ep29:陽太視点01
意識が戻ったとき、聞き覚えのある男女の声が聞こえた。
誰だろう? 最近聞いた気がする声だけど、家族や友人たちの声じゃない。
目を開けても視界はぼやけたままで、人の顔も風景もほとんど分からなかった。
俺、どうしたんだっけ?
美月や華蓮ちゃんと一緒に、電車に乗ってた筈だけど。
途中で列車が大きく揺れて、咄嗟に2人を抱き寄せて庇ったところまでは覚えてる。
首の横を何かが掠って、今まで感じたことがないような激痛と同時に、首から凄い勢いで血が噴き出して、急速に意識が遠のいていったような……
……そこから、現在までの記憶が無い。
それにしても、間近で泣いてる赤ん坊、誰だ?
って思ったら、声は自分の口から出てる?
困惑していると、不意に誰かに抱き上げられた。
身体に、凄い違和感がある。
そもそも、身長180センチ超えの俺が、そんな軽々と抱き上げられるか?
「おお、幼いながら美しい顔をしておるな」
「陛下と同じ、夏空のように青く澄んだ瞳ですわ」
男性と思われる低く深みのある声と、女性らしい柔らかく澄んだ声が聞こえる。
その会話を、ほんの少し前にも聞いた気がする。
どこで聞いたんだっけ?
視界がぼやけていてよく分からないが、2人に顔を見つめられてるような気配を感じる。
「髪はそなたと同じ黄金色か」
「光属性を持っているかもしれませんわ」
んんっ?
なんか、中二病ハートをくすぐるワードが出たような?
意識を失う前の記憶と、身体が小さくなってるらしい今の状況、まさか……
……って考えてたら、俺を抱えていた男性らしき人物は、ベッドに横たわっているっぽい女性の横に俺を寝かせた。
それから告げられた言葉は、俺を仰天させるものだった。
「この子の名はアストルにしよう。アストル・プランス・ル・ソレイユだ」
ちょっと待て!
その名前は……
「ありがとうございます。この子も乳母には預けず、わたくしが育てますわ」
「それがよかろう。聖女の力をもつそなたが育てたなら、心身共に健やかに育つであろう」
この2人のやりとりも、少し前にも聞いた記憶がある。
実在の人物ではなく、映像の中で。
映画【星空の彼方~亡国の王子~】。
その冒頭シーンと同じじゃないか!
俺は、どうやら転生してしまったようだ。
もしもこのまま、映画の通りに進んだら……。
この国は、アストルが5歳の誕生日を迎えた日に、高位魔族の襲撃を受けて滅びる。
アストルは連れ去られて生き残り、魔王城に幽閉されて洗脳を受ける。
15歳になる頃には、自我の無い操り人形みたいになってたっけ。
最後は聖女ルナと攻略対象キャラたちに倒されて、肉体を失うのと引き換えに洗脳から解放されるんだ。
……そんな未来は、嫌だ。
「愛しい子。あなたが健やかで幸せであるように、毎日神様に祈ってあげますからね」
母である人の、優しい声。
その腕の中は、暖かくて心地よい。
乳を含ませてもらえば、自分の意志とは無関係に口が動いて腹を満たしていく。
赤ん坊が乳を吸うのは、生きるための本能だ。
俺は生き残りたい。
現世の家族を失いたくない。
この国が滅びるなんて嫌だ。
大切なものを守る力が欲しい。
そのために何をすればいいか、考えよう。
◇◆◇◆◇
俺にとって不幸中の幸いだったのは、転生前に観た映画の内容をハッキリと覚えていることだろうか。
これから何が起きるのか、映画【星空の彼方~亡国の王子~】を観た俺は知っている。
ソレイユ王国は、青く澄んだ海に囲まれた島国だった。
絶対君主制でありながら、国民の満足度はとても高い。
怪我や病気は、神殿へ行けば無料で治療してもらえるので、健康な人が多い。
豊富な海洋資源と肥沃な大地が育む農作物が自慢で、人口が少ないからかノンビリした雰囲気があった。
ソレイユ王家は、勇者を建国の祖とする血筋だ。
生まれてくる子に光属性があることは、珍しくない。
現王妃シェリルは国王の従姉妹であり、聖女の力をもっている。
第一王子アレクサンドルは、母と同じく光属性の治癒魔法を使うことができた。
「母上、アストルを抱っこしてもいいですか?」
「ええ。落とさないように気を付けてね」
「はい」
天蓋付きのベッドに腰かけて、赤ん坊の俺を抱くのは兄アレクサンドル。
事前に練習でもしたんだろうか?
幼い子供なのに、赤ん坊の抱き方が上手い。
俺の視界はまだぼんやりしていて、兄の顔はよく分からなかった。
「歩けるようになったら、一緒に遊ぼうね」
優しく話しかける声がする。
そっと抱き締めてくれる腕のぬくもりは、母と同じで心地よい。
「可愛いアストル。転んでもケガをしないように、僕が守ってあげるよ」
愛しさを込めて、額にそっと口づけられた。
惜しみなく愛を注いでくれる兄は、映画と同じ未来なら無残に殺されてしまう。
(……守りたいものが増えたな……)
安らぎを感じる一方で、俺はそんなことを思う。
兄に抱かれながら、俺は心の中で「ステータス」と呟いた。
ゲームでは見ることができなかった、アストルのステータスパネルが空中に現れる。
母シェリルや兄アレクサンドルに見られることはない。
このパネルは視覚で感知しているのではなく、俺の脳に直接投影されるので、視覚が未発達の赤ん坊になっていてもハッキリ見える。
アストルに転生した俺は、プレイヤーが主人公のステータスを見るように、能力値や属性を見ることができた。
(光・火・水・風・土・闇……やっぱり全属性か)
ゲームのアストルは、様々な武器を使いこなす一方で、多彩な魔法の使い手でもあり、プレイヤー泣かせの難敵だったのを覚えている。
全属性は、主人公と攻略対象たちに力を分け与えるために設定されたんだろう。
(……ラスボス戦で主人公たちに付与する魔法が全部揃ってるな。でも、今は使えないのか……)
ステータスには様々な魔法の名前が並んでいるが、ほとんどは「使用不可」の表記が添えられていた。
使用不可になっているのは、それを使うのに必要な魔力が足りないからだ。
アストルが使う魔法はどれも強力だが、消費魔力が多かった。
(確か……ゲームでは、魔力切れで失神寸前になるまで魔法を使えば、魔力量が増えていたな)
美月や華蓮ちゃんのゲームを手伝っていた記憶をもとに、俺は魔力量を増やすことを考えた。
映画のアストルにはできなかったことが、俺にはきっとできる。
魔族の襲撃までに、勇者の力を使えるようにしよう。
(何もできない子供のうちに攫おうとするのなら、その前に勇者として覚醒しておこう)
ファンのSNSで「ラスボスより強い」と言われたアストル。
その力を、魔族の襲撃までにどのくらい使えるようになるかで運命は変わる。
悲劇の未来回避を目指して頑張ろう。
◇◆◇◆◇
未来が分かっていても、赤ん坊にできることは少ない。
魔力量を増やすには失神寸前まで魔法を使えばいいけど、赤ん坊が魔法を使っているのを見られたら大騒ぎになりそうだ。
魔法を使える赤ん坊の噂が広まったら、魔族によるソレイユ王国滅亡計画が早まるかもしれない。
俺は誰にも知られないように、魔力量を増やすことにした。
「アストル、いい子にしていてね」
頬に優しいキスを残して、母は部屋の外へ行ってしまった。
彼女は出産のダメージが少なかったので、3日休んだだけでもう公務に戻っている。
王妃であり聖女でもあるシェリルの公務は、主に神殿で行われる傷病者の治療だ。
(よし、この隙に魔法を使おう)
ベビーベッドに寝かされた俺は、自分だけに見えるステータスパネルを見つめて考える。
今の俺の能力値は、オールE表示になっている。
能力の高さは、上から順にABCDEFだった筈。
ゲームの主人公がオールFだったことを思えば、Eは赤ん坊としては高い方かもしれない。
(今すぐ使える魔法は……火、水、風、土の初級魔法か)
使用不可の文字が無い魔法は、光と闇を除く4属性。
しっかりとしたイメージさえできれば、魔法を使うことができる。
ゲームで魔法を使うシーンを何度も見ている俺には、そんなに難しくなかった。
しかし、ベッドに寝たまま火魔法を使ったら、火事になる予感しかない。
(水魔法ならいいかな)
俺はベビーベッド近くの空中に、水の球体を発生させた。
魔力量を示すゲージの減り具合から、消費した魔力が分かる。
今の俺は、ピンポン玉くらいの大きさの水球を、5個まで作れるようだ。
魔力Fの主人公の場合は、初期ステータス時に作れる水球は1個だった。
魔力Eなら、魔力消費量を増やせば、水球のサイズを拡大できると思う。
(デカイと目立つから、このくらいがいいな)
俺は水球を窓の外まで移動させた後、ぼんやり見えている樹木らしきものにぶつけて壊した。
部屋の中を濡らしたら、侍女の仕事を増やしてしまうし。
屋外にある木なら、濡れても構わないだろうと思ってのことだった。
「きゃあ!」
ところが、水球をぶつけた直後、窓の外から甲高い声が聞こえた。
やばっ。
誰かいた?!
……っていうかここ、映画と同じなら、3階の部屋の筈……
「もぉっ、誰? ボクに魔法をぶつけるなんて……」
文句を言いながら、窓から入ってくる女の子。
その姿を、俺は鮮明に見ることができた。
身体は小さく、手乗りサイズの小人。
長い銀髪に、つぶらな空色の瞳。
背中には、トンボみたいに透明な4枚の羽がある。
風景はぼやけてるのに、その娘はハッキリ見える。
女の子の姿は、視覚で感知しているわけじゃない。
ステータスパネルと同じで、脳に直接投影された姿だ。
女の子は、室内をキョロキョロと見回した後、ベビーベッドに寝ている俺に気づいた。
「隠れたって無駄だからね。ボクには魔法の残滓が視える……えっ? うそっ、赤ん坊?!」
女の子は、魔法を使ったのが誰か分かるらしい。
その特徴的な姿と、魔力の残滓が見える能力から、彼女が誰なのか分かる。
信じられないと言いた気な顔をしながら枕元まで飛んで来た小人に、俺は片手を伸ばして触れようとした。
(風の精霊か。ゲームで見た姿そっくりだな)
銀髪で空色の瞳、透き通った羽で空中を自在に飛び回るのは、風の精霊だ。
この世界には、属性ごとの精霊が存在する。
人間でその姿が視えるのは、勇者の力をもつ者だけだと言い伝えられている。
ゲームでは、勇者として覚醒した攻略対象は、自分と同じ属性の精霊が見えるようになっていた。
「えっ?! しかもボクの姿が視えるの?!」
俺が伸ばした手を見て、精霊はまた驚く。
彼女が避けようとしないので、俺はまだ満足に動かせない指先で、精霊の小さな手に触れてみた。
「……あ、そうか。君は勇者の力を持ってるんだね」
精霊は何か気づいたように、両手を俺の人差し指に添えて微笑んだ。
勇者の力をもつ者に対して、同じ属性の精霊は友好的になる。
アストルは全属性もちだから、どの属性の精霊とも親しくなれる可能性があった。
でも、映画では、赤ん坊のアストルが精霊と出会うシーンは無い。
俺が魔法を使ったことで、シナリオが分岐し始めたようだ。
「君、凄いね。ボクは精霊の中でも素早さはトップクラスなのに、魔法を当てられるなんて」
風の精霊は、ベビーベッドの上をトンボのように滑空しながら言う。
……いるの知らなかったし、当てるつもりはなかったけど。
彼女に水球が当たったのは、単なる偶然だ。
「ふうん、君はまだ誰とも契約してないんだ。ボクが契約してあげようか」
彼女は俺の枕元に降り立つと、いたずらっぽく笑う。
俺はまだ喋れないので、ニコッと笑うことで答えた。
「不思議な子だね。言葉を話せないのに魔法が使えて、ボクが言ってることも理解できるなんて」
そう言いながら、精霊は俺の顔の横に座り、囁くように耳元で自らの名を告げる。
エアリューゼ。
それが彼女の【真名】だった。
愛称はリゼ。突風または疾風という意味らしい。
名を告げた直後、リゼは手乗りサイズから、5~6歳くらいの人間の少女サイズに変わった。
契約効果が早速現れたらしい。
精霊との契約は、精霊側に決定権がある。
精霊が自らの真名を告げることで、契約が成立するんだ。
ちなみに、精霊が自ら望んで真名を教えないかぎり、名を知られても何の効力ももたない。
ゲーム内では、攻略対象が勇者として覚醒する際に、属性に合わせた精霊たちが飛んできて、その場で契約となった。
このとき、ステータスの【魅力】の数値が、契約精霊のランクに影響する。
ゲームでは、アルレシャというエルフの血を引く攻略対象が魅力Aだった。
アルレシャの契約精霊は、Bから上がってAランクになっていた。
今の俺、赤ん坊アストルの【魅力】はE、リゼは手乗りサイズFランクから、人間の幼女サイズEランクに上がった。
ゲームの攻略本には、魅力が上がれば精霊のランクは更に上がると書いてあった。
勇者は、契約した精霊のランクに応じて身体能力が上がり、属性魔法の威力や効果が強くなる。
精霊は、勇者と契約すると精霊界での階級が上がり、精霊力が強くなり、寿命が伸びる。
精霊との契約は、双方にメリットがあった。
「赤ちゃん勇者と契約なんて、きっとボクが初めてだね。さあ、これで念話が使える筈だよ。何か話しかけてみて」
『リゼ、これからよろしくね。風魔法の【探知】を使ってみるから、範囲を拡張してみて』
身体が大きくなったリゼは俺を抱き上げて、頭を撫でながら言う。
俺は初めて【念話】を使った。
初めての念話の内容を聞いて、リゼが一瞬、呆気にとられる。
「……君、ほんとに赤ちゃん? 契約したばかりなのに、ボクができることを知ってるなんて……」
『3日前に生まれたばかりの赤ちゃんだよ』
「赤ちゃん感が全然無いんだけど」
『細かいことは気にしないで』
リゼは俺の両脇に手を添えて持ち上げると、ジト目で顔を見つめて言う。
どう説明したらいいか困って、俺は苦笑した。
いずれは、リゼには俺の事情を話すつもりだ。
でも、ゲームとか転生者とか、理解してもらえるかな?
『まずは、補助無しで【探知】を使ってみるよ』
「生後3日で魔法のイメージができる件について突っ込みたいけど、とりあえず見ててあげる」
枕元に座るリゼと念話で話しながら、俺は魔法を起動した。
リゼと契約したことで、魔法の起動速度が速くなっている。
風の精霊との契約は、物理攻撃なら攻撃速度、魔法攻撃なら発動にかかる時間が短くなる効果があった。
風属性魔法:探知
起動した途端、脳内に地図と光点が浮かぶ。
ゲームで使い慣れた探知画面と同じだ。
光点は色分けされていて、青い光と白い光が映っている。
光点の位置から考えて、城の中央付近にいる青い光は父、あちこちにいる白い光は侍女や侍従だろうか。
今の俺が探知できる範囲は、城内と庭までらしい。
城壁の外へ出ている母と兄を表す光点は、画面に映らなかった。
『補助無しだと、城壁の外側は見えないな』
「この広いお城や庭まで探知できるなら、城内での暗殺を防ぐくらいはできるんじゃない?」
リゼが物騒なことを言う。
ちなみに、もしも赤い光が映ったら、それは敵対者の存在を意味する。
『できれば王都全体……いや、国全体が見られるようにしなきゃ……』
「なにか心配ごとでもあるの? 赤ちゃんのくせに」
攫われる危険がある俺としては、探知魔法の精度や範囲はとにかく上げておきたい。
仰向けに寝転がったまま難しい顔をしている俺に、キョトンとするリゼが聞いてくる。
やはり、俺の事情は話しておこう。
『俺は、この国が魔族に滅ぼされる未来を見たんだ』
「えぇっ?!」
言った途端、リゼは予想通りの反応をした。
映画と同じであれば、今の時点では魔族は魔界から出ていない。
だから、精霊のリゼでも予想がつかないと思う。
『そうならないように、抵抗できる力が欲しい』
「アストルは、預言者の力もあるの?」
『うまく説明できないけど、頭の中にその未来の記憶があるんだよ』
「赤ちゃんにどうしてそんな記憶があるのかは分からないけど、信じてあげる」
ゲームとか映画の話を説明するのは難しい。
だから俺は、とりあえず「危険な未来を見た記憶がある」ということにした。
疑問はあるものの、リゼは信じてくれた。
『じゃあ、次は魔法の補助を』
「いいよ」
2回目の【探知】は、リゼの力で範囲を広げてもらった。
城壁の外、王城を囲むように建てられた貴族街、そこにある神殿にいる人々も光点として映る。
神殿にある2つの青い光は、傷病人たちの治療をしている母と兄だろう。
『ありがとう。次は水球を作るから、花壇かどこかに飛ばして』
「OK」
俺は残りの魔力を消費するため、水球を作ってリゼに飛ばしてもらった。
花壇なら、水が飛んできても問題ないだろう。




