ep36:孤児院訪問準備
ルナが美月ちゃんだと確信した私と陽太くんは、エトワール国立孤児院の訪問に持っていく差し入れの準備を始めた。
「なんと、アストル殿下も料理を嗜まれるのですか」
「カレンを見ていたら、作ってみたくなったのですよ」
アストルとして生きてきた陽太くんは、転生してから料理を作っていない。
だから彼は、初心者のフリをしていた。
でも、私は知ってる。
陽太くんは手際が良くて、調理作業スピードは私や美月ちゃんよりもずっと速い。
「で、殿下、本当に初心者なのですか?」
爆速でジャガイモの皮を剥く異国の王子なんて、シェフもビックリよね。
キャベツの千切りなんて、普通の料理人の三倍速いのよ。
あっという間に下ごしらえが終わって山と積まれていく野菜を見て、料理人も侍女も驚き過ぎてフリーズしてしまったわ。
「刃物の扱いは慣れてますよ。何しろ剣士ですから」
って陽太くん、涼しい顔で言ってるけど。
料理人一同「そんなレベルじゃない気がする」って言いたそうな顔をしていた。
孤児院への差し入れメニューは、様々な具を挟んだサンドイッチ。
タマゴサンドは、茹で卵ではなくスクランブルエッグを挟む。
ハムサンドは、スライスキュウリを一緒に挟む。
カツサンド用のカツを揚げるついでに、コロッケも揚げてコロッケサンドも作る。
それらは全て、日向食堂で作られるオードブルのメニューだった。
(……懐かしい……大量注文が入ると三人で手伝ってたのに。今はおじさんとおばさんだけで忙しくしてるのかな……)
還らぬ日々を思うと、胸の奥が痛くなる。
子供がいなくなった日向食堂は、一体誰が継ぐのかしら。
もしかしたら、おじさんとおばさんの代で終わってしまうのかもしれない。
ふと横目で陽太くんを見たら、彼も懐かしそうな、ちょっと寂しそうな眼差しでサンドイッチを見つめている。
けれど、すぐに私たちは気持ちを切り替えて、サンドイッチをバスケットに詰め始めた。
ミシオン家所有のバスケットには、料理の鮮度を保つ魔法がかかっている。
取り出すまで作り立ての美味しさが保てるのが自慢の魔道具だった。
「そろそろ外出着に着替えようか」
「ええ」
差し入れの準備が整うと、私たちはそれぞれの部屋へ着替えに向かう。
陽太くんの部屋は、私の部屋の隣に用意されていた。
侍女たちが付き添って部屋に入り、着替えを手伝ってくれる。
陽太くんはソレイユでは自分で着替えているみたいだけど、ここでは王族らしく侍女に手伝わせていた。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
私が着替えを終えて玄関から出ると、陽太くんは既に着替え終えていて、馬車の前で待っていた。
差し伸べられる手を取り、私たちは馬車に乗り込む。
付き添いの侍女がバスケットを運んできて、馬車の座席に置くと御者の隣に座った。
走り出す馬車の中で、私たちはこれからのことを小声で話し合う。
「あのイベントまで、あと何日だったっけ?」
「あと二週間ね」
「攻略対象は鍛えられていないから、ルナだけが頼りか」
「アランが巻き込まれて怪我をしないか心配ね」
私たちは、ルナの今の状況を知らない。
中の人が美月ちゃんなら、何か対策は考えているかもしれないけれど。
お菓子作りにハマッているレグルスやアルデバランは、あまり強そうに見えない。
二週間後。
エトワールの王都ウルバンを魔族が襲う。
聖女の力を隠して活動するルナは、どう対処するのかしら?
勇者の力を隠しているアストルと、悪役令嬢をやめたカレンに手伝えることはあるのか知りたい。




