ep35:美月視点05
カレンが私に歩み寄ってくる。
この世界に来て初めて顔を合わせた彼女は、ゲームとは全然違う表情を浮かべていた。
「素敵な飾り切りを、ありがとう」
穏やかで、優しい微笑み。
彼女がゲームの悪役令嬢と同じ人物だなんて、とても思えない。
「よく分かりましたねミシオン嬢、そうです、彼女が飾り切り担当のルナですよ」
カレンの背後にいるレグルスが、笑顔で私を紹介した。
つまり。
カレンは教えられなくても、飾り切りを用意したのが私だと分かったということね。
それに、彼女は12年前、肉じゃがコロッケを孤児院に差し入れてくれた。
コロッケは、この世界には存在しなかった食べ物。
しかも、日向食堂の味を忠実に再現したコロッケなんて、作れる人は限られている。
懐かしくて切なくて、鼻の奥がじんわり痛む。
でも、こんなところで泣いたら変だし、私は必死で涙を堪えた。
「お褒め頂き、ありがとうございます。12年前、お嬢様に肉じゃがコロッケを御馳走して頂いた、孤児のルナでございます」
「まあ、あのときのことを覚えていてくれたのね」
コロッケの話をした途端、カレンの両目が少し潤む。
彼女も私と同じで、泣くのを堪えているのが感じられた。
「目と舌を楽しませてくれて、ありがとう。孤児院訪問のときは、差し入れをたくさん持っていくよ」
「ありがとうございます!」
アストルも歩み寄ってきた。
彼はゲームでは暗い雰囲気で表情が乏しかったけれど、この世界では爽やかな笑顔の好青年になっている。
転生者なのかな?
ゲームと違って魔王に洗脳されてないからかもしれない。
そんなことを考えていたとき、広間に音楽が流れ始めた。
宮廷楽師たちが楽器を手に、ダンスのための音楽を奏で始める。
ダンスタイムは、今日のパーティの主役たちが最初に踊ることになっていた。
「カレン、おいで」
「はい」
アストルが笑顔で差し伸べる手をとり、カレンも微笑む。
人々の輪の中、開けた場所へと進み出ると、二人は優雅に一礼して踊り始めた。
シナリオが変わっていなければ、この光景は無かったでしょうね。
ゲームでは出会うことすら無かった二人が、婚約者となってエトワール城の大広間でダンスを楽しんでいる。
二人はお似合いのカップルに見えた。
アストルはカレンに甘い笑顔を向けているし、カレンは心の底から幸せそうな微笑みを浮かべている。
そんな二人を見た瞬間に、私は気づいた。
(アストルは、陽太だ……!)
カレンの笑顔に、幼い頃に陽太と一緒に滑り台を滑っていた華蓮ちゃんの笑顔が重なる。
少し頬を赤らめたキラキラ輝くような笑顔は、陽太だけに向けられるものだったから。
(華蓮ちゃんがあんな笑顔を向ける相手は、陽太しかいない!)
二人と話せないのが、もどかしい。
他の料理人たちと共に退室しながら、私は感情の昂ぶりを抑えるようにコックコートの裾を握りしめた。




