第14話 教育的指導
「おらおら! 足が止まってんぞ! それでも勇者様かよ!」
……チッ。
またアイツか。
一度、〆ておくか。
王宮騎士団にいる、蓮斗様と同い年くらいの何とかという小僧だ。
名前は覚えていない。
覚える必要もない。
ああして蓮斗様へ過剰な訓練を行い、何度も木剣を叩き付けている。
蓮斗様は「訓練だから」とおっしゃる。
違う。
あれは私怨が混じっている。
私には分かる。
蓮斗様には常に防御魔法を掛けているから、まだこの程度で済んでいる。
掛けていなければ、とっくに骨の一本や二本は折れていた。
そのくらいの力で振っている。
……いい加減、殺す。
今日の訓練も終わり、蓮斗様は訓練所を後にされた。
私はいつものように、気付かれない程度に回復魔法を掛ける。
一気に治してしまうと、
「それじゃ訓練にならないよ」
と蓮斗様がおっしゃるからだ。
本当は一瞬たりともお痛みなど感じていただきたくはない。
でも、お部屋へ戻られる頃には痛みがなくなるよう、少しずつ回復させている。
今日は蓮斗様とお部屋へ戻る役目はドッペルゲンガーの私に任せた。寸分違わぬ私のコピー体だ。蓮斗様はお気付きになられてはいない。
そして入れ替わった私は、あの身の程を弁えない痴れ者へ教育的指導を行う。
「エドガー様。私にも稽古をお願いできますか?」
にっこりと笑って声を掛ける。
エドガーは怪訝そうな顔をした。
「え? 女性に剣なんて向けられませんよ。それより、お時間があればご一緒にお茶でも――」
「私は稽古をお願いしたんですよ」
ドンッ。
言い終わるより早く、木剣の切っ先が肩当てを貫いた。
エドガーは悲鳴を上げる間もなく吹き飛び、地面へ転がる。
「あぁ、木剣って脆いんですね」
一突きで折れてしまった。
私は残った柄を放り捨て、影から新たな剣を作り出す。
「な……な……」
鎧を着たまま起き上がれないらしい。
仕方がない。
影の剣を首へ巻き付け、そのまま吊り上げる。
少し首が締まっているようだけれど、大丈夫だろう。
「ちゃんと立ってください」
よいしょ、と立たせる。
「まずは肩に三発」
私はその場から一歩も動かず、影の剣で三連続の突きを放った。
左肩が鎧ごと弾け飛ぶ。くるくると左腕が飛んでった。
「次は胴です」
横薙ぎの一撃。
プレートメイルが紙細工のようにひしゃげた。
「それと、体当たり」
影を大盾の形にして突撃する。
エドガーは訓練場の端まで吹き飛んだ。
「何をする!」
騎士団長が慌てて駆け寄ってくる。
「何って」
「エドガー様が蓮斗様に行っていた訓練のおさらいですよ」
私は倒れたエドガーの前まで歩き、影で右膝を踏み砕いた。
「ほら、立って。それでも王国の騎士ですか?」
影で身体を起こし、そのまま放り投げる。
「やめなさい! やめるんだ! やめろ!!」
騎士団長が二人の間へ飛び込んだ。
「なぜ止めるんですか?」
「当たり前だ! やり過ぎだ! こんなものは訓練ではない!」
私は首を傾げた。
「おかしいですね」
「蓮斗様は、これと同じことをこの男にされていましたが?」
「勇者殿はこんな怪我などしていないだろう!」
「当たり前です」
私は静かに答える。
「私が防御魔法をかけていましたから」
「掛けていなければ、蓮斗様もこうなっていました」
騎士団長の顔から血の気が引いていく。
どうやら、ようやく理解したらしい。
私はかなり怒っている。
だから圧が漏れてしまうのは、仕方のないことだった。
「蓮斗様は『訓練だから』と、おっしゃっておりました」
私は騎士団長から目を逸らさず、静かに言う。
「では、騎士団長様はどうお考えでございますか?」
騎士団長は言葉を失ったまま動かない。
「私はどうにも納得できかねましたので、エドガー様におさらいをお願いしたのですよ」
訓練所は水を打ったように静まり返っていた。
「ところが騎士団長様は、『これは訓練ではない』とおっしゃる」
私は一歩、騎士団長へ歩み寄る。
「どういうことでございましょう?」
「納得のいくよう、ご説明いただけますか?」
さらに一歩。
「それとも、騎士団長様ご自身が、エドガー様へこのような訓練を蓮斗様に施すよう、ご指示なさったのでしょうか?」
騎士団長の額から汗が一筋流れ落ちる。
「さあ」
私は微笑んだ。
「お答えください」
一拍置いて、笑みだけを残したまま告げる。
「……さっさと答えろ」
「……も、申し訳ない。」
騎士団長は苦しそうに言葉を絞り出した。
「私の監督不行届だ」
「そうですか」
私は小さく頷く。
「では、アレの処分は?」
訓練場の端で転がっているエドガーを顎で示した。
「……謹慎だ」
「処分は?」
騎士団長は口を閉ざした。
なるほど。
高位貴族の子弟か。
だから切れない。
「そうですか」
「謹慎、ですか」
私はため息を一つ吐いた。
「そちらで処分できないのでしたら、こちらで跡形もなく消しますが?」
「ち、違う!」
騎士団長は慌てて叫ぶ。
「懲戒解雇だ! 懲戒解雇にする!」
「そうですか。」
私は笑顔で頷いた。
「次はありませんよ?」
「今後アレが、蓮斗様の前へ現れるようなことがあったなら――」
一歩だけ騎士団長へ近付く。
「沈めるからな」
それだけ告げて踵を返す。
やれやれ。
思ったより時間を取られてしまった。
急がないと、蓮斗様がお部屋でお待ちになっている。
全く。
一々教育的指導をしないと分からない人間が多くて困ります。
やはり異世界では常識が違うのでしょうか。
蓮斗様へ害をなしてはいけない。
そんな当たり前のことすら理解できないとは。
文化の違いとは恐ろしいものです。




