ep28:聖ミレーヌの日とエドモンの誓いの日
聖ミレーヌの日。
ソレイユ騎士団養成学校の校門前に、四十人ほどの少女たちが集まっている。
彼女たちはここの生徒じゃないし、騎士でもない。
ドレスを着た令嬢と、魔法学園の制服を着た少女たち。
彼女たちの目的は、今日が何の日か知る者ならすぐに分かるでしょうね。
私はそんな彼女たちの頭上を、飛翔魔法で飛び越える。
隠密魔法で姿を隠している私に、気づく者はいなかった。
校舎の屋上に、アストルが佇んでいる。
校門前の騒ぎを傍観しているみたい。
私は彼のところまで飛んで、隠密を解いた。
「陽太くん」
敢えて前世の名前で呼ぶ。
アストルは驚きもせず振り向く。
「珍しいね、華蓮ちゃんがここに……」
言いかけて、彼は言葉を失ったように沈黙する。
私のドレスと、髪に飾った一輪花。
その色の意味を、彼はすぐに理解してくれた。
鮮やかな青は、アストルの瞳の色と同じだからね。
「これ、受け取って」
私は頬が熱くなるのを感じながら微笑んで、彼に贈り物を差し出した。
チョコレートマフィンが入った紙箱と、赤い一輪の薔薇。
赤い薔薇の花言葉は、日本と同じ。
一輪の赤い薔薇には「あなたしかいない」という花言葉があった。
「俺に、くれるの?」
「うん」
アストルが問う。
私は短く即答した。
私の幼馴染。
陽太くんは死んでしまったけれど、生まれ変わって今ここにいる。
私は誰とも結婚する気は無いとミシオン家では宣言したけれど。
陽太くんの転生者がいるのなら、その宣言を撤回するわ。
アストルの頬が赤くなる。
私の想いに気づいた陽太くんが、照れているのかな。
十八年間ずっと隠してきたから、今まで知らなかったよね。
いつも傍にいて、いつも守ってくれた、優しくて強い男の子。
ずっと好きだった。
転生しても、私の想いは変わらなかったよ。
「ありがとう。……薬指のサイズ、教えてくれる?」
彼の言葉に、私の頬の熱が上がった。
◇◆◇◆◇
エドモンの誓いの日。
日本でのホワイトデーにあたる日で、時期も同じ3月。
この世界では、婚約発表や結婚式が最も多い日でもある。
聖ミレーヌの日に想いを伝えた私はこの日、陽太くんから指輪と薔薇の花束を貰った。
「サイズはピッタリだね。よく似合ってるよ」
「嬉しい。……もしかしてこの指輪、光魔法が付与されてる?」
「うん。華蓮ちゃんがもう悪夢を見なくて済むように、光の精霊に祝福してもらったよ」
「ありがとう!」
晴れた夏の空のような、澄んだ青色の宝石が嵌め込まれた指輪。
リングの部分は、プラティーヌと呼ばれる白金色の金属でできている。
陽太くんがくれた指輪を着けてから、私は悪夢を見なくなった。
不安を感じたとしても、指輪をそっと撫でると、気持ちが晴れて安心感が広がっていく。
「良かったね、カレン」
「はい。アレクサンドル様も、御婚約おめでとうございます」
アレクサンドル様は、公爵家令嬢のフォスティーヌ様と婚約された。
フォスティーヌ様の祖先はソレイユの初代国王エドモン様の従兄弟で、遠縁にあたる方らしい。
王太子と第二王子が揃って婚約発表したことで、ソレイユ国内はお祭り騒ぎになった。
王宮では、二組の婚約披露パーティが開かれた。
私はあまり目立ちたくないけれど、お披露目の場に出ないわけにはいかない。
「あぁ……カレン様……」
「アストル殿下が羨ましい……」
以前のパーティで私に話しかけてきた令息たちが、涙目で囁き合っている。
陽太くんが、私をエスコートして常に寄り添ってくれるのが嬉しい。
前世では婚約どころか告白もできなかったから、私は幸せな気持ちで自然に笑みが零れた。
◇◆◇◆◇
婚約発表の翌日。
魔法学園では、婚約者が他校にいる私が話しかけやすいらしく、興味津々恋バナ大好き少女たちが群がった。
「カレン様、どうやってアストル様のハートを射止めたのですか?」
「聖ミレーヌの日、わたくしは校門前にいたのですが、アストル様を見かけませんでしたわ」
質問の中には、どう答えたらいいかちょっと悩むものもある。
前世のことは言えないし。
探知魔法で陽太くんを見つけて、隠密魔法と飛翔魔法を使って彼のところへ行ったなんて絶対言えない。
「王宮で一緒に過ごすうちに、次第に親しくなったのですわ」
どうにかそう言ってごまかして、場を凌ぐ。
校門前にいた令嬢が彼を見かけなかったのは、彼が正門を通らなかっただけ。
あの日、陽太くんと私が、校舎の屋上から飛翔魔法で帰ったのは内緒にしておこう。




