ep27:想いを伝えたい
翌朝。
私はアストルが起き上がる気配で目が覚めた。
彼は騎士団の朝稽古に参加しているので、夜明けと共に起きるらしい。
貴族や王族は朝起きたら侍女が着替えを手伝いにくるものだけど、アストルはそれを断って自分で着替えをしていると言っていた。
私が起きる時刻はもう少し後だから、部屋にいないことは侍女に気づかれてはいない。
「華蓮ちゃん、俺は朝稽古に行くけど、もう少し寝てていいよ」
「ううん、私も起きる。陽太くんがお稽古してるところ、見たいの」
「じゃあ、部屋に戻って着替えてから見に来て」
「うん」
私はアストルの部屋に入ってきたときと同じガラス扉から出て、空中にふわりと浮かぶ。
飛翔の魔法で自分の部屋まで帰った私は、侍女を呼ばずに自分で着替えて騎士団の稽古場へ向かった。
私が稽古場のベンチに座ったら、見習い騎士の少年たちがチラチラとこちらへ視線を向けてくる。
とりあえず、営業スマイルしておくわ。
「かかかカレン様……」
「美しい……」
「こんなむさくるしいところに、来て下さるなんて……」
あら? 見習い騎士たちが赤面しながら呟いているわ。
どうしたのかしら?
「落ち着け、お前たち」
アストルが苦笑しながらツッコミを入れた。
少年たちは、それでもこちらを時々チラッと見ては頬を赤らめている。
「カレン様、まだ婚約者はお選びにならないのだろうか」
「もしかして、騎士団の稽古を見に来られたのは……」
「そ、そうだ、強い男が理想に違いない」
なんか呟いているわね。
全部聞こえてるけど、スルーしておくわ。
「いや、違うと思うぞ?」
アストルが、私に変わってツッコミを入れてくれた。
私は、彼に微笑みかけてみた。
「いいい今、アストル様を見ましたよね?」
「微笑んでましたね?」
「やっぱり、強い男がお好きなんですね?」
少年たちが、アストルを一斉に見る。
分かってくれてよかったわ。
「そう思うなら稽古しろ、お前ら」
アストルがまた苦笑しながら言う。
無駄に張り切り始めた見習い騎士たちは、先輩騎士たちにたっぷりしごかれていた。
彼等がどんなに稽古しても、私の気持ちは変わらないけど。
私、陽太くん以外の男の子って少し苦手なの。
だから、あんまり話しかけられたくない。
◇◆◇◆◇
陽太くんへの想いを伝えたい。
けれど、私たちの距離は近過ぎて、逆に伝えづらかった。
私は、前世から変わっていない。
この関係が壊れてしまうのが怖い。
そんな私の気持ちに、気づいたのはアレクサンドル様だった。
「カレンは、アストルが好きなんだね」
「はい」
慈愛に満ちた穏やかな笑みを浮かべて言う彼に、私は素直に頷く。
5歳上の彼は、いつも落ち着いていて、実年齢よりもずっと年上に思える。
その日、通学の馬車の中が、恋愛相談所みたいになった。
「でも、なんて打ち明けたらいいのか、分からないんです」
「言葉にするのが難しいなら、良い方法があるよ」
王妃様とよく似た優しい笑顔で、アレクサンドル様はアドバイスをくれた。
それは、古の勇者エドモンと、その妻となった聖女ミレーヌのエピソードに由来するもの。
ゲームの中では、攻略対象とのエンディングを確定させるイベントだった。
聖ミレーヌの日。
日本でのバレンタインデーに似た日で、時期も同じ2月。
エドモンに恋をしたミレーヌが、手作りのお菓子と一輪の薔薇を贈ったのが始まり。
実はミレーヌのことが好きだったエドモンは、翌月に婚約指輪を贈ったという言い伝えがあった。
ゲームでは、ルナ(プレイヤー)が攻略対象にチョコを配り、最も好感度が高い攻略対象から薔薇の花束と指輪が贈られるというイベントになっている。
私はルナではないけれど。
陽太くんは攻略対象ではないけれど。
そのイベントに、想いを託すことにした。
(陽太くんの大好物だった、チョコレートマフィンを作ろう)
贈るお菓子は、すぐに決まった。
私は頻繁に調理場に来て何か作ったりしていたので、シェフたちとはすっかり親しくなっている。
「製菓用のチョコとケーキ粉とバターと卵、分けてもらえるかしら?」
「勿論ですよ。どうぞ」
材料をおねだりしたら、すぐに用意してくれた。
ケーキ粉というのは、薄力粉みたいなものに、砂糖とベーキングパウダーみたいなものが混ぜ込まれた物のこと。
所謂ホットケーキミックス粉みたいな物ね。
「凄いですね! 火魔法と風魔法を同時に使ってチョコやバターを溶かすなんて、初めて見ましたよ」
私が風と火を渦巻かせながら製菓用チョコとバターを溶かしていたら、侍女たちが目を丸くして言う。
複数の属性を持つ人は少人数だし、それをお菓子作りに使おうなんて思う人はもっと少ない……かな?
この世界にハンドミキサーは無いけれど、風魔法で卵を泡立てることもできた。
あとは材料を混ぜ合わせて、マフィン型に入れて、オーブンで焼けば出来上がり。
「はい、試食してみて」
「ありがとうございます!」
「ふぁぁ……チョコが濃厚で美味しい……」
試作品を料理人たちと侍女たちに配ったら、大好評だった。
前世とは作り方が違うけど、間違いなくマフィンになっている。
これならきっと、陽太くんも喜んで食べてくれる筈ね。
◇◆◇◆◇
「ドレスは青で、髪飾りはソレイユローズで作ったこれがいいわ」
聖ミレーヌの日、私は勝負服に青色のドレスを選んだ。
髪には、プリザーブドフラワーのような加工を施したソレイユローズを一輪。
青は、今の陽太くんの瞳の色。
この世界では、好きな人の髪や瞳の色を身に着けるのは基本のアピールだった。
「頑張って下さい、カレン様」
「きっと、想いは通じますよ」
着付けをしてくれた侍女たちが、微笑んで言う。
私は少し緊張しつつも微笑んで頷き、お菓子を入れた箱を宝物のように抱いて部屋を出た。




