【下剋上編】 第十六段 美濃のこと
【下剋上編】 第十六段 美濃のこと
-------------------
朝倉の越前、尼子の出雲、三好の阿波と、ここまで西国・北国の話ばかり書いてきたが、東海道を挟んだ美濃国でも、また別種の下剋上が進みつつある。今回はその兆しについて書いておこうと思う。
________________________________________
篁様へ申し上げ候。
此度、下界にて見届け候仔細、左の如くに候。
美濃国、土岐家の家督を巡り、兄・頼武と弟・頼芸、長きにわたりて争い続け候。父・政房、弟の頼芸を寵愛せしことより火種生じ、永正十四年より数年にわたりて合戦を繰り返し候。頼武方には守護代・斎藤氏、頼芸方には小守護代・長井氏がそれぞれ与し、いずれが勝つとも定めがたき~~~~~
________________________________________
現代語訳
篁様、報告します。
今回見たことを書いておきます。
美濃国では、土岐家の家督を巡って、兄の頼武と弟の頼芸が長い間争い続けています。父の政房が弟の頼芸を可愛がったことから火種が生まれ、永正14年(1517年)から数年にわたって合戦を繰り返していました。頼武方には守護代の斎藤氏、頼芸方には小守護代の長井氏がそれぞれ味方していて、どちらが勝つとも決めがたい有様です。
俺の目に留まったのは、この長井氏に仕える1人の男です。名を新左衛門尉というそうです。もとは京都の僧侶だったとも、油を売る商人だったとも、下界の噂ははっきりしませんが、長井家の中で次第に頭角を現し、いつの間にか長井の名字を名乗るまでになりました。
こういう素性の知れない者が、主家の内紛に乗じて力をつけていく様子は、これまで見てきた早雲や経久の姿と重なるものを感じます。この者、いずれ美濃の政治に大きく関わってくるかもしれないと思いますが、まだその行く末ははっきりしません。
________________________________________
僧だったのか、商人だったのか、それすら定かでない者が、いつの間にか一国の内紛の一角に食い込んでいる。素性の知れなさというのは、この時代においては、もはや不利にはならないらしい。むしろ、しがらみのなさこそが武器になっているようにさえ見える。この男が、この先どこまで伸し上がっていくのか、我には見当もつかないが、しばらく目を離さずにいようと思う。




