【下剋上編】 第十二段 三好之長の台頭
【下剋上編】 第十二段 三好之長の台頭
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澄元に仕える三好之長という男について、少し調べてみたところ、思いがけない発見があった。この男、実はあの応仁の乱の頃から、すでに戦場に立っていたというのだ。
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篁様へ申し上げ候。
此度、下界にて見届け候仔細、左の如くに候。
三好之長、阿波国の生まれにて、阿波守護家たる細川讃州家に仕え候身にて候。かの応仁の乱の折には、若くして東軍に加わり、京にて戦い候由に候。あの乱より、すでに幾十年もの歳月流れ候えども、之長、いまだ壮健にて戦場に立ち続けておる由、我にとりても感慨深きことに~~~~~
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現代語訳
篁様、報告します。
今回見たことを書いておきます。
三好之長は阿波国の生まれで、阿波守護家である細川讃州家に仕える身です。あの応仁の乱の際には、若くして東軍に加わり、京都で戦ったそうです。あの乱からすでに何十年もの歳月が流れていますが、之長は今もなお壮健で戦場に立ち続けているということで、私にとっても感慨深いものがあります。
阿波細川家に仕える傍ら、本家である京兆家の政元にも仕えていて、いわば両属の立場だったようです。細川家に澄元が養子として迎えられた頃から、之長はこれを支えて各地を転戦し、畿内にも大きな影響力を持つようになりました。
先ほど書いた通り、政元亡き後の家督争いでは、之長は澄元の家老として、如意ヶ嶽・船岡山と、度重なる合戦の矢面に立ちました。いずれも負け戦となって阿波への敗走を余儀なくされましたが、その都度しぶとく体勢を立て直し、再起を図る様子は、本当にただ者ではない執念だと見受けられます。
之長は、もともと細川家の一介の家臣に過ぎない身ですが、その実力はもはや主家に劣らないものになりつつあると、私には見えます。
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応仁の乱の頃、京の内外で名もなき兵の一人として戦っていたであろう若者が、幾十年の時を経て、今や一つの家の命運を左右するほどの力を持つに至った。あの乱を見届けた我にとって、これほど時の流れを実感させられる話もそうそうない。負けてもなお立ち上がり続けるこの男の執念が、この先どこまで実を結ぶのか、あるいはどこかで途切れてしまうのか。




