第10話 闇魔法
この頃から、蓮斗様の周囲は少しずつ不穏になってきた。
夜になると、私は誰にも知られぬよう魔法の研究を続けていた。
試行錯誤を重ねるうち、自分の適性が闇魔法であることが分かった。
気配を探る。
自らの気配を消す。
影から触手を伸ばす。
影の中へ物を収納する。
どれも隠密行動にはうってつけの魔法だった。
さらに研究を進めるうち、呪詛や隷属魔法といった術も扱えるようになっていった。
その成果が、思わぬ形で役立つ日が来る。
ある夜のことだった。
気配察知の魔法に、微かな反応が引っ掛かった。
──蓮斗様の部屋。
私は考えるより先に廊下を駆けた。
扉の前で足を止める。
……鍵が、開いている。
音を立てぬよう扉を押し開け、気配を消したまま室内へ滑り込む。
薄暗い部屋の中。
一人の女が衣服を脱ぎ捨て、蓮斗様の眠る寝台へ忍び寄っていた。
……なるほど。
今度は、そういう手ですか。
女は眠る蓮斗様へ手を伸ばす。
その瞬間。
床に落ちた影が静かに揺らいだ。
黒い触手が音もなく伸び、女の足首を絡め取る。
「え──」
悲鳴を上げる暇すら与えない。
影は女の身体を一息に飲み込み、その姿は闇の中へ消えた。
部屋は再び静寂に包まれる。
私は耳を澄ませた。
規則正しい寝息。
……よかった。
蓮斗様は目を覚ましていない。
私は安堵の息を吐くと、影の中でもがく女へ静かに視線を向けた。
さて。
この痴女を、どうしてくれようか。
この女の処遇は後で考えるとして、先ずは蓮斗様の安全確保だ。
私は先ほど読んでいた結界の魔法を試してみることにした。
蓮斗様のお部屋全体を、透明な壁で包み込むようにイメージする。
空気は淀まないよう流動する。
外からの力では壊れないよう硬く。
攻撃は弾き返すように。
魔法は無効化するように。
そして──。
蓮斗様が安心してお休みになれるよう、快適な温度と湿度を保つ。
ゆっくりと魔力を巡らせ、最後に小さく呟いた。
「──《結界》」
透明な膜が部屋を静かに包み込む。
見た目には何も変わらない。
けれど、これで少なくとも今夜は安心だ。
規則正しい寝息をもう一度確認すると、私は静かに部屋を後にした。




