ep30:陽太視点02
俺がこの世界に転生して5ヶ月が過ぎた。
視力未発達でぼやけていた視界は、身体の成長とともにハッキリ見えるようになっていった。
ハイハイができるようになった俺は、今日もお城の回廊で赤ちゃん暴走族と化している。
赤ちゃんがハイハイできるようになるのは生後8ヶ月くらいが平均らしいが、アストルは身体能力が高いおかげで5ヶ月頃にハイハイができるようになった。
「アストル様、お待ち下さい~っ!」
「お部屋にお戻り下さいませ~っ!」
追いかけてくるのは、王妃付きの侍女2人。
名前は確か「サラ」と「ディナ」だったかな。
ベビーベッドから抜け出した俺を、部屋に戻そうと必死だ。
「もう、アストルったら……」
俺と並行して飛んでいるリゼはといえば……
「……面白いから手伝ってあげる!」
……止めるどころか、加勢するんだ。
リゼは俺に移動速度アップの精霊魔法をかけてくれた。
俺のハイハイがギュンッと加速して、侍女たちを一気に引き離す。
「「えぇっ?!」」
侍女たちが揃って驚きの声をあげる。
俺は彼女らを遥か後方へ置き去りにして、回廊を超高速ハイハイで進む。
俺は別に、侍女たちを困らせようとしてるわけじゃない。
筋力を鍛えたいだけなんだ。
生後5ヶ月の赤ん坊にできる筋トレといえば、ハイハイしかない。
「ふふっ、アストルは毎日元気ねぇ」
赤ん坊が城内を爆走しても動じないのは、シェリル王妃。
俺の現世の母は、少々のことでは慌てない。
庭園で優雅にお茶を飲みながら、回廊を爆速で通り抜ける我が子を眺めていた。
「おぉアストル、元気なのはよいが外には出るなよ。石ころなどで怪我をするからな」
同じく動じないのは、ソレイユ国王オロール。
現世の父も、赤ちゃんが侍女を振り切る速度でハイハイしていても驚かない。
回廊ですれ違っても笑顔で見送っていた。
ハイハイ暴走タイムは、俺の体力が尽きたところで終了する。
俺はその場で停止して、うつ伏せ寝でウトウトし始めた。
回廊の途中で寝落ちても大丈夫ってことを知っているからね。
「こらこらアストル、寝るなら部屋に戻らなきゃ」
眠りかける俺を、抱き上げて部屋まで運ぶのは、第一王子アレクサンドル。
不思議なことに、俺がどこで寝落ちても、必ず見つけて部屋まで運んでくれるんだ。
「アレクサンドル様、ありがとうございます」
侍女たちはゼエゼエと息を切らして部屋まで来ると、ベビーベッドで寝ている俺を見て安堵のため息をつく。
振り回されたことを怒りもせず、膝や袖口が少し汚れたベビー服を着替えさせたり、手足や顔を拭いたりしている。
ハイハイ筋トレを始めてしばらく経つと、「つかまり立ち」ができるようになった。
しかし俺の場合は、何かにつかまって立つという普通の赤ん坊の行動ではない。
「「えぇぇっ?!」」
サラとディナは、今日もあたふたしている。
ベビーベッドの柵を掴んで「懸垂」する赤ん坊なんて、滅多にいないだろうな。
柵を掴んでブラーンとぶら下がるくらいなら、普通の子もやると思うけど。
俺のは筋トレ目的なので、柵を掴む両手よりも高い位置まで顎がくる。
「あああ、アストル様、お、おやめ下さいませ!」
サラが俺を抱えて柵から引き離そうとするが、俺はギューッと柵を握り込んで離さない。
赤ん坊の握力は案外強い。
ベビーベットが引きずられて、位置がズレていくだけだった。
「まあアストル、力持ちね」
母はといえば、窓辺で刺繍をしながら笑顔で眺めている。
赤ん坊が爆走したり懸垂したりするけれど、ソレイユ城内は今日も平和だ。
多分、誰もこの先の悲劇なんて思いつきもしないだろう。
この幸せな年月を、のんびり過ごすわけにはいかない。
俺の努力とそのわけを知っているのは、契約精霊のリゼだけだった。
◇◆◇◆◇
転生してから1年が過ぎた。
のんびりした家族や、心配性の侍女たちに見守られながら、俺はすくすく育っている。
爆走ハイハイ、つかまり立ち懸垂の期間を経て、生後7ヶ月から歩き始めた俺は、1歳になる頃には走り回れるようになっていた。
「「「アストル、誕生日おめでとう!」」」
両親と兄が、誕生日を祝ってくれた。
庭園に白い丸テーブルと椅子が置かれ、テーブルにはケーキやお菓子やお茶が並べられている。
赤ん坊の小さい手でも持ちやすいカップに入ったミルクもあった。
「ありあとごじゃましゅ」
まだ発音は舌足らずだが、俺は喋れるようになった。
父、母、兄が、とろけそうな笑顔で聞いている。
家族に愛される喜びを感じる一方で、心の深いところで小さな痛みを感じた。
何かが、足りない。
この幸せな風景に、欠けているものがある。
(美月と華蓮ちゃんがいない誕生日なんて、初めてだな……)
温かいミルクを飲む合い間に、俺はカップの中に視線を落とす。
双子で生まれた前世では、誕生日は2人揃って祝われた。
その祝いの席には、幼馴染の華蓮ちゃんもいた。
2人が今ここにいないことが、寂しくて切ない気持ちを芽生えさせる。
「アストル? どうしたの?」
隣に座るアレクサンドルが、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
向かいの席にいる父と母も、困惑した顔でこちらを見ている。
俺は自分の頬に、ツーッと伝う涙があることに気づいた。
「んんっ、わかんにゃい」
俺は慌てて袖口で涙を拭い、笑顔を作った。
前世の事情は、誰も知らない。
説明できないから、涙の理由は分からないということにしておこう。
◇◆◇◆◇
ハイハイやつかまり立ちを卒業した頃から、俺はオモチャの木剣を振って遊び始めた。
もちろん、これも鍛錬のために。
子供がオモチャの剣を振り回すのは、珍しいことじゃない。
前世の俺も、小さい頃に傘を剣代わりに振り回して遊んでたからな。
前世との違いは、こうして遊びながらもステータスを確認しているところだろうか。
スキル欄に「剣術」が追加された。
ゲームの攻略対象キャラでは、エトワール王国の王太子レグルスが持っているスキルだ。
レグルスの初期ステータスでは「F」だったけど。
アストルのステータスでは、習得直後から1つ上の「E」になっている。
「アストル様、お小さいのに剣の扱いがお上手ですね」
「本格的に稽古を始められるときが楽しみですね」
部屋の外へ脱走されるよりはいいと思ったか、サラもディナも壁際で待機しながら笑顔で見守っていた。
誰にも邪魔されないので、俺は全力で木剣を振り回す。
やがて、体力を使い切り、その場に寝転がった。
「アストル様は、本当に体を動かすのがお好きですよね」
「アレクサンドル様が大人しい赤ちゃんでしたから、違いに驚くばかりですね」
俺をベビーベッドに寝かせて着替えさせながら、侍女たちが話している。
疲労が眠りを引き寄せ、2人の声が遠くなっていく。
普通、ここまで動き回る乳幼児はいないだろう。
しかし、この城の人々はおおらかなのか、細かいところは気にしないようだった。
◇◆◇◆◇
2歳になると、城の敷地内なら自由に歩き回れるようになった。
暗殺や陰謀などとは無縁のソレイユ城内は、今日も平和だ。
中庭の薔薇の植え込みに隠れてコッソリ水魔法を使っていた俺は、第二の契約精霊となる地の精霊と出会った。
「ねえ、君ってもしかして、いつも美味しい水をくれる人?」
初めて中庭で水魔法を使った日、精霊は穏やかな声で話しかけてきた。
俺は背後から話しかけられて、飛びあがりそうなくらい驚いたのだけど。
振り返ると、緑の髪と深紅の瞳に褐色の肌の小人がいて、すぐに地の精霊だと気付いた。
「水球を花壇や植え込みに落としていたことを言っているのなら、俺だよ」
「やっぱり。いつもありがとう。僕の姿が見えるってことは、君は勇者でしょう?」
魔力の残滓が見える精霊たちに嘘をついても無駄なので、俺は正直に答えた。
勇者の力を持っていることもバレたけど、精霊相手ならしょうがない。
「うん。でも他の人間にはまだ秘密にしておいてもらえるかな?」
「分かった。その代わり、僕とも契約してくれる?」
「いいよ」
こうして、新たに地の精霊との契約が成立した。
契約した地の精霊の真名は「ロジエール」。
愛称はロジェ、薔薇の木という意味らしい。
地の精霊との契約は、筋力を上げる効果がある。
この契約も、本来のアストルには無かったものだ。
いずれ魔族と戦うことになる俺としては、能力アップはありがたい。
◇◆◇◆◇
この世界へ転生して4年が過ぎた。
生後3日目から毎日魔力切れ寸前まで魔法を使い、体力を使えるだけ使って筋トレに励んだ俺は、同世代の子供とは格段に違う魔力と身体能力を手に入れている。
(……駄目だ、このままだと5歳までにあいつを退けるほど強くなれない……)
日々のステータスの上がり具合を見ていた俺は、深刻な状況に気づいた。
能力は確かに上がっている。
しかし、王国を滅ぼしにくる魔族に勝てるレベルじゃない。
4年間の努力の結果と、リゼやロジェとの契約効果で、今の能力値はこんな感じだ。
体力 B
魔力 B
筋力 A
知力 B
命中 B
速度 A
ゲーム【星空の彼方】の主人公なら15歳、ゲーム後半になってようやくBになるくらいだ。
それに比べれば、4歳でこの能力値は強くはある。
でも、国を焦土と化し、人々を全滅させるような高位魔族を相手にするには、力が足りない。
(……あれを手に入れるしかないか……)
俺は、勇者の能力値をブーストしてくれる物を知っている。
ゲーム終盤、アストルの霊から教えられた主人公たちが、瓦礫の山と化したソレイユ城跡で見つける装備。
あれなら、全能力値を+3にしてくれる筈だ。
「ねえアストル、この先にある物って……」
「もしかして、あれを取りに行くの?」
『うん、リゼとロジェが想像してる物だよ』
精霊たちと念話で話しながら、城内で最も高い塔の螺旋階段を、上へと進む。
普通の子供なら、途中で疲れ果てて座り込むような長い階段だ。
俺は立ち止まらずに、ひたすら足を動かし続けた。
ゲームの主人公が廃墟の中で見つける物。
今はまだ高い塔の上にある物。
それは、王家の初代国王となった勇者が、神から授かったと言い伝えられる聖剣だった。
「幼き勇者よ、よくここまで来たな」
塔の最上階。
大理石に似た石の台座に突き刺さった聖剣が、穏やかな雰囲気を漂わせつつ話しかけてくる。
「俺が勇者だと分かるのなら、力を貸してほしい」
俺は驚きもせず、聖剣に願う。
シナリオ通りであれば、アストルがこの剣を手にすることはない。
映画では、アストルは王家に伝わる聖剣の話を聞きつつも、自分が扱えるとは思っていなかった。
勇者となる筈だった少年は魔族に意識を奪われ、聖剣が納められた塔は大破するのが映画のラストシーンだ。
ゲームでは、瓦礫の中に剣と台座が埋もれていて、漏れ出ている光の粒だけがその在処を示していた。
俺は、映画と同じ運命を辿るのは嫌だ。
「しかし、我を振るうには、その手はまだ小さすぎるのではないか?」
金色に煌めく粒子を放ちながら、聖剣は更に言う。
手どころか、身長も足りないけどな。
聖剣はロングソードサイズ、両手で使うことを想定されたと思われる、長さは130cm近いものだ。
対する4歳児の俺は、平均よりは育っているものの、身長120cmくらい。
ロングソードを扱う以前に、背負うにしても腰に下げるにしても、間違いなく引きずるだろう。
「確かに、そのままだと使えないだろうね」
言いながら、俺は聖剣へと近づく。
台座に飛び乗って並び立つと、刀身が半分くらいまで台座に刺さった剣の柄に触れることができた。
勇者の力に反応して、聖剣が放つ光が強まる。
「でも、持ちやすいサイズに変えたらどうかな?」
俺は知っている。
聖剣がもつ特殊能力を。
「変化、短剣」
俺は、勇者権限で命じた。
聖剣は光に包まれて縮んでいき、ロングソードから短剣へと形を変えていく。
「なるほど。予備知識を得た上で来たのか」
「うん。出番がきたら呼ぶから、俺の中に隠れててくれる?」
「承知した」
短剣に変わり、スポッと引き抜かれながら、聖剣が納得している。
隠れるように言うと、短剣は光に変わった後、俺の左腕に吸い込まれていった。
「主よ、我の真名は【ポラリス】だ」
聖剣が告げた真名を、ゲームで知っていたことは黙っておこう。
隠し事をするつもりは無いけれど、説明が難しそうだからね。




