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【下剋上編】 第十九段 尾張・織田信秀

【下剋上編】 第十九段 尾張・織田信秀


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早雲が友誼を装って小田原城を奪ったという話を、以前書いたことがある。今回書く尾張の男もまた、よく似た手口を用いた。しかも、この男の家柄が、実に入り組んだものだったので、まずはその説明から始めようと思う。

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篁様へ申し上げ候。

此度、下界にて見届け候仔細、左の如くに候。

尾張国、もとは斯波家の守護国にて候えども、実権はすでに守護代・織田家の手に移り、その織田家もまた大和守家・伊勢守家の二流に分かれ、互いに勢力を競い候。この大和守家に仕える家臣の一に、清洲三奉行と申す三家あり、その一つが弾正忠家、すなわち織田信秀の家系にて~~~~~

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現代語訳

篁様、報告します。

今回見たことを書いておきます。

尾張国は、もともと斯波家の守護国でしたが、実権はすでに守護代の織田家の手に移り、その織田家もまた大和守家・伊勢守家の2つの系統に分かれて、互いに勢力を競っています。この大和守家に仕える家臣の1つに、清洲三奉行という3つの家があり、その1つが弾正忠家、つまり織田信秀の家系です。

守護の下の守護代、その下の家臣、そのまた1つ下の家。

信秀は、こういう幾重にも連なる主従関係の、いちばん下から出てきた身ですが、父・信定の代から、伊勢湾に近い港町・津島を押さえて、商いの富で力を蓄え始めました。信秀はこれを受け継ぎ、着々と勢力を広げていきました。

天文7年(1538年)、信秀は今川一族の今川氏豊が城主を務める那古野城を、奇策で奪い取りました。以前から蹴鞠の会などを催して、氏豊とは親しく交わっているように装いながら、裏では城を奪う機会を窺っていたそうです。あの早雲が小田原を奪った手口とよく似たものだと思います。

こうして信秀は、守護でも守護代でもない、家臣のそのまた家臣という低い身分から、尾張国内に確かな地歩を築くに至りました。主家の大和守家さえ、今では信秀の勢いに押されつつあるようです。

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守護、守護代、その家臣、そのまた家臣。これほど幾重にも重なった序列の、いちばん底から這い上がってくる者がいるとは、我も正直驚かされた。伊豆の早雲も、美濃の新左衛門尉も、そしてこの尾張の信秀も、いずれも似たような手口――親しい相手を欺いて城を奪う――を使っている。これがこの時代の「作法」だとすれば、もはや誰も心から人を信じられぬ世になってしまったのかもしれない。


応仁の乱の後、数十年間、すさまじい勢いで下界が変わったのを振り返ると、恐ろしさすら覚える。

次に筆を執る時には、下界がどのような有様になっているのか、いささか心待たれることよ。



兼好法師の黄泉報告書【下剋上編】

----完-----

兼好法師の黄泉報告書【下剋上の結末編】へ続く


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