる。
「ここに残った方が安全だと思うよ」
その一言で、心臓が止まりそうになった。
置いていかれる。
その考えだけで、目の前が真っ白になる。
それだけは、それだけは絶対に嫌だ。
「あ、あのっ!」
気づけば声を上げていた。
「わ、私にもお手伝いさせてください!」
必死に頭を下げる。
「足手まといには、なりませんから!」
お願いします。置いていかないで。
その言葉だけは、喉の奥で飲み込んだ。
「でも、危ないよ?」
蓮斗様は困ったように微笑んだ。
その優しさが胸に刺さる。
「あ、危ないのは、れ……」
しまった。
危うく名前を呼ぶところだった。
(じゃない! 名前知ってるとか、さすがにヤバい!)
慌てて言い直す。
「勇者様も、同じですよね?」
蓮斗様が少し目を瞬く。
「私、体力には自信があります!」
必死に言葉を重ねる。
「走るのも得意ですし、荷物持ちだってできます!」
「絶対に足手まといにはなりません!」
「頑張ります!」
お願いです。
置いていかないで。
その一言だけは、最後まで飲み込んだ。
「勇者様って」
蓮斗様は少し照れくさそうに笑った。
「俺は塚原蓮斗」
そう言って、穏やかに手を差し出す。
「よろしくね。」
(はわわわわわっ!!)
また笑った。
もう無理。
尊い。
「は、はひぃ!」
勢いよく頭を下げる。
「ぃまだゆずぅですっ!」
「よ、よろしくお願いします!」
噛んだ。
盛大に噛んだ。
蓮斗様は一瞬きょとんとして、それから苦笑する。
「いまだ……ゆずるさん?」
「よろしくね」
違う。
違うんです。
でも訂正する余裕なんてどこにもない。
(あぁもう~~~っ!)
(またカミカミだよ~~~っ!!)




