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【下剋上編】 第十八段 兼好、久秀の気配を感じ取る

【下剋上編】 第十八段 兼好、久秀の気配を感じ取る


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これが、この長い記録の一区切りとなる段だ。ここ数十年、我は数多の下剋上を見届けてきたが、最後にもう一つ、大きな転機があったので書き記しておこうと思う。

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篁様へ申し上げ候。

此度、下界にて見届け候仔細、左の如くに候。

享禄四年、あの細川高国、ついに最期を迎え候。晴元・元長方との合戦に敗れ、大物の地にて藍染屋の甕に身を隠し候えども、程なく見つかり捕らえられ、自刃を遂げ候。政元の死より二十四年、実に長きにわたりし細川家の内訌、これにてようやく一つの決着を見たる仕儀に~~~~~

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現代語訳

篁様、報告します。

今回見たことを書いておきます。

享禄4年(1531年)、あの細川高国がついに最期を迎えました。晴元・元長方との合戦に敗れ、大物の地で藍染屋の甕に身を隠しましたが、間もなく見つかって捕らえられ、自害しました。政元の死から24年、実に長く続いた細川家の内紛は、これでようやく1つの決着を見ることになりました。

ただ、勝利を収めた元長にも安らかな日々は訪れませんでした。翌享禄5年(1532年)、主君の晴元は、あまりに力をつけすぎた元長を疎んじて、一向一揆の大軍をけしかけました。堺の顕本寺に追い詰められた元長は、腹を十文字にかっさばき、無念のあまり臓物を天井に投げつけて果てました。享年32。

元長の跡は、わずか11歳の嫡男・千熊丸が継ぎました。之長・元長と、2代にわたって非業の最期を遂げた一族の、3代目にあたる幼い当主です。

こういう混乱の最中、俺はふと、思いだしました。

以前書いた、名もない子として生まれ、「いずれこのような子が歴史の表舞台に立つかもしれない」と書き記した、あの久秀という者です。

下界の噂によれば、この者は今や25、6歳ほどの歳になり、幼い三好家当主に仕える1人の書記役として、その名が知られ始めています。

早雲、経久、之長、あの美濃の長井新左衛門尉、元就――俺がこれまで見てきた数多くの下剋上の担い手たちは、いずれも自分の手で城や国を切り取ってきた者たちでした。

ですが、この久秀という者は、まだ剣ではなく筆で、静かに主家の中に地歩を築きつつあるように見受けられます。この者がこの先どういう道を辿るのか、私にはまだ判断がつきませんが、これまで見てきたどの者とも違う、新しい形の下剋上を体現する者になるかもしれないと、少し妙な予感がしています。

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腹を十文字に切り、臓物を天井に投げつけて死ぬ。これほど壮絶な最期を遂げた元長の跡を、まだ十一の子どもが継ぎ、その幼き当主のもとに、あの久秀が仕え始めている。之長の代から数えれば、三代にわたる一族の因縁と、名もなき赤子だった男の人生が、ここでゆっくりと交わり始めている。

思えばこの数十年、我は伊豆の城、出雲の城、越前の国、美濃の国、安芸の国と、あちこちで下剋上の芽吹きを見てきた。それぞれの場所で、それぞれの者が、それぞれのやり方で古い秩序を食い破ってきた。だが、この久秀という男が、これから先どのような形でこの時代を生きていくのか、そしてこれまで見てきた者たちの誰とも違う道を歩むのか、それとも同じ轍を踏むのか、それはまだ我にも分からない。


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